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エピローグ~記すべき、いくつかの話~
アラスタ
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最後の戦争から3か月後。
皇女シュシャ一行の姿が北方ベガドリアにあった。
対王国の交渉責任者として度々越境している身だが、今日は目的が違った。
今回の越境は王国には知らせていない。
ベガドリア男爵アラスタとの約束を果たすためのものだ。
同じ馬車にはガーグ将軍、ボン伯爵サーフも乗っており、脇を近衛兵が固めていた。
先の戦いで家族を亡くした遺族の市民も50名ほど同行しており、総勢100名ほどの団体だった。
馬車は何の問題もなくベガドリア男爵の館へと到着する。
その前で待っていたのは家令のフィーナであった。
「お待ち申し上げておりました。」
黒いドレスに身を包んだフィーナが恭しく腰を折る。
「出迎え、ご苦労。
ところでベガドリア男爵殿はどうした。」
「主アラスタは慰霊碑の前で皆様をお待ち申し上げております。
ご案内いたしますので、私の馬車にお続きください。
10分ほどの場所でございます。」
「ふん、小娘が。
先触れも出していたのに、礼儀を知らんと見える。」
サーフは馬車の中で呟く。
「伯爵殿はベガドリア男爵殿がお嫌いの様子ですな。」
「当然でしょう将軍、戦いに敗れた上に人質ですぞ。
殿下にお救い頂けなければ、どうなっていたか…」
「まぁ気持ちは分かるがな。
さて、貴殿の度肝を…」
馬車の一行が廃村を回り込んだ瞬間、シュシャもサーフもガーグも、全員が言葉を失う。
おそらく全ての馬車が同じだろう。
ベガドリア男爵は慰霊碑があると言っていたが、敵国に向けるものなど適当なものと誰もが思っていた。
その広場には芝生が綺麗に茂り、3メートルを超える立派な石の彫像があった。
駆ける少女と飛び立つ水鳥が向くのは、北。
そして3列で整然と並ぶ、簡素だが儀礼用と分かる軍服姿の兵士が50人以上。
誰しもが左腕に喪章を巻き、直立不動で、先頭に立つ黒ドレス姿のアラスタと共に弔意を示す。
「ボン伯爵殿、よくよく見ておくがいい…
貴殿が一体誰と戦ったのか…」
シュシャが語り終えるのとほぼ同時に、馬車がゆっくりと止まり、御者が馬車の扉を開ける。
「総員!
捧げェ銃!」
全く同じ動作で、一秒の狂いすらなく、兵士がアサルトライフルを胸の前で掲げ、首だけをシュシャに向ける。
背の高い者も低い者も、その眼光は揃って非常に鋭く。
「皇女殿下、お待ち申し上げておりました。」
その兵士を背に、アラスタは沈黙する一同へ恭しく腰を折った。
非公式な場なので、あくまでも帝国側の責任者はガーグ将軍であり、シュシャとサーフは来賓という扱いとなった。
そうしなければ男爵位のアラスタと釣り合わなくなってしまう。
しかしアラスタは、シュシャも遺族の市民も隔てなく丁重にもてなした。
「では将軍、帝国旗と貴族旗の掲揚を。」
「は?
いや、それは…」
「英霊を前に、何を遠慮することがありましょう。」
式典を前に、帝国旗とガーグ将軍の部隊旗、サーフ伯爵の紋章旗が王国の大地に掲げられる。
あり得ない厚遇に、シュシャもサーフも信じられないという表情で旗を見上げる。
そして、先日の戦いで新たに生まれた遺品が、白い布に包まれた木箱でガーグに引き渡され。
シュシャの献花の際には、兵士が再び栄誉礼の捧げ銃を行い。
最後に。
「皆様、ご起立をお願いします。
大きな音が鳴りますので、どうぞお気をつけください。」
アラスタの言葉に、意図が分からないままに椅子から腰を上げる帝国側の面々。
「弔銃隊、前へ!」
大隊長の号令に、5名の兵士が前へ進む。
「英霊が祖国へ帰還するにあたり、弔銃をもって旅路の無事を祈る!
他の者、捧げェ銃!」
ガッシャと、完全に音が一つに重なった栄誉礼。
「撃鉄起こせ!弔銃用意!
…撃てっ!」
アサルトライフルが天に向けられ、号令と共に空砲が3回、空に響く。
「撃ち方、止め!弔銃隊、回れ右!
