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第12話
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夢中で絵を描いているうちに、いつの間にか外は暗くなっていた。
スマホの着信音で、俺ははっと我に返った。
時計を見ると、もう10時を過ぎていた。
「こんな時間・・・・?」
携帯を見ると、電話は諒からだった。
「もしもし、諒?」
『あ!出た!諒ちゃん!出たよ?どうすればいいの?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、ムウの声だった。
「ムウ・・・・?」
『―――ちょ、かして―――あ、明来ちゃん?』
「あ、諒?今どこにいるの?」
電話の向こうでは、ざわざわと人の気配がした。
『今ね、居酒屋にいるんだよ。ムウちゃんが、入ってみたいっていうもんだから』
居酒屋って・・・・天使って酒飲めんのか?
『でね、明来ちゃんが心配すると思って電話しようと思ったら、ムウちゃんが電話してみたいって言うから』
クスクスと楽しそうに笑う諒。
見るものなんでも珍しく、好奇心旺盛なムウが瞳をキラキラさせているのが目に浮かぶ。
そんなムウが可愛くて仕方ないという感じの諒。
なんだか、胸がもやもやした・・・・・。
「―――それで?」
『あ、でね、ここでごはん食べて、ちょっと飲んでいくからって言おうと思ったの』
「・・・遅くなるの?」
『いや、電車がなくなる前には帰るよ』
じゃあねとご機嫌な諒の声が聞こえ、電話は切れた。
向こうで、ムウが『諒ちゃんこれなあに?』って聞いている声が聞こえていた。
もう、俺のことなんて忘れてるって感じで、なんだかちょっと・・・・腹が立った。
初めての野球観戦、初めての居酒屋で、きっと楽しくてしようがないんだろう。
ムウが楽しいんならそれでいいじゃんと思うのに、俺の胸はちくちくと小さなとげが刺さったように痛みを訴えていた・・・・・。
『明来ちゃーん!開けてえ!』
もうすぐ日付も変わろうかというところ。
突然玄関の方から諒の声が響いて来て、俺はぎょっとして玄関に向かった。
俺はちょうど風呂から出たところで、スウェットの上下に髪は濡れたままだった。
「ちょっと!こんな夜中に大きな声出すなよ!」
俺は慌てて玄関を開けた。
そこにいたのは、ムウの腕を肩に背負って息を切らしている諒だった。
「あ、明来ちゃん・・・入っていい・・・・?」
「ムウちゃん、お酒弱いみたいでさぁ、飲めないわけじゃないみたいなんだけど、飲みはじめたらすぐ酔っぱらっちゃって・・・もうべろべろだよ」
ムウをリビングのソファーに運び、床に座りこんでしまった諒に水を渡す。
「ありがと。でも楽しそうだったよ。野球見て、超興奮してた」
そう言って笑う諒も楽しそうだった。
「そうなんだ。良かったね」
「うん。そんでさぁ、ムウちゃん、居酒屋入ってから明来ちゃんの話ばっかりしてたんだよ」
「え・・・俺の?」
思わずドキッとする。
「うん。アキの絵はすごくきれいだって。自分を描いてくれてるんだけど、自分じゃないみたいで不思議だって言ってた。アキは優しくて、嘘がつけない人だって言ってたよ」
「嘘がつけない?」
「うん。正直であったかいって。アキの家に来てよかったって言ってたよ」
―――ムウが、そんなこと・・・・・
「そういえば、リロイってムウちゃんのお兄さんだって言ってたよね?」
「うん」
「そのお兄さんとムウちゃんて、なんかあったのかなあ」
「なんかって?」
「んー・・・・ムウちゃんがさ、酔っぱらって言ってたんだよね。『リロイごめんね』って・・・」
「ごめんね・・・・?」
「そんときに、涙が―――あ、これその時の水晶」
そう言って、諒がポケットから水晶を3粒取り出した。
「喧嘩でもしたのかなあと思ったんだけどさ。すごく悲しそうだったから・・・・酔ってたからかもしれないけど」
その後、諒は次の日仕事だからとすぐに帰ってしまった。
俺はソファーですーすーと寝息を立てるムウを見つめていた。
不意に、その瞳から水晶の涙が零れ落ちた。
「リ・・・・ロイ・・・・」
あのときと同じ・・・・・。
俺は、そっとムウの肩をゆすった。
