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第31話

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雨がひどくなってきたけど―――

このままここにいても、仕方ない。

俺は、左足を軽く動かしてみた。

痛みはあるけれど―――

「―――ん、だいじょぶ・・・・」

自分に言い聞かせるように声に出す。

何とか、タクシーでも拾えるようなところまで出られれば・・・・・

俺は思い切って、足を踏み出した・・・・・。





「―――だめだ、車の中からじゃわかんねえ」

葵くんに教えてもらった住所を頼りにその付近まで来たはいいけれど、外は土砂降りの雨で、しかもこの辺は高級住宅街でこんな時間に外を歩いてる人もいないし、店もまばらでほとんど閉まっている。

雨の降る暗闇の中、車を走らせていても何も進展しない気がして、俺は大きな通りまで出ると適当な駐車場に車を止め、後ろの座席から傘を取ると外に出た。

この通り沿いには開いているバーやクラブ、それからコンビニもあった。

もしかしたら友達に会って、そのまま飲みに行くことも考えられる。

連絡しないということは考えにくかったけれど、とにかく可能性のある限り調べてみるしかない。

そう思って、俺は入口が地下にある、おしゃれなバーへと入っていった。

中はこじんまりとしていたが、なかなかおしゃれで、若いカップルなどでにぎわっていた。

とりあえずカウンターの中でシェイカーを振っているバーテンダーに聞いてみようと近づこうとして―――

カウンターの端に座っていたカップルの女性の声が、俺の耳に飛び込んできた。

「―――でね、何事かと思って後ろを見たら、有村理央がいたのよ!」


―――は?


「有村?誰、それ」

男の方が、首を傾げる。

「知らないの?今ドラマに出てて、すごい人気なんだから」

「へえー。で、その有村・・・なんとかがいたの?」

「理央!有村理央。そう!でね、女の子たちに追いかけられてて、超必死で走ってたの。びっくりしたぁ」

「ふーん。で、捕まったの?そいつ」

「さあ、知らないけど、足は早かったわよ。たぶん、あの先に公園があったはずだから、そこに逃げたのかも。でもあそこちょっと危ないのよね」

「危ないって?」

「公園の中が整備中なんだけど、立て札があるだけで、柵も何もないの。遊具とか何もない公園だから、子供が遊んだりするようなとこじゃないんだけど―――でも、夜なんか街灯も少なくて真っ暗だし、間違って崖から落ちたりしたら―――」

「ちょっと!」

俺は、思わずその女性の肩を掴んでいた。

「きゃあっ、な、なに?」

女性が驚いて振り向く。

「あ―――すいません、その、今言ってた公園って、どこにあります?ここから近いですか?」

「え・・・・ええ、たぶん5分くらいですけど・・・・」

「教えてもらえませんか?その、俺、有村理央の、知り合いで・・・・」

カップルが、顔を見合わせる。

「お願いします!ちょっと、連絡とれなくて―――心配で、探しに来たんですけど・・・・・」

必死だった。

勝手に理央の知り合いだなんて言ったりして、あとで理央が困らないだろうかとか、変な噂になったりしないだろうかとか、頭に浮かびはしたけれど、でも、それよりも早く理央の行方を知りたかった。

「―――ちょっと待ってください。今、地図出します」

そう言って、女性は自分のスマホを取り出して操作し始めた。

「―――ありがとうございます!」

「いえ、連絡とれないなんて、心配ですもんね。―――あ、出ました。ここです」

女性にスマホの画面を見せてもらい、自分のスマホで写真を撮る。

「―――ありがとうございます!」

俺はもう一度女性にお礼を言い、頭を下げるとそのままバーを飛び出した。




電話に出ない理央。

土砂降りの雨。

柵のない整備中の公園。

俺の頭の中には、最悪の状況が浮かんでくる。

それを強く否定しながら―――

俺は、傘をさすことも忘れ走り続けた。



「―――ここ、か・・・・・?」

住宅街の中、目の前に見えた公園はひっそりと静まり返っていた。

見るからに街灯も少なく、夜は人が近寄ることもないだろうと思える不気味な空間に見えた。

―――ここに、理央が・・・・?

俺はその中に足を踏み入れようとして―――

少し離れた通りに面した公園の植木が、ガサッと大きく揺れた音に驚いて足を止めた。

ガサガサと、大きく揺れる植木。

と、その植木の間から、ズボッと腕が現れかと思うと、植木の隙間から、黒い影が―――

「―――え―――?」

ずぶぬれのその影は、植木の間からずるずると通りへ出てくると、そのままずるりと道に倒れ込んだ。

「―――――理央!!!」

見間違えるはずもない。

そこにいたのは、理央だった。

理央は全身ずぶぬれで、服はどろどろに汚れていた。

「理央!!しっかりしろ!!」

俺は理央に駆け寄ると、その体を抱き起した。

理央は、驚いたように目を見開き俺を見上げていた。

「きょおくん・・・・・?なんで・・・・・?」

「んなこと、どうでもいい!こんなにどろどろになって―――何してんだよ!!」

思わず怒鳴ってしまい、理央がびくりと体を震わせる。

「あ―――ごめん、と、とにかく、俺の車まで―――歩ける、か?」

理央の体を支えながら立ち上がろうとして―――

「っ―――」

理央が、顔を強張らせた。

「足―――怪我してるのか?」

「だ・・・・だいじょぶ・・・・」

俯く理央。

こんなときにまで俺に気を使う理央が、堪らなく愛しくて―――

俺は、思い切り理央を抱きしめた。

理央の体が、びくりと震える。

「きょ・・・・きょおくん・・・・?」

冷え切った体。

ずぶぬれのその服が、俺の服も濡らしていく。

「きょおくん、濡れちゃう・・・・・」

胸を押して、俺から離れようとする理央。

だけど、俺は理央から離れたくなくて。

「俺も、もう濡れてるから、気にするな」

「でも―――!」

弱々しく俺から離れようとする理央の体を、俺はそっと離し、くるりと背中を向けてしゃがんだ。

「―――乗れ」

「へ・・・?」

「へ、じゃない。車までおぶってくから、乗れ」

「え―――い、いいよ、俺、重いし―――」

「あほ!ぐずぐずしてたらもっと濡れんだろうが!いいから乗れ!」

「・・・・・はい」

小さく返事をすると、理央は遠慮がちに俺の背中におぶさってきた。

濡れた服のせいで重みは感じるものの、痩せたその体に胸が締め付けられる。

理央をおぶったまま、俺は駐車場に向かって歩き出した。

雨が、徐々に弱くなってきていた。

「きょおくん・・・・・かさ、持って来なかったの・・・・・?」

「あぁ・・・・そういえば、さっき入ったバーにおいてきちまった」

「バー・・・・?誰かと、飲んでたの?」

「―――馬鹿、お前を探してたんだよ。葵くんから、まだお前が帰ってこないって連絡もらって―――」

「え・・・・ほんと?今何時?俺、スマホ壊れちゃって―――」

背中で慌てだす理央に、俺は諭すように口を開く。

「あわてるな。車に着いたら、ちゃんと連絡するよ。とにかく今は―――」

その時だった。



「――――理央!!」



顔を上げた先には、肩で息をしながらこちらを見つめる3人の男の姿があった・・・・・。
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