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第二章:本編
アーシュの書庫
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「と、いうわけなのですが。」
休日お昼時、私はアーシュさんの館を訪れていた。
馬車だとそれなりに時間がかかるが、パティさんなら一瞬で飛べる。
ちなみに待ち合わせは王宮学院近くの紅茶店。
アーシュさんの紅茶を買うために、私の休みに合わせて1時間は店内に居てくれる。
なので何か用事があればその時にパティさんをつかまえればいいわけだ。
「ふむ。」
同じテーブルで食事を共にしながら課題の相談を持ち掛けた。
何百何千という時を生きるアーシュさんなら、こういう答えも容易だろうと思う。
「であれば地下の書庫を利用してよいぞ。」
「書庫、ですか?」
「うむ、蔵書が無限に増える書庫じゃ。
かつてこの地にいた魔法使いが世界中の文献を集める作業を面倒がっての。
館を中心に半径数千キロ圏内で過去2千年以内に発刊された、あらゆる書物を自動でかき集める魔法を創ったのじゃ。
しかも書架が足りなくなるのは当然じゃから、部屋や棚をどんどん地下へと造る魔法と一緒にの。」
過去2千年…もう規模が凄すぎて笑うしかない。
それを平然と語るアーシュさんも。
「普段はパティが手すき時間に利用しておるからの。
パティ、後でスーを案内してやれ。」
「心得ました、お嬢様。」
恭しく頭を下げるパティさんに、私も軽く頭を下げる。
「我と出会うまでは読み書きが出来なかったからか、あの書庫を最も利用しておるのはパティじゃ。
もしかしたら我よりも詳しいかもしれぬの。」
「恐れながら、私にもあの魔法の原理は理解できません。
何百年か前に階を下ったことはありますが、300を越えたあたりで諦めました。
もう最深部が地下何階なのか見当もつきません。」
「我も原理は分からぬ、あれを造った者も遠い昔に死んでしもうたしの。
まぁ壊れたり不具合を起こさねば、ただ書物を無限に集める単なる書庫じゃ。」
単なる書庫、などと軽く語れる存在ではない気がするが…まぁそれは今更だ。
それを言い始めると、そもそも吸血鬼自体がとんでもない存在だ。
…まぁそういう私も吸血鬼の従者なのだけれど。
(実感ないなぁ…普通に太陽の下を歩けるし、血を吸いたいとも思わないし。)
スープを口に運ぶのも、一片の曇りなく完璧に磨き上げられた銀のスプーンだ。
「ではお嬢様、失礼致します。
これよりスーを書庫へと案内したいと存じます。
キャティ、後片付けをお願い。」
食後のデザートとお茶を終えたパティさんが立ち上がる。
慌てて私も立ち上がろうとして。
「あぁ、そうじゃ。
パティよ、書庫でスーを”吸う”なよ?」
アーシュさんの言葉に、ほんの一瞬、動きを止めたパティさん。
「…もちろんです。」
普段と変わらない無表情だけど、本当に一瞬だけ、目が泳いだ。
何となくそれに気が付いたことが嬉しい。
「大丈夫ですわ、お嬢様。
まさかパティが、そのような躾のなっていない真似をしようはずがありませんわ。」
「そうじゃな…うむ、許せ。
主を差し置いてピュアバージンの美酒を味わおうなどと、あろうはずがないの。」
「そうですわ。
一心不乱に首筋に牙を立てる艶姿を、まさかお嬢様に堪能させないなんてことは…ねぇ。」
クスクスと笑うアーシュさんとキャティさんを背に、私はパティさんに腕をひかれて部屋を出た。
休日お昼時、私はアーシュさんの館を訪れていた。
馬車だとそれなりに時間がかかるが、パティさんなら一瞬で飛べる。
ちなみに待ち合わせは王宮学院近くの紅茶店。
アーシュさんの紅茶を買うために、私の休みに合わせて1時間は店内に居てくれる。
なので何か用事があればその時にパティさんをつかまえればいいわけだ。
「ふむ。」
同じテーブルで食事を共にしながら課題の相談を持ち掛けた。
何百何千という時を生きるアーシュさんなら、こういう答えも容易だろうと思う。
「であれば地下の書庫を利用してよいぞ。」
「書庫、ですか?」
「うむ、蔵書が無限に増える書庫じゃ。
かつてこの地にいた魔法使いが世界中の文献を集める作業を面倒がっての。
館を中心に半径数千キロ圏内で過去2千年以内に発刊された、あらゆる書物を自動でかき集める魔法を創ったのじゃ。
しかも書架が足りなくなるのは当然じゃから、部屋や棚をどんどん地下へと造る魔法と一緒にの。」
過去2千年…もう規模が凄すぎて笑うしかない。
それを平然と語るアーシュさんも。
「普段はパティが手すき時間に利用しておるからの。
パティ、後でスーを案内してやれ。」
「心得ました、お嬢様。」
恭しく頭を下げるパティさんに、私も軽く頭を下げる。
「我と出会うまでは読み書きが出来なかったからか、あの書庫を最も利用しておるのはパティじゃ。
もしかしたら我よりも詳しいかもしれぬの。」
「恐れながら、私にもあの魔法の原理は理解できません。
何百年か前に階を下ったことはありますが、300を越えたあたりで諦めました。
もう最深部が地下何階なのか見当もつきません。」
「我も原理は分からぬ、あれを造った者も遠い昔に死んでしもうたしの。
まぁ壊れたり不具合を起こさねば、ただ書物を無限に集める単なる書庫じゃ。」
単なる書庫、などと軽く語れる存在ではない気がするが…まぁそれは今更だ。
それを言い始めると、そもそも吸血鬼自体がとんでもない存在だ。
…まぁそういう私も吸血鬼の従者なのだけれど。
(実感ないなぁ…普通に太陽の下を歩けるし、血を吸いたいとも思わないし。)
スープを口に運ぶのも、一片の曇りなく完璧に磨き上げられた銀のスプーンだ。
「ではお嬢様、失礼致します。
これよりスーを書庫へと案内したいと存じます。
キャティ、後片付けをお願い。」
食後のデザートとお茶を終えたパティさんが立ち上がる。
慌てて私も立ち上がろうとして。
「あぁ、そうじゃ。
パティよ、書庫でスーを”吸う”なよ?」
アーシュさんの言葉に、ほんの一瞬、動きを止めたパティさん。
「…もちろんです。」
普段と変わらない無表情だけど、本当に一瞬だけ、目が泳いだ。
何となくそれに気が付いたことが嬉しい。
「大丈夫ですわ、お嬢様。
まさかパティが、そのような躾のなっていない真似をしようはずがありませんわ。」
「そうじゃな…うむ、許せ。
主を差し置いてピュアバージンの美酒を味わおうなどと、あろうはずがないの。」
「そうですわ。
一心不乱に首筋に牙を立てる艶姿を、まさかお嬢様に堪能させないなんてことは…ねぇ。」
クスクスと笑うアーシュさんとキャティさんを背に、私はパティさんに腕をひかれて部屋を出た。
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