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貧乏男爵の日常
契約破棄
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いつかのリャム様の800ゴールドは、どうも捏造だったらしい。
それはセイシェル侯爵家に対する調査の過程で判明した。
しかし、青天の霹靂といえる書類を精査するアラヤさんの顔色は冴えない。
「この家の負債ってアラヤさんが洗い出していたんですよね。」
「銀行に届けられているものは全て。
手元に現金が無ければ、まず間違いなく銀行が絡んでいますから。
しかし、これは手元の書類にも銀行の書類にも該当するものが確認されておりません。」
とは言っても正式な様式で先代男爵のサインもある。
偽造だと反論できる余地が無い。
「これは銀行が絡んでいないからな。
隣のミラン子爵が融資し、徴税権で返済する計画だったようだな。」
「そのようですね…」
アラヤさんもラルド伯爵の言葉に同意する。
しかし目先の現金のために自領の徴税権を譲渡するなど前代未聞だ。
それは領民の生殺与奪の権利を他人に渡すのに等しい。
極論、それで重税を搾り取られて領地経営が崩壊したとしても一切文句は言えない。
「ミラン子爵が融資するという以上、まずは子爵に請求する。
が、あそこは帝国を激怒させて海運業が事実上崩壊している。
没落の可能性すらあるほど財務が痛んでいるそうなのだが…まぁそれは隣の領地だから知っているだろう。」
知っているどころか、そのきっかけを作った張本人がスーだ。
絶対に公言できない話ではあるのだが。
そして撃沈させた高速船は新造間もないことから、造船に要した多大な借金のみが残っている。
暗礁のない海域での事故なので調査が長引き、海難保険金の支払いが未だにされていないとも聞く。
費用を回収しようにも帝国が貿易から事実上締め出しているので、収入は激減している。
「で、ミラン子爵は当該の徴税権を放棄する代わりに3千ゴールドの融資からも手を引く。
そうなるとフィッツ男爵に請求するのは当たり前だろう。
そもそも男爵の債務なのだから。」
「しかし…先代は、何でこんな借金を…」
「娘のためだろう。
どれもこれも宝石だドレスだといった品物だ。
最終的に上位貴族と結婚できれば相手の家が一切合切支払ってくれる、という皮算用だろうさ。」
「ですよね…」
しかし、このタイミングでの3千ゴールド…とても払える金額ではない。
アラヤさんが相当強引な手法まで使って銀行の債務をギリギリまで圧縮してくれている状況だ。
手持ちの現金もほぼ底をついている上に、領地の活力を向上させるために税率を限界まで引き下げている。
(これは、もう完全に破綻かぁ…ここまでやったのに…)
若干の悔しさも感じるが、泣き言も言っていられない。
破綻が確定したのであれば、すべきことは山ほどある。
(爵位を陛下にお返しして、慰労金で清算…できるかなぁ…
相続から間がないから恩給額も期待できないし…)
邸宅にいるメイドたちは領地にも身寄りがない者ばかりだ。
中には納税が出来ずに家族から奴隷代わりとばかりに差し出された者もいる。
解雇して実家に戻っても次の日にはどこかへ売られている可能性が高い。
最近のチーズ人気で新たな人手を雇うと言っていたから、セシアに頼み込めばペニシフィン子爵家で仕事をさせてくれるかもしれない。
とりあえず雑用でも一生懸命こなせば、衣食住くらいは面倒を見てくれるだろう。
「あ~…悩んでいるところ悪いのだが。
男爵殿、3千ゴールド払えるのか?」
「すみません、払える能力がとても無く…」
アラヤさんと揃って頭を下げるスーに、ラルド伯爵はため息一つ。
「ま、この閑散とした応接間を見れば想像できるがね。
それでは、この契約破棄書にサインしてくれ。
ちなみにキャンセル料などは一切ないので、ご安心を。」
「…は?」
あまりにもあっさりとした対応、そしてあまりにも破格すぎる条件。
アラヤさんが「失礼します」と断りを入れてから急ぎ書類を確認する。
そして頷く。
「では。」
契約破棄書二枚にスーとラルド伯爵がそれぞれサインする。
片方はスーが、もう片方を商人が持つ。
「サインしておいて今更ですが、いいのですか?
