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第10話

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「ありがと。尊くんのおかげで、ちゃんと樹を見送れたよ」

そう言ってにっこり笑う篤人は本当に嬉しそうで。

「いや、よかったね」

本当に良かった。

それは本当にそう思ってるんだけども、どうにもすっきりしないのは、やっぱりあのキスシーンを見せられたからだ。

スキンシップが激しいのはわかっていても、やっぱりあれはやり過ぎだと思う。

見慣れるなんて、絶対無理だ。

「尊くん?どうかした?」
「あ・・・いや、別に」
「そう?・・・・あの、さ、ちょっと飲んでいく?」

ちょっと恥ずかしそうにそう言った篤人に、俺は思わず足を止める。

「え・・・」
「あ、なんか用事あるんならいいんだけど、ほら、せっかくレストラン連れて行ってもらったのに、最後ゆっくりできなかったから・・・・」
「あぁ・・・別に、気にしないでいいのに。あ、でも、行こうか。別に用事とかないし、篤人くんさえよければ―――」

そう言った俺を篤人はちょっと不満そうに、首を傾げて見た。

「・・・もう、言ってくれないんだ」
「へ?」
「あの時―――俺のこと、呼び捨てにしてくれたのに、篤人って」
「え・・・ええ?うそ?いつ?」
「あのレストランで。あの時・・・・俺、本当はそれがすげえ嬉しかった」

そう言って恥ずかしそうに頬を染める篤人の横顔が、可愛くて、愛しくて・・・・

―――うわぁ、どうしよう、俺・・・・

「・・・俺のために、見送りに行こうって言ってくれたこともすごく嬉しかったけど。でもそれよりも、名前を呼んでくれたことが嬉しくて・・・・すげえ、俺、不純だなあって・・・・」

俺は思わず足を止め、隣を歩く篤人の手首を掴んだ。

夜の道を並んで歩いていた2人。

篤人も俺に合わせて足を止める。

だけど片手で口元を隠したまま俺の方を見ない。

「・・・・それってさ・・・・それって・・・・俺のこと・・・・」

篤人はなにも言わず、目を泳がせる。

「篤人くん・・・・篤人・・・こっち、向いて」

その言葉に篤人の肩が微かに震え、ゆっくりと俺の方を向く。
瞳が微かに潤んでいるように見えた。

「俺の、勘違いだったらごめん。でも・・・・もしそうなら、俺に先に言わせて欲しい。―――篤人」
「・・・はい」
「俺・・・・篤人が、好きだよ」

篤人の瞳が、大きく見開かれた。

「・・・嘘・・・ほんとに?」
「ほんと。ずっと、好きだった。ずっと、篤人に会いたくて店に通ってた。本当は甘いもの苦手だったけど、篤人との接点が欲しくて毎日篤人の作ったショコラを食べた。篤人の傍にいる、原くんや川辺くんが羨ましかった。樹くんなんかは羨ましいの通りこして憎らしかった」
「え・・・・何で?だって樹は・・・・」
「お兄さんだからこその距離に、腹が立ったんだよ。あんな風にハグしたり、キスしたりしてるの見たら・・・俺なんて、どうしたって敵わないって思っちゃうしさ」

篤人が、驚いて目を瞬かせた。

思わず、胸に仕舞っていたことを吐露してしまった。

でも言わずにいられなかった。

この胸のもやもやを―――

「ああいうの・・・また見なくちゃいけないって思うとすげえ、いやで・・・嫌だけど、離れたくないし、いつか俺もそんな風に―――」

そこまで言って、俺は我に返り言葉を止めた。

「・・・・すれば、いいじゃん」

篤人が、上目使いに口を尖らせ、拗ねたように言う。

「え・・・・」
「すればいい・・・んだよ。俺は・・・・して欲しい」

言いながら恥ずかしくなってしまったのか、篤人の顔が見る間に赤くなっていくのが暗い中でもわかった。

手首を掴む手に、ちょっと力を込める。

「あの・・・さ、これから、俺の―――」

部屋に来ないかと誘おうとして、躊躇する。
さすがにそれは急過ぎるだろうかと。


『~~~~~~~』


「あ・・・・ごめん、スマホ・・・・」

篤人のスマホが震え、おかげで2人の間の緊張感が途切れる。

「―――もしもし―――陸?どうしたの?―――え、停電?」

篤人の顔色が変わる。

「―――うん―――うん、それ、まずいかも。俺もすぐ行く」

よくわからないけれど、緊急事態のようだった。

電話を切ると、篤人は申し訳なさそうに俺を見た。

「ごめん、尊くん。俺、店に行かないと」
「どうかした?」
「うん、なんかあの地域で急に停電になったって・・・・。一時的なものだろうけど、原因がよくわからないらしくて。冷蔵庫の電源が落ちちゃうと、中のショコラがダメになっちゃう可能性がある」
「それ、大変じゃん。急いでいかないと。タクシー、拾おう」
「あ、でも尊くんは―――」
「俺もいく」
「え・・・」

