上 下
9 / 38

第9話

しおりを挟む
「わたし・・・・高柳さんのことが、好きです」

唇を離した彼女が、潤んだ目で俺を見つめる。

「わたしと、付き合ってくれませんか・・・・?恋人、いないって聞きました」

「いや、でも・・・・」

「わたし、高柳さんの役に立てると思うんです」

「は?」

「わたし・・・・周りには内緒ですけど、あの会社の会長の孫なんです。祖父は、わたしのことをとてもかわいがってくれていて、わたしのお願い事なら大抵は聞いてくれます。ですから、高柳さんのこと―――もっと待遇が良くなるように頼むこと、できると思うんです」

―――待遇って・・・・別に、今の待遇に不満なんかないけど・・・・。

「高柳さんほどの才能を持っている人が、人の下で働くなんて、もったいないと思うんです。もっと上に―――高柳さんは、人の上に立つ人だと思います」

熱っぽく語る彼女に、俺は戸惑いを隠せない。

出世したいなんて思ったことはあまりなかった。

もちろん、自分の仕事を一生懸命やることで功績を評価され、認められていくのは嬉しいし、それによって立場がよくなっていくというのなら喜ばしいことだけれど。

自分に非凡な才能があるとも思ってないし、トップになってやろうなんて考えたこともなかった。

「わたしなら・・・・・高柳さんの才能を、もっと生かすことができると思うんです」

―――才能を、生かす・・・・?

今まで考えもしなかったその話に、俺はただただ戸惑うばかりだった・・・・・。




家に帰ると、部屋は真っ暗でまだ理央は帰ってきていなかった。

打ち合わせが、長引いてるのかな。

オーディションに合格したというメールを読み、思わず笑みが浮かんだ。

どんな役だか、俺はまだ知らないけれど―――

数え切れないほどのオーディションを受け、落ちてきた理央。

ようやく合格できたんだ。

今日くらい、ちゃんと素直に『おめでとう』と言ってやりたい。


『ピンポ―――ン』


日付が変わろうとする頃、インターホンの音に俺はテレビを見ていた顔を上げた。

―――理央かな。

「―――はい」

受話器を取ると、そこから聞こえてきたのは―――

『あ、響ちゃん?藤田で~す!あのさ、理央ちゃん送ってきたんだけど』

「・・・・今開ける」


「―――酔っぱらってんの?」

裕二の肩に担がれるように玄関に入ってきた理央の姿に、俺は一瞬顔を顰めた。

「よ・・・・っと、理央ちゃん、ほら、着いたよ」

理央が裕二から離れ、よろよろと玄関に倒れ込む。

「ごめん、響ちゃん。打ち合わせの後、社長が祝杯だとか言ってお酒用意してくれたんだけどさ、理央ちゃんあんまりお酒強くないって言ってんのに社長にかなり強い酒飲まされちゃって・・・・」

「―――理央、ほら、起きろよ」

完全に伸びてしまっている理央の肩を揺さぶったが、理央はだるそうに唸るだけで起きる気配がない。

「明日の朝は、マネージャーが迎えに来ることになってるから」

「悪いな、わざわざ送ってもらって」

俺の言葉に、裕二は笑顔で首を振った。

「全然!俺、嬉しいんだ。理央ちゃんのお祝い一緒に出来てさ。理央ちゃんはまだ実感湧かないみたいだけど―――でもきっと、響ちゃんが喜んでくれればそれが一番嬉しいはずだから・・・・いっぱい褒めてあげてね」

「ああ・・・・わかってる」

そう言って笑った俺に安心したように、裕二は笑顔で手を振り帰って行った。


「―――ほら、理央、しっかりしろって」

「ん――・・・・きょおくん・・・・?ここ、うち・・・・?」

とろんとした目を俺に向け、理央が首を傾げた。

「ああ、家だよ。ほら、シャワー浴びて、さっさと寝ないと。明日も早いんだろ?」

「んー・・・・きょおくん・・・・」

体に力の入らない理央を無理やり立たせ、引きずるように風呂場へ連れて行く。

「よいしょ・・・・と、ほら、服脱いで―――」

何とか風呂場へ着くと、洗面所に寄りかかるように立った理央のシャツのボタンを外していく。

「きょおくん・・・あのねぇ」

「ん?」

「俺ね・・・・合格したの」

にへらととろけそうな笑顔を俺に向ける理央に、どきりとする。

「―――聞いたよ。裕二くんも喜んでた」

「うん。―――きょおくんは・・・・?」

「え・・・・?」

「きょおくんも・・・・喜んでくれる・・・・?」

少し不安げに、上目使いに俺を見つめる理央。

―――そんな目で、俺を見るなよ・・・・・。

「そりゃ・・・・合格したんだから・・・・」

「―――嬉しい・・・?」

「う・・・・うれ、しいよ・・・・」

照れくさくて、目をそらした、その瞬間―――

ふわりと、理央が俺に抱きついてきた。

「―――!り・・・・」

「よかった・・・・」

ぎゅっと、俺の首に腕を巻きつける理央。

心臓が、うるさく鳴りだす。

「んふふ・・・・きょおくんに触るの、久しぶり・・・・・」

―――ああ、そうか・・・・・


結婚を止めた時、理央は自分を責めていた。

自分のせいで、俺が結婚できなかったと・・・・・。

いつも俺にくっついていた理央。

家でも外でも、俺の手に、腕に、触れたがっていた。

理央は1人っ子で、両親とも共働きだったせいか、寂しがりやで、とにかく俺と一緒にいたがった。

俺もそんな理央がかわいくて、人前でも気にせず手を繋いだりしていたのだ。

それがあの時を境に、理央は俺に触れなくなり、俺も理央から一定の距離を取るようになっていった・・・・・。


「きょおくん・・・・俺、がんばる・・・・」

言いながら、理央の体がずりずりと崩れ落ちる。

「ちょ、理央!」

慌てて理央の体を支えようと、そこにかがみこむ俺。

「俺、がんばるから・・・・見ててね」

そう言って、理央は俺の腕を掴み、まっすぐに俺の目を見つめた。

「きょおくんに、もう迷惑かけないから・・・・」

「理央・・・・・」

「1人で・・・・生きていけるように・・・・頑張るから・・・・だから・・・・・」

理央の瞳に、涙が浮かんだ。

「だから・・・・今だけ・・・・きょおくんに、触れたい・・・・・」

次の瞬間、理央の唇が俺の唇に重なっていた―――

柔らかいその感触に、俺の頭がフリーズする。

「―――酔った勢い、だから・・・・」

そう囁いて、理央が笑う。

「忘れて―――いいからね・・・・・?」

そして、ずるずると崩れるように床に倒れ込み―――

そのまま、寝息を立て始めていた・・・・・。




「・・・・・んだよ・・・・・。忘れられるわけ、ねえじゃん・・・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...