遠方から商品を運んでいてキャンセル料を取らないとは…」
「それ込みの値段設定、ということだろう。
オーダーメード品や生鮮食品ならともかく、宝石など適当に台座を調整すれば別物だ。
それを”ご令嬢のためだけに作りました”とでも言えば転売も可能だろうさ。
その程度の口八丁が出来なければ、とても商人としては生き残れまい。
まぁ男爵殿が今後その商人から取引を断られたり割増金を請求されるかもしれないがな。」
「それは、当分そんなぜいたく品を買える余裕はないので関係ないのですが。
閣下はよろしいのですか?」
「気にするな、よくあることさ。
男爵殿が3千ゴールドを出せば、それを商人に引き渡して適切な手数料を受け取る。
男爵殿がキャンセルをするなら、預かっている商品を返して適切な手数料を受け取る。
どちらにせよ俺の取り分は変わらない。
男爵殿が”金は払えないが商品は貰う”とか言うと、少々困った話になるがね。」
そんな無茶な論理があるのだろうか。
まぁ残念ながらそんな横暴があり得るのも貴族社会なのだが。
それはセイシェル侯爵家に対する調査の過程で判明した。
しかし、青天の霹靂といえる書類を精査するアラヤさんの顔色は冴えない。
「この家の負債ってアラヤさんが洗い出していたんですよね。」
「銀行に届けられているものは全て。
手元に現金が無ければ、まず間違いなく銀行が絡んでいますから。
しかし、これは手元の書類にも銀行の書類にも該当するものが確認されておりません。」
とは言っても正式な様式で先代男爵のサインもある。
偽造だと反論できる余地が無い。
「これは銀行が絡んでいないからな。
隣のミラン子爵が融資し、徴税権で返済する計画だったようだな。」
「そのようですね…」
アラヤさんもラルド伯爵の言葉に同意する。
しかし目先の現金のために自領の徴税権を譲渡するなど前代未聞だ。
それは領民の生殺与奪の権利を他人に渡すのに等しい。
極論、それで重税を搾り取られて領地経営が崩壊したとしても一切文句は言えない。
「ミラン子爵が融資するという以上、まずは子爵に請求する。
が、あそこは帝国を激怒させて海運業が事実上崩壊している。
没落の可能性すらあるほど財務が痛んでいるそうなのだが…まぁそれは隣の領地だから知っているだろう。」
知っているどころか、そのきっかけを作った張本人がスーだ。
絶対に公言できない話ではあるのだが。
そして撃沈させた高速船は新造間もないことから、造船に要した多大な借金のみが残っている。
暗礁のない海域での事故なので調査が長引き、海難保険金の支払いが未だにされていないとも聞く。
費用を回収しようにも帝国が貿易から事実上締め出しているので、収入は激減している。
「で、ミラン子爵は当該の徴税権を放棄する代わりに3千ゴールドの融資からも手を引く。
そうなるとフィッツ男爵に請求するのは当たり前だろう。
そもそも男爵の債務なのだから。」
「しかし…先代は、何でこんな借金を…」
「娘のためだろう。
どれもこれも宝石だドレスだといった品物だ。
最終的に上位貴族と結婚できれば相手の家が一切合切支払ってくれる、という皮算用だろうさ。」
「ですよね…」
しかし、このタイミングでの3千ゴールド…とても払える金額ではない。
アラヤさんが相当強引な手法まで使って銀行の債務をギリギリまで圧縮してくれている状況だ。
手持ちの現金もほぼ底をついている上に、領地の活力を向上させるために税率を限界まで引き下げている。
(これは、もう完全に破綻かぁ…ここまでやったのに…)
若干の悔しさも感じるが、泣き言も言っていられない。
破綻が確定したのであれば、すべきことは山ほどある。
(爵位を陛下にお返しして、慰労金で清算…できるかなぁ…
相続から間がないから恩給額も期待できないし…)
邸宅にいるメイドたちは領地にも身寄りがない者ばかりだ。
中には納税が出来ずに家族から奴隷代わりとばかりに差し出された者もいる。
解雇して実家に戻っても次の日にはどこかへ売られている可能性が高い。
最近のチーズ人気で新たな人手を雇うと言っていたから、セシアに頼み込めばペニシフィン子爵家で仕事をさせてくれるかもしれない。
とりあえず雑用でも一生懸命こなせば、衣食住くらいは面倒を見てくれるだろう。
「あ~…悩んでいるところ悪いのだが。
男爵殿、3千ゴールド払えるのか?」
「すみません、払える能力がとても無く…」
アラヤさんと揃って頭を下げるスーに、ラルド伯爵はため息一つ。
「ま、この閑散とした応接間を見れば想像できるがね。
それでは、この契約破棄書にサインしてくれ。
ちなみにキャンセル料などは一切ないので、ご安心を。」
「…は?」
あまりにもあっさりとした対応、そしてあまりにも破格すぎる条件。
アラヤさんが「失礼します」と断りを入れてから急ぎ書類を確認する。
そして頷く。
「では。」
契約破棄書二枚にスーとラルド伯爵がそれぞれサインする。
片方はスーが、もう片方を商人が持つ。
「サインしておいて今更ですが、いいのですか?
遠方から商品を運んでいてキャンセル料を取らないとは…」
「それ込みの値段設定、ということだろう。
オーダーメード品や生鮮食品ならともかく、宝石など適当に台座を調整すれば別物だ。
それを”ご令嬢のためだけに作りました”とでも言えば転売も可能だろうさ。
その程度の口八丁が出来なければ、とても商人としては生き残れまい。
まぁ男爵殿が今後その商人から取引を断られたり割増金を請求されるかもしれないがな。」
「それは、当分そんなぜいたく品を買える余裕はないので関係ないのですが。
閣下はよろしいのですか?」
「気にするな、よくあることさ。
男爵殿が3千ゴールドを出せば、それを商人に引き渡して適切な手数料を受け取る。
男爵殿がキャンセルをするなら、預かっている商品を返して適切な手数料を受け取る。
どちらにせよ俺の取り分は変わらない。
男爵殿が”金は払えないが商品は貰う”とか言うと、少々困った話になるがね。」
そんな無茶な論理があるのだろうか。
まぁ残念ながらそんな横暴があり得るのも貴族社会なのだが。
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