「ムウ、部屋で寝ろよ・・・ムウ」
「うーん・・・・アキィ?あれぇ、諒ちゃんはー?」
「とっくに帰ったよ。ほら、着替えないと」
「アキィ」
「なーんだよ、お前酒くせえなぁ」
へばりついてくるムウを引きずるように、俺はムウを部屋へ連れていく。
「気持ち悪い・・・・・」
「え・・・・うわ、ちょっと待て!今トイレ連れてくから!」
「ったくもう・・・・飲めないなら飲むなよなあ、もう」
「んふふ~、おいしかったよぉ、お酒~」
ようやく服を着替え、ベッドに倒れ込んだムウはご機嫌だった。
「そりゃよかったな。野球も楽しかったんだろ?」
「うん、楽しかった~。今度アキもいこーよー」
「だから、俺は野球わかんないって」
「アキも一緒がいい」
「・・・・諒と2人で、楽しそうだったじゃん」
思わず声が低くなって、自分でもはっとする。
ムウが、きょとんと目を瞬かせた。
「別に・・・・俺がいなくても、楽しそうだったじゃん。居酒屋にも行って・・・・超ご機嫌じゃん」
気付いたら、そんな言い方になってた。
まるで、拗ねてるみたいな・・・・。
「・・・・楽しかったよ。諒ちゃんといると楽しいよ。優しいし、明るいし、面白い」
「―――ふーん、よかったな。―――俺、もう寝るから」
そう言って、部屋を出ようとしてくるりとムウに背中を向けたけれど―――
「―――でも、俺はアキが好きだよ」
ムウの声に、ぴたりと足が止まった。
「楽しかったけど、やっぱりアキと一緒がいいって思った。俺ね、なんでここに来たのかわからないけど―――たぶん、アキに会いにきたんだよ」
「え・・・・?」
俺は、驚いて振り返った。
「ここを見たとき、あったかそうな色だって思った。アキといる時もね、そう思ってた。『あったかいな』って。今日、アキと離れてわかった。他の人の傍にいても、何も感じないんだ。アキといるときだけ―――あったかく感じる。だから、俺はここに来たんだと思う」
ムウはベッドから立ち上がると、ゆっくりと俺に近づき、そして俺にふわりと抱きついた。
「ム―――」
「ほら、あったかい・・・・」
―――違うよ。
―――あったかいのは、ムウだ・・・・・
柔らかくて、あったかい。
俺は、ムウの体をそっと抱きしめた―――
スマホの着信音で、俺ははっと我に返った。
時計を見ると、もう10時を過ぎていた。
「こんな時間・・・・?」
携帯を見ると、電話は諒からだった。
「もしもし、諒?」
『あ!出た!諒ちゃん!出たよ?どうすればいいの?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、ムウの声だった。
「ムウ・・・・?」
『―――ちょ、かして―――あ、明来ちゃん?』
「あ、諒?今どこにいるの?」
電話の向こうでは、ざわざわと人の気配がした。
『今ね、居酒屋にいるんだよ。ムウちゃんが、入ってみたいっていうもんだから』
居酒屋って・・・・天使って酒飲めんのか?
『でね、明来ちゃんが心配すると思って電話しようと思ったら、ムウちゃんが電話してみたいって言うから』
クスクスと楽しそうに笑う諒。
見るものなんでも珍しく、好奇心旺盛なムウが瞳をキラキラさせているのが目に浮かぶ。
そんなムウが可愛くて仕方ないという感じの諒。
なんだか、胸がもやもやした・・・・・。
「―――それで?」
『あ、でね、ここでごはん食べて、ちょっと飲んでいくからって言おうと思ったの』
「・・・遅くなるの?」
『いや、電車がなくなる前には帰るよ』
じゃあねとご機嫌な諒の声が聞こえ、電話は切れた。
向こうで、ムウが『諒ちゃんこれなあに?』って聞いている声が聞こえていた。
もう、俺のことなんて忘れてるって感じで、なんだかちょっと・・・・腹が立った。
初めての野球観戦、初めての居酒屋で、きっと楽しくてしようがないんだろう。
ムウが楽しいんならそれでいいじゃんと思うのに、俺の胸はちくちくと小さなとげが刺さったように痛みを訴えていた・・・・・。
『明来ちゃーん!開けてえ!』
もうすぐ日付も変わろうかというところ。
突然玄関の方から諒の声が響いて来て、俺はぎょっとして玄関に向かった。
俺はちょうど風呂から出たところで、スウェットの上下に髪は濡れたままだった。
「ちょっと!こんな夜中に大きな声出すなよ!」
