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エピローグ~記すべき、いくつかの話~
フィーナ
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「…は?」
おそらく、私は生まれて最低の間抜け面をしていただろう。
目の前にいる少年は、何を言った?
好き?
誰が?
「…え?」
脳が遅れて動き出し、少年が言った言葉の意味を理解し。
「え!?私!?」
驚く私に、顔を真っ赤にした少年は無言で頷く。
「ちょ…え…?
あの、どうして私を…」
「実は俺、いえ自分は!
衛兵で王宮で勤務を始めた初年に、フィーナ様をお見掛けしていました。
その時から一目惚れしていたのですが、平民の私が男爵令嬢にお声をかけることも出来ず。」
貧乏男爵家の私が王宮を訪れたことなど数えるほどしか無い。
しかもお披露目の2年後にはベガドリアへ飛ばされ、王都にすらいない。
「でも、あなた近衛師団ですよね?
その歳で衛兵から近衛師団へ選抜されるなんて、優秀じゃないですか!
こんな辺境の、それも実家がお取り潰しになった私なんか相手にしなくても…」
「でもフィーナ様は、ここにしかいないので。」
生まれて初めての求愛に考えがまとまらない。
確かに嬉しいのだが、それよりも戸惑いの方が大きい。
近衛師団は王宮のエリートだ。
数年後に王都へ帰れば、良縁はいくらでもある。
「フィーナいるか。
…すまん、取り込み中だったか?」
書類を持ったアラスタ様がドアを開け、私たちの様子を見て立ち止まる。
「あ、あの…」
「男爵閣下、お願いがあります!
家令殿に交際を申し込んでもよろしいでしょうか!?」
直立不動の彼はそんなことを口にし。
「…立ち話も何だ、掛けたまえ。」
少々戸惑いの表情で、アラスタ様はソファを示した。
「さて貴官。」
「はっ!
近衛師団ベガドリア遠征隊所属、セシアであります!」
セシアは私より一歳年下だった。
平民ながら幼年軍学校を経て最小規定年齢で衛兵隊に就職。
去年の選抜試験で近衛師団に抜擢され、ベガドリア遠征部隊に手を挙げたらしい。
「セシア、フィーナがこの私の下で働いている理由は知っているな?」
「はい。
国王陛下の命により、男爵閣下の家令職を仰せつかっていると聞いております。」
「その通りだ。
だからフィーナは、その王命が上書きされない以上ここにいるしかない。
そして少なくともマティス公爵が存命中は、その王命は消えないだろう。
ということは、フィーナと結婚するとはベガドリアで暮らすということだ。
その意味、理解しているか?」
アラスタ様の目がセシアを見つめる。
「実家が没落したとはいえ、フィーナは貴族家の出身だ。
長姉は大商家、次姉は子爵家に嫁いでいる。
平民みたく、気軽にとりあえず付き合って、など許されん世界だ。
口説く以上は貴官の人生を賭ける必要があるが、大丈夫か?」
「私は平民です。
両親は王都ですが兄や姉もいますし、自分の人生は自分で決めろという考えでして。
『もしベガドリアに在住することになっても、国王陛下のお役に立てるなら』と、今回送り出してくれました。」
その後もいくつかの質疑応答が重なり。
「最後に尋ねる。
帝国とは現在平穏だが、不意の衝突が無いとも言い切れない。
その時私がフィーナに死ねと命じたら、貴官どうする?」
「その時は…
フィーナ様の盾となって、私も死にます。」
「…30点。」
アラスタ様の評価は、あまりにも辛口だった。
「セシア。
このフィーナは非常に生真面目な奴でな。
頭に”とてつもなく”という文字が付く程度に。
だから、いつも頑張りすぎてしまう。
それが長所でもあり、短所でもある。」
一拍。
「だから、貴官が止めろ。
こいつが頑張りすぎるなら、後ろから手綱を引け。
それでも止まらないなら、周りを頼れ。
それが、貴官の責務だ。」
「は、はい。」
「とはいえ、貴官もまた真面目な人間だというのは分かった。
最低限のラインはクリアしているだろう。
