はなぞら日記

三ツ木 紘

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燃ゆる炎に夢染めますか?

燃ゆる炎に夢染めますか?②

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 通い慣れた道も普段と状況が異なれば新鮮に感じる。この道を花山と歩く事も、花山が自宅まで迎えに来た事も初めてなのだから当然と言えば当然なのだろう。
 だからこそこんな時に何を話せばいいのか皆目見当もつかない。

 気まずさから花山に視線を向けないように意識しながら周囲の景色を眺める。普段この辺りは自転車で通り過ぎてしまうため案外じっくり見る機会は少ない。

 誰とも知らぬ家に植えられている柿は見事な橙色を呈しており、空き地には秋の植物達が身を寄せ合うように群生していた。
 その植物達を揺らして朝の冷えた風が空き地を通り抜けて自分達の間を吹き抜ける。冬服を着ているにも関わらずそれは確かな肌寒さを感じさせた。

 無性に寂しさを感じて花山をちらりと見る。普段と異なる抑揚のない表情はその感情を増幅させるような気がした。
 声に出さないように溜息を溢し、この居心地の悪い時間を割けるような話題を模索する。

「なんで家まで来た? そもそも何故家を知っている?」

 数分間必死に頭を働かせて、ようやくある意味当たり前の疑問を投げかける。

「水掛先生に聞いたら教えてくれたよ」
「自分の個人情報はどうなっているんだ……」

 あえて大きめに呆れてみせる。少し大袈裟すぎる気もするが今はそれくらいの方が花山の気を引けそうな気がした。

「まあ、確かにね」

 呆れて溜息を付く自分に対して花山は苦笑いしながら言葉を返す。しかしその表情は固い。

「でも、この町出身者同士ならお互い家を知っている事もあるだろうし別にいいんじゃない?」
「田舎民だからって全員がそうだと思って貰っては困るんだが……」

 少しムッとした表情を作る。

「でも、世間的にはそういうイメージはあるかなって。ほら、海老根さんともお互い旧知の中でしょ?」
「別に……。海老根は近所だし子供の時から知っているからそう見えるかもしれないが、それ以外の人の家は殆ど知らないな」
「それは時枝が興味なかっただけじゃ?」

 そう言われると弱い。
 
 むぅと唸りながらも返事の出来ない自分を見ながら、花山は勝ち誇ったような表情を浮かべる。

「ほら、やっぱり世間一般的な印象は否定し切れないでしょ」

 まあ、時枝を田舎代表に抜擢するのはバイアスがかかり過ぎな気もするけどねと最後に溢しながら話をまとめる。

「はいはい」

 そんな事はどうでもいい、と切り捨てるようにそう吐き捨てる。そしてその言葉に続けるように、
「で、もう一つの質問についてはどうなんだ?」
 と花山から視線を逸らしながら尋ねる。

 これからが本番だ。そう自覚すると同時に緊張からか心臓が早く脈打ち、口は乾くのを感じた。

「……僕が時枝の家に行った理由、ね」

 花山はそこで少し口ごもる。それは花山の頭の中で考えている事を話すかどうか迷っているようだ。
 その様子を黙って見守っていると少し間を開けてから花山はゆっくりと話し出した。

「僕に弟がいるんだ」
「…………」
「合宿の時の写真を弟に見せた事があるんだけど、その時に東雲さんを指差しながら弟が言ったんだ。『この人って星野志乃さんじゃない?』って。
弟は星野志乃のファンって言うのもあって気付いたんだと思う」

 鋭い弟だな。ファンであったとしても簡単には気付けないだろうに。
 いや、むしろ本人に会わず写真だけ見たからこそ気付けたのだろうか?

「それと弟は今入院しているんだ。……いや、厳密に言うと今は家に帰ってきているんだけど、また入院する事になると思う」
「…………」

 話の意図が読めない。今している話からは花山に病気の弟がいるという事とその弟が星野志乃のファンという事しか伝わらない。
 いつもの花山とは異なる切れの悪い発言に対して食い掛るように質問をぶつける。

「こう言う言い方はどうかと思うんだが……、結局何が言いたい? 脈絡のない無意味な会話なんて花山らしくもない」

 普段自分を揶揄っている事に意味があるかと言うとない気もするが、少なくとも大事な話をする時に無意味な話はしないだろうという勝手な予測の上で発せられた言葉だ。

「僕の家は今弟中心の生活でね。両親はいつも弟の事を気にしながら生活しているんだ。だから、……僕も弟の為に出来る事はしてあげた方が良いかなってね」
「弟の為に出来る事?」
 
 そう聞き返すと花山は立ち止まる。そしてまた一瞬話すのを躊躇ってから口を開く。

「東雲美咲と星野志乃の関係について調べる事」

 それを聞いて眉を顰める。

「それが盗み聞きまでして確認したかったこと、か?」

 そう聞いた瞬間、少し空気が引き締まったのを感じた。曇天の空の下に吹く風はやはり冷たい。

「そうだ。時枝にとってくだらない事だと思っていても僕には大事な事なんだよ」

 花山は開き直ったかのように凛とした表情で自分の眼を見て強めの口調で発言する。しかし、その必死さはむしろ花山らしさを損ねている。

 どの言葉が一番花山に届くのだろうか。
 その事を意識しながら次に投げかける言葉を考える。

「……例えばそれが相手が大事にしている事を侵していたとしても?」
「それは……」

 やはり何処か花山の歯切れは悪い。それに弟の事を話す花山の表情は何処か暗く覇気がない。

「ここ数日花山と離れてみていくつか思った事があるんだ」

 そう言いながら周囲を警戒する。まだ住宅街という事もあるのか幸い周囲には誰もいない。

「今更隠す必要もないから話すが、彼女は自分が星野志乃である事を隠して普通の学生生活を送りたがっていた。自分はそれをとある事情で知ってしまったためにその埋め合わせとして彼女の手助けをするよう約束していた。
 だからこそ無理やりそれを暴こうとした花山に対して怒りも覚えたし、軽蔑もした。それは東雲が大事にしようとしていた事を侵そうとしていたからだ。

