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第40話
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「天宮皐月くんが、好きでした」
取調室で、清水は背中を丸めそう呟いた。
「・・・僕が自分の性癖に気付いたのはもう随分昔のことです。若い、きれいな男の子が好きでした。もちろんそんなことは人には言えない。教職につき・・・・1人の生徒を好きになりました。可愛い男の子でした。母子家庭で、父親の愛に飢えていて・・・僕に懐いてくれたのが嬉しくて・・・だけど彼に生徒以上の愛情を持っているなんて知られるわけにはいかない。彼に触れたいけれど、触れられない。・・・ある日、大学時代に興味本位で勉強した催眠術を彼にかけてみたんです。驚くほど簡単にかかりましたよ。僕は、彼の手を握り・・・彼の肩を抱き・・・・つかの間の幸せを楽しみました。でもそれが他の先生に目撃されてしまった。彼は『先生には何もされていない』と言ってくれましたが、もう彼には会わせてもらえませんでした。僕はその学校を去り・・・その後に転任した学校で彼と・・・天宮皐月くんと出会ったんです」
俺と皐月は、取調室の隣の部屋で清水の様子を伺っていた。
取調室からはただの鏡にしか見えないが、こちらからは向こう側が見えるマジックミラーになっているのだ。
「彼は、本当にきれいな男の子でした。僕は一目で彼のことが好きになり・・・でも、前回の失敗を繰り返してはいけないとずっと隠していました。だが彼の両親が亡くなり、養護施設へ入ることになった時には心配でいてもたってもいられず・・・・施設へ会いに行きました。そこであの悪魔―――今野に会ったんです。奴のような男の傍に天宮くんを置いておくのは心配でしたが、今野の方が天宮くんを避けているようだったので安心していたんです。ところが・・・ある日、天宮くんに会いに行くと彼らの様子が明らかに変わっていた。天宮くんは今野に怯え、今野は天宮くんをいやらしい目で見ていた。何があったのか、僕にはすぐにわかりました。天宮くんに催眠術をかけ事の詳細を知った僕は、天宮くんの記憶から今野とのことを消そうと試みました。最初は、うまく行ったと思った。催眠術を掛け終えたあとの天宮くんはとても明るい表情をしていた。だが―――」
「・・・完全には忘れていなかった。というよりはあんたの行動に気付いた今野が、再び天宮くんを襲い、新たな記憶を植え付けていたんだ」
岩本さんの言葉に、清水は悔しそうに歯ぎしりした。
「あの悪魔・・・・!僕は、天宮くんに施設を出るように言ったんだ。僕がなんとか親戚の人を説得するからと・・・!だが天宮くんは首を縦に振らなかった。今、この施設を出るわけにはいかないと」
「あの施設には、今野が目をつけている女の子がいた。天宮くんは、その女の子を守るために残ると言ったんだろう」
「それは、わかってました。だが、そのために彼が犠牲になるなんて・・・・!あんなに美しい存在が、あの悪魔によって汚されてしまうなんて・・・!」
鏡越しに清水を見つめる皐月の瞳は、悲しみに揺れていた。
その小部屋には、俺たちの他には誰もいなかった。
俺は、黙って皐月の手を握った。
「僕は、何度も天宮くんに催眠術を掛けた。だがそのたびにあの男に・・・・どうして鍵をかけないのか、どうしてやつを拒否しないのかと聞きましたが、天宮くんは、彼を拒否することはできないと・・・拒否すれば女の子の写真がばらまかれてしまうと・・・・だけど、そんなことをずっと続けるなんて間違ってる。僕の説得に応じない天宮くんに、僕は疑念を抱いた。本当は、天宮くんは今野に抱かれることを望んでるんじゃないかと・・・」
