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第二章:本編
閉会式
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カイ様の言葉通りセシア様は翌日から学業に復帰した。
ネス様の仕打ちを自分の中でどう決着させたのか、それとも先送りさせたのか。
それは私には分からない。
だから私からは一言も聞かなかったし、セシア様も語らなかった。
ただ一言、ペアで行うはずの研究課題を休んだことに対してのみ謝罪があった。
だから対価として私は一つの要求をした。
今後、私は様付けを止めるから、公の場以外では閣下という尊称を止めてほしいと。
翌日の夜明け、どうにか課題は形になり、細部を修正して提出した。
王立学院の設立記念日、この日は朝から課題の発表が随所で行われる。
その三日前からは授業も休みとなり、講師陣は提出課題の添削や最終チェックに追われる。
ダンスや乗馬といった当日お披露目の実技系の者はともかく、私たちは課題を出せば一段落だ。
徹夜続きの疲労は相当溜まっており、もう泥のように眠りこけた。
私たちが一週間ででっち上げた「有名古典推理小説の、執筆当時の社会背景との関係」は事前審査も通過し。
当日の朝にはB評定という予想外の高評価を得て、午前中早々には無事に発表を終えた。
私とセシアは学院内をふらふらしながら乗馬やクロケットの発表を眺めて時間をつぶした。
やがて全ての発表が終わり、閉会式に望むべく講堂を訪れ。
「え…?」
そして周囲のざわめきと同じく驚きの声を上げる。
講堂に掲げられた国旗と校旗、これは普段通り。
違うのは国旗を挟んだ校旗の反対側に、王室の紋章旗。
国王陛下をはじめ王室の方が御臨席される場合にのみ掲げられる特別な旗。
普段の数倍の緊張感が漂う中、定刻が訪れる。
「王太子殿下、御入場!
総員、敬礼!」
その言葉に全員が椅子から立ち上がり、そして床に膝をつく。
総員が首を垂れる中、上目遣いに壇上を見れば儀礼服姿の王太子殿下の御姿。
いくら王立学院とはいえ御多忙な王室の方が訪れるのは卒業式くらいと聞いている。
少なくとも設立記念日程度で御臨席されるとは聞いていない。
「皆の者、楽にしてよい。」
「これより王太子殿下より御言葉を賜る!
総員、着座!」
司会を務める教官の声に改めて姿勢を正し、全員が王太子殿下を見つめる。
静まり返った講堂、王太子殿下を筆頭に壇上に並ぶ教育大臣や学院長の皆様方。
そして王太子殿下が中央に進み出られた。
「皆の者、日々の精進に改めて御礼を申し述べる。
諸君らは将来の王国を担う存在であり、希望である。
さて、本日は国王陛下の名代としてこの場へ赴いた。
学院長。」
「はい、王太子殿下。
セイシェル侯爵家ネス、バーナー侯爵家リック、壇上へ!」
「は…はい!」
いきなりの指名に立ち上がる青年。
(あぁ、この人が…)
横に座るセシアを見ると、顔面蒼白で冷汗すら見える。
「…大丈夫?」
小声に頷くセシア。
いきなり倒れ込んだりとか、そういうことはなさそうだ。
「無理しないでね。」
そう言い残し視線を戻す。
壇上へ呼ばれたネス様も正直困惑している様子がここからでも見えた。
「君たちの発表を見た。
あれはネス、君が主体となって書き上げたもので間違いないね?」
「は、はい!」
「研究の元となったあの本はどこにあるのかね?」
「王都の、我が邸宅に…」
(嘘つけ…)
私とセシアは真実を知っているが、この場で騒ぎ立てても何の得にもならない。
証拠は無いし、逆に王太子殿下の前で不敬を働いたとして処分されかねない。
「これは奇跡だよ。」
「千年以上前に提唱された数学界の難題、俗に”7つの千年問題”とも呼ばれる物があるのだが。
この7つのうち唯一、およそ500年ほど前にゴリーペという数学者によって解決された問題。
その解法は非常に難解で、当時その発表を聞いて内容を理解できた者は誰もいなかったという逸話まで残る。
後にゴリーペと弟子によりアプローチから詳細に解説された手記が発表されたのだが…
残念なことに直後の戦乱により原本は失われ、今では写本のかけらが数点残るのみとなっている。」
「歴史的な発見だ。」
茫然とするネス様を前に王太子殿下は。
「ゴリーペの詳細な手法が分かれば、他の千年問題を含め研究が進む可能性がある。
これは国の宝…いや、人類数学界の宝とも言えよう。
皆の者!
ネスを、この奇跡を称えよ!」
その言葉に沸き上がる講堂。
立ち上がってセイシェル侯爵家を称える声も随所で聞こえる。
「ごめんなさい、スー…!
