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2巻

2-3

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 翌日、チルヒとクレアに家のつくりや物の場所などを説明し終えると、アスランはミケとミヤを連れてグラス領へった。
 早速アスラン達は乗り合い馬車に乗り込んだ。
 乗り合い馬車は三台で編成されており、アスラン達は最後の三台目だった。
 車内には、アスラン達以外に三人が乗っており、それ以外は荷台に荷物が載せられていた。
 途中で小さな村や町に寄りながら、約一ヵ月かけてグラス領へ向かう。
 同じ馬車に乗っていたのは、グラス領に帰る親子と、剣を抱えた男性だった。
 グラス領手前までは比較的に安全らしいので、護衛の冒険者は前と後ろに二人ずつしかいない。
 途中の町で冒険者が数名増える予定だ。
 ゆっくりと馬車は進み、アスランは荷台に乗り後ろを警戒している冒険者を観察したり、本を読んだりして時間を潰した。
 たまにトイレ休憩や食事休憩はあるが、道中は基本的に暇だ。
 夜は野営の準備をしてテントで寝る。
 見張りや夜の警戒などに追われていて、護衛の四人はいつも忙しそうだ。
 馬車の中で寝ている客もいるため、四人で全部をカバーするのは無理があるのだ。
 しかし、慣れた様子で警戒用の魔道具で囲い設置していた。
 一定の範囲内に魔物が侵入すると音が鳴る仕組みらしい。
 荷物や人の運賃だけでは、冒険者を沢山雇うのは難しいため、こうした魔道具が普及しているのだろう。
 この慌ただしい仕事ぶりを見て、護衛依頼を受けなくてよかったと、アスランは思ったのだった。
 それからしばらくしてグラスの街の手前にある街に到着した。
 気付けば二十日ほど経っていて、馬車の数も増えている。この先からは小さな村しかないので、この街で食料の調達や追加の冒険者達との合流をする必要があった。
 アスラン達も宿をとり、ゆっくり休みながら出店などで料理を調達した。
 翌日、出発の時刻になると、護衛の冒険者は昨日までの倍の八人になっていた。
 今からの道のりは辺境の地とあって、魔物の数が増え、さらには盗賊も出ることがあるらしい。
 不謹慎ふきんしんだと思いつつ、アスランは盗賊が出るのをひそかに期待していた。
 盗賊相手なら倒した後に《吸収》で相手のスキルを奪えるからだ。
 そんな願いが通じたのか、数日後に十人ほどの盗賊が現れた。
 冒険者は馬車の警護と盗賊の対応に追われて苦戦している。
 アスランはそんな様子を見た後、ミヤとミケ、ハクと一緒に馬車から降りた。

「僕達も加勢します」

 ミヤとミケが左右から走り出すのを確認すると、アスランは弓を持った盗賊を目掛けて魔法を放つ。

「風の精霊よ、切り裂く刃となれ、ウィンドカッター」

 風の刃は見事に盗賊に当たり、敵はたまらずに弓を手放した。
 遠距離攻撃の手段がなくなった盗賊達は勢いを失い、次第に冒険者が押し返し始める。
 敗走する盗賊達を見て、冒険者達は馬車のもとに戻ってきた。
 彼らの仕事は盗賊の殲滅せんめつではなく、馬車の護衛だからだ。
 それでも三人の盗賊を討ち取ることができた。
 護衛の代表の冒険者が、律儀りちぎにアスランに頭を下げてきた。

「ボウズ、助かった。あのままだと、お客さんや他の冒険者にも犠牲ぎせいが出ていたはずだ」
「いえいえ、同じ冒険者なので困った時はお互い様です」

 冒険者の言葉にアスランは笑顔で返した。

「ありがとうな。それで討ち取った三人の内の一人の装備をボウズに譲る話になっていてな。少ないんだが報酬ほうしゅう代わりに受け取ってほしい」

 アスランは考えるフリをしながら、内心で盗賊の死体に近付けることを喜んだ。

「わかりました。それでいいです」

 そして死体に近付くと、装備を見るふりをしてスキルを《鑑定》で確認する。
 特段すごそうなスキルはなかったが、役に立ちそうなものが二つほどあった。
毒耐性どくたいせい》と《投擲とうてきじゅつ》である。
 その他に固有スキルに《生命せいめい息吹いぶき(弱)》という気になるスキルがあった。
 アスランは使いやすそうな《毒耐性》にするか、気になるスキルの《生命の息吹(弱)》にするか迷う。
 この世界には、まだアスランの知らないスキルが多い。
 普通のスキルである《毒耐性》はいつかまた見つけることができるかもしれないので、悩んだ末に《生命の息吹(弱)》を吸収した。
 そしてさっそくどういうものか試すために、スキル名を口にした。

