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第二章:本編(真)
月の光に涙は輝く
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「実際のところ、貴殿らには苦労をかけていることは重々承知しておるのだ。」
王太子は応接室でワインとチーズを嗜んでいた。
さすがに毒見も無しに食べさせられないと近衛兵が言い張ったので、テーブルにはその隊長も同席している。
対するペニシフィン子爵家もヴァルド子爵家も、ただただ緊張。
特に王族に出せるような高価なワインも食材も持ち合わせていないペニシフィン子爵は、いっそ消えうせたい気持ちですらあった。
「先の大災害、あの疫病な。
あれからチーズに携わる者たち全てが苦しんでいるのは分かっている。
とはいえ帝国産チーズがこれだけ浸透してしまうと、いきなり排除など出来ん。
低品質高価格なら自然と淘汰されるのだがな…」
それは生産者なら分かっている。
既に帝国産のチーズは人々の食卓に浸透してしまっている。
元々は王国側が頭を下げて輸入したのだ、生産が回復したからと一方的に破棄できるものではない。
そんなことをすれば帝国のメンツは丸つぶれ、貿易戦争か武力紛争になりかねない。
「外交力の欠如だと笑うか?」
「滅相もございません。
国や、ましてや国王陛下をお恨みし何になりましょう。
それは筋違いというものでございます。」
「すまぬな、その方たちには苦労を掛ける…」
空いたグラスにメイドがワインを注ぐ。
その手が震えているのが傍からも分かった。
「申し訳ございません、本来は殿下にお出しできるようなワインでは無く…」
「気にするな。
というか、晩さん会で出されるワインは重いものが多くてな。
このチーズの味なら若くて軽いものの方がよく合うだろう?」
邸宅で最も高価なワインだが、それでも王宮のパーティで出されるものには程遠い。
下級貴族なので年に数えるくらいしか出たことがないが、その味はしっかりと脳裏に刻まれている。
そして銘柄も、王都のワイン商の店先で見た値段も。
「ところで子爵、すまぬが帰りにこのチーズを分けてくれんか?
この味な、絶対に妻が喜ぶ。」
「ありがとうございます、殿下。
蔵に在庫がございますので、喜んで全て献上致します。」
「慌てて来たから馬車1台なのだ、そんなに載らん。
それに在庫全てを横取りしたとあっては、このチーズのファンに恨まれるではないか。」
ペニシフィン子爵家だけでなくヴァルド子爵家にとっても、まるで夢のような時間。
天上の御方とも言える王家の、それも王太子殿下が目の前で笑っている。
その場に同席できる奇跡に。
「ご歓談中、失礼致します。
王立学院より学院長がお見えになられておりますが…」
「子爵殿、俺のことは気にせず会ってはいかがか。」
気にしないわけにはいかないが、その言葉を否定する気も当然ない。
そして学院長といえば貴族社会では伯爵位に相当する、つまりは目上。
ペニシフィン子爵は応接室に通すよう執事に申しつけ。
「王太子殿下!?」
通された学院長は予想通りの声を上げた。
「俺の用事は済んだ。
ただワインとチーズを楽しんでいる一介の客人に過ぎぬ。
気にせずに貴殿の用を済ませてくれ。」
「あの、恐れながらペニシフィン子爵殿…
あなたと王太子殿下とは一体どのようなご関係なのですか…!」
「いや、私にも何が何だか…」
冷汗をかきつつも、学院長は役目を果たすべく咳払いを一つ。
「ペニシフィン子爵令嬢、セシア。」
「は、はい!」
「すまなかった。」
いきなり学院長に頭を下げられ、セシアは硬直。
「あ…え…?」
「あなたに掛けられた疑いは全て晴れました。
謹慎処分は発表の時点に遡って記録を抹消しました。
何の心配もなく、週明けから王立学院へ復帰することを認めます。」
涙を流すセシア、手を取り悦ぶカイ。
周囲の使用人たちも拍手を送り。
そしてペニシフィン子爵は王太子に頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下。」
「俺は何もしておらん。
王立学院は実力主義の場だ。
令嬢が努力し学院長が認めた、ただそれだけだ。」
ワインを呷ると、王太子はニヤリと。
「ところで学院長。
そこの両名は結婚を誓い合った仲だそうだ。
俺が立会人だ、王立学院でもその点の配意を願いたい。」
セシアもカイも両親たちも、その言葉にただ茫然。
「よろしいのですか?
貴族の結婚には国王陛下の御許可を必要とするはずですが。」
「学院長、許可を要する理由は危険を排するためだ。
子爵らは王家に弓引く者か?」
そんなわけない。
慌ててただ首を横に振る姿に。
「だ、そうだ。
この両家が結ばれることで何か政治的や地政学的なリスクでも生まれるのなら再考せねばならぬが…
そういうことはあるまい。」
そしてセシアを一瞥。
「言ったはずだ、その方の喜びは父上の喜びだとな。
俺の独断ではあるが、まぁ越権だと怒りはすまいよ。」
あまりにも奇跡が大挙して押し寄せ、いよいよセシアの涙も止まらなくなる。
「学院長、貴殿の用も終わったな?
