はなぞら日記

三ツ木 紘

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燃ゆる炎に夢見てますか?

燃ゆる炎に夢見てますか?⑤

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 教室へ戻ると、想像よりも人気があり繁盛しているようだった。
 自分の出した案が採用された出し物で人気が出ているというのは嬉しい反面、これから始まる仕事の忙しさを想像して頭を悩ませる。

 そんな感情を携えて布で仕切った店の裏側で着替えを行う。

 着替えと言っても簡単なエプロンを着る程度であるが、それ故にコスプレのようにも見えてしまう。

 その事に一定の恥ずかしさを抱えながらも伝票を持ち、準備を済ます。

「おっ、時枝。似合ってんじゃん」

 自分の様子などお構いなく声を掛けてきたのは杉山勇すぎやまいさむだ。バスケットボール部に所属する身長の高いお調子者である。

 特別仲が良い訳ではないが、試験終わりや長期休み前などで浮かれている時に遊びに誘われた事がある。
 そういう意味では自分が悪目立ちする前から自分の事をしっかり認識している貴重な人物と言えるのかも知れない。

「そうか? それだといいが……」
「大丈夫だって。なんかシックな喫茶店でマスターをしてそうな感じ」

 それならば抹茶の喫茶店で店番していてもおかしくはないのだろうか。その事を素直に受け入れて改めて引き継ぎをお願いする。

「とりあえず今の仕事を教えて貰っていいか?」
「はいはいっと」

 そう言って杉山は仕切っている布を少し捲り、その隙間から表の様子を確認する。

「あそこの女性二人組と男子生徒三人組は注文待ちで、そこのお母様達にはとりあえずやる事はないかな。まあ、追加注文とかあったら受ける形で。残りは注文の品を運ぶ感じでお願い」
「や、やる事が多いな」

 想像以上の繁盛ぶりに少し後悔する。

「まあ、すぐ慣れるって。あと一時間は俺もいるから何かあったら聞いてくれ」
「わかった。とりあえずは迷惑を掛けない程度に頑張るか」
「おう! まあ、所詮は学祭だからな。気楽にいこうぜ」

 気楽と言っても杉山くらい人と自由に話す事が出来れば気楽だろうが、自分にとっては山場だ。

 どうして自分は裏方ではなく接客をしなければならないのだろう。ちゃんと役職会議の時に参加していなかった自分が悪いので苦情を言うつもりはないが、素直に全てを受け入れられるわけではない。

 人に察せられないように小さく息を吐いて裏から表へと顔を出した。

 表の様子は先程杉山が説明してくれたのと変わりはない。それどころか先程注文待ちしていた人達はもう誰かが運んだらしく机の上にカップやお皿が並んでいる。

 その様子を確認していると壁側に控えていたのだろう杉山が声を掛けてくる。

「お、残念だったな。今ちょうど暇になったとこだ」

 爽やかな笑みを浮かべて、そう話しかけてくる。

「そうか、それならよかった。急に仕事が沢山あっても不安になるだけだし」

 とりあえず初手でテンパる未来だけは回避したと安堵の溜息をつく。

「まあ、それもそうか。まずは仕事を見てやり方を学ばねえといけないし。てか、時枝は今日どれくらいシフト入ってんの?」
「十時から十五時」
「ひえ。ほぼバイトと変わらねえじゃん」