俺は慌てて玄関を開けた。
そこにいたのは、ムウの腕を肩に背負って息を切らしている諒だった。
「あ、明来ちゃん・・・入っていい・・・・?」
「ムウちゃん、お酒弱いみたいでさぁ、飲めないわけじゃないみたいなんだけど、飲みはじめたらすぐ酔っぱらっちゃって・・・もうべろべろだよ」
ムウをリビングのソファーに運び、床に座りこんでしまった諒に水を渡す。
「ありがと。でも楽しそうだったよ。野球見て、超興奮してた」
そう言って笑う諒も楽しそうだった。
「そうなんだ。良かったね」
「うん。そんでさぁ、ムウちゃん、居酒屋入ってから明来ちゃんの話ばっかりしてたんだよ」
「え・・・俺の?」
思わずドキッとする。
「うん。アキの絵はすごくきれいだって。自分を描いてくれてるんだけど、自分じゃないみたいで不思議だって言ってた。アキは優しくて、嘘がつけない人だって言ってたよ」
「嘘がつけない?」
「うん。正直であったかいって。アキの家に来てよかったって言ってたよ」
―――ムウが、そんなこと・・・・・
「そういえば、リロイってムウちゃんのお兄さんだって言ってたよね?」
「うん」
「そのお兄さんとムウちゃんて、なんかあったのかなあ」
「なんかって?」
「んー・・・・ムウちゃんがさ、酔っぱらって言ってたんだよね。『リロイごめんね』って・・・」
「ごめんね・・・・?」
「そんときに、涙が―――あ、これその時の水晶」
そう言って、諒がポケットから水晶を3粒取り出した。
「喧嘩でもしたのかなあと思ったんだけどさ。すごく悲しそうだったから・・・・酔ってたからかもしれないけど」
その後、諒は次の日仕事だからとすぐに帰ってしまった。
俺はソファーですーすーと寝息を立てるムウを見つめていた。
不意に、その瞳から水晶の涙が零れ落ちた。
「リ・・・・ロイ・・・・」
あのときと同じ・・・・・。
俺は、そっとムウの肩をゆすった。
「ムウ、部屋で寝ろよ・・・ムウ」
「うーん・・・・アキィ?あれぇ、諒ちゃんはー?」
「とっくに帰ったよ。ほら、着替えないと」
「アキィ」
「なーんだよ、お前酒くせえなぁ」
へばりついてくるムウを引きずるように、俺はムウを部屋へ連れていく。
「気持ち悪い・・・・・」
「え・・・・うわ、ちょっと待て!今トイレ連れてくから!」
「ったくもう・・・・飲めないなら飲むなよなあ、もう」
「んふふ~、おいしかったよぉ、お酒~」
ようやく服を着替え、ベッドに倒れ込んだムウはご機嫌だった。
「そりゃよかったな。野球も楽しかったんだろ?」
「うん、楽しかった~。今度アキもいこーよー」
「だから、俺は野球わかんないって」
「アキも一緒がいい」
「・・・・諒と2人で、楽しそうだったじゃん」
思わず声が低くなって、自分でもはっとする。
ムウが、きょとんと目を瞬かせた。
「別に・・・・俺がいなくても、楽しそうだったじゃん。居酒屋にも行って・・・・超ご機嫌じゃん」
気付いたら、そんな言い方になってた。
まるで、拗ねてるみたいな・・・・。
「・・・・楽しかったよ。諒ちゃんといると楽しいよ。優しいし、明るいし、面白い」
「―――ふーん、よかったな。―――俺、もう寝るから」
そう言って、部屋を出ようとしてくるりとムウに背中を向けたけれど―――
「―――でも、俺はアキが好きだよ」
ムウの声に、ぴたりと足が止まった。
「楽しかったけど、やっぱりアキと一緒がいいって思った。俺ね、なんでここに来たのかわからないけど―――たぶん、アキに会いにきたんだよ」
「え・・・・?」
俺は、驚いて振り返った。
「ここを見たとき、あったかそうな色だって思った。アキといる時もね、そう思ってた。『あったかいな』って。今日、アキと離れてわかった。他の人の傍にいても、何も感じないんだ。アキといるときだけ―――あったかく感じる。だから、俺はここに来たんだと思う」
ムウはベッドから立ち上がると、ゆっくりと俺に近づき、そして俺にふわりと抱きついた。
「ム―――」
「ほら、あったかい・・・・」
―――違うよ。
―――あったかいのは、ムウだ・・・・・
柔らかくて、あったかい。
俺は、ムウの体をそっと抱きしめた―――
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