晩夏休題~もしくは、王国に吸血鬼が隠遁する日常~

レイちゃん

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貧乏男爵の日常

呼び出した者

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いくらスーが貴族だといっても公職に就いているわけでもないので、王城にはほとんど用がない。
それこそ平民であっても出入り業者や御用商人の方が下級貴族よりも多く出入りするだろう。

なので、スーはフェイスの後を遅れずに歩く。
王城はこの国の中枢、言うなれば頭脳であり心臓だ。
様々な機関の建物があり、しかも戦乱で敵兵が容易に侵入できないよう、わざと複雑な構造をしている。
一応貴族なので迷子になっても不審者扱いで拘束されたりは無いだろうが、相当恥ずかしいのは間違いない。

「申し訳ありません、閣下。
 むさ苦しい場所で恐縮なのですが、閣下には近衛師団の応接室にお越し願います。」

「いえ、それは構わないのですが。」

来賓を待遇する儀仗隊を兼ねるだけあって、近衛師団のエリアは非常に整然としている。
すれ違う兵士も眼光鋭く、わざわざ立ち止まり直立不動で敬礼してくれる。
会釈を返しつつ。

「それにしても師団長さんって、相当の高位貴族ですよね。」

「将官ですからね。
 近衛師団の最高司令官は国王陛下ですが、もちろん平時に陛下が御自ら指揮をとられることはあり得ません。
 ですので師団長が事実上のトップです。
 身分は平民ですが、退官後は名誉子爵位をたまわるのが慣例です。」

名誉子爵なので世襲の許されない一代限りで領地も与えられないが、貴族界でのランクは一般の子爵と同等。
男爵スーより上である。

「子爵位同等の方が一体何を聞きたいのでしょう。」

「それは、どうぞからお聞きください。」

大きな扉の前に来ると、フェイスは立ち止まって警備の兵士に合図をする。
敬礼した兵士がドアをノックし。

「失礼します!
 フィッツ男爵家当主スー閣下、お越しになりました!」

部屋の中にいた兵士がドアを開け。

「それでは閣下、自分はここで失礼致します。
 どうぞ中へお進みください。」





要請書の発信者が近衛師団長、そして面会の場所が近衛師団。
であれば呼び出したのは当然に近衛師団長か、それに近い関係者だと思う。

普通、その部屋の中に王太子がいるなど想像もしない。

「お、王太子殿下!」

慌てて跪いてこうべを垂れる。

「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく…」

「あぁ、よい。
 そう堅苦しい挨拶は抜きだ。
 楽にして、そこの椅子に腰かけよ。」

「はっ…では…」

努めて心を落ち着かせて部屋を見渡せば、王太子殿下にルファ公爵にリー公爵。
軍服の胸に多くの略章リボンバーをつけた貫禄ある人が、おそらくは近衛師団長。
改めて見れば、あまりにも豪華すぎる。

「さて男爵、大儀である。
 呼ばれた理由に心当たりはあるかね?」

「いえ…」

無いわけではないが、冷静に考えて応えられる余裕もない。
いきなり斬られることもないだろうが、王族と公爵を前に周囲の近衛兵も緊張感が尋常ではない。

「その前に一つ確認したい。
 男爵。
 君は、?」

「え?
 それは一体どういう…」

「質問には簡潔に答えたまえ、男爵。」

王太子殿下は一拍おき。

「国に忠誠を誓うか?」

「はい。」

「それを何に誓うか?」

スーは一瞬考え、はっきりと。

「殿下に。」

王太子とスーの問答は止まり、部屋にしばし沈黙が流れた後。

「…まぁよかろう。
 すまないな男爵、別に何か含むところがあるわけではないのだ。
 ただ、今回は理由が理由なのだ。」

王太子が右手を軽く上げると兵士の一人がスーに資料を差し出す。
一礼してから資料に目を落とす。

「王都の南西エリア、俗に貧民街と呼ばれるエリアがあるのは知っているな。」

「はい、殿下。」

どうしても貧富の差というものは生まれる。
貴族界では極貧といえるフィッツ男爵家とて、平民も含めた王都全体では裕福な部類になるだろう。
様々な理由で貧民と呼ばれる人が集まるのが王都の南西部だ。
スー自身は用もないので近づくこともない。

「どうしても貧民街は治安が悪い傾向にある。
 いくつかのグループが衝突する余波で無関係の住人が巻き込まれることもあり、犯罪件数も多い。」

頷く。
地元で問題を起こして王都へ逃げてきた人間や、王都での生活が破綻して住む家を追われた人間が流入してカオスになっていると聞く。
誰がどこに住んでいるのか把握するのが非常に困難なので、犯罪者が隠れ住むのにも便利なのだろう。
貴族や警務官への反感も強いので、どうしても衝突や混乱は起きやすい。

「貧民街はカオス過ぎて手がつけられん。
 住人を無理やりに追い出して解体したところで、行き場のない者が溢れて混乱するだけだ。
 それならば、もう今のまま押し込めておく方がマシだ。」

「その貧民街で最近、連続して殺人事件が起きている。
 それだけなら近衛師団の管轄では無いし、本官も殿下に申し上げることではない。」

近衛師団はあくまでも王族の警護が主任務で、王都の治安維持は仕事ではない。
極論、王族に火の粉が飛ばないのであれば、平民や貴族が殺されても近衛兵には関係ない。

「恐れながら…では、その殺人事件が殿下のお耳に入り、そして私が呼ばれたというのは。」

「あぁ。」

苦虫を嚙み潰したような表情で、殿下は。

「貧民街で、この殺人をという噂が流れている。
 これを無視できると思うか?」

「なっ…お待ちください!」

吸血鬼アーシュさんのことは最高機密だ。
王太子殿下や公爵は存在を知っているにしても、一般の兵士の前で口にしていいことではない。
そう焦るスーを王太子は手で制し。

「構わん。
 ここにいる兵士は全員が俺の直属だ。
 ここで何が語られようとも、それが陛下や国家を害する企てでない限り、絶対に口外せん。」

「男爵、つまりはこういうことなのだ。
 建国祭も近いこの時期に連続殺人が発生し、しかもそれが吸血鬼の仕業という噂が飛び交っている。
 これをどう捉えるか、だ。」

つまり。
この殺人事件に、本物の吸血鬼アーシュさんが関係しているか。

「恐れながら…
 私の知る限りという前提でよければ、は無関係だと思います。
 少なくとも私は知りません。」

「それは偽り無く?」

「私は彼女の従者であると同時に、この国の臣下です。」

スーの言葉に王太子殿下は天を仰ぎ、大きく息を吐く。

「…了解だ、男爵。
 その言葉を信じるに十分値する、俺はそう思う。」

再びスーの方を向いた王太子殿下の表情は、最初より幾分か和らいだものだった。
対してスーも頭を下げる。

「呼び立てて悪かったな、男爵。
 本来であれば俺が慰労すべきであるが、あいにく来客の予定がある。
 用が無ければ別室で茶と菓子など用意させよう。
 王家御用達だ、味は保障する。」

「ありがとうございます、殿下。
 お言葉に甘えさせて頂きます。」
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