はなぞら日記

三ツ木 紘

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燃ゆる炎に夢見てますか?

燃ゆる炎に夢見てますか?⑨

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 一日目のトリを飾るバンドが最後の曲を演奏し終える。彼らは三年生によるバンドグループであり、素人である自分にも下級生との違いを感じさせる圧巻の演奏だった。

 そんな彼らは顔を上げて爽やかな笑顔を浮かべて観客席に手を振る。

 観客席にいる学生達もそれに答えるように拍手を送る。
 どこからか、「お疲れ!」や「かっこい~!」と言うような感想が聞こえてくる。

 そんな観客の声を聞きながら彼らは名残惜しそうに舞台の上に立ち続ける。そんな姿を自分達も写真に収める。
 
 しかし華やかな時間も終わりは迎えるもので、自分の隣にいる生徒会の生徒が撤収を表す合図を下から舞台へ送り始めた。
 一番前に出ていたボーカル担当の男性はそれを理解したように頷き、他のバンドメンバーにそれを伝える。

 そして数十秒もしないうちに彼らは高校生活最後の舞台を降りた。

 高校三年間のうちトップクラスに大きなイベントである文化祭は人生で三回しか経験しない。
 その一つ一つが彼らの大事な経験であり、人生の一つなのだろうという事はわかる。

 もっとも頭で理解しているだけで実感した事はない。だからこそ彼らがどうして最後に涙を流していたのかはわかるが、どうして涙を流すに至ったのかはわからない。
 今まではそんな事に全く興味がなかった訳だが、今はそれに少し興味がある。その事に我ながら驚いていた。

 舞台から彼らが完全に下り去った後、ゆっくりと幕が下りていく。その様子を見て前から出口が見えない程に埋め尽くした人達は徐々に体育館を後にする。

「最後、良かったですね」

 東雲は感動したと言わんばかりにそう話しかけてくる。

「そうだな。流石三年生って感じだな」

 そう率直な感想を述べる。東雲はそれに強く頷く。

「そうですよね。音の一つ一つから彼らの魂の叫びのようなものが聞こえてきました」
「詩人みたいな表現だな」
 
 小さく笑みを浮かべてそう揶揄う。

「そう、ですね。でも、実際そうだと思いますよ。何というか、彼らの三年間を込めた演奏っていう感じでしたね」

 東雲は目を閉じてその光景を思い返しながら表現する。

「東雲はそんな風に感じたんだな」
「はい。時枝さんはそう感じませんでしたか?」

 東雲は興味ありげに聞いてくる。
 その屈託のない瞳に眩しさを感じて目を逸らす。

 正直な所、先程の音楽からそう言った事は感じ切れていない。それは彼らの演奏に気持ちが籠っていないだとか、東雲の感覚が間違っているというのではなく、ただ自分の感性の未熟が原因にあるのは自覚していた。

「正直その辺りはよくわからなかった」

 少し目線を落としてそう言う。そして続けて東雲に質問をぶつける。

「具体的にどこでそんな感じがしたんだ?」

 それを聞いた東雲は少し考えた後、
「音の強弱とか身体による表現とか、ですね。後は表情でしょうか?」
 と自問自答しながら答える。

「表情?」
「そうです。なんというか本番で緊張していたと思うんですが、吹っ切れたような清々しさがあった気がします」

 少し自信なさげに言う。

「なるほどな」

 そう返すが、正直な所全くわかってはいない。しかし、聞いている限りこれは言葉で説明するものではなく心や身体で感じるもののような気がした。

 体育館を見渡す。
 東雲と話している間に大多数の人が出ていったようで生徒会の生徒が一生懸命清掃をして明日の準備を整えている。

「そろそろ自分達も出るか?」

 周囲の状況を見つつ東雲に確認を取る。

「そうですね」

 東雲はそう返事をして足元に置いていたカメラの機材を鞄に仕舞う。それをものの数秒で終えて、素早く立ち上がった。
 それに合わせて自分も立ち上がる。元々機材は持ち込まずカメラだけだったので随分を身軽だ。

「では、行きましょう!」

 東雲は笑顔でそう言って先を歩き始めた。

 体育館を出ると日は西に傾き、空は夕焼けによりオレンジ色に染まっていた。太陽はいつもよりも大きく、まるで地上を名残惜しんでいるようにも見える。
 そんな様子を横目に見ながら東雲に話しかける。