総員、立てェ銃!」
「ではガーグ将軍、英霊を確かにお引き渡し致しました。」
ガーグに深々と腰を折るアラスタ。
その姿に、帝国の面々はただただ沈黙。
国によっては、慶事だけでなく弔事においても”黄泉への船出”という意味で花火を上げる習慣がある。
しかしそれは王族や国家元首など一部の者に対してのみ、国葬において行われるものだ。
敵国の名もなき兵士に、弔砲まで行って敬意を払う人間は聞いたことがない。
この少女は、それを当然のこととやってのけた。
「もし貴殿が国王であれば、また違った姿になっていたであろうな…」
「それでも戦わなければならなくなれば、責務を果たすのが我々です。
未来は、皇女殿下にお任せ致します。」
視線を向けられたシュシャは。
「歴史的にも地政学的にも、講和の目途は立たないのだがな。
だがいつか、貴殿がお返し頂いた英霊が静かに眠れる日が来るよう、努力することは約束しよう。」
この一件を、王都から派遣された武官文官は見ぬふりをした。
「その日はずっと部屋で仕事をしていた。誰か来ていたようだが、商人だろう。」
「我々はベガドリア男爵の行動を報告する義務があるが、一挙手一投足まで報告できん。」
週単位で直轄地の駐在武官へ送られる報告書の当該日には”特記なし”と書かれていた。
皇女シュシャ一行の姿が北方ベガドリアにあった。
対王国の交渉責任者として度々越境している身だが、今日は目的が違った。
今回の越境は王国には知らせていない。
ベガドリア男爵アラスタとの約束を果たすためのものだ。
同じ馬車にはガーグ将軍、ボン伯爵サーフも乗っており、脇を近衛兵が固めていた。
先の戦いで家族を亡くした遺族の市民も50名ほど同行しており、総勢100名ほどの団体だった。
馬車は何の問題もなくベガドリア男爵の館へと到着する。
その前で待っていたのは家令のフィーナであった。
「お待ち申し上げておりました。」
黒いドレスに身を包んだフィーナが恭しく腰を折る。
「出迎え、ご苦労。
ところでベガドリア男爵殿はどうした。」
「主アラスタは慰霊碑の前で皆様をお待ち申し上げております。
ご案内いたしますので、私の馬車にお続きください。
10分ほどの場所でございます。」
「ふん、小娘が。
先触れも出していたのに、礼儀を知らんと見える。」
サーフは馬車の中で呟く。
「伯爵殿はベガドリア男爵殿がお嫌いの様子ですな。」
「当然でしょう将軍、戦いに敗れた上に人質ですぞ。
殿下にお救い頂けなければ、どうなっていたか…」
「まぁ気持ちは分かるがな。
さて、貴殿の度肝を…」
馬車の一行が廃村を回り込んだ瞬間、シュシャもサーフもガーグも、全員が言葉を失う。
おそらく全ての馬車が同じだろう。
ベガドリア男爵は慰霊碑があると言っていたが、敵国に向けるものなど適当なものと誰もが思っていた。
その広場には芝生が綺麗に茂り、3メートルを超える立派な石の彫像があった。
駆ける少女と飛び立つ水鳥が向くのは、北。
そして3列で整然と並ぶ、簡素だが儀礼用と分かる軍服姿の兵士が50人以上。
誰しもが左腕に喪章を巻き、直立不動で、先頭に立つ黒ドレス姿のアラスタと共に弔意を示す。
「ボン伯爵殿、よくよく見ておくがいい…
貴殿が一体誰と戦ったのか…」
シュシャが語り終えるのとほぼ同時に、馬車がゆっくりと止まり、御者が馬車の扉を開ける。
「総員!
捧げェ銃!」
全く同じ動作で、一秒の狂いすらなく、兵士がアサルトライフルを胸の前で掲げ、首だけをシュシャに向ける。
背の高い者も低い者も、その眼光は揃って非常に鋭く。
「皇女殿下、お待ち申し上げておりました。」
その兵士を背に、アラスタは沈黙する一同へ恭しく腰を折った。
非公式な場なので、あくまでも帝国側の責任者はガーグ将軍であり、シュシャとサーフは来賓という扱いとなった。
そうしなければ男爵位のアラスタと釣り合わなくなってしまう。
しかしアラスタは、シュシャも遺族の市民も隔てなく丁重にもてなした。
「では将軍、帝国旗と貴族旗の掲揚を。」
「は?
いや、それは…」
「英霊を前に、何を遠慮することがありましょう。」
式典を前に、帝国旗とガーグ将軍の部隊旗、サーフ伯爵の紋章旗が王国の大地に掲げられる。
あり得ない厚遇に、シュシャもサーフも信じられないという表情で旗を見上げる。
そして、先日の戦いで新たに生まれた遺品が、白い布に包まれた木箱でガーグに引き渡され。
シュシャの献花の際には、兵士が再び栄誉礼の捧げ銃を行い。
最後に。
「皆様、ご起立をお願いします。
大きな音が鳴りますので、どうぞお気をつけください。」
アラスタの言葉に、意図が分からないままに椅子から腰を上げる帝国側の面々。
「弔銃隊、前へ!」
大隊長の号令に、5名の兵士が前へ進む。
「英霊が祖国へ帰還するにあたり、弔銃をもって旅路の無事を祈る!
他の者、捧げェ銃!」
ガッシャと、完全に音が一つに重なった栄誉礼。
「撃鉄起こせ!弔銃用意!
…撃てっ!」
アサルトライフルが天に向けられ、号令と共に空砲が3回、空に響く。
「撃ち方、止め!弔銃隊、回れ右!
総員、立てェ銃!」
「ではガーグ将軍、英霊を確かにお引き渡し致しました。」
ガーグに深々と腰を折るアラスタ。
その姿に、帝国の面々はただただ沈黙。
国によっては、慶事だけでなく弔事においても”黄泉への船出”という意味で花火を上げる習慣がある。
しかしそれは王族や国家元首など一部の者に対してのみ、国葬において行われるものだ。
敵国の名もなき兵士に、弔砲まで行って敬意を払う人間は聞いたことがない。
この少女は、それを当然のこととやってのけた。
「もし貴殿が国王であれば、また違った姿になっていたであろうな…」
「それでも戦わなければならなくなれば、責務を果たすのが我々です。
未来は、皇女殿下にお任せ致します。」
視線を向けられたシュシャは。
「歴史的にも地政学的にも、講和の目途は立たないのだがな。
だがいつか、貴殿がお返し頂いた英霊が静かに眠れる日が来るよう、努力することは約束しよう。」
この一件を、王都から派遣された武官文官は見ぬふりをした。
「その日はずっと部屋で仕事をしていた。誰か来ていたようだが、商人だろう。」
「我々はベガドリア男爵の行動を報告する義務があるが、一挙手一投足まで報告できん。」
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