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空舞う花に願いを込めて
空舞う花に願いを込めて⑧
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いつの間にか当時の情景を思い出すように閉じていた瞼を開ける。
目の前に座る香奈枝はここからでも見えるくらいに涙を溜めており、一方で紅葉は表情に大きな変化は見られない。
しかし、反応に違いはあれど二人ともじっと私の事を見ていた。
「今まで辛かったね……。私達に話してくれてありがとう」
沈黙が流れた保健室にいつも以上に優しい香奈枝の声が流れる。
その一言が、他人に話す事を躊躇っていた私の心を消し去ってくれた気がした。
「むしろ私のこんな話を聞いてくれてありがとね」
「ううん」
そう言いながら首を横に振る。
「何か出来る訳じゃないけどさ。友達が困っている時に話を聞く事くらいは出来るよ。だから”こんな話”じゃなくて”この話”だよ。凛は私達にとってそれくらい大事なの」
香奈枝の目を見る。目の奥が覗けそうな程じっと見つめる彼女の目はそれが偽りでない事を語っているように見えた。
「うん。そうだね」
と相槌を入れた後、
「それなら私も二人にもっと頼ることにするね」
といつの間にか流れていた涙をふき取り、いつもの調子で返事をした。
「うん! それでこそ凛だよ」
香奈枝は満面の笑みを浮かべて言葉を返した。
「凛が元の戻ったみたいでよかったわ」
紅葉が口を開く。
「でしょ! それだったら紅葉ももっと笑ってよ」
そう言って香奈枝は紅葉の口角を無理矢理上げようとする。
「痛い痛い! 私は前からこうだからこれでいいの!」
「えー。もっと表情を豊かにしたら可愛いのに」
「別にこれでいいのよ。というかさっきの”こんな”や”この”のくだりは何よ。よくわからない事で格好つけちゃって」
「こう……、な、なんとなくわかるでしょ。なんとなく自分を卑下するニュアンスの方が”こんな”で、大事な話が”この”だよ」
「うーん。やっぱりわからないわ」
ふふっ。そんな風にして晴れやかな笑声を漏らす。
「凛、どうしたの?」
「ううん。二人の掛け合いが面白くて」
「それはなんだか心外」
「え、いいことじゃない?」
「え、そうかしら」
「そうだよ。紅葉は真面目ぶっちゃって」
「私はこの性格から変わる事がないからこれでいいのよ」
そう言い切る。
「ある意味しっかりしているなぁ」
「まあね。じゃあしっかりしている序に凛に聞きたいことがあるのだけど」
「? 何?」
「凛は翔君とどうなりたいの?」
突然の質問にたじろぐ。むしろこれに平気な顔で答えられるなら最初から相談していないだろう。それくらい難易度が高い質問だ。
再び高鳴る鼓動から目出来る限りを逸らしながら頭を捻る。
「じゃあ、質問を変えるわ。翔君と東雲さんがくっついてもいいの?」
!?
