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プロローグ

筆頭公爵 1

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貴族が裕福である、というのは正確では無い。


煌びやかな服を着て、美味いものを食し、毎晩舞踏会三昧。
人々がそんなイメージが強いのは確かだ。

しかし、それらは爵位の低い貴族にとっては”別世界”である。

子爵や男爵などは例外なく借金を抱え、有力な官職に就けないものは利子の返済で手一杯という有様。
貴族社会においては、無理をしてでもそれなりの見栄を示さなければ生きていけないのだ。

では、そんな末端の貴族はどうすればいいのか。

有力貴族の派閥に属し、その意に従いながら、官職などの世話を受けることになる。
新参のバズル男爵家も当然、その例外では無かった。
元々属していた派閥筆頭の侯爵が没落し、移籍する必要があった。
では、移籍先はどこか。
失策が続いていた次席公爵ではなく、勢いのある筆頭公爵を選んだのも、自然なことであった。

「ふむ…」

なので、マティス公爵を前にしてバズル男爵が怯えるのも、また自然なことであった。

「男爵殿、そう怖がらずとも。
 別に取って食おうなどというわけでも無い。
 同じ貴族ではありませんか。」

細い顔のマティスが声をかけるが、聞こえているかどうかすら怪しい。
無理もないことだ。
その気になれば男爵家など一族どころか使用人に至るまで消し飛ぶ。
比喩ではなく、物理的に。
ましてや単身のバズル男爵に対し、マティス公爵の背後には家令や衛兵が直立で控えている。
はたから見れば取り調べである。

「マ…マティス様…
 娘の、フィーナのした無礼は…」

「もう良い、謝罪なら聞き飽きたわ。」

「ははぁ!」

バズル男爵が頭を下げる。
勢いあまってテーブルに打ち付けるが、マティス公爵は表情を崩さない。

「さて男爵殿。
 本日お呼びしたのは、そのフィーナ嬢のことだ。」

「はっ!」

バズル男爵は震えあがる。
このマティス公爵にお願い事をするのなら、公然の秘密である不文律が一つある。
『美しい女性を貢ぐこと』である。
マティス公爵がお気に入りの女性が何人か、王都の娼館にいる。
ただ絶世の美女と謳われ一晩に数十ゴールドとも百ゴールドとも言われる彼女を、送迎の経費を含め貧乏男爵家がお世話することなど不可能だ。
なのでお願い事を諦めるか、領館にいる侍女に頼み込むことになる。

バズル男爵は貴族社会で生きるために、娼婦や侍女ではなく、自らの娘を差し出した。

それなりに美しいし、貧乏男爵家だったためか、未だに婚約もしていなかった。
『娘を差し出すほど尽くすのです、是非とも願いを聞いて頂きたい』という考えに溢れていた。
父親としては最低だが貴族としてはよくある話、のはずだった。

その娘があろうことか、筆頭公爵を蹴り飛ばして逃げればどうなるか。
事件から何か月もたって、私邸に呼び出されれば、どういう意図なのか。
良くて御家取り潰しの上で王都追放、悪ければ一族断絶である。

「どういう女性なのか、少し興味がわいてな。
 学業は、家庭教師で?」

「いえ、王立の学園です。
 成績は、卒業時で第6席です。」

「ほう、それは優秀でいらっしゃる。」

「恐れ入ります。
 お恥ずかしい話、中堅や大規模の商家へ嫁げればとも思っておりまして。」

王立の学園は公立なので、一般的な市民から比較的低位の貴族まで幅広く通う。
そこで学年6位なら、王宮の官僚選抜試験にも挑戦できるレベルだ。
ちなみに一般的な貴族は家庭教師で学び、各種サロンやパーティで交友を広げていく。

「フィーナ嬢は、神の加護はお持ちだったのかな?」

「とんでもございません!
 もし加護などあれば、とっくに結婚しておりますよ!」

「ふむ、確かに。」

その後二人はいくつか言葉を交わし、マティス公爵は会話を切り上げる。

「と、ところで公爵閣下!
 あの、私の官職は…!」

不躾な質問にマティス公爵は一瞬眉をひそめるが、すぐに表情を戻す。

「私の派閥に入られた以上は、お世話するのが人の義というものでしょう。
 あぁ、ところで。
 確かフィーナ嬢は三女だったかな?」

「はい、末の娘です。
 長女と次女は既に嫁いでおりまして…
 も、もちろん公爵閣下がご所望でしたら、両名共に直ちに呼び寄せます!」

「いや、戯言だ。
 忘れてくれたまえ。」
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