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第二章:本編
セシアの独白
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ペニシフィン子爵家の領地は王国北方の険しい山岳地帯にある。
農作物を栽培できるような土地もなく、この辺一帯では必然的に古くから放牧が発展した。
特に牛や山羊の乳から作られるチーズは王国民の食卓には欠かせないものであり、この地方の貴族は安定的な領地経営が出来ていた。
問題が起こったのは先代国王が即位した直後。
この地方に疫病が蔓延した。
人間には感染しないものの家畜に対しては猛威を振るい、少なくとも8割の家畜が死んだとも言われる。
当然チーズの需給バランスは崩壊し、一部商人が買い占めに走ったこともあり、チーズの価格は暴騰した。
国民の不満が日々増すのを前に、王国は帝国に対しチーズの緊急輸入を申し入れる。
元々王国のチーズ市場は巨大ではあったが、王国内での生産量と十分に釣り合っており、外国産は全く食い込めなかった。
帝国は濡れ手に粟の話に飛び乗った。
直ちに在庫の大半を王国へ送ると共に、帝国内の生産者に対し増産を命じた。
これにより王国内のチーズ価格は落ち着いたものの、問題はその後だった。
大量生産される帝国産チーズの価格は輸送コストを含めても王国産チーズと遜色が無かった。
そのため王国は国内の生産体制が再興すれば輸入量を減らすか関税を上げる時限措置としたかった。
しかし帝国がそれに難色を示すのは当然であり、チーズ市場の完全開放を要求した。
両国間の交渉は紛糾したが、帝国が「輸送網の混乱」を理由にチーズの供給を停止したため、再び店頭価格が混乱した。
王国は降伏、メンツを保つためにいくつかの王国産農産品を輸入することを条件にチーズ市場を完全開放した。
当初は全く違う味に困惑していた王国民も次第に帝国産チーズに慣れていった。
同時に帝国は貪欲に研究し、王国民の舌に合うチーズの味を生み出していった。
先王が病死し現国王が即位する頃、王国産チーズの生産能力も完全に回復した。
帝国や共和国から牛や山羊をそのまま輸入し、根付かせ交配させたことも大きかった。
しかし、その頃には既に食卓に1割近く割安の帝国産チーズが入っており、完全に供給過多に陥っていた。
ペニシフィン子爵家の財務状況が悪化したのは、この一件が切っ掛けである。
雄大な自然を生かし上級貴族向けの別荘地を貸し出したものの、焼け石に水だった。
いくつかの貴族が没落する中、ペニシフィン子爵家は必死に踏みとどまった。
試行錯誤の末に以前よりも濃厚なチーズの生産に成功、これを高価格帯としてブランド化させた。
とはいえメインの大衆向けチーズは散々で、赤字がまるで「チーズをかじるネズミ」のごとく子爵家の財力を落とした。
この頃、ペニシフィン子爵家の領内で一つの出来事があった。
銅鉱山の発見である。
偶然の産物ではあったが、ペニシフィン子爵の顔は冴えなかった。
これが金や銀なら国法により鉱山は国の直轄地となる。
必ず報告する義務がある代わりに、領地を管理する貴族には対価が支払われる。
しかも労働者の賃金から住居まで全て国庫負担、交渉次第では領内に新たな輸送路も国庫で敷設してくれる。
道路など「金銀や労働者以外の者も当然使う」し、労働者の家族向け施設も「地元の住人も使う」のは当たり前だ。
それだけ金や銀は希少価値が高く、高額貨幣の材料でもあることから国が厳しく管理していた。
対して、銅である。
金や銀と違い、庶民の家財道具としても広く使われている。
王国で流通する最小単位の貨幣も銅貨だが、正直偽造するコストの方が銅貨の価値よりも高い。
もちろん貨幣偽造が発覚すれば死罪なので、わざわざ偽造する意味が全くない。
とはいえ多用されているということは需要があるということである。
問題なのは、ペニシフィン子爵家に銅鉱山に対する知識が全くないことである。
掘り方も知らなければ精製の知識も無い、どういった販路へどう流せばいいのかも分からない。
そして、そもそも生産施設を整えるだけの財力が無かった。
疫病蔓延以前ならともかく、現在のペニシフィン子爵家の財務状況は非常に悪い状況だった。