「生命の息吹」

 しかし、特に変わった様子はない。

「……うん、謎スキルだな」

 スキルを確認した後、アスランは盗賊の装備をアイテムBOXの中に入れた。
 レア装備などはなく、売ってもたかが知れていたが、何かの役に立つかもしれないので回収した。
 こうして久しぶりの《吸収》は無事に終わったのであった。


 盗賊が現れてからは何事もなく進み、グラス領に入っていった。
 馬車での旅も残り三日となり、ここからは中心のグラスの街に向かう。
 街を大きく囲む防壁を見ると、違う領地に到着した実感が湧いてくる。
 そのまま風景をアスランが眺めていたら、ミケがそでを引っ張った。

「ご主人様、一つ質問があるニャ?」
「うん? どうした?」
「盗賊の襲撃時での冒険者とのやり取りで思ったニャ。王都では貴族と知られていたから、丁寧な言葉づかいだったけど、これからも同じ感じで冒険者達と話すのニャ?」
「あ~、言いたいことはわかったよ。どうしようか。冒険者で旅するなら変えた方がいいのかな?」
「変えた方がいいと思うニャ」
「そっか~。じゃあ言われた通りにしようかな。あんまりお上品な喋り方はしないように気を付けるよ。一人称も俺に変えようかな」
(それに、今までは国王や親の保護があったから平和だったけど、ここからは知らない人ばかりの土地で……目立ちすぎるのも注意だな)

 そんなことを考えていると、あっという間に目的地前最後の停留所に到着した。

「よし、宿をとってから珍しい料理を探しに行こう」
「行くニャ。すぐに行くニャ!」
「ミヤは料理のことになると豹変ひょうへんするよね」

 さっきまで静かだったミヤは料理の話題を出した途端とたんに元気になっていた。
 アスランの言葉に、ミヤは見つめ返した。

「ご主人様のせいニャ」
「こういう時だけ、よく口が回るんだから。いつかミヤも自分のお店を出すのもいいかもね」
「お店?」
「これからの旅で食べた沢山の料理が何でも出せるような、食事処みたいな?」

 ミヤは上目遣いでアスランに尋ねた。

「それはご主人様も一緒ニャ?」
「うーん。流石に一緒に働くことはしないと思うけど……出資とかお手伝いならできると思うよ」
「じゃあ考えとくニャ。でもご主人様と一緒じゃないならやらないと思うニャ」

 アスランは真剣な表情でミヤへの言葉を続けた。

「まだミヤの見ている世界は狭いから、今後考えが変わるかもしれないよ。昔のミヤ達みたいな境遇の人が、ミヤの料理で幸せになってくれるかもしれない。まぁ、今は自分が楽しむことを考えてね」
「私の料理で幸せに……ニャ?」

 ミヤはまだ理解しきれていないようで、首をかしげていた。

「頑張ればね。カルラだって同じように自分のやりたいことに向かって今頃頑張っているはずさ」

 ミケはミヤの手を握ってぶんぶんと振った。

「ミヤならできるニャ。その時は私はウェイトレスをするニャ」
「カルラと同じで、ミケとミヤも奴隷期間が終われば、進む道は自由だよ。いくつもの道を自分で考えて、後悔しないような選択をするんだよ。ちなみに、一緒に冒険者としてお金が入ってくるから、奴隷期間も短くなるはずだよ」

 ミケは頭を抱える。

「ご主人様と一緒にいると考えることが多くて大変ニャ」
「一つ一つの考えがいつか役に立つさ。じゃあ宿屋に行こう」

 こうして予約をとり、料理を食べてから宿屋でゆっくりと休むのであった。






   第三話 商店街を守り抜け!?