「それはダメ!」
即答。
私自身でも驚くほどの早さだった。
「なるほど。じゃあ、東雲さんよりも早く翔君を射止めたい、と」
「え、いや、そんなんじゃ」
「凛は甘いのよ。人に取られたくないと思っている時点で、好きって言っているのと同義なのだから。もっと自分に素直にならないと」
「……うん。でも翔は……」
「あー。翔君が東雲さんと花火を見に行った事をまだ気にしているの?」
言葉に詰まる。
紅葉は何が言いたいのだろうか。今までの話を聞いていればそれは自明だと思うが何か考えがあるのだろうか。
期待と不安を抱きながら恐る恐る返事をする。
「……そうよ」
「もう。気にしすぎよ」
「え? そりゃあ気にするでしょ。だって好きな人とデートしていたんだから」
香奈枝。少し言い過ぎよ。
「よく考えてみてよ。じゃあ何で翔君は凛の見舞いに来ていたの? 少なくとも何かしら意識していたからでしょ。わざわざどうでもいい人のお見舞いなんて来ないでしょ」
「確かに!」
あまりにも納得の行く答えに声が大きくなる。
「そう。つまり凛と東雲さんは五分五分。……いや、東雲さんに誘われて参加した花火大会と自分から訪れた見舞いを比較すると、自分の意思が籠っている点で凛に分があるわ」
いつもはあまり大きな声を出さない紅葉がはきはきとした物言いで説明していく。頭が良く、いつも冷静な紅葉がここまで真剣に言うからこそ、納得感に深みが出る。
「しかも凛は昔から翔君の事を知っているし、家も近所。これだけヒロイン要素が詰まっているじゃない。普通の漫画や小説なら間違いなくハッピーエンドルートよ」
流石、文学少女。私にはわからない事をスラスラと解説していく。
「じゃあ、今足りないのは何か? それは出会いの場よ。いくらヒロイン要素が詰まっていても出会わない事には始まらないもの」
そこまで言った後、話を一旦区切りじっと私の顔を見る。
「だから凛。写真部に入りなさい!」
紅葉がそう言うとともに保健室の開いた窓から微かに風が入り込んでくる。それは何処か暖かく、そして涼しげだ。その入り込んだ空気が私の身体を、心を、包んでいく気がした。
あれから何を説明されたかは詳しくは覚えていないが、出会いの場を確保するために写真部へ入部すること、陸上部と写真部は両立可能なこと、写真部の部員構成や顧問の先生などなど。
どうしてこんなことを知っているかは謎だが、結局聞くことが出来ないまま二人はグラウンドへと戻ってしまった。
保健室の窓から外を見る。
窓からは体操服を着た学生が大縄跳びをする姿やそれを応援する姿が見える。皆と協力して勝利を目指すその姿はまるで短い学生生活を出来る限り楽しみたいという意思を体現しているかのようだ。
私もこんな所で足踏みするわけに行かない。
そして私は一人ではない。私の後ろには支えてくれる人達がいる。
自分の意志と支え。この二つがあればどこまでも行ける。
……そんな気がした。
目の前に座る香奈枝はここからでも見えるくらいに涙を溜めており、一方で紅葉は表情に大きな変化は見られない。
しかし、反応に違いはあれど二人ともじっと私の事を見ていた。
「今まで辛かったね……。私達に話してくれてありがとう」
沈黙が流れた保健室にいつも以上に優しい香奈枝の声が流れる。
その一言が、他人に話す事を躊躇っていた私の心を消し去ってくれた気がした。
「むしろ私のこんな話を聞いてくれてありがとね」
「ううん」
そう言いながら首を横に振る。
「何か出来る訳じゃないけどさ。友達が困っている時に話を聞く事くらいは出来るよ。だから”こんな話”じゃなくて”この話”だよ。凛は私達にとってそれくらい大事なの」
香奈枝の目を見る。目の奥が覗けそうな程じっと見つめる彼女の目はそれが偽りでない事を語っているように見えた。
「うん。そうだね」
と相槌を入れた後、
「それなら私も二人にもっと頼ることにするね」
といつの間にか流れていた涙をふき取り、いつもの調子で返事をした。
「うん! それでこそ凛だよ」
香奈枝は満面の笑みを浮かべて言葉を返した。
「凛が元の戻ったみたいでよかったわ」
紅葉が口を開く。
「でしょ! それだったら紅葉ももっと笑ってよ」
そう言って香奈枝は紅葉の口角を無理矢理上げようとする。
「痛い痛い! 私は前からこうだからこれでいいの!」
「えー。もっと表情を豊かにしたら可愛いのに」
「別にこれでいいのよ。というかさっきの”こんな”や”この”のくだりは何よ。よくわからない事で格好つけちゃって」
「こう……、な、なんとなくわかるでしょ。なんとなく自分を卑下するニュアンスの方が”こんな”で、大事な話が”この”だよ」
「うーん。やっぱりわからないわ」
ふふっ。そんな風にして晴れやかな笑声を漏らす。
「凛、どうしたの?」
「ううん。二人の掛け合いが面白くて」
「それはなんだか心外」
「え、いいことじゃない?」
「え、そうかしら」
「そうだよ。紅葉は真面目ぶっちゃって」
「私はこの性格から変わる事がないからこれでいいのよ」
そう言い切る。
「ある意味しっかりしているなぁ」
「まあね。じゃあしっかりしている序に凛に聞きたいことがあるのだけど」
「? 何?」
「凛は翔君とどうなりたいの?」
突然の質問にたじろぐ。むしろこれに平気な顔で答えられるなら最初から相談していないだろう。それくらい難易度が高い質問だ。
再び高鳴る鼓動から目出来る限りを逸らしながら頭を捻る。
「じゃあ、質問を変えるわ。翔君と東雲さんがくっついてもいいの?」
!?