「・・・・それで」
「天宮くんを、あんな悪魔に取られるのかと思ったら我慢ができなかった。何とか天宮くんを僕のこの手に・・・・僕の恋人に・・・・だが、何度やっても天宮くんは僕に催眠術を掛けられたことさえ忘れてしまっていた。今野とのことは覚えているのに・・・・何度催眠術で、『きみはぼくの恋人だ』と言い聞かせても、ダメだった。だから・・・・僕は彼から離れることにしたんだ」
「今野が捕まり、天宮くんが親戚に引き取られることになり、それきり連絡をとっていなかったんだな。それなのに、なぜ今さら?」
「・・・僕は、ずっと天宮くんを忘れることができなかった。普通の・・・・ありきたりの人生を歩もうと親の勧める相手と結婚したが、愛情を感じることはできなかった。それでも僕なりに彼女を大切にしていたつもりだったが、彼女は病気で呆気なく死んでしまい・・・・やはり僕には天宮くんしかいないと思った。でも天宮くんの行方がわからなくて・・・・そんなとき、こっちで偶然田中や吉田に再会し、同窓会の話を聞いた。これで天宮くんに会えると思ったが、彼らも松本くんの連絡先がわからないと言っていて、がっかりしていた時、偶然天宮くんに会うことができた。運命だと思った。神様が、ひき会わせてくれたんだと・・・・天宮くんも会えたことを喜んでくれていて、あのときの催眠術はきいているんだと―――僕のことを愛してくれているんだと思った。それなのに・・・・・恋人がいると・・・・!しかもそれが男で、一緒に住んでいると・・・!許せなかった!僕はずっと天宮くんだけを想っていたのに、天宮くんは僕のことなど忘れ、他の男を愛していたんだと知って―――僕は・・・・気付けば彼の首に手を掛けていた」
皐月が、俺の手を握り返す。
「・・・・出ようか?」
俺の言葉に、皐月は首を振った。
「・・・大丈夫」
「―――天宮くんを殺そうとしたのか?」
「・・・殺したいと思ったのは事実です。他の男を愛した彼を、許せなかった。その翌日、今野とのことを今の恋人にバラすと脅して、ホテルに呼び出しました。冷水をかけ、ナイフで脅し・・・・催眠術を掛けようとしたが聞かなかった。もう、殺すしかないと思った。用意していた睡眠薬をコーヒーに入れ、彼を眠らせて・・・・ナイフで刺し殺すつもりだった。そしてそのあと手首を切って、彼と一緒に死ぬつもりだったんだ。でも・・・・気を失った彼のきれいな顔を見ていたら、とても傷つけることなんてできなかった。彼は、まるでギリシャ神話に出てくる天使のようだった。濡れた髪も、白い肌も、この世のものとは思えないほど美しくて・・・・彼を殺すことなんて、できなかった・・・・。僕は、気を失っている天宮くんに今日のことを―――僕と会ったことを全て忘れるよう暗示をかけ、部屋を後にした」
「その後天宮くんに再会した時は、忘れていると確信してたのか?」
「ええ。暗示を掛けたことももちろん、その前のことにしても・・・・彼は、僕とのことを忘れるようになっているようでしたから」
「それで、そのあとは?」
「天宮くんと一緒にいた男・・・・彼の上司と言っていたけれど、ただの上司と部下の関係には見えなかった。特に上司の・・・河合さんでしたか。彼は天宮くんを特別な目で見ていた。だから、後をつけたんです。彼らの関係を確かめるために」
「・・・・それで」
「彼らはずっと一緒でした。探偵事務所から出て車に乗り、買い物へ行き、その後マンションへ入っていくところを見て・・・・きっとあれが彼の恋人だと思いました。頭に血が上って・・・・もう、何も考えられなくなりました。河合さんのあとをつけ、事務所へ入るのを見てから一旦途中で見かけた材木店へ引き返して適当な木材を盗んで戻り・・・・事務所から河合さんが出てくるのを待って後ろから襲いました。とどめを刺すつもりでしたが、人の話し声がして、逃げました」
