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第一章 私立ロクラーン魔法学校
第11話
しおりを挟むタキ君へ
ちょっと出掛けてます、待ってて下さい
ミック
研究室に入ると博士の姿は無く、机の上にこんな書置きがあった。宝物にしようと思う。
…それにしても。
出掛けるっていうのは、何か研究に必要なものでも取りに行ったんだろうか?もしそうなら、荷物持ちとして付き合うのに。そしてそれは、初めて一緒にお出掛けをするという気分に浸れるというもの。デートっぽい。そしたら、迷子になったら困るんで手を、なんちてなんちてー!
…いや待てよ?
一人で行った、ということは荷物がある訳じゃなく、誰かに会いに行ったとか?まさか、旦那さん!?昼休みに時間を見付けて逢瀬を楽しむふたり…帰って来た博士は、ちょっと顔を赤らめて謎の色香を出しているかもしれない。その瞬間俺は脳が爆発して鼻や耳から噴出するに違いない。
…掃除でもしよう。
掃除は良い。目の前の汚れに集中することで雑念が無くなり、例え目の前で博士と旦那さんがキスしてたって気付かずに遣り過ごせる。言い過ぎました、無理です。そんなことがあったら、博士に嫌われるとかもうどうでも良いから、旦那に全力で雑巾投げつけるね。びたーんって。さ、雑巾雑巾っと。
「ふんふふーん、ミック博士は~せかいいちぃ~。」
ちょっと出掛ける、ということはそんなに時間がある訳でもないから、とりあえず床を掃き、窓を拭く。そんなに汚れてる訳ではなくても、拭けばなんとなく明るくなった気がする。明るくなった気がすることだし、今度花でも買ってきて飾ってみようか?博士はどんな花が好きだろうか?今度花屋に行って、ぴんと来たやつを適当に見繕ったら良いか。あらお花綺麗ね確かこの花言葉は叶わぬ恋そんなことないあなたの恋はきっと叶うだって私…なんちてなんちてー!
「なんだかすてきなせかいいちぃ~。」
物が少ないというのは掃除をする上で物凄く重要だ。掃除の快適さがまるで違う。風通しが良くなって埃の溜まる量も少なくて拭くのも楽ちん。ペンのインクが垂れてたりするのを見付けると嬉しくなってしまう。おや?これは博士の垂らしたインクかな?十中八九俺のだけど。とはいえ可能性が無い訳じゃないというのは、嬉しいことじゃないか。嬉しいけど今は掃除中。消しちゃお消しちゃお。
「ふんふふん俺を消したらだめだめよ~。」
机の脚は太くていかにも丈夫そうだ。一方で博士の足首は細い。普段はスカートで隠れてる太ももなんかもきっと、それはそれは素晴らしい曲線を描いている事だろう。
む、曲線だけの話で言えばお前も中々だぜ?机の脚もシンプルながらに曲線が存在する。いやよく見てみると色んなところに綺麗な曲線がある。触ってみないと分からないこともあるものだ。博士も触ってみると新たな発見が、ってそれは流石に変態が過ぎる。まだその時ではない。
「らららせかいいちかわいいぃ~ミック博士~。」
木製の椅子の背もたれはなだらかに湾曲し、決して不快にはさせない。座面は幾度となく博士のお尻を感じたことだろう。少々妬ましい気持ちになる。せめて博士の椅子になれたら!
だが俺は知っている。こいつは俺のライバルではない。謂わば戦友。敵は旦那さんである。博士の本当の尻を知る者である。
「お尻は知るもの~、敵はさるもの旦那さんん~。」
今度クッションみたいなのを見に行こう。博士好みは解らんが何かしら可愛いやつ。椅子のやつには悪いが、お前は堅過ぎる。正直に言わせて貰うが、俺はお前よりは座り心地が良いんじゃないかと思ってる。
…なんだと?
