32 / 44
カイセイメモリート
カイセイメモリート①
しおりを挟む
五階への道のりもそろそろ慣れてきた。
最初の頃はどうして他の文化部のように専門棟でないのかと不満はあったが、今考えれば進学棟の最上階で、更にその端にあるこの部室は、放課後になると静かになる。
それ故に、雑音などが一切入ることなく仕事に集中出来るため満足している。
しかし、なぜ文化部は専門棟、運動部は部室棟に部室があるのに、どうして写真部だけが専門棟にあるのだろうか。
そんな疑問を新たに生み出した所で写真部部室前に辿り着いた。
扉を開けるとそこに生徒が二人いる。
一人は窓の外を眺める男子生徒。
もう一人は、机の上に並べている写真の配置に試行錯誤する女子生徒。
その二人は自分が扉を開ける音に反応したのかこちらを見た。
「遅いぞ。時枝」
「時枝さん、お疲れ様です」
二人はほぼ同時に言う。
「すまん。待たせた」
掃除当番だった自分は部活動開始時間を大幅に遅れて参加する。
しかし、先程の様子を思い出す。
「お前ら部活してないだろ」
あえて威圧するように言ってみる。東雲は申し訳なさそうにしているが、花山には全く効いていないようだった。
「いやいや、時枝を待っていたんだよ」
だから僕達は悪くないとでも言いたそうだ。
「自分を待ってどうするんだ」
「結構大事な話」
そう言って花山は、いつもは山吹が使っている机の前に立ち着席を促す。
その目は真剣だ。
自分が椅子に着席すると花山は話を始めた。
「まず、今日、山吹先輩は来ない。だから、こんな話が出来るんだけど」
前置きを挟んで
「みんなに昨日の事で相談がある。一緒に柳原事件の真相を暴いてみないか。
実は昨日、裏掲示板で調べてみたんだけど、柳原事件はあやふやな点が多い。
今流れている噂自体が虚実で、本当の真実があるかもしれない」
昨日の撮影旅行の時に山吹が言っていた柳原事件の事について言っているのだろう。
噂の真実を調べるのは愚の骨頂だと切り捨てようと考えたが、花山の真剣な目を見れば本気で言っているのは間違いない。ならば、こちらも真剣に向き合うのが筋だろう。
「いいか。噂っていうのは殆どが虚実だ。その真実を知った所で面白くも何ともないからな。柳原事件っていうのも所詮は学生が面白おかしく付けただけだ。
だから、噂を調べて花山の言う真相を調べ上げた所でそれもまた虚実かも知れない。噂が噂である以上虚実も真実もないんだよ」
そもそも山吹が三年間調べて出なかった答えを山吹の卒業前までに調べるのは無理があるだろう。
「……そうだね。噂を噂として調べればそうなるね」
花山は自分の意見を咀嚼し、理解した上で述べているようだった。
「その言い方だと、噂を噂以外で調べると言っているように聞こえるが」
花山の口角が少し上がる。
「正解。噂を噂以外で調べるんだ」
「……どうするつもりだ」
「僕達にはもう一つの切り口があるじゃないか」
「…………」
「柳原達也、だよ」
それに、と花山は付け加える。
「柳原達也は確かにいなくなった。
それには必ず誰かが関わっているはずだ。その人物を探し出して、噂になる前の真実を見つけるんだ」
今まで静かに話を聞いていた東雲が口を開く。
「確かにそれならわかるかもしれません。私の祖父母は昔からこの町に住んでいるので、何か知っているかもしれません」
「なるほど。確かに昔から住んでいる人なら何か聞いているかも知れないね。それなら僕は裏掲示板と先生に聞いて回るよ。もしかしたら、先生なら柳原達也の事を知っているかもしれない」
知らぬ間に調査する方向になっている。この空気になってしまうと方向変更は出来ないだろう。
ただ、調べるにしても大掛かりだな。
さて、どうするか。
「……なら、自分は姉貴に聞いてくる。結構顔が聞くんだよ、姉貴は」
「時枝のお姉さんか。どんな感じの人なんだろう」
妄想する花山に、鬼のような人だぞと言おうと思ったが、姉に伝わる危険性があるので封印しておく。
「まあ、なんだ、自分とは真逆のタイプだ」
「なるほど! それなら頼もしいね」
暗に侮辱されている気がする。しかし、姉に尋ねるだけなら家に帰るだけで達成出来る。
花山に言った通り姉の顔の広さは底知れずなので、何かしらの成果は得るだろう。
「じゃあ、各々調べて回ろうか」
花山がそう言うのを皮切りに三人は動き始めた。
家に帰ると早速、姉の部屋に向かい、ノックする。
姉は自由人で好き勝手に行動するが、基本的には素直な人間だ。故に、ノックしても返事がないということはこの部屋にはいないのだろう。
家にいる時は自室に閉じこもる姉が此処にいないという事は外出中なのかもしれない。
小さく溜息をつきながらリビングへと向かった。
「姉貴は何処に行っ……たん……だ」
独り言を呟きながらリビングに入る。
そこには今一番会いたくて、そして一番会いたくない人物に会ってしまった。
「あら、私に会いたいって、翔は甘えん坊ね」
「げっ、姉貴。と海老根姉」
ニヤニヤとしながらこちらを見る姉の隣に幼少期から見慣れた人物がいた。
「こんにちは。お邪魔してます」
すき間のないほど笑みを湛えて海老根姉は挨拶する。
久しぶりに会ったがその様子は相変わらずだ。
海老根姉は海老根凛と異なり、表情の変化は少なく、基本的に笑顔だ。
凛曰く、怒ったら一番怖いと言っていたが怒られた事がないので分からない。いや、出来れば分かりたくもない。
「海老根姉、久しぶり」
「そうよね。一年振りくらいかしら」
「それくらい、かな」
「翔君は変わらないね。凛とは仲良くしてる?」
「偶に学校で会うぐらいだ」
「凛と仲良くしてあげてね」
海老根姉の顔から笑顔が溢れ出る。しかし、すぐにその間に立ち塞がる人がいた。
「はいはーい。翔は自分の部屋に戻ってなさい。乙女の会話に口を挟まないの」
乙女……?