「それを、今野が見てたのか?」
「ええ・・・・。次の日今野から電話がありました。どうやって調べたのか、僕の携帯の電話番号を知っていて・・・。天宮くんのことで話があるとあの材木店へ呼び出され、そこへ行きました。全て見ていたと言われ・・・・ばらされたくなければ500万寄越せと。そして・・・このあと天宮くんがここへ来るから、彼を今野の指定するホテルへ連れてこいと言われました」
「今野は、天宮くんを襲ったのもあんただと気付いてたのか?」
その言葉に、清水は初めて口の端を上げ、笑みらしきものを浮かべた。
「いいえ、奴はその事件のことさえ知りませんでしたよ。ただ、僕の気持ちを知ってて・・・・わざとそう言ったんですよ。僕の前で、皐月を抱いてやると。目の前で、自分の好きなやつが他の男に抱かれるのはどんな気分だろうなと・・・・・そう言ってあの男は笑ったんですよ!まだ中学生の・・・何も知らなかった無垢な彼を汚したあの男が・・・・・また、彼を傷つけようとしている。この僕の目の前で・・・!そんな・・・・そんなこと、許せるはずがない!!」
清水の体が、わなわなと震えだした。
「あの男を、生かしておいちゃいけない!生かしておけばこの先、きっと何度も天宮くんを傷つけるだろう。だから・・・・」
「だから、殺したのか?」
「そうだ!どうせあの男はろくな死に方はしないわかっていた。だからバッグの中に入れておいたナイフで―――あの男を刺してやったんだ!!」
「そのあと、どうして天宮くんを襲った?どうして彼に凶器を持たせた?」
「・・・・奴を殺したところで、天宮くんが他の男のものだという事実は変わらない。彼が、僕のものになることはない・・・・そう思ったら、虚しくなってしまった。だったらいっそのこと、天宮くんに罪を着せ、牢獄に閉じ込めてしまおうと思ったんだ。殺人犯として捕まれば、きっと今の恋人とは別れるだろうと思った。そうして傷ついた彼が再び外の世界へ出てきた時、僕が彼を優しく迎えてやればいいと思った。彼の傷を癒し、そして今度こそ天宮くんは僕の恋人になるはずだと・・・・そう思ったのに・・・・まさか―――」
その時、取調室のドアがノックされ、若い刑事が入ってくると岩本さんに何かを耳打ちした。
「―――凶器から、あんたの指紋が検出されたよ」
岩本さんの言葉に、清水は顔を上げた。
能面のように、何の感情もない顔だった。
「最初に天宮くんが襲われたあのホテルの部屋で採取された指紋とも一致した。それから・・・・河合くんが襲われた時、逃げていくあんたの姿の目撃情報も出たそうだ」
「・・・・そうですか」
「・・・こんな事件を起こさなければ・・・・あんたは天宮くんにとって、『優しい先生』のままだったのにな」
その言葉に、清水は背中を丸めうなだれていたけれど―――
突然、喉を鳴らすような不気味な笑い声を上げ、体を震わせた。
岩本さんと、調書をとっていた関が驚いて清水を見る。
「ふ・・・・・ふふふ・・・・・優しい先生・・・・?そんなもの・・・・・僕は、彼の恋人になりたかったんだ・・・・もう少しで、なれるはずだった・・・・彼の恋人に・・・・もう少しだったんだ・・・・・!くっそー―――――!!!」
机の上に突っ伏し、嗚咽を漏らし始めた清水を、岩本さんと関が何とも言えない表情で見つめていた。
ふと、関がこちらを見た。
関からこちらの様子は見えないけれど―――。
「・・・・皐月、行こう」
俺は皐月の肩を抱き、促した。
皐月は俺にもたれるようにして、ふらふらと足を動かした。
タクシーに乗り込み、マンションへ向かう。
