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貧乏男爵の日常

吸血鬼の従者

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「で、私を呼び出す理由をお聞きしても?
 私は別に臣下でもないのですが。」

「もちろんだ。
 ”魔女の森”は王国内に位置しているが、王国は統治権を要求していない。
 道路を行き交うのと、近隣の木こりや猟師が仕事をする許可しか求めていない。」

驚きの声が上がらなかったのは、儀仗も務める近衛の訓練のたまものか。
魔女の森といえば王国ではよく知られたおとぎ話だ。
迷い込むと二度と戻れない、魔女が住むという森。

思いのままに外見を変化させるという時点でおかしいとは思っていたが。

「ただ、キャティ殿。
 改めて言うまでもなく、王立学院は王国を支える人材を育てる機関だ。
 そこの経費は当然に王国の税によるものだというのは認識頂きたい。
 具体的には、ファイ辺境伯家の子息やメイドの食事代など。」

キャティと呼ばれた美女はため息一つ。

「…なるほど、一理ありますね。
 一方的に食事宿泊を奪っているなどと言われれば、それはお嬢様の不名誉。
 それで、聞きたいこととは?」

「詳細はテーブルの報告書に纏めてあるが、端的に言うと。
 最近貧民街で起きている連続殺人に、吸血鬼による犯行だという噂が付きまとっている。」

「…ほう。
 それは、お嬢様に対する言いがかりですか?」

瞬間、部屋の空気が冷たくなるような錯覚。
指一本でも動かせば、即座に死の鎌を振り下ろされそうな。

「交渉事に初手から本音を晒すのは論外だが…
 正直なところ、俺はそうは思っていない。」

「理由をお伺いしても?」

「彼女はそういう回りくどい手法を使わないだろう。
 策略を通じて何かを要求するのであれば、直接言えばいいだろう。
 その気になれば好きな時間に訪問できように。」

その空気にあっても王太子は平然と。
それが王族としての誇りであり、胆力。

「今回呼び立てたのは尋問ではなく、意志疎通だと考えて頂きたい。
 誤解に基づく衝突は双方に不幸だし、万が一にもなのであれば、王国は絶望的な戦いを始めねばならない。」

「へぇ…勝てるとでも?」

「勝てないからといって降伏するのであれば、それは主権の死だ。
 王国は彼女を丁重に扱うが、彼女に服従するわけではない。
 …まぁおそらく最終的には、俺の首あたりが落としどころとなるだろう。」

平然と語るが、それを聞かされた公爵以下全員がギョッとする。
首というのが比喩的や政治的な表現ではなく、物理的にという意味であることぐらい理解できる。

「潔いですね。」

「兵士全員を戦死させるわけにもいかんだろうし、まさか陛下の首を差し出すわけにもいくまいよ。
 ある意味、王族はこういう時のために存在する。
 …ま、俺はまだ死にたくないが。」

「私個人としても殿下のように有能な方とは末永いお付き合いを願うところです。」

キャティは深々とこうべをたれる。

「謹んで王太子殿下に申し上げます。
 懸念の事項について、お嬢様は関知していないことをお約束申し上げます。」

「了解した。
 王室は貴殿の主と末永い友好を切に願うものである。
 …さて、よければ茶など用意させよう。
 お付き合い頂けるか?」

「謹んで。
 こういうことも私の役目です。」

兵士が部屋の外へ出て、担当のメイドを呼び寄せる。
さすがに王太子が近衛師団を訪れていることは知らされていなかったのだろう。
メイドたちは一瞬驚きの表情を見せたが、そこは王城務めのプロフェッショナル。
流れるような手つきで茶菓子が並べられる。

「さ、どうぞ。」

近衛師団長が敬礼し、王太子と二人の公爵、そしてキャティが着座する。
王族や貴族とメイドが席を共にするという、あまりにも非常識な状態だが、それを指摘できる人間はいない。
異常と恐怖と緊張が充満する空間、もう早く帰ってほしい。

「そういえば、スーも呼んだのですね。
 一応あれの動きは把握していますので。」

「フィッツ男爵は王の臣下でもありますから。」

「全く、呼んだのが私とスーで良かったですよ。」

笑い。

「もし、これがであれば。
 お嬢様の名誉に疑いを向けたという理由で皆殺しを始めかねませんでしたよ。」

「あなた方が国法に縛られないのは承知の上で、なのだが。
 もう少し自重してくれるとありがたいのだが…難しいかね?」
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