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噂の真相

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「あ、有原くん!さっき弟さんが探してたけど」

用を足して教室に戻ると、クラスの女子に声を掛けられた。

「弟?どの弟?」

なんせ同じ学校に弟が3人もいるのだから紛らわしい。

「えっと、2年生のあの元気な子!」

「慎か・・・・じゃ、いいや」

「え・・・・いいの?」

どうせ、体育着を忘れたから貸して欲しいとか、そんなことだろう。
いつものことなので、俺は特に気にしないことにした。
必要ならまた来るだろう。

「弟っていえばさぁ、有原くんの弟の梨夢くんだっけ、超可愛いよね」
「わかる!超可愛い!周くんも可愛いけどね~。2人でいるとこ見るとラッキー!って思うもん」
「思う思う!」

・・・・・こういう会話は、聞きたくなくても自然と耳に入って来てしまう。
女の子たちからすると、アイドルを見て騒ぐのと同じ感覚なんだろうか・・・・・。

「そういえば梨夢くんがよく一緒にいる、あの背の高い子かっこよくない?」
「あ、渋木くんでしょ?大人っぽいよね」
「渋木くんと梨夢くんが一緒にいると、なんかあやしい感じに見えるよね~」
「そうそう!梨夢くんが女の子みたいで、渋木くんが守ってあげてるっていうか」
「野球部の男子が言ってた!渋木は絶対梨夢くんが好きなんだって!」
「それ、マジっぽくない?だってこないだなんか、隣のクラスの男子が2人が手ぇつないでるとこ見たとか―――」
「ホント!?」
「そういえばうちの後輩も、なんか2人が誰もいない教室で異常に密着してるの見たとか―――」
「あたしの妹が同じクラスなんだけど、もうあの2人付き合ってるとか―――」
「キスしてるとこ見たとか―――」


『ガタンッ!!!』


女子たちの会話が、ぴたりと止まる。

俺はさりげなく席を立ち、教室の入り口に向かって歩き出した。
走り出したいのを必死に堪える。
廊下に出ても、走れば音でわかるから、なるべく普通にさりげなく―――


―――手ぇつないでた?
―――異常に密着してた?
―――もう付き合ってる?
―――キスしてるの見た?

なんじゃそりゃあ!!!



「・・・・あれ、絶対梨夢くんのとこ行ったよね」
「行った行った。肩が震えてたよ」
「顔真っ赤じゃなかった?」
「渋木くん、ご愁傷さま」
「有原くんて生徒会長だしかっこいいんだけど、超ブラコンだよね」
「まぁ、あんな可愛い弟がいたらしょうがないか」


そんな会話が囁かれていたことなんて、俺は知る由もなく―――


「梨夢!!」

梨夢の教室を覗いた時―――

ちょうど、渋木と梨夢がじゃれあっていて、渋木が梨夢を後ろから羽交い絞めしているところだった・・・・・。




「どうかした?廉くん」

ちょうど昼休みに入り、俺は梨夢を屋上へと連れ出した。

「・・・お前さ、いつも渋木と一緒なの?」
「え・・・・そうだね。一緒にいることが多いかも」
「・・・・手ぇつないで歩いてたりするのか?見た人がいるって・・・・」
「え?・・・・あー、あれかな。移動教室の時、渡り廊下通るでしょ?あそこから、裏庭が見えるじゃん。あそこにね、ときどきノラ猫が来てるんだよ。三毛猫と、茶トラの猫。その猫たち見るのが好きでさ、気がつくともう授業が始まる時間で―――和也が気付いて迎えに来てくれるんだけど、その時あいつ、俺の手を引っ張っていくから・・・・それを見た人がいるのかな」
「・・・なるほど。じゃあ、教室で2人きりで・・・その、何かしてたりとか・・・・」
「教室で?・・・・う~ん、たまに、俺があいつの宿題見てやったりすることあるけど?」

・・・それが、密着してるように見えたのか?
まぁ、2人で頭つき合わせてたらそう見えるか・・・・。

俺も、ようやく落ち着いてきたみたいだった。

「じゃあ、その・・・・これは単に面白がって言ってるやつらがいるだけだと思うけど、その・・・・渋木と付き合ってるとか、キ・・・キス・・・・してたとか・・・・・」
「キス!?」

梨夢が、驚いてその目を大きく瞬かせた。

「何それ!?俺、和也とキスなんてしたことないよ?」
「そ、そうだよな、俺もおかしいとは思ったんだけどさ、その、一応、確認を・・・・」
「・・・・俺が、和也と付き合ってると思ったの?廉くん」
「いや!ちがくて!そういうさ、いい加減なこと言うやつが、たまにるからさ!」

梨夢は、繊細でとても傷つきやすい。

人に言われたことを気にすることも多い。

周なんかは割と計算で動いたりすることがあるやつなので、自分にとって得になるやつには親切にしたりするけど、自分には関係のない、得にならない人間に対しては適当にあしらうことができる(そのくせ、そういう相手にも嫌われないように立ちまわれる)し、そういうやつの言うことには一切関心を示さないし悪口を言われても気にもしない。

