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4 魔法のランプのそっくりさん

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魔法のランプと言えば『願いを3つ叶えてくれる』だ。
けれどこのランプは『願いを3つ叶えてください』。
意味がわからない。普通逆だ。

「願い…?何だそれ」

「ピリョロロロ」

板の文字がすっと消えて、これに驚いてしまう。
昨日までは日本で普通に男子高校生をしていたから、まだ魔法には慣れないし、しばらく慣れることもないと思う。

『我が指さしているこの本を燃やしてください』

「随分ボロボロだな……っていうか谷川、お前いつまで怒ってんだ」

隣でイライラとしている谷川。
俺がそう言うと、ギロリと睨みつけてきた。まるで、俺のせいだとでも言ってるみたいに。
──そんなに、好きな人と俺なんかを間違えたのが嫌だったのか。
悲しみで泣きそうだ。けれどこれぐらい、高校では毎日だった。谷川はかっこいいから、いつも男子や女子に囲まれて、俺はただ谷川の嫌いな人としてじゃないと近くにいられなかった。
いや、物理的には掴みかかるような近くに行けたけど、きっと心の距離的には凄く遠いんだと思う。

俺が谷川のことが好きだ、なんて言ったって、気持ち悪いと思われるだけだろう。


悲しい。


「………チッ」

谷川は舌打ちをして、俺の顔を見ずにランプの方を見た。


「燃やせばいいんだな」

ボロボロの本とマッチ箱を掴むと、谷川は小屋の扉を開けて外に出ていった。扉が開くようになったのを見てホッとし、慌てて追おうとしたらガチャン、と鍵を閉められた。

『人質』

「最悪だお前ほんと……」


にやりと笑ったように見えたランプに、俺は怒る気力すら無い。ただひたすら、あまりにも落ち込んでいた。


『燃やしてくる間我が話でも聞いてあげましょう』

「腹立つ」

『我は凄い魔法のランプです。人の役に立ちます』

「今のところ害しか……うん、害しか無い」

このランプのおかげで俺は谷川に抱きしめられ、喜びと悲しみを味わうことになった。
害だけではない。もはや一生分の思い出と言っても過言では無い。けれどバカ正直にこんな訳の分からないランプに話しかけたくない。


『お前らは異世界人ですね。嫌われている理由が知りたいでしょう』

「いや、そういう重要そうなのは谷川がいる時に言ってくれ。ちゃんと覚えられるかどうか…」

『記憶力が上がる魔法が知りたいですか』

「……そんなんあるの?」

ちょっと興味を惹かれてしまった。謎に負けた気分になる。
谷川のかっこいい姿とか、バクバク食べている時だとか、そういうのを網膜に焼き付いているとはいえ全部覚えていたい。
……俺って、やっぱり気持ち悪いな。


1人で勝手に落ち込んでいると、自慢げなランプが板を見せてきた。

『リピートアフター我。「魔法のランプの力を受け我は記憶力アップであーる」』

「…………ま、魔法のランプの力を受け我は記憶力アップであーる」

モダモダが吹き飛んで怒りになった。ここに谷川がいなくてよかった。なんだこのふざけた呪文。


『大☆成☆功。ちなみにこれは1度使うと500年は他の人に使えないです。我に感謝しましょう』

「これが!?いや、まあ記憶力上がるんなら嬉しいけど」

『我は人の役に立ちました。彼が戻ってきます』


ちょっとだけこのランプへの好感度が上がった時に、谷川は戻ってきた。手には炭に変わった本だったものを持って。


「……おい、杉原。何の話してたんだ」

『秘密厳守』

「ただの世間話…あ、あと俺ら異世界人がなんで嫌われてるか知ってるってよ」

『我が教えてあげましょう。異世界人をみんな嫌いなのはなぜか』

「……それは気になるな」

手でパッパッと炭を床に払い、谷川が近づいてくる。
…………あれっ、近くね?

俺の気のせい?意識しすぎ?でも近いと思うんだけど俺は。……嬉しいなあ。

拳1つ分ぐらい横に谷川が来た。
いやいや、この小屋は狭いしランプの書いてる文字を見るために来ただけ。それだけ。勘違いするな。苦しむのは自分なんだって、ほんとこれ何度目だ。

何度目かももう分からないぐらい期待して、その度に傷ついた。なのに性懲りも無く、俺はまた繰り返そうとしている。


『最初はいいやつでした。特に何かが出来る訳でもないですが、お人好しで大往生して死にました』

『次は小さな子供でした。母親の名前を呼び続けてかわいそうでしたが、友達たくさんで笑って死にました』

『それからしばらく沢山来ました。“キモノ”を皆着ていました。“カミカクシ”だと言っていました』

『その後しばらく来ませんでした』

『それから、“セイフク”を着てここを“イセカイ”と言う人が来ました。世界戦争が始まって、何千万人と死に、奴隷制度が生まれ、国が5つ滅びて新しく国が出来てはなくなりました』

『“カミカクシ人”は愛すべき隣人で、“イセカイ人”は戦いを望む恐ろしい人々』

『だからみんな異世界人嫌いです』

ランプが綴った文字に、俺も谷川も黙りこくってしまう。なんて言えばいいのか分からなかった。


『次の願いです。向こうの丘にある花を数本取ってきてください』

次は俺が、と思ってドアの方へと向けた体を後ろに引っ張られた。

「いった…おい谷川、何だよ」

「杉原だと時間がかかりすぎるだろ?弱いもんな」

「はぁ!?」

ひらひらと手を振って谷川は外に出ていった。扉は当然開かなくなる。

なぜ引き戻されたのだろうか、と考えて、1つの嫌な予感にたどり着いてしまった。───もう、谷川はここに帰ってこないのではないか、と。

谷川にとって、俺は苛立ちを加速させるだけの腹立たしい同級生としか見られていないだろう。
俺ら異世界人が嫌われている理由が分かったのなら、もうどうやって行動すれば良いのかが分かる。
そう考えてみると、谷川がここに帰ってくる理由って、無いのだ。

「……」

『悲嘆?』

「は?何だ急に」

『涙』

「…………」

頬を触ってみると濡れていた。気づかないうちに涙が流れていたらしい。本当に俺は谷川のことが好きで、でも谷川は俺のことが嫌いで、だから俺はもう、悲しくて仕方がない。

ただ、嘘でいいから好きって言って欲しかった。それで俺はもう諦めるから。
もう、会えないかもしれない事実が、ギュッと心臓を握りしめてくる。


『我人の役に立ちます。誓約です。だから泣くのを辞めさせなければなりません』

「意味わからん……」

『帰宅、帰宅、絶対』

「そのたまに漢字だけになるの何なんだよ…」



『好きな人がいないのは、悲しい』

相も変わらず腐女子の化身を連想させるようなキモイ見た目のランプだけど、板に書かれたその言葉と、優しげなその目が、頭に焼き付いた。
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