18 / 38
第18話
しおりを挟む
「あ・・・・おはようございます」
会社へ行くと、エレベーターで松下涼子に会った。
お互い、気まずい状態で目を合わせることもできない。
「・・・・おはよう」
2人きりのエレベーター内は、終始沈黙。
―――もう、終わりかな・・・・
そんな予感がしていた・・・・・。
「お、高柳、久しぶりだな」
「おはよ」
「大変だったみたいだなぁ、お疲れ。そういえば、坂下さんの話聞いたか?」
同僚の言葉に、俺は顔を上げる。
「葵くんのこと?」
「そうそう。坂下さん、会社辞めるらしいぜ」
「葵くん」
俺は、葵くんがよく息抜きに使っている場所―――会社の屋上へ行った。
彼は、屋上の手すりにもたれ缶コーヒーを飲んでいた。
「お、響くん、久しぶり」
「会社、辞めるって本当?どうして?」
「あ、もう聞いたんだ?」
「うん・・・・。びっくりした」
「んふふ・・・・実は、だいぶ前から考えてたことなんだけどね。俺って、組織に属するのに向いてない性格みたいでさ。フランスへ行くとき―――この仕事が成功したら、1人でやって行こうって決めてたんだ」
確かに、葵くんのデザインは独創的で、人気も高いけどクライアント側のコンセプトとずれがあることも多くて、俺なんかはなるべくクライアントに合わせようとするけど葵くんは自分の主張を曲げることはほとんどなく、クライアントとぶつかることも多いと聞いてる。
そんな葵くんは、確かにフリーでやっていく方があっているのかもしれない。
「そうだったんだ・・・・・いつまでいるの?」
「今月いっぱいで辞めるよ」
「そんなすぐ?寂しくなっちゃうな」
「会社は辞めるけど、響くんとはずっと友達でいたいと思ってるよ。ときどき、2人で飲もうよ」
「うん・・・・・」
「―――で?」
「え?」
葵くんが、意味ありげに俺の顔を見る。
「何か俺に、聞きたいことがあるんじゃないの?」
俺は、葵くんから目をそらし、手すりを見つめた。
「―――理央が、出て行った」
「うん、知ってる」
「―――どこに行ったか、知ってる?」
「うん。でも、響くんには言えない」
「どうして・・・・・」
「理央に頼まれたから。響くんに会ったら、きっと甘えちゃうからって言ってたよ」
俺は、手すりを掴む手にぐっと力を入れた。
「理央、毎日頑張ってるよ。相当忙しそうだけど―――」
「飯とか・・・・ちゃんと食ってるのかな・・・・・」
「それは大丈夫。一緒に住んでる子が作ってくれてるから」
「は・・・・・?一緒に、住んでるって・・・・・」
俺は、思わず葵くんを凝視した。
それって、つまり―――
「同棲ってこと・・・・・?」
そういう、相手がいるってこと・・・・・?
顔から、血の気が引いて行くような感覚。
口の中はカラカラだった。
―――理央に、恋人が・・・・?
「ふは、違う違う。友達だよ」
葵くんが楽しそうに笑う。
「友達・・・・・男ってこと・・・・?」
それでも、俺の気は一向に楽にならない。
「ん。俺もよく顔出してるけど、いい子だよ。理央のこと大好きだから、大丈夫」
―――大丈夫って・・・・・
「それより、響くんはどうなの」
「え?」
「彼女―――九州まで追っかけて行ったって聞いたいけど」
「ああ・・・・・別に、何もないよ」
「どういう意味?」
「確かに、彼女は来たけど―――仕事の方が最初から難航してたから、そんな気分になれなくて・・・・帰ってもらったんだ」
「そうなの?」
そう。
あの日、ホテルまで来た彼女に、俺は言ったんだ。
『悪いけど、仕事のことで頭がいっぱいなんだ。帰ってくれないか』
もちろん彼女は納得しない。
『せっかくここまで来たのに―――わたしじゃ、気分転換にもなりませんか?』
苦笑を浮かべ、そう言った彼女に、俺は―――
『ああ、そうだね。悪いけど・・・・俺が今、会いたいのは君じゃないから』
彼女はさっと顔色を変え―――
何も言わず、立ち去った・・・・・。
「―――最低だよ、俺は。彼女を、利用しようとして―――挙句に傷つけた」
「利用?結局は何もなかったなら利用もしてないでしょ?だいたい、会長の孫だってことを利用して響くんに迫ったのは彼女の方なんだから、利用されるのは彼女も承知だったってことじゃない」
「それでも・・・・傷つけたことに変わりはないよ」
「―――悪いことしたと思ってるんだ?彼女に」
「ああ」
「―――理央に対しては?」
「・・・・・え?」
俺は、葵くんの方を見た。
葵くんの目が、鋭く俺を見ていた。
「理央に対しては・・・・悪いことしたと思ってないの?理央も、すごく傷ついてるよ」
「―――知ってるよ」
「理央は、響くんのこと一切恨んだりしてない。響くんは優しいって、ずっと言い続けてる。でも俺は・・・・理央を傷つけた響くんを、許せない。友達だけど・・・・それだけは、許せないよ」
葵くんのまっすぐな視線が、俺の心にまで突き刺さる。
「葵くん、俺は―――」
「理央は、渡さない」
「葵くん」
「理央が響くんを許しても、俺は許さない。そう思ってるのは―――俺だけじゃないよ」
「え・・・・・?」
葵くんだけじゃないって・・・・・
「響くん、もし響くんが自分の気持ちに向き合う覚悟ができたら―――覚えておいて。簡単には、理央を手に入れることはできないってこと―――」
そう言って葵くんはにやりと笑うと、いつものように背中を丸め、手を振りながら行ってしまったのだった・・・・・。