皐月はずっと俯き押し黙ったままだ。
皐月を手に入れるため浩斗くんを襲い、今野を殺害した清水。
そして自分のものにするため、その罪を皐月に着せようとまでした。
俺は清水のことを許すことはできないけれど、皐月は―――
「―――皐月、着いたよ」
マンションにつき、俺は皐月を促し我が家へ戻った。
「皐月?どうした?」
皐月は、玄関で立ち尽くしたまま靴を脱ごうとしない。
「皐月?」
「・・・・先生は・・・・俺のせいで人殺しまでしたんだね・・・・・」
「皐月・・・・。違うよ、皐月のせいじゃない。あの人は―――」
「もしもあの時、俺が先生の気持ちに応えて、本当に先生の恋人になっていたら・・・・こんなことには―――」
「皐月!!」
俺は、玄関でまるで幽霊のように立ちつくしている皐月の傍に駆け寄り、その体を抱きしめた。
「変なこと言うな!」
「でも・・・・もし先生の恋人になってたら、浩斗くんが襲われることも、今野が殺されることも―――稔が襲われることだって」
「ふざけんなよ!」
俺は、皐月の肩を強く掴みその顔を下から覗きこんだ。
皐月の目には涙が溜まっていた。
「お前に催眠術をかけて、自分の思い通りにしようとしたんだぞ?お前の本当の気持ちにも気付かずに―――そんな・・・・そんなやつの恋人になるっていうのか?俺は・・・・そんなやつにお前を奪われなきゃいけないのか!?」
「稔・・・・」
「あんな奴に、お前は渡さない!絶対に・・・・渡さない!!」
皐月の大きな瞳から涙が零れ落ち、俺の頬に落ちた。
俺は、皐月の顔を挟み込むように両手で包み、その唇に噛みつくようなキスをした。
何度も何度も、息つぐ間も与えないほど激しいキスを繰り返し―――
力が抜け、その場にしゃがみこんだ皐月を抱きしめた。
「・・・・俺が、ついてるよ、皐月―――」
そう耳元に囁いた瞬間―――
皐月が、声を上げて泣き出した。
まるで、生まれたばかりの赤ん坊のように――――
取調室で、清水は背中を丸めそう呟いた。
「・・・僕が自分の性癖に気付いたのはもう随分昔のことです。若い、きれいな男の子が好きでした。もちろんそんなことは人には言えない。教職につき・・・・1人の生徒を好きになりました。可愛い男の子でした。母子家庭で、父親の愛に飢えていて・・・僕に懐いてくれたのが嬉しくて・・・だけど彼に生徒以上の愛情を持っているなんて知られるわけにはいかない。彼に触れたいけれど、触れられない。・・・ある日、大学時代に興味本位で勉強した催眠術を彼にかけてみたんです。驚くほど簡単にかかりましたよ。僕は、彼の手を握り・・・彼の肩を抱き・・・・つかの間の幸せを楽しみました。でもそれが他の先生に目撃されてしまった。彼は『先生には何もされていない』と言ってくれましたが、もう彼には会わせてもらえませんでした。僕はその学校を去り・・・その後に転任した学校で彼と・・・天宮皐月くんと出会ったんです」
俺と皐月は、取調室の隣の部屋で清水の様子を伺っていた。
取調室からはただの鏡にしか見えないが、こちらからは向こう側が見えるマジックミラーになっているのだ。
「彼は、本当にきれいな男の子でした。僕は一目で彼のことが好きになり・・・でも、前回の失敗を繰り返してはいけないとずっと隠していました。だが彼の両親が亡くなり、養護施設へ入ることになった時には心配でいてもたってもいられず・・・・施設へ会いに行きました。そこであの悪魔―――今野に会ったんです。奴のような男の傍に天宮くんを置いておくのは心配でしたが、今野の方が天宮くんを避けているようだったので安心していたんです。ところが・・・ある日、天宮くんに会いに行くと彼らの様子が明らかに変わっていた。天宮くんは今野に怯え、今野は天宮くんをいやらしい目で見ていた。何があったのか、僕にはすぐにわかりました。天宮くんに催眠術をかけ事の詳細を知った僕は、天宮くんの記憶から今野とのことを消そうと試みました。最初は、うまく行ったと思った。催眠術を掛け終えたあとの天宮くんはとても明るい表情をしていた。だが―――」