「それはダメ!」
即答。
私自身でも驚くほどの早さだった。
「なるほど。じゃあ、東雲さんよりも早く翔君を射止めたい、と」
「え、いや、そんなんじゃ」
「凛は甘いのよ。人に取られたくないと思っている時点で、好きって言っているのと同義なのだから。もっと自分に素直にならないと」
「……うん。でも翔は……」
「あー。翔君が東雲さんと花火を見に行った事をまだ気にしているの?」
言葉に詰まる。
紅葉は何が言いたいのだろうか。今までの話を聞いていればそれは自明だと思うが何か考えがあるのだろうか。
期待と不安を抱きながら恐る恐る返事をする。
「……そうよ」
「もう。気にしすぎよ」
「え? そりゃあ気にするでしょ。だって好きな人とデートしていたんだから」
香奈枝。少し言い過ぎよ。
「よく考えてみてよ。じゃあ何で翔君は凛の見舞いに来ていたの? 少なくとも何かしら意識していたからでしょ。わざわざどうでもいい人のお見舞いなんて来ないでしょ」
「確かに!」
あまりにも納得の行く答えに声が大きくなる。
「そう。つまり凛と東雲さんは五分五分。……いや、東雲さんに誘われて参加した花火大会と自分から訪れた見舞いを比較すると、自分の意思が籠っている点で凛に分があるわ」
いつもはあまり大きな声を出さない紅葉がはきはきとした物言いで説明していく。頭が良く、いつも冷静な紅葉がここまで真剣に言うからこそ、納得感に深みが出る。
「しかも凛は昔から翔君の事を知っているし、家も近所。これだけヒロイン要素が詰まっているじゃない。普通の漫画や小説なら間違いなくハッピーエンドルートよ」
流石、文学少女。私にはわからない事をスラスラと解説していく。
「じゃあ、今足りないのは何か? それは出会いの場よ。いくらヒロイン要素が詰まっていても出会わない事には始まらないもの」
そこまで言った後、話を一旦区切りじっと私の顔を見る。
「だから凛。写真部に入りなさい!」
紅葉がそう言うとともに保健室の開いた窓から微かに風が入り込んでくる。それは何処か暖かく、そして涼しげだ。その入り込んだ空気が私の身体を、心を、包んでいく気がした。
あれから何を説明されたかは詳しくは覚えていないが、出会いの場を確保するために写真部へ入部すること、陸上部と写真部は両立可能なこと、写真部の部員構成や顧問の先生などなど。
どうしてこんなことを知っているかは謎だが、結局聞くことが出来ないまま二人はグラウンドへと戻ってしまった。
保健室の窓から外を見る。
窓からは体操服を着た学生が大縄跳びをする姿やそれを応援する姿が見える。皆と協力して勝利を目指すその姿はまるで短い学生生活を出来る限り楽しみたいという意思を体現しているかのようだ。
私もこんな所で足踏みするわけに行かない。
そして私は一人ではない。私の後ろには支えてくれる人達がいる。
自分の意志と支え。この二つがあればどこまでも行ける。
……そんな気がした。
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