転生令嬢は逃げ出したい 〜絶倫ルート回避したはずなのに、何故か別の絶倫ルートに入ったんですが!?〜

稲雀あや

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第四話「東の国の王子様」

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 決意を新たにしてから、一年。
 イベント中に覗き見男とは何度かエンカウントしたが(痴態を見られた事もあるが、スルーしてくれた。紳士だと思う)お互いに名乗る事はなく名前も分からないまま、卒業を迎えた。

「ユキノ・フォン・グレード! 今日この場を以って、お前との婚約破棄を宣言する!」

 卒業パーティで婚約破棄を言い渡され、私は内心両手を上げて喜んだ。

 婚約破棄=BAD END

 ゲーマーとして本来なら喜ぶべきではないが、喜ばずにはいられない。
 そうして、王子ルートをBAD ENDで終える事が出来た。

 小躍りしそうな勢いで馬車に乗り込み、家へ向かったが、王子との婚約破棄は早々に周知されていたようで、私はドレス姿のまま露頭に迷う事となってしまった。

 元は庶民だし、問題ないでしょ。

 手切れ金で服を買い、服を着替えてからドレスを売却。
 そして居酒屋で一人祝杯を上げた。



 ◇◆◇



 はず、なんだけど……。

 つい先程意識が浮上し、重たいまぶたを持ち上げた。
 見知らぬ天井が見え、一気に眠気が吹っ飛んだのだ。
 焦り、ここはどこだろうと周りを見れば、明らかに宿屋ではなく、貴族の寝室で。

 ダラダラと嫌な汗が滲む。

 寝台から起き上がろうとして、失敗した。
 ものすごく腰が痛い。体勢を変えるだけでも激痛だ。
 この痛みは今世では覚えがないが、前世では少し覚えのある。
 自分が全裸で寝ていた事を鑑みても、そういうことなのだろう。
 キスマークが大量に付いていたのは見なかった事にしたい。

 ダラダラと嫌な汗が伝う。

 昨日何があったか、思い出すのよ。
 装飾品を換金したあと、平民の服を買って着替えた。それから、お腹が空いてる事に気がついて酒場に行った……そこまでは覚えてるわ。
 ……その後は?

 ダラダラと嫌な汗が流れる。

 え、もしかして今の私ってお酒で記憶が飛ぶの!?

 衝撃的な事実に愕然とした。

 じゃ、じゃあここはどこなの!? 一夜を共にした相手は!?
 ハジメテ相手に、ここまで足腰立たなくなるまで貪って、ここに放置した相手は!?
 ……もしかして、ここ前世で言うラブホ的な所だったりする? え、私ヤり捨てられた感じ?

 しかも相手を全く覚えていない。
 一夜の過ちとはいえ、初めての相手すら覚えていないのはどうなのだろう。
 相手は手慣れた遊び人だったのだろうか。それならこの役に立たない腰も納得できる。

 悶々と考えていたら、扉の開く音がした。
 誰かが入ってきたのだろう。スタッフだろうか。足腰が立たなくてチェックアウト出来ないんです、すみませんと内心頭を下げる。

「ユキノ。目が覚めたか?」

 聞き覚えのある、私を気遣う低めの声が聴こえた。
 その言葉に、部屋に入ってきたのがスタッフではない事を知る。

「覗き見男……!?」

 前世で言う軍服を身に纏った彼は、婚約者であった王子よりも自分の好みの容姿をしているのは自覚していた。
 しかし、よりによって彼なのだろう。

「ふっ、またそれか。ほら、水を持ってきた。喉乾いただろう?」

 慈しむかのような微笑みにくらりと目眩がする。
 確かに喉の潤いが足りない気がする。
 飲みたいのはやまやまだが、なにせ起き上がれないのだ。これでは飲む事も食べる事もままならない。

「起き上がれないの」

 正直にそう言えば、彼は少し目をぱちくりさせた後にふっと笑い、片手で抱き起こしてくれた。

 抱き起こした手とは反対の手に持っていた水を渡され、私はゆっくりと飲み干した。
 そして、一番の疑問を投げかける。

「……それで、あなたの名前は?」

 何度も私の前に現れて、時に助けてくれたり、共犯者となった。
 しかし、私はいまだに名前すら知らない。
 そう思っての質問だったのだが、彼はピキリと音を立てて固まった。