おい、誰か学院長にもグラスとワインを用意してくれ。
この喜ばしい門出を祝して乾杯しようではないか!」
王太子は応接室でワインとチーズを嗜んでいた。
さすがに毒見も無しに食べさせられないと近衛兵が言い張ったので、テーブルにはその隊長も同席している。
対するペニシフィン子爵家もヴァルド子爵家も、ただただ緊張。
特に王族に出せるような高価なワインも食材も持ち合わせていないペニシフィン子爵は、いっそ消えうせたい気持ちですらあった。
「先の大災害、あの疫病な。
あれからチーズに携わる者たち全てが苦しんでいるのは分かっている。
とはいえ帝国産チーズがこれだけ浸透してしまうと、いきなり排除など出来ん。
低品質高価格なら自然と淘汰されるのだがな…」
それは生産者なら分かっている。
既に帝国産のチーズは人々の食卓に浸透してしまっている。
元々は王国側が頭を下げて輸入したのだ、生産が回復したからと一方的に破棄できるものではない。
そんなことをすれば帝国のメンツは丸つぶれ、貿易戦争か武力紛争になりかねない。
「外交力の欠如だと笑うか?」
「滅相もございません。
国や、ましてや国王陛下をお恨みし何になりましょう。
それは筋違いというものでございます。」
「すまぬな、その方たちには苦労を掛ける…」
空いたグラスにメイドがワインを注ぐ。
その手が震えているのが傍からも分かった。
「申し訳ございません、本来は殿下にお出しできるようなワインでは無く…」
「気にするな。
というか、晩さん会で出されるワインは重いものが多くてな。
このチーズの味なら若くて軽いものの方がよく合うだろう?」
邸宅で最も高価なワインだが、それでも王宮のパーティで出されるものには程遠い。
下級貴族なので年に数えるくらいしか出たことがないが、その味はしっかりと脳裏に刻まれている。
そして銘柄も、王都のワイン商の店先で見た値段も。
「ところで子爵、すまぬが帰りにこのチーズを分けてくれんか?
この味な、絶対に妻が喜ぶ。」
「ありがとうございます、殿下。
蔵に在庫がございますので、喜んで全て献上致します。」
「慌てて来たから馬車1台なのだ、そんなに載らん。
それに在庫全てを横取りしたとあっては、このチーズのファンに恨まれるではないか。」
ペニシフィン子爵家だけでなくヴァルド子爵家にとっても、まるで夢のような時間。
天上の御方とも言える王家の、それも王太子殿下が目の前で笑っている。
その場に同席できる奇跡に。
「ご歓談中、失礼致します。
王立学院より学院長がお見えになられておりますが…」
「子爵殿、俺のことは気にせず会ってはいかがか。」
気にしないわけにはいかないが、その言葉を否定する気も当然ない。
そして学院長といえば貴族社会では伯爵位に相当する、つまりは目上。
ペニシフィン子爵は応接室に通すよう執事に申しつけ。
「王太子殿下!?」
通された学院長は予想通りの声を上げた。
「俺の用事は済んだ。
ただワインとチーズを楽しんでいる一介の客人に過ぎぬ。
気にせずに貴殿の用を済ませてくれ。」
「あの、恐れながらペニシフィン子爵殿…
あなたと王太子殿下とは一体どのようなご関係なのですか…!」
「いや、私にも何が何だか…」
冷汗をかきつつも、学院長は役目を果たすべく咳払いを一つ。
「ペニシフィン子爵令嬢、セシア。」
「は、はい!」
「すまなかった。」
いきなり学院長に頭を下げられ、セシアは硬直。
「あ…え…?」
「あなたに掛けられた疑いは全て晴れました。
謹慎処分は発表の時点に遡って記録を抹消しました。
何の心配もなく、週明けから王立学院へ復帰することを認めます。」
涙を流すセシア、手を取り悦ぶカイ。
周囲の使用人たちも拍手を送り。
そしてペニシフィン子爵は王太子に頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下。」
「俺は何もしておらん。
王立学院は実力主義の場だ。
令嬢が努力し学院長が認めた、ただそれだけだ。」
ワインを呷ると、王太子はニヤリと。
「ところで学院長。
そこの両名は結婚を誓い合った仲だそうだ。
俺が立会人だ、王立学院でもその点の配意を願いたい。」
セシアもカイも両親たちも、その言葉にただ茫然。
「よろしいのですか?
貴族の結婚には国王陛下の御許可を必要とするはずですが。」
「学院長、許可を要する理由は危険を排するためだ。
子爵らは王家に弓引く者か?」
そんなわけない。
慌ててただ首を横に振る姿に。
「だ、そうだ。
この両家が結ばれることで何か政治的や地政学的なリスクでも生まれるのなら再考せねばならぬが…
そういうことはあるまい。」
そしてセシアを一瞥。
「言ったはずだ、その方の喜びは父上の喜びだとな。
俺の独断ではあるが、まぁ越権だと怒りはすまいよ。」
あまりにも奇跡が大挙して押し寄せ、いよいよセシアの涙も止まらなくなる。
「学院長、貴殿の用も終わったな?
おい、誰か学院長にもグラスとワインを用意してくれ。
この喜ばしい門出を祝して乾杯しようではないか!」
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