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第18話

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「あ・・・・おはようございます」

会社へ行くと、エレベーターで松下涼子に会った。

お互い、気まずい状態で目を合わせることもできない。

「・・・・おはよう」

2人きりのエレベーター内は、終始沈黙。

―――もう、終わりかな・・・・

そんな予感がしていた・・・・・。



「お、高柳、久しぶりだな」

「おはよ」

「大変だったみたいだなぁ、お疲れ。そういえば、坂下さんの話聞いたか?」

同僚の言葉に、俺は顔を上げる。

「葵くんのこと?」

「そうそう。坂下さん、会社辞めるらしいぜ」





「葵くん」

俺は、葵くんがよく息抜きに使っている場所―――会社の屋上へ行った。

彼は、屋上の手すりにもたれ缶コーヒーを飲んでいた。

「お、響くん、久しぶり」

「会社、辞めるって本当?どうして?」

「あ、もう聞いたんだ?」

「うん・・・・。びっくりした」

「んふふ・・・・実は、だいぶ前から考えてたことなんだけどね。俺って、組織に属するのに向いてない性格みたいでさ。フランスへ行くとき―――この仕事が成功したら、1人でやって行こうって決めてたんだ」

確かに、葵くんのデザインは独創的で、人気も高いけどクライアント側のコンセプトとずれがあることも多くて、俺なんかはなるべくクライアントに合わせようとするけど葵くんは自分の主張を曲げることはほとんどなく、クライアントとぶつかることも多いと聞いてる。

そんな葵くんは、確かにフリーでやっていく方があっているのかもしれない。

「そうだったんだ・・・・・いつまでいるの?」

「今月いっぱいで辞めるよ」

「そんなすぐ?寂しくなっちゃうな」

「会社は辞めるけど、響くんとはずっと友達でいたいと思ってるよ。ときどき、2人で飲もうよ」

「うん・・・・・」

「―――で?」

「え?」

葵くんが、意味ありげに俺の顔を見る。

「何か俺に、聞きたいことがあるんじゃないの?」

俺は、葵くんから目をそらし、手すりを見つめた。

「―――理央が、出て行った」

「うん、知ってる」

「―――どこに行ったか、知ってる?」

「うん。でも、響くんには言えない」

「どうして・・・・・」

「理央に頼まれたから。響くんに会ったら、きっと甘えちゃうからって言ってたよ」

俺は、手すりを掴む手にぐっと力を入れた。

「理央、毎日頑張ってるよ。相当忙しそうだけど―――」

「飯とか・・・・ちゃんと食ってるのかな・・・・・」

「それは大丈夫。一緒に住んでる子が作ってくれてるから」

「は・・・・・?一緒に、住んでるって・・・・・」

俺は、思わず葵くんを凝視した。

それって、つまり―――

「同棲ってこと・・・・・?」

そういう、相手がいるってこと・・・・・?

顔から、血の気が引いて行くような感覚。

口の中はカラカラだった。

―――理央に、恋人が・・・・?

「ふは、違う違う。友達だよ」

葵くんが楽しそうに笑う。

「友達・・・・・男ってこと・・・・?」

それでも、俺の気は一向に楽にならない。

「ん。俺もよく顔出してるけど、いい子だよ。理央のこと大好きだから、大丈夫」

―――大丈夫って・・・・・

「それより、響くんはどうなの」

「え?」

「彼女―――九州まで追っかけて行ったって聞いたいけど」

「ああ・・・・・別に、何もないよ」

「どういう意味?」

「確かに、彼女は来たけど―――仕事の方が最初から難航してたから、そんな気分になれなくて・・・・帰ってもらったんだ」

「そうなの?」



そう。

あの日、ホテルまで来た彼女に、俺は言ったんだ。

『悪いけど、仕事のことで頭がいっぱいなんだ。帰ってくれないか』

もちろん彼女は納得しない。

『せっかくここまで来たのに―――わたしじゃ、気分転換にもなりませんか?』

苦笑を浮かべ、そう言った彼女に、俺は―――

『ああ、そうだね。悪いけど・・・・俺が今、会いたいのは君じゃないから』

彼女はさっと顔色を変え―――

何も言わず、立ち去った・・・・・。



「―――最低だよ、俺は。彼女を、利用しようとして―――挙句に傷つけた」

「利用?結局は何もなかったなら利用もしてないでしょ?だいたい、会長の孫だってことを利用して響くんに迫ったのは彼女の方なんだから、利用されるのは彼女も承知だったってことじゃない」

「それでも・・・・傷つけたことに変わりはないよ」

「―――悪いことしたと思ってるんだ?彼女に」

「ああ」

「―――理央に対しては?」

「・・・・・え?」

俺は、葵くんの方を見た。

葵くんの目が、鋭く俺を見ていた。

「理央に対しては・・・・悪いことしたと思ってないの?理央も、すごく傷ついてるよ」

「―――知ってるよ」

「理央は、響くんのこと一切恨んだりしてない。響くんは優しいって、ずっと言い続けてる。でも俺は・・・・理央を傷つけた響くんを、許せない。友達だけど・・・・それだけは、許せないよ」

葵くんのまっすぐな視線が、俺の心にまで突き刺さる。

「葵くん、俺は―――」

「理央は、渡さない」

「葵くん」

「理央が響くんを許しても、俺は許さない。そう思ってるのは―――俺だけじゃないよ」

「え・・・・・?」

葵くんだけじゃないって・・・・・

「響くん、もし響くんが自分の気持ちに向き合う覚悟ができたら―――覚えておいて。簡単には、理央を手に入れることはできないってこと―――」

そう言って葵くんはにやりと笑うと、いつものように背中を丸め、手を振りながら行ってしまったのだった・・・・・。

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