篤人の戸惑った瞳が、俺を見ていた。

「・・・・まだ、離れたくない。こんなときに、非常識かもしれないけど・・・。ダメ、かな・・・・」

俺の言葉に、篤人は首を振った。

「俺も・・・・一緒にいたい」

自然に、俺たちは手を繋いだ。
絡まる指が、熱い―――





「あ、あっちゃん!!―――と、え、黒田さん?」

暗い店の中へ入ると、懐中電灯を持った川辺が気付いて厨房から出てきた。

「陸、どんな感じ?」
「あ・・・今、トモが氷を入れたトレイにショコラを―――」
「篤人くん!・・・あ、どうも」

あとから出てきた原も俺に気付いて、微かに顔を顰める。

「すいません、部外者なのに・・・でも、もし何か手伝えることがあれば―――」

俺の言葉に、原が肩をすくめた。

「ショーケースの中には氷とドライアイス入れましたし、あとは復旧を待つだけですよ。復旧が遅れるようならまたどっかから氷を調達しないといけないけど、たぶんそろそろ―――」

その時だった。

チカチカと音を立て、厨房の明かりがついた。
微かなモーター音とともに冷蔵庫の電源もついたようだった。

「ほら、ね」

原の言葉に、篤人がほっと息をついた。

「よかった・・・・。トモ、陸、本当にありがと。2人がいてくれてよかった」

篤人がぺこりと頭を下げ、満面の笑顔を2人に向けると、2人も照れくさそうに笑った。

「何言ってんの。ここは俺たちの店なんだから、あたりまえでしょ?」
「そうだよ。ショコラがダメになっちゃったら、俺たちだって困るんだから。―――それより、せっかくのデート、切り上げてきちゃったの?」

原がちらりと俺たちに視線を向ける。

「デ―――!デートじゃ、ないし!」

そう言った篤人の顔は真っ赤だ。

―――ああ、やっぱり可愛いなあ。

「・・・・樹、見送ってきた」
「あ・・・空港、行ったんだ?樹さん、喜んでたでしょ?あっちゃんに会えて」
「うん・・・たぶん。でも俺、ずっと迷ってて・・・・でも、尊くんが・・・」

篤人が笑顔で俺を見る。
つられるように、原と川辺も俺を見た。

「あ、いや、俺は・・・・。ただ、旅先でお兄さんが事故にでもあったら、きっと見送りに行かなかったこと後悔するんじゃないかと思って・・・」
「・・・正解。俺もそう思ってましたよ。さっきも、この暗い店の中で陸さんと作業しながら話してたんだ。樹さんはあんな風に言ったけど、きっと篤人くんは行きたいと思ってるはずだって」

原の言葉に川辺も頷く。

「樹さんだって、本当はあっちゃんに来て欲しいと思ってたよ。だってあの人、あっちゃん大好きなんだから」
「でしょうね。普通に仲のいい兄弟だって、あんなスキンシップなかなかしない」

そう言って俺が溜息をつくと、原と川辺がゲラゲラと笑った。
篤人は目を瞬かせてきょとんとしている。

「だよね!いくら可愛い弟だって、キスとか、しないよね、普通!」
「ハグだって、なかなかしないよ!あの人、毎日だからね?朝店に顔出して篤人くんにハグ、昼にまた来てハグ、夜迎えに来てまたハグ!篤人くんが、甘やかすから」
「え~、だって、樹が喜ぶから」

口を尖らせる篤人が可愛くて、俺は苦笑する。

「そんなこと言ってるから、今まで付き合った彼女とかだって長続きしなかったんでしょ?ブラコンって、よく言われてたじゃない。今度は・・・・そんなことなさそうだけど?」

原がにやりと笑って俺を見る。

げ・・・なんか、やな感じ・・・・

「うるさいよ、トモ」

頬を染める篤人に、原は楽しそうに笑って川辺の肩を叩いた。

「さ、俺たちはもう帰ろう。あとのことはお2人に任せます。氷とかドライアイスとか、片付けといてくださいね、黒田さん」
「え・・・・俺?」
「当然でしょ?今日1日篤人くんを独り占めしてたんだから、それくらいはやってもらわないと。じゃ、篤人くん、また明日」
「あ・・・ありがと、トモ。陸も、ありがとね」
「どーいたしまして!また明日ね、あっちゃん!黒田さんも、お休み!」
「あ・・・おやすみ・・・なさい・・・」


2人が店を出ていくと、急に店の中は静かになった。

店内の明かりは消えていて、厨房の明かりだけがついて篤人と2人きり、なんとなく気まずい雰囲気になる。

「えっと・・・・あ、氷とドライアイス、片付けなくちゃだね」

わざとらしく大きな声を出した俺に、篤人もはっと我に返ったように顔を上げた。

「あ・・・・うん、じゃ、俺氷片付けるから・・・・尊くん、ショーケースの中のドライアイス、こっちに持って来てくれる?」
「了解!」

そうして、俺たちは夜中の店の中、黙々と作業を始めたのだった・・・・・。
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