「そう言えば今日東雲は何処を回っていたんだ?」

 そう尋ねられた東雲は少し嬉しそうにしながら、
「色々回りましたよ!」
 と声を跳ねさせる。

「それこそここも行きましたし、あそこの出店も回りました」

 そう言いながら体育館前に出店していた出店を指差す。中には海老根とともに参加したスーパーボール掬いの屋台も含まれていた。

「それは良かったな」
「はい!」

 そう返事をする東雲は満足そうな笑顔を浮かべていた。

 その笑顔を少し見ながら校舎内に入る。   
 校舎内は多くのクラスが出店を出しているが、どの出店も文化祭一日目の予定を終えて一日目の片付けを行っている。
 その姿は昼の活気を取り戻しているようだった。校舎内へ散って文化祭を楽しんでいた人達も戻ってきているのだからある意味そうなるのは必然だ。

 自分とともにそんな様子を見ていた東雲はふと思い出したように話しかけてくる。

「あっ! 私達もクラスに帰らないといけないんでしょうか?」

 しかし、それについてはすでに青木から聞いている。

「いや、別に大丈夫だ。部活が忙しい人は教室に戻って来なくていいってさ。と言っても東雲は明日もシフトがあるし、不安だったらクラスの方に参加するか?」

 そう尋ねると東雲はすぐに首を横に振る。

「いえ、いいです。詳しい話はまた後で話を聞いてみます。それよりも今は部活の方が気になるので」
「そうか」

 東雲の言っている事もわかる。
 遂に明日は花山が戻ってくるのだ。当然部活動としても動き方は色々と変わってくるかもしれないし、個人的にも花山にはどんな事情があったのかを聞くという目的もある。

 そんな事を東雲も考えていたようで、
「明日、花山さんが戻ってきますね」
 とポツリと呟く。

「そうだな」

 それについて答えるつもりはないと言わんばかりに素っ気なくそう返した。

 そうしている間に階段を登り終えて五階に到着する。皆それぞれの教室に戻っているのかラウンジには誰もいない。
 その様子を確認した後、部室を目指した。

 そこに到着すると丁度部室の鍵を開け終えた所の海老根と出会う。

「あ、凛さん」

 そう声を掛けられた女性はこちらを振り返る。

「あ、美咲ちゃん」

 海老根はそう言って笑顔で東雲を出迎える。一方で自分を見た時には鋭い目で睨まれた気がした。

「美咲ちゃんどうしたの?」
「先程まで体育館で時枝さんと写真を撮っていたんです」
「な、……なるほど」

 無自覚にそう話す東雲に海老根は少したじろぐ。
 それでもすぐに気を取り直し感想を尋ねる。

「それで、良い写真は撮れた?」
「はい! 撮れましたよ」
 嬉しそうにそう言って東雲は鞄に入れていたカメラを取り出そうとする。
 それを遮るように声を掛ける。

「まあ、待て。どうせ部室の前まで来ているんだから後でみんなと一緒に見ればいいだろ?」
「それもそうね」
 海老根はそれに同意する。そして鍵を開けた部室の扉を開けた。

 中には誰もいない。
 と言うよりはこの部屋は内側からは鍵を掛ける事が出来ないので当然と言えば当然だ。

 部屋に入ると各々は荷物の整理を進める。自分の場合はカメラを鞄に仕舞うだけで十分だが、東雲は何やらよくわからないものも持ってきており片付けに難航しているようだった。