 それから数日が経って、アスラン達はグラス領の真ん中、グラスの街に到着した。
 街はかなりにぎわっていた。辺境の地とあって、王都ほどきっちりした服装の人は少ない。
 どちらかといえば冒険者やラフな格好をしている者が多い。
 一番すごいのは屋台の数だ。魔物の出現頻度が高いからか、その肉を使った屋台が多く並んでいた。
 馬車を降りてからその場で軽く街並みを確認した後、別れ際に護衛の冒険者達に挨拶をして、アスランはその場を去った。
 グラスの街の冒険者ギルドに到着したアスランは、目を丸くした。
 なんと、王都のギルドよりも広かったのだ。
 冒険者の人口が王都よりも多いのかもしれないと思いながら、受付に向かって歩くアスラン。
 そんな彼を呼び止め、前からガラの悪そうな男が立ちはだかった。

「おい、ボウズ。ここはお前みたいなガキが来る場所じゃないぞ。さっさと帰りな」

 アスランは何か言ってきた冒険者をちらりと見ただけで、さっさと脇を通る。

「聞こえねぇのか! ボウズ」

 無視されたことに腹を立てたのか、男が殴りかかってきた。
 アスランはそのこぶしを受けとめながら口を開く。

「ここの冒険者は知らない者にもいきなり殴りかかるのか?」

 男は顔を真っ赤にしながら今度は蹴りを放つ。
 アスランはそれをもう片方の腕でガードし、男の体重を支える足を払った。
 そして体勢を崩しかけた男の顔をつかむと、床に叩きつけた。

「さて、こいつをどうしたものか?」
「「「「…………」」」」

 周囲の冒険者達は関わり合いになりたくないのか、誰もアスランに近寄ってこない。
 そんな中、受付から一人の初老の女性がアスランを見ながら呟いた。

「おやおや、威勢のいいガキが入ってきたね」

 アスランは気にせず受付のお姉さんのもとに歩いていった。

「こっちの視線に気付きながら無視とはひどいじゃないか」
「さっき男に絡まれたタイミングで助けに来ないそっちも酷いと思うけど?」
「それは悪かった。おい、あんなところに冒険者を寝かせておいたら邪魔だ。運んでおきな」

 初老の女性の指示に従って、近くにいた冒険者達が倒れた男を運ぶ。
 この時点でアスランは、あの女性に関わらない方がいいと感じ取った。

(面倒ごとの前触まえぶれっぽいし、用件だけ済ませたら早くここを出よう)

 受付のお姉さんの前に行き、アスランは冒険者カードを提示した。

「観光とダンジョン探索を目的に王都から来ました。ダンジョンの手続きだけお願いします」

 隣の女性をチラチラ見ながらであったが、受付のお姉さんはしっかりと対応してくれた。
 帰ろうとしたアスランに初老の女性が声をかけてきた。

「ちょっとだけ話をしたいんだが……奥に来てくれるかい?」
(案の定、声をかけられたか。ここは強引にでも立ち去ろう)
「え、イヤですけど。面倒ごとはごめんですから……では」
「私が副ギルド長だと言っても?」
「もちろんイヤです。さようなら」

 そんなやりとりをしているうちに、馬車の護衛をしてくれていた冒険者達がギルドに入ってきた。
 ミケが冒険者達に状況を説明すると、彼らはアスランに頭を下げた。

「イヤな気分にさせて悪かったな。お前に突っかかってきた男っていうのは貴族と顔なじみで、いつも好き勝手しているやつなんだ。俺達じゃ強く言えなくてな……スマン」
「別にあなた達は悪くないですよ。こういうのは権力に屈しないはずの冒険者ギルドが見過ごしているのが悪いんです」

 アスランはわざと副ギルド長を見ながらそう言った。
 女性はアスランの態度にイラついた様子で応える。

「こっちの苦労も知らずに、簡単に言ってくれるな」
「ギルドの苦労がどういうものかはわかりませんが……冒険者が困っているんですから、対処すべきだと思ったまでです」
「生意気なやつだ。もういい、さっさとどっかに行け、クソガキが」

 アスランは冒険者達に一礼すると、ギルドを後にした。
 外に出た後、ミケ達に話しかける。

「ミケとミヤ、ごめんね」
「ご主人様は悪くないニャ」
「うん。むしろあの態度はかっこよかったニャ」

 ミケとミヤが口々にアスランの毅然きぜんとした態度をめた。

「そ、そう。ありがとね。それにしてもここのギルドは王都と比べると酷かったね。同じ国の中でもこんなに違うなんて、いい勉強になったよ」
「最近はご主人様の周りはいい人ばっかしだったから……なつかしいニャ」

