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第28話

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―――理央に、会いたい。

ぼんやりと、テレビを眺めていた。

理央の出てるドラマ。

OLのペットとして暮らす美少年という役どころは、理央にぴったりだった。

かわいく主人公に甘えたり、励ましたり、そして時折見せる妙に冷めた、大人びた表情。

そして、ステージに立ち、ダンスを踊る理央。

息をのむほど美しく、引き込まれる。

それは俺が、今まで見たことのない理央の表情だった。

「理央・・・・会いたいよ・・・・」

葵くんは、昨日付けで会社を退職した。

笑顔で、『またね』と言って会社を後にした葵くん。

その後ろ姿に寂しさが募ったけれど―――

同時に、葵くんの背中に理央の背中が重なって見えた。

理央と毎日のように会っているという葵くん。

葵くんの口から理央の話を聞くのが何だか悔しくて、もう聞くのはやめようと思ったのだけれど、それでも葵くんの顔を見れば理央のことを考えずにはいられない。

理央は、葵くんとどんな話をしてるんだろう?

一緒に暮らしているという裕二とは?あの時一緒にいた『伊織』とは?

俺が会えない間、理央の傍にいられるやつらが羨ましくて―――憎らしかった。

みっともない嫉妬だってわかってる。

わかってるけど―――



葵くんが会社を去り、俺と理央を繋ぐものがまたひとつ、消えた気がした。

葵くんに聞けば、理央の近況くらいは教えてくれるだろうけど・・・・・

俺のつまらないプライドが、それをさせなかった。




「お疲れ様です」

会社の食堂で、1人で昼食をとる俺の前に、松下涼子が座った。

「あ・・・お疲れ」

「なんか、久しぶりですね、こうしてお話するの」

「うん・・・・」

九州から帰ってからは、やはり気まずくて彼女と目を合わせることもなかった。

「あの・・・・あの時は、ごめ―――」

「謝らないでください」

彼女が、俺の言葉を遮るようにぴしゃりと言った。

「え・・・・」

「わたし・・・・帰ってから冷静に考えたんです。高柳さんに拒否されて、ショックでした。でも、涙は出なかったんです。悲しいよりも、プライドを思い切りつぶされた怒りの方が大きかった」

そう言って、ふっと笑う涼子は、なぜかさっぱりとした顔をしていた。

俺は驚いて、涼子の顔を見つめた。

「わたし・・・・高柳さんのことを好きだと思ってましたけど、違ったみたいです。ただ、わたしに似合う人と早く結婚したかっただけ。仕事ができて、かっこよくて、優しくて―――高柳さんは、わたしの理想だった」

「俺は、優しくなんか・・・・」

「ええ。ちっとも優しくなんかなかった。全ては、わたしが勝手に描いた幻想だったんです。そして―――高柳さんも、わたしのことなんか好きじゃなかった」

「・・・・・ごめん」

「だから、謝らないでください。わたし、傷ついてなんかないんですから。お互い様ですよ。おかげで、すっきりできて良かったです。これからはもっと、ちゃんと本気で好きになれる人を探します」

そう言って笑う彼女は、とてもきれいだった。

涼子は少し離れたテーブルに知り合いを見つけたのか、軽く手を振りランチの乗ったトレイを持って立ち上がった。

「―――失礼します。これからも、同僚として仲良くしてくださいね」

「あ・・・・ああ、もちろん」

「あ、それから―――」

俺に背中を向けた彼女が、ふと顔だけ振り返り、俺を見た。

「あの時―――一緒にいたいと思った人には、もう会いました?」

「え―――」

「いるんですよね?好きな人」

その言葉に、不意打ちを食らったように動揺してしまう俺。

涼子が、くすくすとおかしそうに笑った。

「ふふ・・・・その様子だと、片想いかしら?高柳さんみたいな素敵な人だったら、きっとうまくいくと思いますけど―――でも、まずはその想いを伝えなくちゃ始まりませんよ」

何もかもお見通しの彼女に、俺は何も言えなかった。

「・・・・・1人で抱え込むのは、悪い癖だと思いますよ。ちゃんと伝えなくちゃ・・・・本当に大切な人を、傷つけることになっちゃうと思いますよ?」

そう言って、彼女は一瞬切なげな視線を俺に向け―――

次の瞬間には、くるりと俺に背を向け、にぎやかな女子社員達のいるテーブルへと行ってしまった・・・・・。


―――本当に大切な人を、傷つけることに―――


だけど、俺のこの想いは、理央を困らせるだけなんじゃないだろうか。

1人で歩きはじめ、自分の居場所を見つけた理央にとって、俺のこの想いは・・・・・





「お、雨が降ってきたな」

スタッフの1人が空を見上げた。

日中はいい天気だったのに、いつの間にか空は厚い雲で覆われていた。

「よし、今日はもうこれで終わり!」

監督の一声で、機材をかたずけ始めるスタッフたち。

俺も、「お疲れで~す」と周りに声をかけながらマネージャーの元へ戻る。

「今日はもう終わり?」

「そうだね。雨のおかげであまり遅くならずに済んでよかったね」

マネージャーが時計を見て言う。

時間は夜の6時。

ここのところ夜10時、11時までかかることも珍しくなかったから、なんだかすごく得した気分だ。

「ね、俺、ちょっと買い物していきたいんだけど」

俺の言葉に、マネージャーが眉を顰めた。

「ええ?でも―――」

「1人で行くから、先帰っていいよ」

そう言って笑うと、マネージャーはちょっと迷ってる様子だったけれど―――

「―――わかった。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ?理央はもう有名人なんだからね?目立った行動はしないように。何かあったら必ず連絡を―――」

「大丈夫!じゃあね、お疲れ!!」

そう言って俺は、マネージャーが持っていた自分のバッグを掴むと走り出した。

「あ、理央―――ほんとに、気をつけるんだぞ!!」

「は~い!」

もう、俺、そんな子供じゃないのに。

そんなことを考えながら、俺は近くで見つけたブランドショップへと向かったのだった。





もちろん、気をつけてたよ。

めがねかけて、ニットキャップもかぶってたし。

服だってグレーのニットにジーパンで地味めだったし。

まさかばれるなんて、思わなかった。



「キャーーーーー――!!!有村理央!!!」

突然数人の女の子に追いかけられ、俺は慌ててかけ出した。

「誰?」

「有村理央だって!」

「うそ!キャーーー!」

4,5人だった女の子は、あっという間に数十人に増えていった。

―――やばい!

何とかしてまかなくちゃ。

ぽつぽつと弱い雨が降る中、俺は必死で走っていた。

もうあたりは暗くなってるし、賑やかな通りから離れれば、きっとまけるはず―――

そう思って、暗い方へ暗い方へと走っていった。

女の子たちは相変わらず奇声を上げながら追いかけてくる。

―――どっか隠れられるとこ―――あ・・・・あそこは?公園?

道の先に、生い茂る木々が見えた。

俺は迷わずそこへ飛び込んだ。

街灯の明かりが届かないところへ入ってしまえば―――

俺は木々の間を縫いながら暗がりへ歩を進めていたけれど―――

突然、目の前が開けた。

と思ったら―――

ガクン


――――――え?


進んだ先に、地面はなかった。

俺はそのまま暗闇の中へ、吸い込まれるように身を躍らせた――――
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