「・・・完全には忘れていなかった。というよりはあんたの行動に気付いた今野が、再び天宮くんを襲い、新たな記憶を植え付けていたんだ」
岩本さんの言葉に、清水は悔しそうに歯ぎしりした。
「あの悪魔・・・・!僕は、天宮くんに施設を出るように言ったんだ。僕がなんとか親戚の人を説得するからと・・・!だが天宮くんは首を縦に振らなかった。今、この施設を出るわけにはいかないと」
「あの施設には、今野が目をつけている女の子がいた。天宮くんは、その女の子を守るために残ると言ったんだろう」
「それは、わかってました。だが、そのために彼が犠牲になるなんて・・・・!あんなに美しい存在が、あの悪魔によって汚されてしまうなんて・・・!」
鏡越しに清水を見つめる皐月の瞳は、悲しみに揺れていた。
その小部屋には、俺たちの他には誰もいなかった。
俺は、黙って皐月の手を握った。
「僕は、何度も天宮くんに催眠術を掛けた。だがそのたびにあの男に・・・・どうして鍵をかけないのか、どうしてやつを拒否しないのかと聞きましたが、天宮くんは、彼を拒否することはできないと・・・拒否すれば女の子の写真がばらまかれてしまうと・・・・だけど、そんなことをずっと続けるなんて間違ってる。僕の説得に応じない天宮くんに、僕は疑念を抱いた。本当は、天宮くんは今野に抱かれることを望んでるんじゃないかと・・・」
「・・・・それで」
「天宮くんを、あんな悪魔に取られるのかと思ったら我慢ができなかった。何とか天宮くんを僕のこの手に・・・・僕の恋人に・・・・だが、何度やっても天宮くんは僕に催眠術を掛けられたことさえ忘れてしまっていた。今野とのことは覚えているのに・・・・何度催眠術で、『きみはぼくの恋人だ』と言い聞かせても、ダメだった。だから・・・・僕は彼から離れることにしたんだ」
「今野が捕まり、天宮くんが親戚に引き取られることになり、それきり連絡をとっていなかったんだな。それなのに、なぜ今さら?」
「・・・僕は、ずっと天宮くんを忘れることができなかった。普通の・・・・ありきたりの人生を歩もうと親の勧める相手と結婚したが、愛情を感じることはできなかった。それでも僕なりに彼女を大切にしていたつもりだったが、彼女は病気で呆気なく死んでしまい・・・・やはり僕には天宮くんしかいないと思った。でも天宮くんの行方がわからなくて・・・・そんなとき、こっちで偶然田中や吉田に再会し、同窓会の話を聞いた。これで天宮くんに会えると思ったが、彼らも松本くんの連絡先がわからないと言っていて、がっかりしていた時、偶然天宮くんに会うことができた。運命だと思った。神様が、ひき会わせてくれたんだと・・・・天宮くんも会えたことを喜んでくれていて、あのときの催眠術はきいているんだと―――僕のことを愛してくれているんだと思った。それなのに・・・・・恋人がいると・・・・!しかもそれが男で、一緒に住んでいると・・・!許せなかった!僕はずっと天宮くんだけを想っていたのに、天宮くんは僕のことなど忘れ、他の男を愛していたんだと知って―――僕は・・・・気付けば彼の首に手を掛けていた」
皐月が、俺の手を握り返す。
「・・・・出ようか?」
俺の言葉に、皐月は首を振った。
「・・・大丈夫」
「―――天宮くんを殺そうとしたのか?」