会社へ行くと、エレベーターで松下涼子に会った。
お互い、気まずい状態で目を合わせることもできない。
「・・・・おはよう」
2人きりのエレベーター内は、終始沈黙。
―――もう、終わりかな・・・・
そんな予感がしていた・・・・・。
「お、高柳、久しぶりだな」
「おはよ」
「大変だったみたいだなぁ、お疲れ。そういえば、坂下さんの話聞いたか?」
同僚の言葉に、俺は顔を上げる。
「葵くんのこと?」
「そうそう。坂下さん、会社辞めるらしいぜ」
「葵くん」
俺は、葵くんがよく息抜きに使っている場所―――会社の屋上へ行った。
彼は、屋上の手すりにもたれ缶コーヒーを飲んでいた。
「お、響くん、久しぶり」
「会社、辞めるって本当?どうして?」
「あ、もう聞いたんだ?」
「うん・・・・。びっくりした」
「んふふ・・・・実は、だいぶ前から考えてたことなんだけどね。俺って、組織に属するのに向いてない性格みたいでさ。フランスへ行くとき―――この仕事が成功したら、1人でやって行こうって決めてたんだ」
確かに、葵くんのデザインは独創的で、人気も高いけどクライアント側のコンセプトとずれがあることも多くて、俺なんかはなるべくクライアントに合わせようとするけど葵くんは自分の主張を曲げることはほとんどなく、クライアントとぶつかることも多いと聞いてる。
そんな葵くんは、確かにフリーでやっていく方があっているのかもしれない。
「そうだったんだ・・・・・いつまでいるの?」
「今月いっぱいで辞めるよ」
「そんなすぐ?寂しくなっちゃうな」
「会社は辞めるけど、響くんとはずっと友達でいたいと思ってるよ。ときどき、2人で飲もうよ」
「うん・・・・・」
「―――で?」
「え?」
葵くんが、意味ありげに俺の顔を見る。
「何か俺に、聞きたいことがあるんじゃないの?」
俺は、葵くんから目をそらし、手すりを見つめた。
「―――理央が、出て行った」
「うん、知ってる」
「―――どこに行ったか、知ってる?」
「うん。でも、響くんには言えない」
「どうして・・・・・」
「理央に頼まれたから。響くんに会ったら、きっと甘えちゃうからって言ってたよ」
俺は、手すりを掴む手にぐっと力を入れた。
「理央、毎日頑張ってるよ。相当忙しそうだけど―――」
「飯とか・・・・ちゃんと食ってるのかな・・・・・」
「それは大丈夫。一緒に住んでる子が作ってくれてるから」
「は・・・・・?一緒に、住んでるって・・・・・」
俺は、思わず葵くんを凝視した。
それって、つまり―――
「同棲ってこと・・・・・?」
そういう、相手がいるってこと・・・・・?
顔から、血の気が引いて行くような感覚。
口の中はカラカラだった。
―――理央に、恋人が・・・・?
「ふは、違う違う。友達だよ」
葵くんが楽しそうに笑う。
「友達・・・・・男ってこと・・・・?」
それでも、俺の気は一向に楽にならない。
「ん。俺もよく顔出してるけど、いい子だよ。理央のこと大好きだから、大丈夫」
―――大丈夫って・・・・・
「それより、響くんはどうなの」
「え?」
「彼女―――九州まで追っかけて行ったって聞いたいけど」
「ああ・・・・・別に、何もないよ」
「どういう意味?」
「確かに、彼女は来たけど―――仕事の方が最初から難航してたから、そんな気分になれなくて・・・・帰ってもらったんだ」
「そうなの?」
そう。
あの日、ホテルまで来た彼女に、俺は言ったんだ。
『悪いけど、仕事のことで頭がいっぱいなんだ。帰ってくれないか』
もちろん彼女は納得しない。
『せっかくここまで来たのに―――わたしじゃ、気分転換にもなりませんか?』
苦笑を浮かべ、そう言った彼女に、俺は―――
『ああ、そうだね。悪いけど・・・・俺が今、会いたいのは君じゃないから』
彼女はさっと顔色を変え―――
何も言わず、立ち去った・・・・・。
「―――最低だよ、俺は。彼女を、利用しようとして―――挙句に傷つけた」
「利用?結局は何もなかったなら利用もしてないでしょ?だいたい、会長の孫だってことを利用して響くんに迫ったのは彼女の方なんだから、利用されるのは彼女も承知だったってことじゃない」
「それでも・・・・傷つけたことに変わりはないよ」
「―――悪いことしたと思ってるんだ?彼女に」
「ああ」
「―――理央に対しては?」
「・・・・・え?」
俺は、葵くんの方を見た。
葵くんの目が、鋭く俺を見ていた。
「理央に対しては・・・・悪いことしたと思ってないの?理央も、すごく傷ついてるよ」
「―――知ってるよ」
「理央は、響くんのこと一切恨んだりしてない。響くんは優しいって、ずっと言い続けてる。でも俺は・・・・理央を傷つけた響くんを、許せない。友達だけど・・・・それだけは、許せないよ」
葵くんのまっすぐな視線が、俺の心にまで突き刺さる。
「葵くん、俺は―――」
「理央は、渡さない」
「葵くん」
「理央が響くんを許しても、俺は許さない。そう思ってるのは―――俺だけじゃないよ」
「え・・・・・?」
葵くんだけじゃないって・・・・・
「響くん、もし響くんが自分の気持ちに向き合う覚悟ができたら―――覚えておいて。簡単には、理央を手に入れることはできないってこと―――」
そう言って葵くんはにやりと笑うと、いつものように背中を丸め、手を振りながら行ってしまったのだった・・・・・。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる