とある侯爵家が滅亡するまでの物語

レイちゃん

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第二章:本編

セシアの真実

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「つまり、私たちの研究資料はセイシェル侯爵家のネス様に渡った、と。」

「ごめんなさい…」

セシア様の説明に、腕を組んで天を仰ぐ。
ため息ひとつ。
正直なところ、想像していた内容とは全くの正反対だった。

全くの無罪とは思わない。
ただ、脅されていた状況を知ってなお責められるほど冷徹でもない。

「貴族の横暴なんて、よく聞く話です…注意しなかった私も悪いですし…
 幾度も死を思いましたが、私にも貴族としての責務があります。
 妊娠しなかったのだけは、本当に…
 あの、信じて頂けるのですか?」


「こんな嘘を平然とつけるのなら、私はあなたの存在自体軽蔑するわ!」


思わず荒げた声に身をすくませるセシア様。
とりあえず研究結果の全てを失ったことと、その理由は十分理解できた。
おそらくネス様は労せず成果を発表するだろう。
そこへ私たちが記憶を頼りに全く同じ内容を発表すれば。
この様なことをする人間だ、私たちの方こそ研究レポートを盗み見た犯人だと騒ぎ立てるだろう。

残念なことに私たちは男爵家に子爵家、向こうは侯爵家だ。

「本当にごめんなさい。
 お詫びのしようもないことは重々に分かっています。
 けれど、このことを婚約者に知られるわけにはいかないのです。」

「…過去にも似たようなことが?」

無言で頷くセシア様
今になって思えば、おかしいと思う点はあった。
セシア様が毎日のように多くのテキストを抱えていたこと。
同じクラスで同じ授業を受けているにも関わらず、その量は私よりも多かった。
単に自習だと思っていたのだが…

「メイドは止めないのですか?
 私と違い、セシア様は実家からメイドを連れてきているのでしょう。」

「マーサには口止めをお願いしています。
 それに学業に関するものには一切触れさせていません。
 もし私の身の上に起きたことを両親が知れば深く絶望するでしょう。
 しかし同時にセイシェル侯爵家の援助が無ければペニシフィン子爵家は成り立たない状況です。
 貴族家の没落がどういうものか、スー閣下はご存じですよね。」

言われるまでもない、その直前まで行った身だ。
貴族家に仕える者は解雇され、その影響は家族にまで及ぶ。
領地に住む者は新たな領主に怯える日々が始まる。
もし国王陛下に任ぜられた新たな領主が悪人なら、その領地には悪政が蔓延はびこる。
領地替えで赴任してきた貴族が旧領から住人を連れてくれば、自分たちが土地を奪われ追われることになる。

平民からすれば貴族は威張りふんぞり返った存在と思いがちだが、貴族には貴族の責務がある。
セシア様のように、たとえ悪夢のような出来事があっても、容易く逃げることは叶わない。

「私が我慢すれば収まる話ではあるのです。
 課題の件は申し訳ございませんでした。
 どうにかして代わりとなるレポートの提出を…」


「少しいいですか?」


正直、研究課題の件も納得が出来るとは言い難い。
しかし、それ以上に。

「セシア様は、ネス様から受けた仕打ちを我慢して、婚約者の方にも隠し通すと?」

「は…はい…
 だって、それしか…」

「一生、隠し通せると?
 ネス様に握られた弱みに一生怯えながら暮らすと?」

皮肉を混ぜた言葉にセシア様は少し押し黙り。

「上級貴族に下級貴族が手篭めにされることは、よくある話です。
 そして貴族同士の結婚が、当人の気持ちよりも家の考えを優先したものだということも、当たり前の話です。
 けれど、スー閣下。
 私の婚約者は、ヴァルト子爵家のカイ様とは、同じ北方で放牧を営む幼馴染です。
 奇跡的にカイ様という素晴らしい方と婚約できているのです。
 たとえ若輩者と笑われようとも、浅知恵と罵られようとも。
 ネス様との一件でカイ様を失うのであれば、私は一生独身か死を選びます。」

気弱で、常に何かに怯えている様でさえあるセシア様の、譲れない信念。
恋人などいたことのない身とはいえ、その気持ちが理解できないわけではない。


「そう死に急ぐこともないと思いますが。」


自然と出た言葉に。

「閣下は!
 あなたは恋をしたことも、凌辱されたこともないから!」

当然の反応を示す。

「そうね。
 私はあなたとは違う。
 だから、あなたは私とは違う。
 義妹を育てる栄養分として虐げられ、実の親から殺されかけたこともないはずだ。」

そしてセシア様は黙る。
おそらくは多くの家族と同じように、親から想われ、親を想うセシア様は。


「凌辱の肉体や精神の苦痛も筆舌に尽くしがたいとは思うけど、それを知らない私は何もあなたに語れない。
 ただ、思っていた以上に餓死って苦しいわよ。
 光の一切ない納屋に放り込まれて時間間隔も失えば、人間なんて簡単に狂うし、苦しんで死ぬ。」


思えば、よく生きていたなぁと思う。
いや、私は生きているのだろうか…
実感はまだないが吸血鬼の従者って首を斬り飛ばしても死なないらしい。

「どうせ死ぬのなら、いっそ婚約者のカイ様とお話されてみては?」

「…え?」

「あなたも私もカイ様も、幸か不幸か貴族です。
 その常識に囚われているし、今更捨てることもできません。
 だったら、一生怯えてカイ様に隠し続けて生きるのか、カイ様を失って生きるのか失意のまま死ぬのか。
 そこに選択肢をもう一つくらい加えるくらいなら、いくら窮屈な貴族の人生でも可能だとは思いますけど。」

あまりにも非常識な選択肢。

「それで、もしカイ様を失えば…」

「その時は、私が骨を拾ってあげます。」

一拍。

「私は伏せたカードも持っていますが。
 けれど、結局のところセシア様はご自身の手札で勝負しないといけないんです。
 カイ様や周囲の人間がどう反応するのか、それは分かりません。
 私の伏せカードはあまりにも強力過ぎてかもしれません。
 だからせめてセシア様が勝負に敗れた時には、私がセシア様の骨を拾うことはお約束します。」

とはいえ、それはセシア様の人生であって、決定するのはセシア様だ。
鞭で叩いたところで走らない馬は結局走らない。
そしてセシア様がどういう結論を出そうと、王立学院に在籍する以上、私には研究課題を提出する義務がある。
3週間分の時間を失った上、課題選定からやり直さないといけない。
冷たいかもしれないけれど、今はセシア様の悩みをこれ以上聞く時間が無かった。
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