そのためペニシフィン子爵は相談を持ち掛けた。
セイシェル侯爵へである。
農作物を栽培できるような土地もなく、この辺一帯では必然的に古くから放牧が発展した。
特に牛や山羊の乳から作られるチーズは王国民の食卓には欠かせないものであり、この地方の貴族は安定的な領地経営が出来ていた。
問題が起こったのは先代国王が即位した直後。
この地方に疫病が蔓延した。
人間には感染しないものの家畜に対しては猛威を振るい、少なくとも8割の家畜が死んだとも言われる。
当然チーズの需給バランスは崩壊し、一部商人が買い占めに走ったこともあり、チーズの価格は暴騰した。
国民の不満が日々増すのを前に、王国は帝国に対しチーズの緊急輸入を申し入れる。
元々王国のチーズ市場は巨大ではあったが、王国内での生産量と十分に釣り合っており、外国産は全く食い込めなかった。
帝国は濡れ手に粟の話に飛び乗った。
直ちに在庫の大半を王国へ送ると共に、帝国内の生産者に対し増産を命じた。
これにより王国内のチーズ価格は落ち着いたものの、問題はその後だった。
大量生産される帝国産チーズの価格は輸送コストを含めても王国産チーズと遜色が無かった。
そのため王国は国内の生産体制が再興すれば輸入量を減らすか関税を上げる時限措置としたかった。
しかし帝国がそれに難色を示すのは当然であり、チーズ市場の完全開放を要求した。
両国間の交渉は紛糾したが、帝国が「輸送網の混乱」を理由にチーズの供給を停止したため、再び店頭価格が混乱した。
王国は降伏、メンツを保つためにいくつかの王国産農産品を輸入することを条件にチーズ市場を完全開放した。
当初は全く違う味に困惑していた王国民も次第に帝国産チーズに慣れていった。
同時に帝国は貪欲に研究し、王国民の舌に合うチーズの味を生み出していった。
先王が病死し現国王が即位する頃、王国産チーズの生産能力も完全に回復した。
帝国や共和国から牛や山羊をそのまま輸入し、根付かせ交配させたことも大きかった。
しかし、その頃には既に食卓に1割近く割安の帝国産チーズが入っており、完全に供給過多に陥っていた。
ペニシフィン子爵家の財務状況が悪化したのは、この一件が切っ掛けである。
雄大な自然を生かし上級貴族向けの別荘地を貸し出したものの、焼け石に水だった。
いくつかの貴族が没落する中、ペニシフィン子爵家は必死に踏みとどまった。
試行錯誤の末に以前よりも濃厚なチーズの生産に成功、これを高価格帯としてブランド化させた。
とはいえメインの大衆向けチーズは散々で、赤字がまるで「チーズをかじるネズミ」のごとく子爵家の財力を落とした。
この頃、ペニシフィン子爵家の領内で一つの出来事があった。
銅鉱山の発見である。
偶然の産物ではあったが、ペニシフィン子爵の顔は冴えなかった。
これが金や銀なら国法により鉱山は国の直轄地となる。
必ず報告する義務がある代わりに、領地を管理する貴族には対価が支払われる。
しかも労働者の賃金から住居まで全て国庫負担、交渉次第では領内に新たな輸送路も国庫で敷設してくれる。
道路など「金銀や労働者以外の者も当然使う」し、労働者の家族向け施設も「地元の住人も使う」のは当たり前だ。
それだけ金や銀は希少価値が高く、高額貨幣の材料でもあることから国が厳しく管理していた。
対して、銅である。
金や銀と違い、庶民の家財道具としても広く使われている。
王国で流通する最小単位の貨幣も銅貨だが、正直偽造するコストの方が銅貨の価値よりも高い。
もちろん貨幣偽造が発覚すれば死罪なので、わざわざ偽造する意味が全くない。
とはいえ多用されているということは需要があるということである。
問題なのは、ペニシフィン子爵家に銅鉱山に対する知識が全くないことである。
掘り方も知らなければ精製の知識も無い、どういった販路へどう流せばいいのかも分からない。
そして、そもそも生産施設を整えるだけの財力が無かった。
疫病蔓延以前ならともかく、現在のペニシフィン子爵家の財務状況は非常に悪い状況だった。
そのためペニシフィン子爵は相談を持ち掛けた。
セイシェル侯爵へである。
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