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震える肩ときれいな涙

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「ごちそうさま」

梨夢が茶碗と箸を置く。

「梨夢くん、それだけ?半分も残ってるよ」

周が心配そうに声をかけると、梨夢はちょっと笑って頷いた。

「今日、あんまりお腹すいてなくて」

「梨夢、大丈夫?具合―――」

慎も心配そうにそう言いかけたとき、ソファーの上のスマホが鳴った。

食事のときは、全員がスマホをソファーに置いておく決まりだ。


梨夢が席を立つ。

なっていたのは梨夢のスマホだった。

「―――父さんからだ。俺、自分の部屋に行くね」

そう言って、梨夢はスマホを持って部屋に入って行った。



俺たちは食事を続けながらも、お互いの顔を見た。

「・・・父さんからって、今日の件かな」

慎の言葉に廉くんが頷いた。

「たぶんね。あの後、教頭から電話あって、父さんに連絡したって言ってたから」

「あいつ、どうなるの?」

周が興味なさげに言った。

「さあね。職員会議が開かれたっぽいけど、詳しい内容はわからない。でもたぶん、他の学校に転任てことで済ませるんじゃない?」

廉くんの言葉に慎も周も不満そうだ。

もちろん俺も不満だけど。

「動画も画像も削除したし、触ったっていうのも授業中少し手が触れただけ、って言われたらそれ以上追及できないし。転任させられるなら今後はうちらに関わることはないだろうから」

俺がそう言うと、周がため息をついた。

「梨夢くんは、他の子が被害にあわないようにって言ってたよ。もし、他の学校で同じようなことがあったら・・・」

「でも俺らには、これ以上何もできないよ。警察に言ったところで、写真撮られたってだけじゃ・・・」

「・・・梨夢、大丈夫かな。顔色悪かったし、食欲もないって」

慎が梨夢の部屋の扉を見つめた。

「―――後で、紅茶でも持って行くよ。確かクッキーがあっただろ。それと一緒に」

俺がそう言うと、3人は黙って頷いたのだった。





いつもは梨夢が一番先に風呂に入るんだけど、今日は『最後でいい』と言って部屋に閉じこもってしまった。

こんなことは初めてで、俺たちも戸惑っていた。

以前美術教師に襲われかけたときもケロッとしていて特にショックを受けている様子はなかった。

だが今回は―――



コンコン



紅茶とクッキーの乗ったトレイを持って、俺は梨夢の部屋の扉をノックした。

「梨夢、入るよ」

部屋に入ると、梨夢はベッドの上に体を起こした。

「寝てたの?」

「ううん。ごろごろしてただけ。クッキー?」

「うん。ごはん、あんまり食べなかっただろ?お腹すくと思って」

「ありがと、護」

そう言って梨夢は笑ったけれど、やっぱり元気がなかった。

「父さん、何だって?」

俺は梨夢の隣に座り、その髪を撫でた。

「教頭先生から電話あったって。すごい謝られたけど、とりあえずめちゃくちゃ怒っといたからって」

「ふふ・・・・父さんらしい。俺らにもメールが来たよ。梨夢ことを頼むって。心配してた」

「うん・・・・」

「梨夢・・・・?どうした?もうあいつは梨夢に近づかないよ」

「わかってる・・・。あいつに前から触られたりしてたこと、みんなに黙っててごめんね」

「いいよ。そりゃ言ってほしかったけど・・・・。俺らに心配かけたくなかったんだろ?」

俺はそう言って、梨夢の肩を抱いたけれど・・・・

梨夢はうつむいたまま、かすかに肩を震わせていた。


―――泣いてる・・・・?


「梨夢?どうした?大丈夫か?なんか・・・・あいつに、されてたのか?俺らが知ってること以外、何か―――」

俺の言葉に、梨夢は黙って首を振った。

でも、膝の上で握られた手には、梨夢の涙が零れ落ちた。

「梨夢・・・・?なあ、言ってくれよ。何があった?」

俺は梨夢の体の向きを変え、正面からその顔を覗き込んだ。

梨夢が、ゆっくりとその泣き濡れた顔を上げる。

大きな目にいっぱいの涙が溢れ、そのきれいな睫毛を濡らしていた。

きゅっと唇を結び、じっと俺を見つめるその目は。

なぜだか艶っぽくて俺の胸の鼓動が早くなった。

「梨夢・・・・?」

「護・・・・」

声変わりして、ちょっと低く、でも甘く鼻にかかるその声で呼ばれると、俺の胸がギュッと苦しくなる。

背も伸びて、もう俺にも追いつきそうだ。

でも中身はずっと変わらない『かわいい梨夢』のまま・・・・

「護・・・俺・・・・」

梨夢が瞬きをすると、ポロリと涙が零れ落ちた。

あまりに綺麗なその涙の行方を追っていると―――

「――――!?」

突然、梨夢が俺に抱きついた。

梨夢の涙があっという間に俺の肩を濡らす。

「り・・・む・・・?どした・・・・?」

ドキドキしているのを気付かれないように、俺は平静を装う。

そっとその震える背中に腕を回して、優しく抱きしめる。

「梨夢・・・・」

「護・・・・俺・・・・ずっとここにいてもいい・・・・?」

「あ・・・当たり前だろ?急に何言うんだよ。俺たちは家族なんだから、いていいに決まってるじゃん」

「俺が・・・・どんな人間でも?」

「どんな人間だっていうの・・・梨夢は、梨夢でしょ?」

「・・・・ずっと、一緒にいてくれる・・・・?」

「もちろん。嫌がったって一緒にいるよ」

わざと軽い感じでそう言って、俺は梨夢の背中を撫でた。

「ありがと・・・・」

そう言って、梨夢が一層きつく俺に抱きつく。

俺はただ、梨夢の背中を撫でることしかできなかった。

声を殺して泣き続ける梨夢が、愛しくて・・・・。

梨夢に何があったのか。

無理に聞き出すことはしたくなかった。

梨夢が言いたくないのであれば、言いたくなるまで待つしかない・・・・。



しばらくすると、梨夢の体の震えはなくなっていた。

梨夢がそっと俺から離れ、恥ずかしそうに俯く。

「ごめんね・・・・」

「全然。逆に嬉しいよ」

「何それ」

梨夢が笑った。

いつもの梨夢の笑顔にはまだなっていなかったけれど・・・・

「・・・紅茶、飲んだらお風呂入るね」

「うん。あ、紅茶冷めてるだろ。入れ直してくるよ」

「いいよ、このままで」

「そう?」

梨夢は冷たい飲み物が苦手で、夏でもコーヒーや紅茶は温かいものを飲んでいた。

「・・・もうすぐ、夏休みだろ?どっか行きたいとこあるか?」

俺が聞くと、梨夢は冷めた紅茶に口をつけながらちょっと首を傾げた。

「うーん・・・みんなと一緒ならどこでもいいよ」

「わかった。もし行きたいとこあったら教えて。じゃあな」

「うん」




部屋を出ると、俺はリビングのソファーでテレビを見ている周のそばへ行った。

「―――梨夢くん、どうだった?」

「ん・・・・なんか・・・悩んでるみたいだな」

「何を?」

周がソファーに寝そべったまま俺を見上げた。

「それが、わからない。言ってくれないんだ」

「護にも?」

「ん」

「・・・・それは・・・・よっぽどだね」

「うん。よっぽどだよ」

俺と周は、そのまま黙ってテレビを見ていたけれど―――

その内容は、全く頭に入ってこなかった・・・・。

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