 ……でも、ここ数日で別の考えも出てきた」

 そこで一つ間を置く。

「少なくとも自分が友人と認めた人が何故そんな非常識な事をしたのか、についてだ。自分の知っている花山は少なくとも人の嫌がる事はしないし、人が嫌がる事に気付かないような奴じゃない。
 という事は、その非常識を侵してでも知りたい事があったという事だ。それがさっき言っていた弟のためって事か?」

 そう言って花山の眼をじっと見る。花山も負けじと自分の眼を見返す。一見互いに目を見て語り合っているようにも見えるが、すぐに発言しないという事はそれが出来ない状態という事だ。
その沈黙の間に何を考えているかはわからないが、声を発したい気持ちをグッと抑えてただじっと待つ。

 この沈黙は花山にとって大事にものを考える時間となっているはずだ。
 でも、これが正しいやり方かわからない。その事に冷える朝にも関わらず朝が背中を伝っているのを感じていた。

「……そうだ。弟は身体が弱いんだ。何かをしてあげたいっているのは間違っていないだろう?」

 花山が発言するまでの時間は精々一、二分程度だろう。しかし、体感ではそれ以上の時間を感じていた。

「そんなの知らないな。自分に弟はいないし。ただわかる事は、先の件は花山が本当にしたかった事じゃない可能性があるという事だ」
「ほう、なんでそう思う?」

 堂々と言い切る自分に興味を持つように花山は聞き返す。

「だっておかしいだろ。盗み聞きなんて下手したら友情だって壊れかねない所業だ。まして同じ写真部員の秘密を探るのはリスキー過ぎる。今後の部活運営にも関わってくる事だからな。花山にその事がわからない訳がない」
「それは買い被りすぎだよ」
「いや、そうでもない。だって東雲の秘密を誰にも話していないだろ。もし誰かに話していたのならすぐ噂になる」
「確かにそうだね。……でも、弟には話しているかもしれないよ?」

 花山は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう切り返す。
 弟の事までわかるはずもない。素直にわからない事を認めた上で言葉を返す。

「……そこは花山を信じるしかないな」

 他人任せな解答に花山は少し驚いたような表情を見せる。しかし、すぐに噴き出すように笑う。

「なんだかえらく信頼されているみたいだね」
「別に。なんの根拠もなく適当に言っている訳じゃない。そもそもこれだけ弟の話をしているのに大事なものを聞いて即答出来なかった時点で何かあるとは感じていた。
 それはつまり弟に東雲の秘密を話して弟との関係を取るか、東雲の秘密を守るかで迷っていたからじゃないか?」

 自分なりの推測に花山は驚いたような少し嬉しそうな表情をする。

「流石だね」
「別に」
「いやいやびっくりしたよ。正解か不正解かは置いておいて一応理屈は通っているし。完敗だね」

 そう言う花山だが全く悔しそうな素振りは見せない。むしろ悩んでいた事が暴かれて清々しささえ感じているようにみえる。

「勝負しているつもりはないんだけどな。ただ、ずっと喧嘩しっぱなしっていうのも嫌だっただけだ」

 そうとだけ言って前を向く。流石に格好を付けすぎて恥ずかしくなってきた。

「まあ、要は東雲と自分の都合があったように、花山にも何かしらの理由があって盗み聞きをしていたのなら頭ごなしに花山の事を否定するのは違うなと思っただけだ。それに結果的に秘密は守られている。
勿論盗み聞きしたという事実は許せないけどな」

 そう言うと背後で花山が小さく、そして徐々に大きく笑い始めるのが聞こえた。その声は日が高く上りつつある町中へと響く。
 身体に溜まっていたものを吐き出すかのように暫く笑った後、ようやく花山は自分に話始めた。

「時枝」
「…………」
「謝るの、下手すぎ」

 まだ笑いながら花山は揶揄う。

「……別にどうだっていいだろ。それに自分は謝ったつもりはない。むしろそちら……」
「ごめんよ。時枝」

 ようやく笑い終えたのか、自分の言葉を遮って爽やかな声で花山が謝罪する。

「時枝は良い人だね。東雲さんの事もしっかり考えていて、今度は僕の事もしっかりと考えてくれていたんだね」
「まあ、な。別に花山の為って訳じゃないが」
「なるほど。これがツンデレってやつだね。でも、男のツンデレって需要あるのかな?」

 そう意地悪そうな笑みを浮かべて揶揄ってくる様子はいつも教室で揶揄ってきている花山を連想させた。
 その事に少し嬉しさを覚えつつもいつも通り振る舞う。

「別に自分はツンデレじゃないし、そもそも勝手に分析するなよ」
「別にいいでしょ。時枝なら」
「良くはない」
「じゃあダメでもない訳だ」

 そう言って花山はニヤけ顔を作る。屁理屈をこねる花山を相手にした所で有意義な時間になる訳でもない。

「……もう好きにしろ」

 そう吐き捨てるように言う。

「じゃあそうさせて貰おうかな」

 花山の暗い表情が消えたのを最後に横目で見て改めて高校へ足を進めた。
 その時ふと眩しさを感じて空を見上げる。いつの間にか空を覆っていた曇天徐々に薄くなっており微かに青空が隙間から見えている。
 天気予報的に言えばまだ曇りの段階だろう。しかし、徐々に白み始める雲を見てまるで自分達の関係を表しているようにも見えた。
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