そういう器用さがない梨夢は、どんな時でも素直に正面から受け止めてしまうし、どんな言葉でも真剣に聞いてしまう。

ちょっとした妬みや嫌味など気にしなければいいのに、梨夢は真剣に考えてしまうんだ。

「・・・渋木は、いい奴なんだろう?」

俺の言葉に、梨夢はこくんと頷いた。

「うん。親友だと思ってるよ」
「そっか・・。うん、それならいいんだ。梨夢が信頼してるなら、俺も信じられるし。お前らがあんまり仲がいいから、そんな風に言うやつがいるってだけの話だし、気にすんな」
「うん」

梨夢が、俺を見上げて笑う。

―――可愛い。

最近、梨夢を見てるとドキッとすることが多い。

女の子を見てても、そんなことないのに。

笑顔を見ると、ドキドキする。

泣きそうな顔を見ると胸が痛む。

自分以外の誰かといるのを見ると、せつなくなる。

この感覚は、なんだろう。


「・・・・・梨夢、授業でわからないとこはないか?いつでも、教えてやるからな」
「うん!あ、今日ね、数学でこないだ廉くんに教えてもらった問題やったんだよ!それできたの、俺だけだった!」
「へえ、よかったな」
「うん!やっぱり、廉くんに教えてもらうとわかりやすい。今度は英語教えて。俺、英語苦手」
「いいよ。じゃ、今日俺の部屋においで」
「うん!」

はじけるような笑顔。

まただ。

ドキドキして、ちょっと切ないようなこの感じ。

梨夢といるときにだけ、感じるこの気持ちは―――



「梨夢くん!廉くん!」

「あ、周!」

屋上の入口の扉から、周が顔を出していた。

・・・・・相変わらず目ざといやつだな。

「梨夢くんのクラス行ったら、渋木が、廉くんが来て梨夢くんをさらってったって」

周が、ちらりと俺を見る。

「人聞きの悪いこと言うな。ちょっと話があったから2人で屋上に来ただけだろ」
「渋木が言ったんだよ。あ、そういえばここに来る途中、学年主任の沖先生が梨夢くん探してたよ。プリント取りに来いって」
「あ、忘れてた。委員会のやつ、昼休みに取りに来いって言われてたんだ。廉くんごめん、俺もう行くね」
「ああ、悪かったな、連れだして」
「ううん、じゃあね!」

梨夢が手を振って行ってしまうと、周がじろりと俺を睨んだ。

「何してたの?」
「別に、ちょっと話してただけだよ。変な噂を聞いたから・・・・」
「変な噂?」
「・・・・渋木と、梨夢が・・・・付き合ってるとか」
「ああ・・・・それね」

周が、とっくに知っていたような体で肩をすくめた。

「お前・・・なんか知ってんのか?まさか渋木のやつ、梨夢に変なことしてねえだろうな」
「変なことはしてないよ。すごい仲がいいのは本当だし、それ見た女子が『あやしい』って言ってるのも知ってる」
「そんなにあやしいのか?」
「・・・・だって、梨夢くんが超なついてんだもん」

そう言って、周がちょっと口を尖らせた。

「梨夢くんてさ、人見知りするけど仲良くなると超懐こくなるじゃん。渋木に対してはまさにそんな感じ。いっつも渋木にくっついてるし、渋木も梨夢くんのこと超好きだし。梨夢くんの前じゃ言わないけど、梨夢くんいないとこじゃ『梨夢はかわいい』って言いまくってるって」
「マジかよ」
「・・・・あいつも、もてるんだから早く彼女でも作ればいいのに」
「・・・・お前も、彼女でも作れば?」
「はぁ?」

周が、思い切り顔をしかめて俺を見た。

「聞いてるよ。お前も、結構もてるんだって?こないだも超かわいい子に告られてるの見たって、慎が」
「あいつ・・・余計なこと言いやがって」
「お前は外面がいいからなぁ」
「ひでえ、兄貴がそういうこと言う?」
「お前に言われたくねえよ」
「ふん・・・・俺は、彼女なんかいらない」
「なんで?」

俺の言葉に、周はまたちらりと俺を見た。

「・・・・理由は、たぶん廉くんと一緒だよ」
「は?俺?」
「しらばっくれて・・・・。廉くんだって、俺の比じゃないくらいもてるの知ってるんだからね。毎年やる生徒の人気投票でも2年連続1位なんでしょ?」
「そんなもん・・・・」
「そんなモテモテの廉くんが、なんで誰とも付き合わないわけ?・・・・ま、慎も同じだけどね。俺ら兄弟が、なんて噂されてるか知ってる?」
「・・・・なんだよ」
「・・・・ブラコン兄弟。兄貴4人で、梨夢くんの争奪戦してるって。誰が勝つか、予想してるやつらもいるらしいよ」
「くっだらねぇ。面白がって噂してるだけだろ?」
「まあね。確かにくだらないけど・・・・それは、きっとみんなそんなこと本当だと思ってないから面白がってるんじゃない?」
「・・・どういう意味だよ?」
「真実は・・・・周りが思ってるよりももっと、危険な状態なんじゃないかってこと」
「危険・・・・?」
「・・・・廉くんさ、もし噂が本当だったらどうしてた?」
「え?」
「もし本当に、渋木と梨夢くんがつきあってたら・・・・2人が、キスまでしてるような仲だったら、どうしてた?」
「・・・・・」
「・・・・そういうことだよ」


周が俺に背を向けて行ってしまうのを、俺は呆然と見送っていた。


―――もしも、噂が本当だったら・・・・?


―――俺は、どうしてた・・・・・?

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