まぁ安心しろ、父に言えば貴官をベガドリアへ終身左遷させることは簡単だと思う。
…本来ならば父母の仕事だが、現在行方知れずなのであれば、主たる私の仕事だろうな。」
アラスタ様は立ち上がり。
「フィーナをよろしく頼む。
私にとっても大切な人間だ。
結婚か破談か結果は別としても、少なくとも傷つけることだけはしないで欲しい。」
頭を下げるアラスタ様に、セシアも立ち上がって必ずと誓い。
そして私は、そんな光景に一筋の涙が流れた。
ベガドリアには演劇も美術館も無い。
ただ同じように日々が流れる。
なので、セシアとのデートは静かで、退屈だった。
私も人のことは言えないが、セシアも女性とお付き合いした経験は無く。
娼館に行ったことも無く、当然に女性の扱い方など知るはずもなく。
私を抱きしめるのに3か月もかかり。
あまり変化の無い、退屈な日々で。
そして、とても真面目で、とても私のことを好きで、とても私を大切にしてくれて。
誕生日にペンダントとファーストキスをプレゼントしたら、凄く喜んでくれて。
セシアと近くの小川へ出かけるために、私は乗馬を覚え。
午前中に仕事を終えられたら、木を背に、小川を眺めながら手をつないで、頭をセシアの肩に預けて。
そんな変化のない、退屈な日々。
だから、一つだけ、思っている不満を口にする。
「あの、セシア。
抱きしめてくれるのはいいのですが。
その…お腹に、いつも何かが当たっているのですが…」
「す、すみません!」
慌てて私を離そうとする彼の、背中に回した腕を私は離さず。
「一つ答えてください。
それほど胸も大きくありませんが、そんなにも私は魅力的ですか?」
「え?」
「答えてください。」
「み、魅力的です…」
「でしたら!」
私は頬どころか耳まで真っ赤にして、強く体を押し付け。
「もう少し欲張ってください。
少し、不安になります…」
そんな私に、セシアは謝りながら、再び私を強く抱きしめて、キスしてくれた。
「フィーナ様。
幸せにしますとは言いません、一緒に幸せになりましょう。」
「…そんなこと今言って、プロポーズの時は何をしゃべるんですか?」
「あ…」
「いいですよ…
いつか、私を呼ぶときに”様”が消える日を待ちますよ。」
そのまま真っ赤な顔を胸に埋める。
不器用で、私のお尻を撫でる程度の度胸さえ無く、退屈で。
そして、将来何度でも思い返したい、優しさと愛おしさに満ちた、そんな日々。
おそらく、私は生まれて最低の間抜け面をしていただろう。
目の前にいる少年は、何を言った?
好き?
誰が?
「…え?」
脳が遅れて動き出し、少年が言った言葉の意味を理解し。
「え!?私!?」
驚く私に、顔を真っ赤にした少年は無言で頷く。
「ちょ…え…?
あの、どうして私を…」
「実は俺、いえ自分は!
衛兵で王宮で勤務を始めた初年に、フィーナ様をお見掛けしていました。
その時から一目惚れしていたのですが、平民の私が男爵令嬢にお声をかけることも出来ず。」
貧乏男爵家の私が王宮を訪れたことなど数えるほどしか無い。
しかもお披露目の2年後にはベガドリアへ飛ばされ、王都にすらいない。
「でも、あなた近衛師団ですよね?
その歳で衛兵から近衛師団へ選抜されるなんて、優秀じゃないですか!
こんな辺境の、それも実家がお取り潰しになった私なんか相手にしなくても…」
「でもフィーナ様は、ここにしかいないので。」
生まれて初めての求愛に考えがまとまらない。
確かに嬉しいのだが、それよりも戸惑いの方が大きい。
近衛師団は王宮のエリートだ。
数年後に王都へ帰れば、良縁はいくらでもある。
「フィーナいるか。
…すまん、取り込み中だったか?」
書類を持ったアラスタ様がドアを開け、私たちの様子を見て立ち止まる。
「あ、あの…」
「男爵閣下、お願いがあります!
家令殿に交際を申し込んでもよろしいでしょうか!?」
直立不動の彼はそんなことを口にし。
「…立ち話も何だ、掛けたまえ。」
少々戸惑いの表情で、アラスタ様はソファを示した。
「さて貴官。」
「はっ!