「ごめんなさい、あんまり……その、覚えていなくて……?」
「……覚えていない?」

 先程の声よりもさらに低い声に、思わずびくりと肩が揺れる。
 なにかマズイことを言っただろうか。

 虎の尾を踏むような、失言を。

「俺の名は、グレン・フォン・シエロニア」

 今度は私が固まる番だった。

 形のいい唇から紡がれた名は、東の大陸を治めている大国の王太子様の名前ではないだろうか。
 私の記憶違いでなければだが……。
 でも確かに、黒髪黒目の人間なんてこの世界には東のシエロニアぐらいしかない。
 貴族や平民でも黒髪か黒目どちらかしか持っておらず、黒髪黒目は王族の証と聞く。

 ……あれ、やっぱりこの人王太子なんじゃ?
 というか私なんで気が付かなかったんだろう。
 認識阻害でもしてた……とか?

「君が婚約破棄されたと聞いて、少々手を回させてもらった」

 私の隣に腰掛け、するりと腰を撫でられる。それだけで体が熱くなった。
 一夜しか共にしていないはずなのに、私の体は快楽に敏感になってしまったらしい。
 そんな私の反応に気を良くしたのか、グレン殿下は私から水の入ったコップを取り上げてサイドテーブルに起き、私を押し倒した。

 押し倒した?

「ちょっ、ちょっと待って下さい! 腰も痛いし、それに、これは、私、殿下のお手付き扱いになるのでは……!?」

 私に馬乗りになったグレン殿下の胸元を押し返す。力が入らないため、抵抗にすらなっていないような気がするが、考えたら負けだ。
 今はお手付きになるほうが困る。側室として迎え入れられたとしても、私にはもう公爵令嬢というブランドはない。

「普段通り話してくれて構わない。……一昨日から散々可愛がったはずだがな? それに、もうここで新しい命が芽吹いてるかもしれない」

 もうお手付きだった!!

 しかも聞き逃すことのできない言葉を紡がなかったか?

 一昨日から? 新しい命。
 それはつまり……。

「安心しろ。約束通り、俺はお前以外娶らない」
「……は? んぅ!?」

 疑問を口にする前に、唇を塞がれた。

 魔力が流れ込んでくる。魔力の受け渡しは最上級の愛情表現だ。
 息が続かなくなり空気を求めて口を開けば、ぬるりと舌が入ってきた。

 舌と舌が絡まる。
 時に歯をなぞられたり、唾液を飲まされたり。

 食べられる。蹂躙される。

 唇が離れ、細い銀色の糸が二人を繋いでいる。
 それもすぐになくなり、綺麗な笑顔を浮かべたグレン殿下がこちらを見下ろしているのみだ。
 口づけだけで全身の力が抜けてしまった。だけど、腰の痛みがなくなった。
 回復魔法を使ったのだろう。
 体力すらも回復させるこの世界の魔法は便利だ。

「覚えていないのなら、思い出させるまで」
「えっ」

 嫌な言葉が聴こえた気がする。幻聴だろうか。

「で、殿下! 恐れ多くも申し上げます。私は……私はもう公爵令嬢ではありません。ですから」

「問題ない。あと、今まで通り喋れ。調子が狂う」

 何が"問題ない"のか詳しく教えてほしい。
 グレン殿下の黒髪が首筋を掠め、少しくすぐったい。
 いまだ自身が一糸まとわぬ姿だったことを思い出す。

 全裸である。そう、全裸なのだ。何度でも言おう、全裸だ。

 触れるか触れないかの絶妙な手つきで太ももをなで上げられ、

「あっ、ん」

 思わず甘い声が漏れた。

 前々から思っていたけど、今世の身体、敏感すぎやしないだろうか。
 流石はエロゲーの主人公。

 彼は太ももだけでは飽き足らず、腰や胸を優しく撫でていく。
 ぶるりと体が震える。
 こんな生殺しのような薄い快感は耐え難い。

 というか、体力も戻った上に、気怠さも無くなったのなら逃げればいいのでは?

 左には窓があるし、殿下の後ろには扉がある。
 この世界の最強である私に、逃げ切れない事などあるはずがない。

「知ってるか?」

 不意に上から声が降ってきた。

「回復魔法は処女膜さえも復元できると」

 凶悪過ぎる言葉に思考が停止した。

「なぁ、ユキノ。痛くしてほしい? それとも優しくしてほしい?」
「や、優しくお願いします……」

 蚊の鳴く声でそう答えるのが精一杯だった。
 私が逃げようとしている事を早々に悟り、先手を打ったグレン殿下。

 その効果は絶大だ。
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