確かに何年もずっとお前で過ごしてたということは、まさか、博士は堅い方が好き?椅子のくせに言い方がちょっとイヤらしいな。今のは俺か。まぁ良い。今度可愛いやつを見繕ってお前に乗せてやるよ。
「博士を乗せて~、過ごす日々ぃ~。」
しかし可愛いやつか。女の子趣味のお店なんか知らないけど、ああ、ブルゼットに…は駄目だよな。流石になんて頼めば解らないし。
そういや、今朝はあの子静かだったな。デビイはご機嫌だったから気まずい感じじゃなくて助かったけど、あれは2人だけだったら気まずかったろう。
ほぼ間違いなく博士のことなんだろうけど、気になるけど聞けないし聞きたくないってところだろうか。悩んでるだろう。そりゃ悩むよな。
「博士が大好きせかいいちぃ~。」
しかし俺には助けることが出来ない。可愛いし良い子なのでいずれは付き合いたいと思うが、今は駄目なんだ。だから出来れば何事もなくこのままでいたい。椅子は良いよな、悩みも無かろう。もしあったにしても、何らの行動も起こせないので、状況はそいつを無視して進んでいくのみだ。
椅子になりたい。椅子になって毎日博士に座って貰いながら過ごし、いつか冬の陽が落ちるように恋が冷めて物理的に尻に敷かれるのが嫌になったら、椅子を辞めてブルゼットと付き合えたら良いのに。こんなずるい考えするようなヤツだから神様が怒って、結婚してる人に惚れちゃうような羽目になったんだろう。罰だ。これは罰なんだ。
「椅子になれたらせかいいちぃ~。」
椅子も拭き終わって、研究室はそれなりに綺麗になったと思う。気のせいか、心もすっきり綺麗に美しくなったと思う。おおタキよ、それは気のせいだ。お前の心は掃除の終わったあとの雑巾のように薄汚れているよ。でも待って?雑巾は自らの体を使って物を綺麗にして汚れているの!だけどタキは自ら汚いだけなの!酷い言われようだが、間違ってない。誰だか知らんけど。雑巾洗おっと。
ガチャリ。
「おっ?お帰りなさい。丁度良い時に帰られましたね。暇だったんで掃除してて、今終わったんですよ。」
「…えっ?あ、ああそうだったの?お疲れ様、アリガト。」
…なんか博士が挙動不審だ。
鼻歌聞かれちゃったのか?まぁ良いけど。
「いえいえ、では雑巾を洗ってきますのでしばしお待ちを。」
雑巾を洗うのは小さな達成感があって良い。学校のあとは偶に掃除に仕事を入れても良いな。仕事となるとまた違った発見があるかもしれない。お金も貰えるし。まぁお金には何故か困ってないけど。
「ただいま帰りましたっと。博士はどこに行ってたんです?荷物があったみたいですけど。」
「今日使おうと思ってた聖水を貰いに学長のところに行ったんだけど丁度切らしてたみたいでね。注文してあるみたいなんだけど届くの待ち切れなくて直接教会へ貰いに行ってたの。」
「荷物があったなら俺も一緒に行ったのに。水なら重いでしょうし。」
「良いの、大した量じゃないし。それに、時間が勿体無いでしょ?ただ間に合うか解らなかったから…書置きあったでしょ?ほんとは飛ばしても良かったんだけど、急いでたから。」
「飛ばす?何をです?」
「書置きよ。手紙とか、相手まで風の魔法で飛ばすの。ただ私はほら、なかなか上手くいかないから飛ばすまで時間かかっちゃうの。だから、書いて置いといたの。」
「へぇ、便利ですねぇ。」
「便利は便利だけど、晴れてないと使えないし、風が強い日はぐちゃぐちゃになっちゃうし、私は酷い時だと飛ばすまで2時間くらいかかっちゃうの。だから偶に親とかに手紙を書く時だけしか使わないかな。」
「旦那さんに送ったりしないんですか?会いたい!とか玉ねぎ買ってきて!とか。」
「え?…いや、そういうのは、あんまりやらない…かな?…ほら!帰れば家で会えるし、上手くいくまでうんうん唸ってるより自分で買った方が早いし。」
「でも、旦那さんは出来るんですよね?なら、いっぱい来るんじゃないですか?」
「えと、うちの人もあんまりかな?帰ってくれば会えるし?」
「え~、俺ならことある毎に、好きです、って送って、送り過ぎてゴミ箱溢れて怒られても送るのに。」
「え?そういうのは私絶対に捨てないよ?」
「え?じゃあ旦那さんからのは今でも…?」
「…ええ、まあ。」
「クソッタレ!…大変申し訳ありません失言でした。さ、これ以上博士の惚気を聞いてると嫉妬のあまり、お腹を切り開いて肝臓を取り出して絞った鮮血で好きですと書いたラブレターをお見せすることになるので、さっさと講義を始めて下さい。」
「どんな脅迫なのよほんとに…えと、今日はね?タキ君に魔法を使って貰おうと思います。」
ついに来た!
博士をメロメロにして、キキキキスを!