 そこでミヤがふと心配そうな顔になる。

「でも、副ギルド長にもあんな態度でよかったニャ?」
「あの副ギルド長は誰の味方かわからなかったからね。それにイヤになったら他の街に行けばいいさ」

 アスランの言葉に、ミヤは安堵あんどした表情になった。

「あ、でもギルドでおすすめの宿屋を聞く予定だったのに……聞けなかったな。仕方ない、適当に探すか」

 三人が宿屋を探しながら歩いていると、ミケの前で小さいうさぎの獣人の女の子が立ち止まり、声をかけてきた。

「お姉ちゃん達、宿をお探しですか?」
「探しているけど、どうしたニャ?」

 女の子はそこでパッと花が咲いたような表情を浮かべた。

「よ、よかったら私の宿屋に泊まってくれませんか?」
「ご主人様、いいかニャ?」
「いいよ。とりあえず一度見てから決めようか」

 ついていくと、女の子は古民家風の宿屋の前で足を止めた。
 中は綺麗に清掃されていたが、お客さんはいなさそうだ。

「お母さん、お客さん連れてきたよ」

 女の子の呼びかけに、同じ兎の獣人が受付から出てきた。

「あらあらすごいわね。ありがとう」

 そう言いながら彼女は子どもを撫でる。
 そして、アスランに宿の説明を始めた。

「いらっしゃい。一泊ご飯付きで一人銀貨二枚だけどいいかい?」
「え、ずいぶん安いですね。それでいいなら、とりあえず一週間お願いします」
「見ての通り、お客さんなんて誰も来ないからね。それにもしかしたら迷惑をかけるかもしれないから……」
「迷惑ですか?」
「ここの土地を購入して大きい施設を建てる計画があるのよ。それを断ったら、ここら一帯が嫌がらせされるようになってね」
「……それは大変ですね、とりあえず泊まらせてもらいますね」

 こうしてアスラン達は訳ありな宿屋に泊まることになったのだった。


 翌日、宿屋で朝食を食べていると、宿屋の子どもが配膳はいぜんしながら尋ねてきた。
 子どもの名前はラビというのだと昨日の会話で聞いていた。

「ご飯の味はどうですか?」
「うん、美味しいニャ」

 ミケは微笑みながら答えた。

「本当!?」
「本当ニャ……でも、料理屋さんの味と比べると物足りないかニャ」

 その言葉にラビはシュンとする。

「前はこの宿屋も賑わっていたのに、何がダメなのかな~?」

 ミケは慌てて、ラビを励ます。

「きっと、お母さんが一生懸命考えてくれてるニャ」

 そこに母親のラトがやってきて、ラビをたしなめる。

「お客様を困らせるのはだめよ」
「はい。ごめんなさい」
「大丈夫ニャ。私は何もできないけど、話を聞くことくらいはできるニャ」
「あら、ありがとうね」

 そう言いながら、ラトは寂しげな表情を浮かべる。

「ここ最近はお客さんもすっかり来なくなってしまって、今は貯めていたお金でここを維持しているの。今後どうするか困っていたところだったのよ。ラビを注意しておきながら、私がこんな話を……ごめんなさいね」

 そんなラトの様子とアスランの顔を、ミヤは交互に見つめている。

「ミヤ、どうしたの?」
「ご主人様ならどうするかって思ったニャ」

 二人のやり取りを聞いた親子は自然にアスランを見た。

「え、僕? あ、俺? まだ慣れないな。冒険者が相手の時以外は好きな方でいいや……」

 ミケが苦笑いをする中、アスランは自分の答えを告げる。

「う~ん、僕ならこの宿屋を畳むかな」

 親子とミケは残念そうな表情をしたが、ミヤだけは頷いていた。

「ご主人様がそう言うのなら、何か意味があるはずニャ」
「そんなに大きな理由はありません。ただ、そろそろ施設をリフォームした方がいいくらいの年月が経っているなら、無理に維持するより、ここをなるべく高く売って別の場所に宿を建て直した方がいいと思っただけです」

