晩夏休題~もしくは、王国に吸血鬼が隠遁する日常~

レイちゃん

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王都の日常で非日常

ラルド伯爵の、もう一つの仕事

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「待たせたな、男爵殿。」

「いえ。」

全身に返り血を浴びたクリップ。
そして邪魔にならないよう伏せていたスーも立ち上がる。
この惨劇に怯えているわけでもなく、平然と。

「…存外、平然としているんだな。
 泣き叫んでくれた方が年相応で可愛げもあるんだが。」

「そうした方がいいですか、閣下?
 何の意味もなく、むしろ鬱陶しいだけだと思いますが。
 それにしても、凄い入れ墨ですね。」

「まさか。
 洗剤で簡単に落とせるペイントだよ。
 国王陛下に謁見する可能性もあるのに、こんなタトゥーで行くわけなかろう。
 ま、船乗りの中には入れている者も多いがね。」

少し呆れたような表情のクリップ。
狂乱するでもなく、気を失うでもなく。

さすがにここまでくると異常の域だ。
帝国と大規模紛争をやっていた頃の国軍や辺境伯軍の従軍経験があるなら分かる。
最前線の、弓が飛び交い剣や槍の交錯する戦場なら死などその辺に転がっている。
しかし、それも数十年前の話。
王国で最も犯罪率の高い貧民街でも毎晩ダース単位で死者が出ることは珍しい。
そして、普通の貴族令嬢が貧民街と関りがあるとは思えない。

「さすがに…
 さすがに、誘拐も3回目になれば。」

「3回!?」

「えぇ。」

保険金目当てだったり、人身売買の巻き添えだったり。
いくら貴族でも短期間にこれほど誘拐されるのは稀だろう。
ついでに言えば、その3回のうち2回は犯人が実父と義母というのも稀だろう。
むしろ平民より警備が厳重な分、そういったリスクとは縁遠いはずだ。

「ところで、失礼ながらラルド伯爵閣下。
 色々とお聞きしたいことがあるのですが。」

「俺もだ、男爵殿。
 ただ残念ながら今は呑気にお話している場面じゃないし、この後も色々と予定が詰まっている。
 コイツも手入れしてやらないと、人の血だのあぶらだので切れ味が鈍るんだ。」

転がる死体、その大半が一撃で致命傷。
血まみれの状況を前にしても、小娘スーは平然と。

「それはレイピアですか?」

近衛兵が制式採用している両刃の剣と比べると、長くて細身の片刃剣。
しかしレイピアのように刺突に特化しているのではなく、斬ることがメインの武器。
何よりも特徴的なのは、その速さと切れ味。

「こいつはレイピアではなく、遥か東方に伝わるカタナというものだよ。
 鍛錬すれば、まぁこういう芸当が出来る。
 抜刀と斬撃を極めた抜刀術が素人のナイフごときに止められるものかよ。」

「無敵、ですか。」

「まさか。」

クリップは近くに停めていた馬車のドアを開ける。
そのままスーを乗せると、自身は御者台へと滑り込む。

「さすがに金属の鎧までは斬れん。
 それに槍兵や弓兵に囲まれれば勝ち目はない。
 無敵には程遠いよ。」

馬車が走り出す。
悪人たちの死体は打ち捨てて。

どうせ黒幕との繋がりなど残っていないだろうし、死人が証言できるわけでもない。
ましてや葬ってやる義理もない。
それは警務官が給料の対価として行う仕事だ。

「とはいえ、聞きたいことも山ほどあるだろうし、それは俺も同じだ。
 約束しよう。
 このバカ騒ぎを企てたバカを排除したら、男爵殿が知りたいことは教えてやる。」

「分かりました。
 いい茶葉とお菓子を用意しておきます。
 それとも、お酒の方がいいですか。」

「安酒で構わんよ。
 あぁ、チーズはフレッシュなものにしてくれ。
 どうしても航海中は長期保存できるハードチーズばっかりなんでな。」

王国では人は水を飲むかのごとくチーズを消費する。
それは一瞬で十数人を斬り倒した貴族でも例外ではないようだ。
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