私があんなことしなければ、栄誉はあなたのものだったのに…」
茫然とした私を見て、セシアは私がショックを受けたのだと思ったのだろう。
確かにショックではある。
けれどそれはセシアが思っているような、栄誉を失ったなどという理由ではない。
一歩間違えれば、あの壇上にいたのは私たちだったということだ。
涙を浮かべるセシアに私はただ黙ってハンカチを差し出した。
数日後、研究データを不適切に受け渡したとしてセイシェル侯爵家ネス、ペニシフィン子爵家セシア両名の無期限謹慎が発表された。
ネス様の仕打ちを自分の中でどう決着させたのか、それとも先送りさせたのか。
それは私には分からない。
だから私からは一言も聞かなかったし、セシア様も語らなかった。
ただ一言、ペアで行うはずの研究課題を休んだことに対してのみ謝罪があった。
だから対価として私は一つの要求をした。
今後、私は様付けを止めるから、公の場以外では閣下という尊称を止めてほしいと。
翌日の夜明け、どうにか課題は形になり、細部を修正して提出した。
王立学院の設立記念日、この日は朝から課題の発表が随所で行われる。
その三日前からは授業も休みとなり、講師陣は提出課題の添削や最終チェックに追われる。
ダンスや乗馬といった当日お披露目の実技系の者はともかく、私たちは課題を出せば一段落だ。
徹夜続きの疲労は相当溜まっており、もう泥のように眠りこけた。
私たちが一週間ででっち上げた「有名古典推理小説の、執筆当時の社会背景との関係」は事前審査も通過し。
当日の朝にはB評定という予想外の高評価を得て、午前中早々には無事に発表を終えた。
私とセシアは学院内をふらふらしながら乗馬やクロケットの発表を眺めて時間をつぶした。
やがて全ての発表が終わり、閉会式に望むべく講堂を訪れ。
「え…?」
そして周囲のざわめきと同じく驚きの声を上げる。
講堂に掲げられた国旗と校旗、これは普段通り。
違うのは国旗を挟んだ校旗の反対側に、王室の紋章旗。
国王陛下をはじめ王室の方が御臨席される場合にのみ掲げられる特別な旗。
普段の数倍の緊張感が漂う中、定刻が訪れる。
「王太子殿下、御入場!
総員、敬礼!」
その言葉に全員が椅子から立ち上がり、そして床に膝をつく。
総員が首を垂れる中、上目遣いに壇上を見れば儀礼服姿の王太子殿下の御姿。
いくら王立学院とはいえ御多忙な王室の方が訪れるのは卒業式くらいと聞いている。
少なくとも設立記念日程度で御臨席されるとは聞いていない。
「皆の者、楽にしてよい。」
「これより王太子殿下より御言葉を賜る!
総員、着座!」
司会を務める教官の声に改めて姿勢を正し、全員が王太子殿下を見つめる。
静まり返った講堂、王太子殿下を筆頭に壇上に並ぶ教育大臣や学院長の皆様方。
そして王太子殿下が中央に進み出られた。
「皆の者、日々の精進に改めて御礼を申し述べる。
諸君らは将来の王国を担う存在であり、希望である。
さて、本日は国王陛下の名代としてこの場へ赴いた。
学院長。」
「はい、王太子殿下。
セイシェル侯爵家ネス、バーナー侯爵家リック、壇上へ!」
「は…はい!」
いきなりの指名に立ち上がる青年。
(あぁ、この人が…)
横に座るセシアを見ると、顔面蒼白で冷汗すら見える。
「…大丈夫?」
小声に頷くセシア。
いきなり倒れ込んだりとか、そういうことはなさそうだ。
「無理しないでね。」
そう言い残し視線を戻す。
壇上へ呼ばれたネス様も正直困惑している様子がここからでも見えた。
「君たちの発表を見た。
あれはネス、君が主体となって書き上げたもので間違いないね?」
「は、はい!」
「研究の元となったあの本はどこにあるのかね?」
「王都の、我が邸宅に…」
(嘘つけ…)
私とセシアは真実を知っているが、この場で騒ぎ立てても何の得にもならない。
証拠は無いし、逆に王太子殿下の前で不敬を働いたとして処分されかねない。
「これは奇跡だよ。」
「千年以上前に提唱された数学界の難題、俗に”7つの千年問題”とも呼ばれる物があるのだが。
この7つのうち唯一、およそ500年ほど前にゴリーペという数学者によって解決された問題。
その解法は非常に難解で、当時その発表を聞いて内容を理解できた者は誰もいなかったという逸話まで残る。
後にゴリーペと弟子によりアプローチから詳細に解説された手記が発表されたのだが…
残念なことに直後の戦乱により原本は失われ、今では写本のかけらが数点残るのみとなっている。」
「歴史的な発見だ。」
茫然とするネス様を前に王太子殿下は。
「ゴリーペの詳細な手法が分かれば、他の千年問題を含め研究が進む可能性がある。
これは国の宝…いや、人類数学界の宝とも言えよう。
皆の者!
ネスを、この奇跡を称えよ!」
その言葉に沸き上がる講堂。
立ち上がってセイシェル侯爵家を称える声も随所で聞こえる。
「ごめんなさい、スー…!
私があんなことしなければ、栄誉はあなたのものだったのに…」
茫然とした私を見て、セシアは私がショックを受けたのだと思ったのだろう。
確かにショックではある。
けれどそれはセシアが思っているような、栄誉を失ったなどという理由ではない。
一歩間違えれば、あの壇上にいたのは私たちだったということだ。
涙を浮かべるセシアに私はただ黙ってハンカチを差し出した。
数日後、研究データを不適切に受け渡したとしてセイシェル侯爵家ネス、ペニシフィン子爵家セシア両名の無期限謹慎が発表された。
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