上 下
12 / 48
第一章:再び本編

吸血鬼の従者のパティ

しおりを挟む
キャティの鋭い声に一行が飛び出していく。
その直後、廊下から混乱した声が響いてくる。

「いいの?
 殺さなくて。」

「あなたでさえ抵抗レジストできない、私の言霊で外見をいじったのよ?
 元の姿に戻せるのは、私以外にはお嬢様しかいないわよ。」

涼しげな笑顔に、冷たい目。

「これはよ。
 あの国王は、お嬢様と敵対を選ぶのか、それとも静観か。
 …そうね。
 御前に跪いて靴にキスでもすれば、寛大なお嬢様もリャムとかいう小娘の非礼を許すかもしれないわね。」

「待って。
 それ、罰じゃないかも。」

あの深紅の瞳で見つめられ、組んだ足を差し出され、跪き、うやうやしく両手を添えて足の甲に口づけする。
身も心も支配されているという悦び、首筋に牙を立てられるのと同格の、まるで濃密な甘露のようで。


「…うん、やっぱりそれじゃないの。」


キャティやスーならともかく、何でそんな甘美なご褒美を国王に与えないといけないのか。
そんな真面目な私に、なぜかキャティは少々呆れた表情で。

「…あなたの主観はともかくとして。
 とりあえず今回の一件は、あの小娘が主犯なんでしょ。」

「うん、背後関係なし。
 詳細まで知っているのが数名いるけど。」

「で、あれば、よ。
 あの小娘が何を喚こうと自力で助かることは叶わず。
 いくら自分がリャムだと叫ぼうが、全く違う外見で、
 ま、ひとまずは不審者として投獄でしょうね。」

国の中枢たる貴族家の子女が集う学院だ、その重要度は最高レベル。
そこへ不審者が、それも侯爵家令嬢の部屋から出てきて、しかもその部屋の主は行方不明。
相当厳しい尋問の末、おそらくは極刑か終身刑。
まぁ”お嬢様の従者”に手を出したのだから、妥当な量刑だろう。

「あの小娘が吸血鬼だ何だと騒げば、国王は気が付く。
 もし助けるだけの価値があるのなら、知恵を絞って助命するでしょうね。
 …もしかしたら、お嬢様はそこまで考えた上で状況を楽しまれているのかもしれないわ。」

「じゃあ、スーには?」

「内緒よ。
 このことを知れば、あの小娘の助命を嘆願するかもしれないわ。
 そもそもお嬢様の従者なら、私たちが姿を変えていることくらい見破って欲しいわね。
 …あと、いくら童貞処女が転がっているからって、あなたも好き勝手に吸っちゃダメよ?」

それほど見境ないわけでは無い。
第一そんなことをすれば、お嬢様の厳しい折檻が待っているだろう。
”お仕置き”はまだしも、”折檻”や”失望”は耐えられない。




「じゃあそろそろに戻ろう。
 誰かに見られると面倒だし。」

「そうね。
 あぁそうだパティ。」

『転移』しようとする私を呼び止めると、キャティはニッコリと。


「いい加減、今夜あたりエッチしましょうか。」


「…何で。」

天気の挨拶のような軽さのキャティに、呆れが存分に混ざった目つきで返す。
性格なのか生前の職業のせいか、この同僚はスポーツ感覚で私を押し倒そうとする。

「いや、ね。
 男子寮の私室から喘ぎ声が全く聞こえないのも少し不審かと思って。」

余程の非常事態を除き、原則として学生寮は異性の立ち入りが厳禁である。
唯一の例外は男子寮におけるそれぞれのお付きのメイドのみ。
いずれにせよ妊娠しない。

「それに、お嬢様だって時々戯れに性別変換されているでしょう。
 あなただってそれほど嫌ではないと思うのだけれど。」

「…それは、まぁ。」

目線をずらし。


「でも、私はお嬢様もキャティも、本当の姿の方が好き。」


一瞬キャティは目をパチクリとさせ。
次の瞬間には腕を掴んでいた。

「何この可愛い生き物!?
 もう抱く、めちゃくちゃに抱く!
 意識が何回か飛ぶかもしれないけれど、知ったことか!
 ほら、部屋のベッドに行くよ!」

「ちょっ、待っ…!」




最初の警備要員が玄関からと押し問答するメイドの元へ駆けつけたのは、メイドが悲鳴を上げた数分後。
突然の事態に混乱する廊下の人込みをかき分け、不審者の姿に剣を抜き。
そして「お嬢様を!」と叫ぶ声に部屋へ飛び込むと。

そこには誰の姿も無かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

断罪されそうになった侯爵令嬢が頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるに至るまでの話。

あの時削ぎ落とした欲
恋愛
流されるままに生きていた侯爵令嬢エリスは、元平民の自由奔放な少女と出会うことで心を取り戻していく。 ショートショート『断罪されそうになった侯爵令嬢、頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるが二重の意味で周囲から同情される。』の前日譚です。

【完結】 嘘と後悔、そして愛

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
伯爵令嬢ソニアは15歳。親に勝手に決められて、一度も会ったことのない10歳離れた侯爵リカルドに嫁ぐために辺境の地に一人でやってきた。新婚初夜、ソニアは夫に「夜のお務めが怖いのです」と言って涙をこぼす。その言葉を信じたリカルドは妻の気持ちを尊重し、寝室を別にすることを提案する。しかしソニアのその言葉には「嘘」が隠れていた……

ある日、森の中で彼女に出会った

レイちゃん
ファンタジー
「シンデレラ」のような物語、ただヒロインではなく”魔法使いのお婆さん”が無双します。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

処理中です...