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スー、領地へ行く

税の意味

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「あの、領主様。
 それだと、5年間で蓄えられるだけ蓄えて逃げる者も…」

「いるでしょうね。」

あっさりと認めるスーに村長の一人は言葉を失う。

今回の男爵帰還は領民からの陳情によるものだ。
税率の重さを主要因とした領民の流出。
あまりの苦しさに周囲に別れも告げず逃げ出すさまは、もはや消失だ。
日常の生活から農作業まで田舎は共助が当たり前なのに、その人手が絶望的に足りない。
それであちこち破綻しているというのに、流出を容認されては話にならない。

「それで?
 逃げることだけなら別に犯罪でもないので、私は追いません。
 裏切りとも思いません。
 …ただし。
 それ以後の人生の全ては、その者の責任です。
 縁のない土地で苦労するのも、それ以前に、旅の途中で野盗に襲われたとしても。
 今でさえ領内の警備は隣のミラン子爵に依頼しているのに。」

先代である父は、重税を課しておきながら領民への還元は無頓着だった。
自前で領兵を持って普段から巡回させていれば、盗賊へのけん制になる。
その安全保障をお隣さまに任せれば負担額は減るので、その分を自分や義妹の贅沢に使える。

(まぁ盗賊も狙わないほどに疲弊しているからなぁ…)

主要産業は農業だが、税が重くて領民はほとんど蓄えを持っていない。
盗賊ですら見向きもしないのだから、それは土地を捨てて逃げる者だって出る。

「あと王都の識字率はこの領内とは比べ物にもなりません。
 領主の発行する身元保証書も無しで定職を探すのは大変でしょう。
 あなたの村で読み書きができるのは?」

言いながら、前男爵の圧政に土地を捨てた領民には同情する。
しかし、残念ながらスーは神でもないので、それ以上のことは出来ない。

「で、では領主様。
 3割という税率を聞けば、逆に周囲から大量に人が…」

「私はフィッツ男爵領の領主ですよ?
 今この瞬間に領民である皆様を守護する義務は有しますが、それ以外を見られるほどの余裕はありません。
 とはいえ、一度は故郷を捨てたとしても再び戻ってくるという旧知の友人もいるでしょう。
 なので、新たに入ってくる人を友人として迎え入れるかは各々おのおのの村で判断してください。」

無尽蔵に受け入れれば、旧来の村人が脅かされる。
かといって一切を拒絶すれば、人口流出の激しい村から立ちいかなくなる。

「これは賭けです。
 私にとっても、あなた方にとっても。
 はっきり言って税率3割は最低限の経費を賄うだけのもので、余裕は全くありません。
 パーティとか舞踏会を開くことも出来ないんですよ。」

パンと手を叩き。

「この領内に王国軍の駐留部隊を招きます!
 演習や駐屯の土地を提供する代わりに借地料を頂きます!
 食料は適正価格で領内の村々から購入してもらい、軍馬の世話や宿舎の要員で領民を雇ってもらいます!
 …さて、この夢物語を実現するには?
 将軍に貢物プレゼントも必要ですし、こういったことを調整する文官に根回しも必要です。
 こんな好条件、あらゆる貴族が名乗り出るでしょう。
 となると、場合によっては舞踏会を主催して上級貴族に口添えをお願いすることも重要でしょう。
 決定権を持つ人間とパイプを持つのも、タダでは出来ないのです。
 こういったことが、税率3割では一切できないのですよ。」

「で、では。
 先代の男爵様があんな重税を課したのも、そういう意味で…」

「そういうことです。」

嘘である。

そういったことが皆無とは言わないが、大半は貴族特有の見栄によるものだ。
義妹にドレスをせがまれては買い与え、装飾品をせがまれては買い与え。
まぁそれで上級貴族の目に留まって縁談が纏まれば、まぁ有効な投資と言えなくもない…かもしれない。
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