 杉山は苦い表情を浮かべる。

「そうだな。そのかわり明日はほぼないけど」
「それはちょっといいな」

 そんな風に談笑していると、服を後ろから引っ張られる。そちらの方を振り向くと怖い顔をした青木が立っていた。

「ちょっとあんた達。仕事しなさいよ」
「いや、仕事って言ってもあんまりなくね」

 杉山は青木にそう返すが、それを聞いた青木はより怖い表情を見せる。

「人の呼び込み。食器を片付ける。少なくなってきた食材、飲み物の補充。さっきから会計してくれている子と交代する。とか色々あるでしょ!」

 いつもからは想像出来ない声音に身を竦ませる。それは杉山も同じようでもう反論しよう意思は感じなかった。

「じゃ、じゃあ俺はとりあえず残りの在庫で少ないのを持ってくるよ」

 慌てた様子を見せながら杉山はこの場から離れる。
 そうなれば青木の視線は自然と自分の方に向く。

「えーっと……」

 そう間を伸ばしながら周囲を見渡す。しかしこの場に新たな需要はなさそうだ。

 その様子を確認して青木を見る。

「……特に仕事はなさそう。……というかさっき入ったばかりだからまだよくわかっていないんだが」

 申し訳なさそうに弁明する。
 すると青木は何かを思い出したのかハッとした表情を浮かべる。

「そう言えば時枝って結構長い時間シフトに入っていたよね?」
「まあ」

 入れたのは青木だろうとは思っていても口には出さない。

「それならさ。今日のシフトの間は会計をお願いしてもいい?」
「ま、まあ?」

 仕事内容がわからないため、一応疑問形で尋ねる。

「会計ならずっと椅子に座っててもいいから」
「そういう事なら別に」

 即決。

「オッケー。決まりね。まあ、五時間も立ちっぱなしで仕事して貰うのは申し訳ないしちょうどよかったわ」
「確かに五時間立ちっぱなしは勘弁して欲しいな」
「でしょ。じゃあ、よろしくね」
「わかったよ」

 そう返して会計をしている人の所へ向かう。

 そこでちょうど先程まで休憩していた男子学生三人組が会計を済ましている所だった。そこで受け答えしている人には見覚えがあった。

 ……いや、クラスメイトに向かって見覚えがある程度ではダメなのだろうが。
 そんな事を思いながら会計が済むまで待ち、声を掛ける。

「……梅野か」

 そう声を掛けられた眼鏡の掛けた真面目そうな女性はこちらを振り向く。
 正直真面? に話したのが夏休みである事を考えると少し懐かしい感じがする。

「あら、時枝君。なんだか久しぶりね」
「実際久しぶりだからな」
「それもそうね。あー、時枝君の彼女見てみたかったなぁ」

 そう言って意地悪そうな眼をしてこちらを見る。

「いや、だから……」

 呆れながらも改めて弁明しようとすると、
「ちゃんとわかってるって。だから大丈夫よ」
 と自分の話を遮りながら補足する。

 わかっているのならこれ以上弁明する必要はないか。

 そう思いながら小さく溜息を付く。

 しかし安堵した自分をあざ笑うかのように、にやけた表情でこちらを見て口を開く。

「彼女の事は秘密にしておきたいんでしょ!」
「いや、だから違うって!」

 咄嗟の突っ込みで大きな声が出てしまう。

 慌てて周囲を見る。教室の中は会話であふれている為並みの話では会話の中に埋もれてしまうのだが、今のは流石に目立ちかねない。
 幸い誰もこちらを見る事なく各々の会話を膨らませている。

 その事に胸を撫で下ろして再び梅野を見る。

「で! 今から梅野の仕事を引き継ぐ訳だが自分はどんな仕事をすればいい?」

 これ以上は梅野に話の腰を折られないように口調を強めて本題に入る。

「時枝君……。もしかして怒った? それならごめんなさいね」
「別に怒ってはいない。でも、流石に早く引き継いでくれないと次の人が来るかもしれないだろ」

 全く怒っていないと言えば嘘になるが、別にそのうち忘れてしまうような事を口に出しても仕方がない。

「それもそうね……。と言ってもやる事って言っても、お客さんが伝票を持ってきてくれるからその分を会計すればいいだけなんだけど。
 あ、あとはノートに金額と人数を記入するくらいね」
「案外シンプルなんだな」
「まあね。だからわざわざ緻密に打ち合わせをする必要はないかな。後はこっちに硬貨が入っていて、こっちにお札が入っているからそれくらい」

 そう言って机の引き出しに入れられたそれぞれのケースを見せる。

「そういった事を引き継げって言っているんだよ」

 呆れながらそう言う。しかし梅野は悪びれる事なく笑顔を見せる。

 まるで何処かの誰かさんみたいだ。
 そう無理やり納得させる。

「じゃあとりあえず交代で」
「はいはーい。折角だし何処か回ってこようかな。時枝君はどこ回ったの?」
「……射的とスーパーボール掬い」
「一人?」
「……いや、部活の子と」
「そう。もしかして女の子?」
「ノーコメントで」
「えっ! もしかして!」

 会計の机をガタンと鳴らして梅野は立ち上がる。

「いいから早く行けって。もうお客さんが来たから」

 女子生徒二人組が席から立ちあがったのを確認し梅野にそう言い放つ。
 梅野もそれを確認したようで先程のように食い下がる事なく、会計の席を譲る。

「もう、つれないなぁ。まあ、いいや。またそう言った事で困ったらいつでも言ってね」
「そうだな。そういう事が万が一あったら相談させて貰うよ」

 そう言い返しながら机の上にお釣りを準備した。
 
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