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第二章:本編(再び)

崩壊への加速

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目の前で父親が連行されてから、ネスは王都の邸宅から一歩も出なかった。
出歩く気分でも無かったし、王立学院からもひとまず謹慎を申し渡されていた。
そして両親や主な執事が揃って連行されたので、実務も滞りがちだった。
数日後、再び近衛兵がやってきてネスに登城を要請した。




「セイシェル侯爵家ネス、命により参上致しました。」

「来たか。」

ネスが連行されたのは謁見の間から少し離れた個室。
目の前には王太子が鎮座し、周囲には公爵の姿も見える。
更には王宮のパーティで会った宰相や高位の文官の姿も。

「王太子殿下にはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。」


「ご機嫌が良ければ、本当によかったのだがな…」


腕組みをしたまま固い表情の王太子は、挨拶にすら皮肉を返す。
その只ならぬ雰囲気にネスはしばし絶句し。

「あの…
 恐れながら、両親は…」


「セイシェル侯爵夫妻は本日未明に亡くなられました。」


そして宰相から告げられた言葉に、再び言葉を失う。

「え…?」

「逃げられぬと観念しての、服毒による覚悟の死だ。」

「国法に基づきセイシェル侯爵家当主の座は、暫定的ではあるがその方だ。
 国王陛下の認証が済んでいないので無論非公式だがな。
 以後。」

有無を言わさず、淡々と告げる王太子とルファ公爵。

「さて、国王陛下の認証式までの間にセイシェル侯爵の取れる道はいくつかある。
 まずは侯爵位を相続する手続きを進めること。」

そして文官の一人が書類の束を差し出す。

「その場合、実子であるその方は必要がある。
 先代侯爵夫妻が主体となって横領した公金。
 裏付けが全て完了したわけではないが、その方の邸宅より発見された帳簿だと50万ゴールドを超えておる。」

「国内の資産だけでなく共和国の口座を差し押さえたとしても、現金だけで10万ゴールドは足りません。
 更に行政罰としての罰金命令は下るでしょう。
 王命措置となるのか貴族法廷の裁定になるのか、いずれにせよ数万ゴールドは下らないかと推測します。
 ただ、領地の大半を国家へ返納するか王家立ち合いの元で他家へ売れば埋め合わせも可能でしょう。
 刑事罰は間違いなく極刑ですが、さすがに当事者である先代侯爵夫妻は既に亡くなっておりますので。」

頭が追い付かない。
いきなり両親の死を知らされ、その莫大な額の犯罪を知らされ。


「相続の一切を放棄するという選択肢もある。
 その場合、当然貴族ではなく平民ということになる。
 当然その身一つで、どこかで自由に、自身の責任において暮らすことになる。
 まぁ運が良ければ親族やどこかの貴族が匿ってくれる可能性もあるし、能力次第では他家に仕えることも可能だぞ。」


当然の話だが貴族家に生まれる者全てが家督を継げるわけではない。
一男一女のセイシェル侯爵家が珍しいだけで、正室側室愛人を含め何人もの子がいるのが普通だ。
そういった場合、食い扶持の当てがない者は当然に働きに出る。
上級貴族家の執事や侍女、王宮の役人や国軍には貴族に連なる者も多い。
実際にセイシェル侯爵家でも下級貴族家出身の人間を複数雇っていた。

「そういえば、確かミーシャも男爵家の出身でしたな。」

「はい宰相様。
 悲しいことに実家は没落して無くなってしまいましたが。」

妙齢の文官はセイシェル侯爵に視線を落とし。


「しかしながら。
 私が王立学院にいた40年前は、他人の研究を横取りする不届き者はいませんでした。
 質が落ちたのでは?」


「ミーシャ…それはセイシェル侯爵だけでなく王家に対しても不敬ですぞ。」

ため息まじりの宰相に文官は頭を下げる。
その先の王太子は苦笑を浮かべ。

「気にするな、それで不敬罪に問うほど矮小でも暇でもないぞ。
 第一それで不敬を問うなら、王立学院の責任者たる王家は職務怠慢か?」

「これは殿下、恐れ入ります。
 しかし、そうなるとセイシェル侯爵は他の貴族家や王宮で働くのは難しいかもしれませんね。」

宰相も当然分かって言っている。
生まれた時から貴族であり、人々にかしずかれることが当然の世界で生きてきた人間が。
いきなり明日から何の庇護もなく路傍に放り出されて生き抜けるわけがない。
お付きの者がいなければ着替えすら出来ない人間が、どうやって食事をとるというのか。

そして他者の研究を横取りするような人間をどこの貴族家が雇うというのか。
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