近衛師団ベガドリア遠征隊所属、セシアであります!」
セシアは私より一歳年下だった。
平民ながら幼年軍学校を経て最小規定年齢で衛兵隊に就職。
去年の選抜試験で近衛師団に抜擢され、ベガドリア遠征部隊に手を挙げたらしい。
「セシア、フィーナがこの私の下で働いている理由は知っているな?」
「はい。
国王陛下の命により、男爵閣下の家令職を仰せつかっていると聞いております。」
「その通りだ。
だからフィーナは、その王命が上書きされない以上ここにいるしかない。
そして少なくともマティス公爵が存命中は、その王命は消えないだろう。
ということは、フィーナと結婚するとはベガドリアで暮らすということだ。
その意味、理解しているか?」
アラスタ様の目がセシアを見つめる。
「実家が没落したとはいえ、フィーナは貴族家の出身だ。
長姉は大商家、次姉は子爵家に嫁いでいる。
平民みたく、気軽にとりあえず付き合って、など許されん世界だ。
口説く以上は貴官の人生を賭ける必要があるが、大丈夫か?」
「私は平民です。
両親は王都ですが兄や姉もいますし、自分の人生は自分で決めろという考えでして。
『もしベガドリアに在住することになっても、国王陛下のお役に立てるなら』と、今回送り出してくれました。」
その後もいくつかの質疑応答が重なり。
「最後に尋ねる。
帝国とは現在平穏だが、不意の衝突が無いとも言い切れない。
その時私がフィーナに死ねと命じたら、貴官どうする?」
「その時は…
フィーナ様の盾となって、私も死にます。」
「…30点。」
アラスタ様の評価は、あまりにも辛口だった。
「セシア。
このフィーナは非常に生真面目な奴でな。
頭に”とてつもなく”という文字が付く程度に。
だから、いつも頑張りすぎてしまう。
それが長所でもあり、短所でもある。」
一拍。
「だから、貴官が止めろ。
こいつが頑張りすぎるなら、後ろから手綱を引け。
それでも止まらないなら、周りを頼れ。
それが、貴官の責務だ。」
「は、はい。」
「とはいえ、貴官もまた真面目な人間だというのは分かった。
最低限のラインはクリアしているだろう。
まぁ安心しろ、父に言えば貴官をベガドリアへ終身左遷させることは簡単だと思う。
…本来ならば父母の仕事だが、現在行方知れずなのであれば、主たる私の仕事だろうな。」
アラスタ様は立ち上がり。
「フィーナをよろしく頼む。
私にとっても大切な人間だ。
結婚か破談か結果は別としても、少なくとも傷つけることだけはしないで欲しい。」
頭を下げるアラスタ様に、セシアも立ち上がって必ずと誓い。
そして私は、そんな光景に一筋の涙が流れた。
ベガドリアには演劇も美術館も無い。
ただ同じように日々が流れる。
なので、セシアとのデートは静かで、退屈だった。
私も人のことは言えないが、セシアも女性とお付き合いした経験は無く。
娼館に行ったことも無く、当然に女性の扱い方など知るはずもなく。
私を抱きしめるのに3か月もかかり。
あまり変化の無い、退屈な日々で。
そして、とても真面目で、とても私のことを好きで、とても私を大切にしてくれて。
誕生日にペンダントとファーストキスをプレゼントしたら、凄く喜んでくれて。
セシアと近くの小川へ出かけるために、私は乗馬を覚え。
午前中に仕事を終えられたら、木を背に、小川を眺めながら手をつないで、頭をセシアの肩に預けて。
そんな変化のない、退屈な日々。
だから、一つだけ、思っている不満を口にする。
「あの、セシア。
抱きしめてくれるのはいいのですが。
その…お腹に、いつも何かが当たっているのですが…」
「す、すみません!」
慌てて私を離そうとする彼の、背中に回した腕を私は離さず。
「一つ答えてください。
それほど胸も大きくありませんが、そんなにも私は魅力的ですか?」
「え?」
「答えてください。」
「み、魅力的です…」
「でしたら!」
私は頬どころか耳まで真っ赤にして、強く体を押し付け。
「もう少し欲張ってください。
少し、不安になります…」
そんな私に、セシアは謝りながら、再び私を強く抱きしめて、キスしてくれた。
「フィーナ様。
幸せにしますとは言いません、一緒に幸せになりましょう。」
「…そんなこと今言って、プロポーズの時は何をしゃべるんですか?」
「あ…」
「いいですよ…
いつか、私を呼ぶときに”様”が消える日を待ちますよ。」
そのまま真っ赤な顔を胸に埋める。
不器用で、私のお尻を撫でる程度の度胸さえ無く、退屈で。
そして、将来何度でも思い返したい、優しさと愛おしさに満ちた、そんな日々。
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