「早速使いましょう。とりあえず、目の前の人をメロメロにするやつをお願いします。」
「それは無理。風の魔法だけ。ってかそんなこと考えてたの?」
青目ジト目で睨まれる…可愛い。頭なでなでしたい。
「あはは冗談ですよあはは…風の魔法だけ?」
「うん、そう。魔法の基本原理は覚えてるでしょ?」
「神の言葉を使って精霊に命令する。」
「良く出来ました。その、神の部分を私に置き換えるの。」
「女神ということですな。俺は常々思ってましたが、まさかご自分でも思われてるとは。」
「違います。あと、いつもそんなこと考えてたの?」
「ええ。」
「即答…とにかく違います。魔法を使えない人が、魔法を使える人を通じて精霊に命令することが出来るかどうかの実験だから、上手くいくかは解らない、というか上手くいかない可能性の方が高いんだけどね。私自身があんまり上手く使えないし。」
「今までそういうことやった人って居なかったんですか?正直その、失礼かもしれないですけど、そんな意外な方法じゃないというか。」
「言いたいことは解る。でも多分、神への冒涜、みたいな感じで誰もやらなかったんじゃないかと思うの。宗教的なものだから、神を人間に置き換えるなんて、ってね。まあ私は宗教とか無いし、別に良いかなって。タキ君が宗教的に無理だって言うなら、無理にとは言わないわ。」
「全然大丈夫です。俺にとってはミック博士こそが宗教みたいなものですから。何の問題もない、というより、やらせて頂けて光栄です。」
「若干不安になってきたけど、なら良かったわ…不安だけど。」
「では風の魔法で何をするんです?」
「それはね…じゃーん!ロウソクの火を消して貰うわ。」
「…えー…。」
「…何よ?何か文句ある?」
「いやなんか、もっとこう、風の力で空飛んだり、空気の剣で木を切ったりとか派手なヤツなのかと…。」
「そんな上級者向けのやつ、私が出来ないわよ。とりあえず基本的な、空気を動かすってことが出来れば良いだけだし、最初はこれで良いでしょ?」
「そうですね、解りました。俺はどうすれば良いんです?」
「魔法紙…みたいなものだけど、私が聖水で術式を書いて、それをタキ君が身に付けて…魔法紙と一緒ね。」
「なるほど…。」
魔法紙使ったこと無いけど。
「それじゃ早速書くわね。ちょっと待ってて…。」
…ふむ。
机で何やら書いている博士の後ろ姿を眺めていると時折頭のしっぽがぴょこぴょこ揺れている。可愛い。
考えてみると、これは大きなチャンス到来ではなかろうか?俺が魔法をきちんと使えるなら、博士自身も魔法がきちんと使えることの証明になる。博士の為に俺が出来ること、それがこんなすぐに来るとは思ってなかったが、頑張る価値は充分にある。
ただ問題は、頑張り方が解らん。祈れば良いのか叫べば良いのかお願いすれば良いのか…お願いは駄目なんだっけか?命令。おい精霊コラァ!ミックさんがやれって言ってるんだから大人しく言う事聞けや!みたいな?精霊さん可哀想…。
「…はい、出来たわよ。上手くいくと良いけど…。」
手渡されたそれは、あったかい。ちょっと熱いくらいだ。可能なら持って帰ってお腹に入れて寝たい。待てよ?寝る前に布団に入れておけば最高じゃないか。今度貰って帰ろう。
「まさに出来立てほやほやですね。」
「そりゃそうだけど…ま、いっか。始めましょう。じゃ、消してみて?」
目の前には火のついたロウソク。
これを消せば博士は…。
…ん?
もしかして、もしかするかも!
「博士?この実験が成功して俺に魔法が使えたとなると、博士の魔法がきちんと作用してることになりますね?」
「え?まぁそうなるわね。」
「というと、嬉しいですか?」
「そりゃまぁ…でもそれが何か?」
「いや、もし上手くいったらご褒美的なものがあったら、もっと頑張れるかなぁと思いまして。」
「良いけど、キスは駄目よ。」
「軽く!軽くで良いので!チュっと!」
「無理です。結婚してますから。」
「じゃあほっぺ!ほっぺなら結婚してても大丈夫かと!小さい子とかにする感じでどうでしょう!?」
「…まぁそれくらいなら…良いかな?」
「本当ですか!?ひぃぃぃやっほーう!やったー!言ってみるもんだ!因みに先払いは可能ですか?」
「上手くいったら、ね。先払いはありません。」
「まぁ良いでしょう。ご褒美は頂いたも同然!うっかり横向いちゃって唇と唇が合わさっちゃってもそれは事故…。」
「声に出てる。あと、そんなこと考えてるならご褒美は無し。」
「冗談ですよ、冗談。さ、とっとと終わらせて、顔を洗ってこなきゃ。」
ふふふ、ロウソクの火なんぞ、魔法の力でちょちょいのちょいよ。
これぞまさしく、風前の灯火。
いざとなったらこっそり吹き消してやるぜ…。
「言っておくけど、こっそり吹き消したりなんかしたら、明日から来なくて良いからね。」
「む?信用が無い…そんなズルしてまでキスして欲しくはないですよ。嘘です、ズルしてでもキスはして欲しいです。が、ズルしません。しませんったらしません。」
「…なら良いわ。やってみて。」
……。
…その時の俺は知らなかった…。
…こんなに消えないロウソクが売ってたなんて…。
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