「海老根はそれだけか?」

 早々に準備を終えて椅子に座っていた海老根に話しかける。

「そうよ。さっきまでクラスのシフトが入ってたから、向こうの仕事をする前に機材は粗方片付けておいたのよ」
「準備が良いな」
「そうでしょ」

 海老根はそう言って誇らしそうにする。

「やっと入りました!」

 そんな声が斜め前から聞こえてくる。どうやら苦戦していた荷物をようやく入れ終えたようだ。その代わりに東雲の鞄は悲鳴を上げそうな程パンパンに膨れ上がっていた。

「つ、詰め込んだね」

 想像以上の状態だったのか海老根は少し引いた様子を見せながら感想を伝える。

「何とかなりました。……詰め込みすぎましたね」

 改めて自身の鞄の状態を見ながら東雲は苦笑いを浮かべた。

「でも、それを今から持…………」

 海老根がそう言いかけた時に丁度部室の扉が開く。そして申し訳なさそうに山吹が部室に入ってくる。

「ごめんなさい。今取り込み中だった?」

 海老根はそれを慌てて否定する。

「いえ、そんな事はないですよ」
「そう、それならよかった」

 山吹はほっとした様子を見せる。

「それじゃあ、みんな疲れているだろうし、さっさとミーティングを終えて帰ろう」

 山吹は周囲を、特に自分の事を見ながらそう話を切り出す。

 確かに疲れてはいるが、そこまで顔に出ているのだろうか?

 少し驚きはあるが、疲れている事は事実であり否定はしない。

「明日の予定だけど、基本的には前に話した通り、午前は東雲さんと海老根さんでお願いね。私も色々と行った先で写真を撮る予定だけど、色んな風景が欲しいから。
 午後からは時枝君と海老根さんでお願い。それと昼過ぎから花山君もクラスの仕事を終えてこっちへくるみたいだから、花山君が終わり次第みんなで交流して後夜祭に備えましょう」

 後夜祭? 

 聞きなれない言葉に首を傾げる。
 しかし、海老根と東雲はそれについて知っているのか山吹の言っている事を納得するように頷いている。

 手を挙げて質問するか否か。そこで少し迷ったが、知らないまま通す方が怖い。
 そう判断し手を上げる。

「どうしたの?」
「あの、後夜祭って何ですか?」

 そう質問すると海老根が山吹の代わりに口を開く。

「簡単に言えば焚火ね」
「焚火?」
「そう。この辺りの田んぼで取れた稲藁をまとめて燃やすのよ。一か所に纏めた方が早いし楽でしょ?」
「まあ、確かに」

 そう言って一度頷く。

「昔からやってたんだけど……、まあ、翔は興味ないわよね」

 小馬鹿にするように海老根は自分を見る。しかし、実際この町でやっている出来事であるにも関わらず、それを知らなかった身としては反論出来ない。

「そうそう。そういう訳で実は農家の方も集まったりするから写真部も一緒に写真を撮らせて貰うって事で」

 そう言って山吹は海老根の話に補足を入れた。

「他にわからない事はある?」

 山吹は三人を見ながらもう一度尋ねる。しかし、特に反応する人はいない。

「オッケー。じゃあ、今日はもう解散にしましょう。明日も一日頑張っていきましょう」

 そう言って山吹は解散の合図を告げる。長い一日はこうしてようやく終わりを迎えた。

 それを受けて鞄を背負う。その様子を見て海老根が話しかけてくる。

「あれ? 翔はもう帰るの?」
「……? 逆に帰らないのか?」

 大事な用事でもあったっけ? と考えながらそう尋ねる。

「いや、教室の出し物とか大丈夫なんかなって」

 そういう事か。

「それなら大丈夫。今日でクラスのシフトは全部片付けてきたからな」

 海老根は珍しいものを見るような、呆れるような、そんな複雑な顔をする。

「……それで今日あんなに長く仕事をしていたのね。……なんか納得」
「まあ、そういう訳だ」

 それだけを言い残して部室の扉へと向かう。その様子を見て海老根は東雲にも話しかける。

「美咲ちゃんはどうするの?」
「私は一度教室に帰って友達に変わった事がないか確認する予定です。私は明日シフトが入っているので」
「そう。じゃあ途中まで一緒に教室に向おうよ」
「はい。それでお願いします」

 そんな風に女子二人は楽しそうに話している。

 ただ途中まで一緒に向かうだけで何が楽しいのだろうか? 

 そんな事は思ったとしても口に出さない。
 そんな二人の横を通り抜けて、「じゃあ、お先に失礼します」と残して部室を出る。

 廊下にはまだ地上にしがみついている夕日が光を届けている。しかし、それも時間の問題だろう。
 一度盛り上がったものはいずれ落ち着きを取り戻す。まるで朝に上り、昼を盛りとして、夜に沈む。そんな太陽の一日のような動向をしながら一日目の文化祭は終わりを迎えた。


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