「・・・殺したいと思ったのは事実です。他の男を愛した彼を、許せなかった。その翌日、今野とのことを今の恋人にバラすと脅して、ホテルに呼び出しました。冷水をかけ、ナイフで脅し・・・・催眠術を掛けようとしたが聞かなかった。もう、殺すしかないと思った。用意していた睡眠薬をコーヒーに入れ、彼を眠らせて・・・・ナイフで刺し殺すつもりだった。そしてそのあと手首を切って、彼と一緒に死ぬつもりだったんだ。でも・・・・気を失った彼のきれいな顔を見ていたら、とても傷つけることなんてできなかった。彼は、まるでギリシャ神話に出てくる天使のようだった。濡れた髪も、白い肌も、この世のものとは思えないほど美しくて・・・・彼を殺すことなんて、できなかった・・・・。僕は、気を失っている天宮くんに今日のことを―――僕と会ったことを全て忘れるよう暗示をかけ、部屋を後にした」
「その後天宮くんに再会した時は、忘れていると確信してたのか?」
「ええ。暗示を掛けたことももちろん、その前のことにしても・・・・彼は、僕とのことを忘れるようになっているようでしたから」
「それで、そのあとは?」
「天宮くんと一緒にいた男・・・・彼の上司と言っていたけれど、ただの上司と部下の関係には見えなかった。特に上司の・・・河合さんでしたか。彼は天宮くんを特別な目で見ていた。だから、後をつけたんです。彼らの関係を確かめるために」
「・・・・それで」
「彼らはずっと一緒でした。探偵事務所から出て車に乗り、買い物へ行き、その後マンションへ入っていくところを見て・・・・きっとあれが彼の恋人だと思いました。頭に血が上って・・・・もう、何も考えられなくなりました。河合さんのあとをつけ、事務所へ入るのを見てから一旦途中で見かけた材木店へ引き返して適当な木材を盗んで戻り・・・・事務所から河合さんが出てくるのを待って後ろから襲いました。とどめを刺すつもりでしたが、人の話し声がして、逃げました」
「それを、今野が見てたのか?」
「ええ・・・・。次の日今野から電話がありました。どうやって調べたのか、僕の携帯の電話番号を知っていて・・・。天宮くんのことで話があるとあの材木店へ呼び出され、そこへ行きました。全て見ていたと言われ・・・・ばらされたくなければ500万寄越せと。そして・・・このあと天宮くんがここへ来るから、彼を今野の指定するホテルへ連れてこいと言われました」
「今野は、天宮くんを襲ったのもあんただと気付いてたのか?」
その言葉に、清水は初めて口の端を上げ、笑みらしきものを浮かべた。
「いいえ、奴はその事件のことさえ知りませんでしたよ。ただ、僕の気持ちを知ってて・・・・わざとそう言ったんですよ。僕の前で、皐月を抱いてやると。目の前で、自分の好きなやつが他の男に抱かれるのはどんな気分だろうなと・・・・・そう言ってあの男は笑ったんですよ!まだ中学生の・・・何も知らなかった無垢な彼を汚したあの男が・・・・・また、彼を傷つけようとしている。この僕の目の前で・・・!そんな・・・・そんなこと、許せるはずがない!!」
清水の体が、わなわなと震えだした。
「あの男を、生かしておいちゃいけない!生かしておけばこの先、きっと何度も天宮くんを傷つけるだろう。だから・・・・」
「だから、殺したのか?」
「そうだ!どうせあの男はろくな死に方はしないわかっていた。だからバッグの中に入れておいたナイフで―――あの男を刺してやったんだ!!」
「そのあと、どうして天宮くんを襲った?どうして彼に凶器を持たせた?」
「・・・・奴を殺したところで、天宮くんが他の男のものだという事実は変わらない。彼が、僕のものになることはない・・・・そう思ったら、虚しくなってしまった。だったらいっそのこと、天宮くんに罪を着せ、牢獄に閉じ込めてしまおうと思ったんだ。殺人犯として捕まれば、きっと今の恋人とは別れるだろうと思った。そうして傷ついた彼が再び外の世界へ出てきた時、僕が彼を優しく迎えてやればいいと思った。彼の傷を癒し、そして今度こそ天宮くんは僕の恋人になるはずだと・・・・そう思ったのに・・・・まさか―――」
