とある侯爵家が滅亡するまでの物語

レイちゃん

文字の大きさ
上 下
32 / 48
第二章:舞台の裏

時間は半日ほど遡り、そして舞台で線が交差する

しおりを挟む
「以上が報告であります。」

宰相からの報告を受けた国王は、椅子にもたれ掛かると大きく息を吐く。

「またセイシェル侯爵家か…」

王立学院の研究発表で、今まで行方不明だった数学界の書物が出た。
その言葉に文官たちは色めき立ち教育部門はお祭り騒ぎとなった。
なので帝国大使の表敬訪問という外せない予定のあった国王の名代として、わざわざ王太子を派遣したのだが。

その恥をさらされた王太子も憮然とした表情でソファに座している。

「しかもセイシェル侯爵家の息子が出した研究結果、それを本当に書いた人物…
 父上、よりにもよってフィッツ男爵ですよ。」

論外である。

あの貧乏男爵家にそんな貴重な文献が存在しているとは思えない。
もし万が一にも書架に紛れていれば、間違いなく家令のアラヤから報告があるはずだ。
フィッツ男爵家の財政立て直しに奔走しているアラヤは、そんな文献を見落とすような無能ではない。
とすれば、その文献を所有しているのは吸血鬼の従者であるスーの、としか考えられない。

「陛下。
 この度の件で陛下の御威光を汚したとして、学院長と担当教官より引責辞任の願いが出ておりますが。」

「却下だ。
 本件の責任はセイシェル侯爵家の子息とペニシフィン子爵家の令嬢にある。
 両名の処分はどうなっているのだ?」

「正式決定されるまで、ひとまず無期限で謹慎としております。」

「ならば両名の正式処分が出てからだ。
 最も、学院長は監督不行き届きの責で口頭注意が妥当であろう。」

国王の裁定に王太子も頷く。
本当のことアーシュの存在を発表できない以上、セイシェル侯爵家の子息に渡った資料はゴリーペの書では無かったと公表している。
お祭り騒ぎだった教育部門の文官たちは大きく落胆している。
学院長や教官たちのショックは、その倍以上であろう。

「それにしても、人騒がせな…」

思わずため息が漏れる。

研究レポートを譲り渡すなど前代未聞。
それも創立記念という日に王太子臨席の場で。
渡した令嬢も受け取った子息も、共に学院内の処分だけでなく王家侮辱罪にすら問われかねない。
後はそれぞれのパートナーである、フィッツ男爵とバーナー侯爵家の子息がどれだけ関係しているかだ。
見なかったことにも出来ないが…さて面倒にならなければよいが。




「うぉ。」

宰相の声に顔を上げれば、そこには一瞬前まで存在していなかった一人の女性が立っていた。
王宮の最深部、国王の執務室。
この国で最も警備が厳重な場所で、許された者以外が立ち入ることが絶対にあり得ない場所で。

しかし、この部屋にいる国王も王太子も宰相も、その女性とは面識があった。
そしてこの女性が神出鬼没で、その意のままに姿を現せる、自分たちのに存在する者だとも知っていた。

「これはキャティ殿。
 出来ればいきなり現れるのはご遠慮頂きたいのですが…心臓に悪いです。」

「あら、ごめんなさいね。
 でも私は”先触れ”なの。
 間もなく私の主が参りますので。」

そう言うとキャティは部屋の中央に向かって腰を折る。
その様子に国王も王太子も立ち上がると、宰相も揃ってその方向へ向かって片膝をつく。
それは臣下の意ではなく、ただ畏怖。
数瞬後、いつものクラシカルなドレスに身を包んだ少女がキャティと同じように姿を現した。

「邪魔をするぞ、わっぱよ。」

その少女アーシュは、それが当然とばかりに断りもなくソファの上座へと腰を下ろす。
それを咎める者は当然なく。

「おい、誰かいるか!」

王太子の声にドアが開き当番のメイドが現れる。
そのメイドは、事前に聞かされておらず、そして入室するところすら見ていない女性二名の姿に目を見開いたが。

「遠方より父上の御友人が訪ねて来られた。
 こちらのお嬢様へ茶を。」

「し、失礼致しました。」

さすがに国王担当のメイド、努めて自然に腰を折り数分後にはワゴンで紅茶と焼き菓子を運んできた。

「…変わらず、よい香りだの。」

過去にも訪れていることを言外に滲ませ、メイドの緊張と警戒を和らげ。
そしてカップに口を付ける。

「それでアーシュ殿。
 急なお越し、何用ですかな。」

メイドが退室したのを確認し、対座した国王にアーシュは微笑む。

「先日パティシエ長が交代したであろう。」

「…確かに、先代が引退しましたので次長が昇格しました。
 あの、彼が何か。」

「彼の曾祖母が、かつて下町で菓子屋を開いておっての。
 我はファンだったのじゃ。
 なので、さてどれほどの腕かと興味があっての。」

国王に代わって答えた宰相が息をのむ。
平然と言うが、そのパティシエ長は職人歴50年を超える壮年男性だ。
若くして共和国や王国の名店で武者修行し、王宮に見習いで採用され、修行を重ねてパティシエ長となった。

その曾祖母ともなれば当然すでに亡くなっている。
しかしこの人外の存在にとっては、まるで先日のことのようだ。

「事前に言って頂ければ、晩さん会に出すデザートを用意しましたのに…」

「まぁそれはまたの機会にの。
 焼き菓子の飾りをみれば相応の腕であることは分かるでの。
 ビスケットにここまで緻密な紋章を彫るとは、曾祖母も喜んでおろう。」

そう言いながらアーシュは右手を軽く上げると指を鳴らす。
同時に、まるで手品かのように机上に現れる数冊の帳簿。

「さて、これは手土産じゃ。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...