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第一章:本編

フィッツ男爵家の当代スー

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「まっ…待ってください!」

気が付くとスカートを軽くつまみ、頭を下げるリャム様たち。
それは臣下の者が礼を尽くす行為。

「こちらから申し上げているにも関わらず大変恐縮なのですが!
 男爵閣下、しばしお待ちください!」

「リャム様!?
 待ってください、侯爵家や伯爵家の方々が男爵家に頭を下げるのは…!」


「いくら実家の差があろうとも、ですよ。
 もちろん王家に連なる方は例外ですけどね。」


少し呆れたような表情のヌル様。
恥ずかしい話、両親から疎まれていたこともあり、その辺のしきたりはあまり詳しくない。
これから貴族社会で生きていくのだから、大失態をしでかす前に勉強しよう。

「閣下、伝書使を差し立てるのは少しお待ちください。」

「え?
 でも500ゴールドなんて大金、私にはどうにもできないのですが…」

「いえ、その…
 帳簿との不一致額を確定せずに補償を頂くというのは、閣下に対して非常に失礼です。」

「そうです閣下!」

「パーティや舞踏会の支払い期限までには、まだ猶予があります!」

少々困った。
こちらが支払うを渋っているのであれば、第三者も意見しやすい。
けれど、私は支払う努力をするというのに受け取る側が渋っている。
ヌル様も含め、食堂でいきさつを見守っている方々も、しばし沈黙を守っている。

(まぁ大半は見世物だと思っているのだろうけれど…)

「分かりました。
 では義妹に対する嫌疑につきましては、確定次第私にお知らせください。
 誠意ある対応をさせて頂きます。
 ただ、金額によっては解決までお時間を頂く可能性があること、お許しください。」

「もちろんです、閣下。
 それでは私たちはこれで失礼致します。」

双方が頭を下げ、リャム様たち一行が立ち去る。
それを見送ってから、食堂のあちこちから席を立つ人影が複数。

(伝えるな、とは言われたけど…
 一応アラヤさんには伝えておいた方がいいよね…)

何百ゴールドともなると私の一存でどうにかできる金額ではない。
金額が確定してからいきなり交渉ともなると、さすがのアラヤさんも困ってしまうだろう。

(何もかも全てリャム様の言い分を呑むわけではないけれど…
 フィアンの行いを考えると、あり得ない話じゃないよねぇ…)

薄情かもしれないが、裕福でもない貧乏男爵家が不相応な暮らしを享受していたのだ。
残念ながら疑惑を否定する方が難しい。
まぁ証拠の内容によっては過失相殺でいくらか減免に持っていけるかもしれないが。

「それでは閣下、私もこれにて失礼致します。」

恭しく頭を下げるヌル様とお付きのメイドに私も頭を下げる。

「この度はありがとうございました。
 本当に助かりました。」

「何をおっしゃいます。
 では、。」

二人の背を見送る。
結局、何だかんだで貴族の階級というものを改めて思い知った。
上から目線だった人たちが、私がだというだけであの態度だ。

(500ゴールドかぁ…アラヤさんならどうにかしてくれるかなぁ…)

場合によっては、セイシェル侯爵家とフィッツ男爵家の話、というところまでいくかもしれない。
貴族階級の差は絶大だが、ただ、こういう話は権力だけで押し切ると反感を受けやすい。
どこで手打ちにするかが肝心なのだが、もうそれは私より経験豊富なアラヤさんにお願いしよう。
あまり大事にせず、どこかで上手く折り合いをつけてくれるだろう。




余談ではあるが、夕食のポトフはすっかり冷めてしまった。
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