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第二章:幕を開ける前に
国王の決断
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「師団長。
もし仮にセイシェル侯爵が消えた場合、どのような影響が出るのか報告せよ。
また侯爵家の周辺調査も命ずる。
情報管理を徹底、気づかれないよう極秘裏に行うように。」
「はっ…!」
貴族の長でもある公爵の面々は渋い顔だが、国家が滅べば貴族もまた存在できない。
万が一の際にセイシェル侯爵を切り捨てるというのは承服し難いものの、対案があるわけでもない。
「陛下…」
「アーシュ殿の存在は絶対に出せん。
たとえセイシェル侯爵が非常に優秀で、王国にとって侯爵家が必要であってもだ。」
その表情は苦々しい。
国王もまたその決定には断腸の思いが伴うものだ。
「先日、先代のフィッツ男爵を連行してきた日のことだ。
あの後で居合わせたメイドや近衛兵に確認したが、誰一人としてアーシュ殿に関することを覚えていなかった。
つまり、我々以外の記憶を操作して情報の漏洩を防ぎたいのだろう。」
「あんな存在が公になれば問題どころではございませんからな。」
「それは無論、ですが…」
国軍を動員しての大規模捜索ともなると、必ず矛盾に気づく者が現れる。
その矛盾は、何かを隠蔽しているという事実に繋がりかねない。
胃が痛くなるような話だが、こういう問題は楽観論ではなく悲観論をベースに情報を集めておくべきだ。
使わなければ、それに越したことはない。
「あの令嬢…リャム、か。
セイシェル侯爵の実子は彼女のみか?」
「いえ陛下、長男ネスが同じく王立学院に通っております。」
「侯爵の実子はこの二名です。
継承権という意味では、他に侯爵の兄弟姉妹や親戚筋がおります。」
つまりは、仮にセイシェル侯爵に何かが起きても、侯爵家は維持することが可能ということだ。
上級貴族である侯爵家が消滅すれば、その影響は小さくない。
その領地や公務の跡目を巡っても騒動が起きる。
無論、仮にセイシェル侯爵家が消滅したとしても、アーシュの存在が明らかになるよりかは格段にマシだ。
たとえ侯爵家が没落しても、絶望で暴動が起きたり国が滅亡することは無い。
「それに、そもそも…報告書の段階で、もう既におかしなことになっているだろう。」
事情聴取を受けた目撃者、聞き取り報告を纏めた担当者、それを決済した上司。
何段階もの人間が、全く何の疑いを抱くことも無く。
聞いたこともない、ファイ家という辺境伯の名を挙げている。
念のため貴族台帳も調べたが、少なくとも過去200年において、辺境伯の本家にも分家にもファイは存在しない。
なのに、王立学院に違和感なく溶け込められる存在。
だとするならば、おそらくは。
「正体は、あの吸血鬼…」
「の、従者であろう。
アーシュ殿は面倒を嫌がるからな。
まぁ本人であろうが従者であろうが大差は無いが。」
重なるため息。
国家の中枢でもある貴族社会の、その嫡子庶子が集う王立学院を、国家をも滅ぼせる力が歩いている。
首元にナイフを突きつけられ「今のところ殺すつもりはない」と言われているのと同義。
「あの貴族令嬢を名乗る不審者は、いかが措置しますか?」
「”貴族襲撃未遂”の容疑で、ひとまず拘束継続だ。
あの外見で、あの状況だ。
たとえ急に元の外見に戻ったとしても、貴族は過度の反応をしないだろう。」
「状況がどう転ぶか分かりませんからな。
仮に令嬢を拘束していたとなったとしても、セイシェル侯爵家も納得せざるを得ないでしょう。」
王宮の兵士やメイドは王の家来だが、王宮に集う貴族は家臣であっても家来ではない。
もし国王が貴族をないがしろにすれば、特に下級貴族は保身に走り国家に悪影響を及ぼす。
そのために上級貴族が締めつける必要があるが、もし侯爵級が煽れば非常に面倒な話になる。
そして、ただ国家より自己を優先したというだけで罰する法律は、王国には無い。
国王が貴族を過度に支配すれば、その国王はいずれ暴君と化す。
数々の歴史から得た教訓ではあるが、数々のプロセスが増えれば当然に意思決定も遅くなる。
「各公爵にあっては貴族各家の動向に注意願いたい。
特に自己の派閥に属さぬ家からは、干渉だとの誤解を受けないよう。