 話を聞いたラトが納得の表情を見せる。

「確かに、うちは私の親の代から始めてもう四、五十年は経つわ」
「リフォーム費用は払えそうですか?」
「さっきも言った通り、今の売り上げじゃそのお金を用意するのが難しいわね」
「そうだとすればやっぱり、愛着はあるかもしれませんが、土地を買いたがっている業者に高く売ってしまう方が賢明だと思いますよ」
「そうね……でも、うちもご近所と一緒に買い上げに反対していたから……今さら私達だけ売るっていうのは角が立ちそうなのよ」
「他の店も同じ状況のところはありそうですし、一度みんなで話し合ってみるのも手だと思いますよ?」

 そこまで意見を聞いたところで、ラトは頷いた。

「やっぱりそれしかないわね。ねぇ、あなた。お名前は?」
「冒険者のアスランです」
「アスラン君、実は明日、この近くの商店の集まりがあるんだけど、一緒に来てくれないかしら?」

 その誘いをアスランは断ろうとしたが、ミヤとミケが訴えるような視線を送ってきた。

「まぁ、顔を出すくらいなら……」

 彼女達の手前、突っぱねるわけにもいかず、彼はラトについていくことになった。

「ありがとう」
(ギルドしかり、この宿屋然りだけど、グラスの街に来てから、急にトラブルに巻き込まれることが増えたな……)

 翌日、アスランとラトは近くの商店の人達の会合に参加していた。
 ミケ達は宿で留守番させている。
 最初にラトが事情を説明して、アスランが昨日出た移転の話を提案した。
 しかし周りの人間の反応はいまいちだ。一人の商人が、重々しく問いかける。

「なぁ、ラトよ。それは俺達の伝統の店を潰してもいいって言っているのか?」
「提案自体はそうよ。でもそれぞれが違う意見を持っているのもわかっているわ」
「もしかして、ラトはあの貴族達とグルになってるんじゃないのか?」

 その言葉をきっかけに、商店街の人達が一斉にラトに疑いの目を向けた。

「そんなわけないじゃない……って、言っても無駄なようね。私達にとって少しでも納得できる案を考えただけよ。もちろんお店の歴史や伝統を重んじるのは立派なことよ。だからといって、店が潰れていくのを黙って見過ごせと言うの?」

 ラトが言い返すと、全員下を向き、静かになってしまった。

「……私も最初は宿を残そうと躍起やっきになっていたわ。でもあそこにいるアスラン君の意見を聞いて色々考えてみたの」

 その言葉でアスランに視線が集中した。

(やっぱりこうなるか……でもここで無言でいるわけにはいかないよな)
「ラトさんが言った通りです。このままお客さんが来ない状況でお店が潰れていくのを待つか、一度手放して再起を図るか。どちらかだと思います。みなさんが一番大切にしたいのは何ですか?」

 アスランは、全員に語りかけるように言った。

「それに、例えば店の存続を優先したとして……もし、それで店の経営に支障が出て借金が膨らんでいったとします。そして返すあてがなくなった場合、家族と一緒に奴隷になることをわかっていますか?」

 アスランが言葉を区切ると、何人かが手を挙げて自分の意見をポツリポツリと語り始めた。

「俺は店も大事だが、母ちゃんが一番大切だ」
「俺は独り身だから、店の存続が第一だ」
「私は子どもが一番だわ」

 その後も色んな意見が飛び交う。

「わかりました。もちろんここにいる人達は店の状況も家族構成も違います。そんな中で意見を一つにまとめるのは難しいでしょう。それぞれが後悔こうかいしないように、もう一度考える時間を設けましょう。店を売って移転する方、店を畳んでお金だけもらう方、このまま今の場所で営業を続ける方。それぞれにとって適した形があるはずですから」

 みんなが納得したように頷くのを見て、アスランは最後にこうまとめた。

「とにかく、互いに足を引っ張ることだけはやめましょう」

 アスランの話を聞いた後、ラトが再び口を開く。

「皆さんもう一度考えてみませんか? そして三日後に再度それぞれの結論を持ち寄りましょう」
「そうしよう。今回の会議で新たな道がひらけた。皆がどうしたいかもう一度考え直すとしよう」

 こうして商店の集まりは解散した。


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