その時、取調室のドアがノックされ、若い刑事が入ってくると岩本さんに何かを耳打ちした。
「―――凶器から、あんたの指紋が検出されたよ」
岩本さんの言葉に、清水は顔を上げた。
能面のように、何の感情もない顔だった。
「最初に天宮くんが襲われたあのホテルの部屋で採取された指紋とも一致した。それから・・・・河合くんが襲われた時、逃げていくあんたの姿の目撃情報も出たそうだ」
「・・・・そうですか」
「・・・こんな事件を起こさなければ・・・・あんたは天宮くんにとって、『優しい先生』のままだったのにな」
その言葉に、清水は背中を丸めうなだれていたけれど―――
突然、喉を鳴らすような不気味な笑い声を上げ、体を震わせた。
岩本さんと、調書をとっていた関が驚いて清水を見る。
「ふ・・・・・ふふふ・・・・・優しい先生・・・・?そんなもの・・・・・僕は、彼の恋人になりたかったんだ・・・・もう少しで、なれるはずだった・・・・彼の恋人に・・・・もう少しだったんだ・・・・・!くっそー―――――!!!」
机の上に突っ伏し、嗚咽を漏らし始めた清水を、岩本さんと関が何とも言えない表情で見つめていた。
ふと、関がこちらを見た。
関からこちらの様子は見えないけれど―――。
「・・・・皐月、行こう」
俺は皐月の肩を抱き、促した。
皐月は俺にもたれるようにして、ふらふらと足を動かした。
タクシーに乗り込み、マンションへ向かう。
皐月はずっと俯き押し黙ったままだ。
皐月を手に入れるため浩斗くんを襲い、今野を殺害した清水。
そして自分のものにするため、その罪を皐月に着せようとまでした。
俺は清水のことを許すことはできないけれど、皐月は―――
「―――皐月、着いたよ」
マンションにつき、俺は皐月を促し我が家へ戻った。
「皐月?どうした?」
皐月は、玄関で立ち尽くしたまま靴を脱ごうとしない。
「皐月?」
「・・・・先生は・・・・俺のせいで人殺しまでしたんだね・・・・・」
「皐月・・・・。違うよ、皐月のせいじゃない。あの人は―――」
「もしもあの時、俺が先生の気持ちに応えて、本当に先生の恋人になっていたら・・・・こんなことには―――」
「皐月!!」
俺は、玄関でまるで幽霊のように立ちつくしている皐月の傍に駆け寄り、その体を抱きしめた。
「変なこと言うな!」
「でも・・・・もし先生の恋人になってたら、浩斗くんが襲われることも、今野が殺されることも―――稔が襲われることだって」
「ふざけんなよ!」
俺は、皐月の肩を強く掴みその顔を下から覗きこんだ。
皐月の目には涙が溜まっていた。
「お前に催眠術をかけて、自分の思い通りにしようとしたんだぞ?お前の本当の気持ちにも気付かずに―――そんな・・・・そんなやつの恋人になるっていうのか?俺は・・・・そんなやつにお前を奪われなきゃいけないのか!?」
「稔・・・・」
「あんな奴に、お前は渡さない!絶対に・・・・渡さない!!」
皐月の大きな瞳から涙が零れ落ち、俺の頬に落ちた。
俺は、皐月の顔を挟み込むように両手で包み、その唇に噛みつくようなキスをした。
何度も何度も、息つぐ間も与えないほど激しいキスを繰り返し―――
力が抜け、その場にしゃがみこんだ皐月を抱きしめた。
「・・・・俺が、ついてるよ、皐月―――」
そう耳元に囁いた瞬間―――
皐月が、声を上げて泣き出した。
まるで、生まれたばかりの赤ん坊のように――――
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