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第二章:舞台の裏
時間は半日ほど遡り、そして舞台で線が交差する
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「以上が報告であります。」
宰相からの報告を受けた国王は、椅子にもたれ掛かると大きく息を吐く。
「またセイシェル侯爵家か…」
王立学院の研究発表で、今まで行方不明だった数学界の書物が出た。
その言葉に文官たちは色めき立ち教育部門はお祭り騒ぎとなった。
なので帝国大使の表敬訪問という外せない予定のあった国王の名代として、わざわざ王太子を派遣したのだが。
その恥をさらされた王太子も憮然とした表情でソファに座している。
「しかもセイシェル侯爵家の息子が出した研究結果、それを本当に書いた人物…
父上、よりにもよってフィッツ男爵ですよ。」
論外である。
あの貧乏男爵家にそんな貴重な文献が存在しているとは思えない。
もし万が一にも書架に紛れていれば、間違いなく家令のアラヤから報告があるはずだ。
フィッツ男爵家の財政立て直しに奔走しているアラヤは、そんな文献を見落とすような無能ではない。
とすれば、その文献を所有しているのは吸血鬼の従者であるスーの、その主としか考えられない。
「陛下。
この度の件で陛下の御威光を汚したとして、学院長と担当教官より引責辞任の願いが出ておりますが。」
「却下だ。
本件の責任はセイシェル侯爵家の子息とペニシフィン子爵家の令嬢にある。
両名の処分はどうなっているのだ?」
「正式決定されるまで、ひとまず無期限で謹慎としております。」
「ならば両名の正式処分が出てからだ。
最も、学院長は監督不行き届きの責で口頭注意が妥当であろう。」
国王の裁定に王太子も頷く。
本当のことを発表できない以上、セイシェル侯爵家の子息に渡った資料はゴリーペの書では無かったと公表している。
お祭り騒ぎだった教育部門の文官たちは大きく落胆している。
学院長や教官たちのショックは、その倍以上であろう。
「それにしても、人騒がせな…」
思わずため息が漏れる。
研究レポートを譲り渡すなど前代未聞。
それも創立記念という日に王太子臨席の場で。
渡した令嬢も受け取った子息も、共に学院内の処分だけでなく王家侮辱罪にすら問われかねない。
後はそれぞれのパートナーである、フィッツ男爵とバーナー侯爵家の子息がどれだけ関係しているかだ。
見なかったことにも出来ないが…さて面倒にならなければよいが。
「うぉ。」
宰相の声に顔を上げれば、そこには一瞬前まで存在していなかった一人の女性が立っていた。
王宮の最深部、国王の執務室。
この国で最も警備が厳重な場所で、許された者以外が立ち入ることが絶対にあり得ない場所で。
しかし、この部屋にいる国王も王太子も宰相も、その女性とは面識があった。
そしてこの女性が神出鬼没で、その意のままに姿を現せる、自分たちの常識の外側に存在する者だとも知っていた。
「これはキャティ殿。
出来ればいきなり現れるのはご遠慮頂きたいのですが…心臓に悪いです。」
「あら、ごめんなさいね。
でも私は”先触れ”なの。
間もなく私の主が参りますので。」
そう言うとキャティは部屋の中央に向かって腰を折る。
その様子に国王も王太子も立ち上がると、宰相も揃ってその方向へ向かって片膝をつく。
それは臣下の意ではなく、ただ畏怖。
数瞬後、いつものクラシカルなドレスに身を包んだ少女がキャティと同じように姿を現した。
「邪魔をするぞ、童よ。」
その少女アーシュは、それが当然とばかりに断りもなくソファの上座へと腰を下ろす。
それを咎める者は当然なく。
「おい、誰かいるか!」
王太子の声にドアが開き当番のメイドが現れる。
そのメイドは、事前に聞かされておらず、そして入室するところすら見ていない女性二名の姿に目を見開いたが。
「遠方より父上の御友人が訪ねて来られた。
こちらのお嬢様へ茶を。」
「し、失礼致しました。」
さすがに国王担当のメイド、努めて自然に腰を折り数分後にはワゴンで紅茶と焼き菓子を運んできた。
「…変わらず、よい香りだの。」
過去にも訪れていることを言外に滲ませ、メイドの緊張と警戒を和らげ。
そしてカップに口を付ける。
「それでアーシュ殿。
急なお越し、何用ですかな。」
メイドが退室したのを確認し、対座した国王にアーシュは微笑む。
「先日パティシエ長が交代したであろう。」
「…確かに、先代が引退しましたので次長が昇格しました。
あの、彼が何か。」
「彼の曾祖母が、かつて下町で菓子屋を開いておっての。
我はファンだったのじゃ。
なので、さてどれほどの腕かと興味があっての。」
国王に代わって答えた宰相が息をのむ。
平然と言うが、そのパティシエ長は職人歴50年を超える壮年男性だ。
若くして共和国や王国の名店で武者修行し、王宮に見習いで採用され、修行を重ねてパティシエ長となった。
その曾祖母ともなれば当然すでに亡くなっている。
しかしこの人外の存在にとっては、まるで先日のことのようだ。
「事前に言って頂ければ、晩さん会に出すデザートを用意しましたのに…」
「まぁそれはまたの機会にの。
焼き菓子の飾りをみれば相応の腕であることは分かるでの。
ビスケットにここまで緻密な紋章を彫るとは、曾祖母も喜んでおろう。」
そう言いながらアーシュは右手を軽く上げると指を鳴らす。
