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第一章:再び本編

吸血鬼の従者のキャティ

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「何なの、一体!?」

「そう大きな声を出すものではありませんよ。
 淑女教育で教わりませんでした?
 …もしかしたら今の時代、貴族の常識も変わっているのかしら。」

何かの手品のように、いきなり現れたメイドにいよいよ私たちもパニックとなるが。


「五月蠅い、ちょっと『黙れ』」


もう一人のメイドが呟いた瞬間、部屋が一瞬で沈黙する。
声を上げようとしても、ただ口から空気が漏れるのみ。
まるで見えない手で口をふさがれたように、しゃべり方を忘れたように。

そのメイドは身長が頭一つ分以上も縮み、顔つきは格段に幼くなり、体つきも全く違っている。
そして元々寡黙そうだった雰囲気は、まるで抜き身の剣のように恐ろしくなり。
ヌル様メイドに至っては、もはや性別すら違う。

「ありがとう、パティ。
 さて皆様。
 基本的に、私たちの主はこの王国のことには干渉しません。
 そう、それが例え貴族家当主への詐欺行為であったとしてもね。
 、私たちには関係のないことですもの。」

何が起こっているのか理解できない。
ただ、目の前にいるメイドが超常の存在であることは分かった。
一瞬で声を出せなくした、このメイドたちは。

「それで、殺せばいいの?」

「まぁ待ちなさい。
 せめて言い訳くらい聞いてあげましょう。
 誰か一人、喋られるようにしてあげて。」

「そんな面倒かけなくても、。」

メイドは子爵家のティルーに歩み寄ると、腕を掴んで引き寄せる。
数秒ほど抱き寄せたかと思うと。

「…ふん。」

床に崩れ落ちるティルーを一瞥して。


「想像通り、小遣い銭欲しさに詐欺を仕掛けたみたい。
 発案と大まかな筋書きは、このリャムって女。」


冷ややかな目のまま、口元に一筋の血を垂らしながら。
茫然と床を見ると、ティルーの首筋には一対の小さな噛み跡から血が滲み。


(…吸血鬼!?)


「手間が省けたわね。
 私もそれほど暇ではないから良かったけれど。
 …さて。」

この悪夢のような数分間の、最後の絶望として。

「あなた方に抗うすべが存在しないことは理解できました?
 どんなほら吹きでも、
 そして、私たちはを生み出し、それをと完璧に誤認させることが出来る。
 今こうして手品の種明かしをしたこの瞬間においても、抗議の声も絶望の叫びをあげる権利も奪われ。」

そして、悪魔としか形容できない笑顔で。

「愚かにもスーに、つまり、対し宣戦布告したのですから。」

「死ぬまで後悔しろ、というか速やかに死ね。」

私たちは一体ケンカを売ったというのか。




「ここじゃ目立つから、どこかに飛ばしてから殺す。」

「猪突猛進の突破力は買うけれど、それだけじゃダメだとお嬢様に言われたでしょ?
 スーが従者に加わった以上、こうして貴族と関わる機会も増えるのだから。」

「そう言われても猟犬は狩ることこそが本分だもの。
 殺して晒せば、スーにちょっかいを出そうという愚か者はいなくなる。」

「…あなたは気高きお嬢様に暴君の汚名を着せたいの?」

その名前に、いよいよ私たちの思考が絶望で停止する。
軽く金を巻き上げてやろうと思った相手は爵位を持ち、吸血鬼と関係を持ち。
そして許しを請おうにも、未だに声が出ない。

「見せしめだなんて、ギャングじゃあるまいし。
 お嬢様に伝えたら”つまらない”と、お仕置きされるわよ。」

その言葉に、もしかしたら許されるのかと思ったが。


「直接的な示威行為はダメ。
 悪意を持つ者が漠然とした不安を感じる程度にしなきゃ。」


一抹の希望が再び消える。

「こういうのはどうかしら。
 私は、私を架空の貴族だと誤認させた。
 外見だけでなく、本当に実在するというレベルで。
 …そうね、あなたたち『』」

メイドの指が鳴らされた。
その瞬間、周囲に立つメンバーの姿が変わる。
髪型も、髪の色も、目の色も肌の色も、身長も体型も、何もかも。
こうして一緒にいなければ、同じ貴族令嬢だとは思えないだろう。

そして、目の前の女性友人の表情を見れば、おそらくは私も同様に。

「行っていいわよ。
 パティの言霊この部屋から出れば効力は消える。
 …行きなさい!」
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