セイシェル侯爵家については前述の通り近衛の憲兵隊が行う。」
「はい陛下、御心のままに。」
もし仮にセイシェル侯爵が消えた場合、どのような影響が出るのか報告せよ。
また侯爵家の周辺調査も命ずる。
情報管理を徹底、気づかれないよう極秘裏に行うように。」
「はっ…!」
貴族の長でもある公爵の面々は渋い顔だが、国家が滅べば貴族もまた存在できない。
万が一の際にセイシェル侯爵を切り捨てるというのは承服し難いものの、対案があるわけでもない。
「陛下…」
「アーシュ殿の存在は絶対に出せん。
たとえセイシェル侯爵が非常に優秀で、王国にとって侯爵家が必要であってもだ。」
その表情は苦々しい。
国王もまたその決定には断腸の思いが伴うものだ。
「先日、先代のフィッツ男爵を連行してきた日のことだ。
あの後で居合わせたメイドや近衛兵に確認したが、誰一人としてアーシュ殿に関することを覚えていなかった。
つまり、我々以外の記憶を操作して情報の漏洩を防ぎたいのだろう。」
「あんな存在が公になれば問題どころではございませんからな。」
「それは無論、ですが…」
国軍を動員しての大規模捜索ともなると、必ず矛盾に気づく者が現れる。
その矛盾は、何かを隠蔽しているという事実に繋がりかねない。
胃が痛くなるような話だが、こういう問題は楽観論ではなく悲観論をベースに情報を集めておくべきだ。
使わなければ、それに越したことはない。
「あの令嬢…リャム、か。
セイシェル侯爵の実子は彼女のみか?」
「いえ陛下、長男ネスが同じく王立学院に通っております。」
「侯爵の実子はこの二名です。
継承権という意味では、他に侯爵の兄弟姉妹や親戚筋がおります。」
つまりは、仮にセイシェル侯爵に何かが起きても、侯爵家は維持することが可能ということだ。
上級貴族である侯爵家が消滅すれば、その影響は小さくない。
その領地や公務の跡目を巡っても騒動が起きる。
無論、仮にセイシェル侯爵家が消滅したとしても、アーシュの存在が明らかになるよりかは格段にマシだ。
たとえ侯爵家が没落しても、絶望で暴動が起きたり国が滅亡することは無い。
「それに、そもそも…報告書の段階で、もう既におかしなことになっているだろう。」
事情聴取を受けた目撃者、聞き取り報告を纏めた担当者、それを決済した上司。
何段階もの人間が、全く何の疑いを抱くことも無く。
聞いたこともない、ファイ家という辺境伯の名を挙げている。
念のため貴族台帳も調べたが、少なくとも過去200年において、辺境伯の本家にも分家にもファイは存在しない。
なのに、王立学院に違和感なく溶け込められる存在。
だとするならば、おそらくは。
「正体は、あの吸血鬼…」
「の、従者であろう。
アーシュ殿は面倒を嫌がるからな。
まぁ本人であろうが従者であろうが大差は無いが。」
重なるため息。
国家の中枢でもある貴族社会の、その嫡子庶子が集う王立学院を、国家をも滅ぼせる力が歩いている。
首元にナイフを突きつけられ「今のところ殺すつもりはない」と言われているのと同義。
「あの貴族令嬢を名乗る不審者は、いかが措置しますか?」
「”貴族襲撃未遂”の容疑で、ひとまず拘束継続だ。
あの外見で、あの状況だ。
たとえ急に元の外見に戻ったとしても、貴族は過度の反応をしないだろう。」
「状況がどう転ぶか分かりませんからな。
仮に令嬢を拘束していたとなったとしても、セイシェル侯爵家も納得せざるを得ないでしょう。」
王宮の兵士やメイドは王の家来だが、王宮に集う貴族は家臣であっても家来ではない。
もし国王が貴族をないがしろにすれば、特に下級貴族は保身に走り国家に悪影響を及ぼす。
そのために上級貴族が締めつける必要があるが、もし侯爵級が煽れば非常に面倒な話になる。
そして、ただ国家より自己を優先したというだけで罰する法律は、王国には無い。
国王が貴族を過度に支配すれば、その国王はいずれ暴君と化す。
数々の歴史から得た教訓ではあるが、数々のプロセスが増えれば当然に意思決定も遅くなる。
「各公爵にあっては貴族各家の動向に注意願いたい。
特に自己の派閥に属さぬ家からは、干渉だとの誤解を受けないよう。
セイシェル侯爵家については前述の通り近衛の憲兵隊が行う。」
「はい陛下、御心のままに。」
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