同時に、まるで手品かのように机上に現れる数冊の帳簿。
「さて、これは手土産じゃ。」
宰相からの報告を受けた国王は、椅子にもたれ掛かると大きく息を吐く。
「またセイシェル侯爵家か…」
王立学院の研究発表で、今まで行方不明だった数学界の書物が出た。
その言葉に文官たちは色めき立ち教育部門はお祭り騒ぎとなった。
なので帝国大使の表敬訪問という外せない予定のあった国王の名代として、わざわざ王太子を派遣したのだが。
その恥をさらされた王太子も憮然とした表情でソファに座している。
「しかもセイシェル侯爵家の息子が出した研究結果、それを本当に書いた人物…
父上、よりにもよってフィッツ男爵ですよ。」
論外である。
あの貧乏男爵家にそんな貴重な文献が存在しているとは思えない。
もし万が一にも書架に紛れていれば、間違いなく家令のアラヤから報告があるはずだ。
フィッツ男爵家の財政立て直しに奔走しているアラヤは、そんな文献を見落とすような無能ではない。
とすれば、その文献を所有しているのは吸血鬼の従者であるスーの、その主としか考えられない。
「陛下。
この度の件で陛下の御威光を汚したとして、学院長と担当教官より引責辞任の願いが出ておりますが。」
「却下だ。
本件の責任はセイシェル侯爵家の子息とペニシフィン子爵家の令嬢にある。
両名の処分はどうなっているのだ?」
「正式決定されるまで、ひとまず無期限で謹慎としております。」
「ならば両名の正式処分が出てからだ。
最も、学院長は監督不行き届きの責で口頭注意が妥当であろう。」
国王の裁定に王太子も頷く。
本当のことを発表できない以上、セイシェル侯爵家の子息に渡った資料はゴリーペの書では無かったと公表している。
お祭り騒ぎだった教育部門の文官たちは大きく落胆している。
学院長や教官たちのショックは、その倍以上であろう。
「それにしても、人騒がせな…」
思わずため息が漏れる。
研究レポートを譲り渡すなど前代未聞。
それも創立記念という日に王太子臨席の場で。
渡した令嬢も受け取った子息も、共に学院内の処分だけでなく王家侮辱罪にすら問われかねない。
後はそれぞれのパートナーである、フィッツ男爵とバーナー侯爵家の子息がどれだけ関係しているかだ。
見なかったことにも出来ないが…さて面倒にならなければよいが。
「うぉ。」
宰相の声に顔を上げれば、そこには一瞬前まで存在していなかった一人の女性が立っていた。
王宮の最深部、国王の執務室。
この国で最も警備が厳重な場所で、許された者以外が立ち入ることが絶対にあり得ない場所で。
しかし、この部屋にいる国王も王太子も宰相も、その女性とは面識があった。
そしてこの女性が神出鬼没で、その意のままに姿を現せる、自分たちの常識の外側に存在する者だとも知っていた。
「これはキャティ殿。
出来ればいきなり現れるのはご遠慮頂きたいのですが…心臓に悪いです。」
「あら、ごめんなさいね。
でも私は”先触れ”なの。
間もなく私の主が参りますので。」
そう言うとキャティは部屋の中央に向かって腰を折る。
その様子に国王も王太子も立ち上がると、宰相も揃ってその方向へ向かって片膝をつく。
それは臣下の意ではなく、ただ畏怖。
数瞬後、いつものクラシカルなドレスに身を包んだ少女がキャティと同じように姿を現した。
「邪魔をするぞ、童よ。」
その少女アーシュは、それが当然とばかりに断りもなくソファの上座へと腰を下ろす。
それを咎める者は当然なく。
「おい、誰かいるか!」
王太子の声にドアが開き当番のメイドが現れる。
そのメイドは、事前に聞かされておらず、そして入室するところすら見ていない女性二名の姿に目を見開いたが。
「遠方より父上の御友人が訪ねて来られた。
こちらのお嬢様へ茶を。」
「し、失礼致しました。」
さすがに国王担当のメイド、努めて自然に腰を折り数分後にはワゴンで紅茶と焼き菓子を運んできた。
「…変わらず、よい香りだの。」
過去にも訪れていることを言外に滲ませ、メイドの緊張と警戒を和らげ。
そしてカップに口を付ける。
「それでアーシュ殿。
急なお越し、何用ですかな。」
メイドが退室したのを確認し、対座した国王にアーシュは微笑む。
「先日パティシエ長が交代したであろう。」
「…確かに、先代が引退しましたので次長が昇格しました。
あの、彼が何か。」
「彼の曾祖母が、かつて下町で菓子屋を開いておっての。
我はファンだったのじゃ。
なので、さてどれほどの腕かと興味があっての。」
国王に代わって答えた宰相が息をのむ。
平然と言うが、そのパティシエ長は職人歴50年を超える壮年男性だ。
若くして共和国や王国の名店で武者修行し、王宮に見習いで採用され、修行を重ねてパティシエ長となった。
その曾祖母ともなれば当然すでに亡くなっている。
しかしこの人外の存在にとっては、まるで先日のことのようだ。
「事前に言って頂ければ、晩さん会に出すデザートを用意しましたのに…」
「まぁそれはまたの機会にの。
焼き菓子の飾りをみれば相応の腕であることは分かるでの。
ビスケットにここまで緻密な紋章を彫るとは、曾祖母も喜んでおろう。」
そう言いながらアーシュは右手を軽く上げると指を鳴らす。
同時に、まるで手品かのように机上に現れる数冊の帳簿。
「さて、これは手土産じゃ。」
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