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第二章:本編

吸血

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「題材は見つかったかの?」

応接室へ戻ると、アーシュさんは紅茶を嗜んでいた。
ブレンドされたハーブが独特の香りを漂わせる。

「はい、ひとまずは。
 少し読んだだけですが、設立記念日の研究発表にはちょうどいいかと思います。」

「左様か。
 どうせなら王室の財務諸表を研究して矛盾でも発見してやれば面白いだろうに。
 財務担当の文官として召し抱えてくれるやもしれぬぞ。」

「止めてください。
 王宮に連行されるだけじゃすみませんよ。」

何でアーシュさんもパティさんも王室や貴族に敬意を持たないのだろう。
むしろアーシュさんの方が敬意を払われる立場らしいけど。
その国王陛下を跪かせ、あろうことかわっぱ呼ばわり…

「ま、他人の財布など覗いても面白くないの。
 それに国家運営が綺麗ごとだけで出来るものでもないしの。」

テーブルにつくとキャティさんが紅茶を淹れてくれる。

「冗談はさておき。
 前にも言った通り、我は好んで敵対は望まぬ。
 彼らが愚かな行為をせねば、我はゆっくりと紅茶を楽しむことが出来るからの。」

頷く。
どんな場所へでも瞬間移動できるアーシュさんやキャティさんの前では、どんな備えも無意味だ。
たとえ金庫の中に閉じこもっても、その中で暗殺されてしまう。

「我と時の政権は、お互いに距離を保ってきた。
 その方がも起きずに楽じゃからの。
 さて、その中でイレギュラーな存在なのが、お主じゃ。」

「貴族、ですね。」

「尻に殻のついたヒヨコとはいえ、吸血鬼の従者じゃ。
 同時に童…いや、国王に忠誠を捧げる男爵でもある。
 であれば、お主にはキャティやパティとは違った存在意義がある。
 それを見つけるのはお主の義務じゃ。」

これはまた今度の発表会よりも格段に難しい課題だ。
仮に私がアーシュさんのメイドになったとして、キャティさんやパティさんを超える存在になれるとは思えない。
二人が持っていない私のアドバンテージは、私が貴族だということ。
それを生かしての、何かだ。
とはいえ。

「私の血…では、不足ですよね?」

「そうじゃの。
 まぁそれはそれ、後でゆっくり指を舐らせてもらうとして…
 すまぬが、さすがに我慢の限界のようじゃ。」

アーシュさんの視線にあわせて横を向くと、立っているパティさんの頬が赤くなっている。
少し呼吸も荒いように思える。

「…よだれを垂らしていないだけマシじゃの。
 すまぬが先に吸わせてやってくれぬか。」

「大丈夫ですよ、どうぞ。」

立ち上がって両手を広げると、スッと近づいて抱きしめるように両手を背中に回すパティさん。

「今更じゃが、血を吸われることに恐怖や抵抗は無いのか?」

「どちらかというと恥ずかしさの方が強いです。
 なんだか抱きしめられて首筋にキスされているようで。
 あと息が首にかかって、くすぐったいです。」


「左様か。
 極論、吸血鬼なぞ人間の天敵じゃからの…」


その言葉には、おそらくアーシュさんの様々な思いが詰まっている。
だから、それには簡単に触れられない。
応えることなく、とりあえずパティさんのフリルカチューシャやシニヨンキャップを崩さないように頭を撫でてあげる。

「あぁ、血を吸わせる対価として尻くらい撫でまわしてもよいぞ。
 その程度ならパティも嫌がりはすまいよ。」

「スカートの生地もいいものを使っていますから触り心地いいですよ。」

いや、さすがに遠慮します。
女性のお尻を触りたければ自分ので間に合いますので。
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