変な疑問が頭に浮かんだ気がするが頭の中のゴミ箱に消し去る。
そんなことより、姉だけでなく、同じ花宮高校出身の海老根姉がいるのなら更に情報が聞けるのではなかろうか。
自分の背中を押し、リビングから退出させようとする姉にストップをかける。
「ちょっと待ってくれ」
「なによ」
姉は不満そうだ。
「姉貴と海老根姉に聞きたいことがある」
姉の押す力が弱くなる。話を聞いてくれるということなのだろう。
「柳原達也もしくは柳原事件について知っていることはないか」
二人は悩むかと思ったが、意外と悩むことはなかった。そして、二人は顔を見合わせる。
「柳原事件って言ったら、今の新校舎に切り替わるきっかけになった事件じゃない」
なんだか新しい情報が出てきたぞ?
最初の頃はどうして他の文化部のように専門棟でないのかと不満はあったが、今考えれば進学棟の最上階で、更にその端にあるこの部室は、放課後になると静かになる。
それ故に、雑音などが一切入ることなく仕事に集中出来るため満足している。
しかし、なぜ文化部は専門棟、運動部は部室棟に部室があるのに、どうして写真部だけが専門棟にあるのだろうか。
そんな疑問を新たに生み出した所で写真部部室前に辿り着いた。
扉を開けるとそこに生徒が二人いる。
一人は窓の外を眺める男子生徒。
もう一人は、机の上に並べている写真の配置に試行錯誤する女子生徒。
その二人は自分が扉を開ける音に反応したのかこちらを見た。
「遅いぞ。時枝」
「時枝さん、お疲れ様です」
二人はほぼ同時に言う。
「すまん。待たせた」
掃除当番だった自分は部活動開始時間を大幅に遅れて参加する。
しかし、先程の様子を思い出す。
「お前ら部活してないだろ」
あえて威圧するように言ってみる。東雲は申し訳なさそうにしているが、花山には全く効いていないようだった。
「いやいや、時枝を待っていたんだよ」
だから僕達は悪くないとでも言いたそうだ。
「自分を待ってどうするんだ」
「結構大事な話」
そう言って花山は、いつもは山吹が使っている机の前に立ち着席を促す。
その目は真剣だ。
自分が椅子に着席すると花山は話を始めた。
「まず、今日、山吹先輩は来ない。だから、こんな話が出来るんだけど」
前置きを挟んで
「みんなに昨日の事で相談がある。一緒に柳原事件の真相を暴いてみないか。
実は昨日、裏掲示板で調べてみたんだけど、柳原事件はあやふやな点が多い。
今流れている噂自体が虚実で、本当の真実があるかもしれない」
昨日の撮影旅行の時に山吹が言っていた柳原事件の事について言っているのだろう。
噂の真実を調べるのは愚の骨頂だと切り捨てようと考えたが、花山の真剣な目を見れば本気で言っているのは間違いない。ならば、こちらも真剣に向き合うのが筋だろう。
「いいか。噂っていうのは殆どが虚実だ。その真実を知った所で面白くも何ともないからな。柳原事件っていうのも所詮は学生が面白おかしく付けただけだ。
だから、噂を調べて花山の言う真相を調べ上げた所でそれもまた虚実かも知れない。噂が噂である以上虚実も真実もないんだよ」
そもそも山吹が三年間調べて出なかった答えを山吹の卒業前までに調べるのは無理があるだろう。
「……そうだね。噂を噂として調べればそうなるね」
花山は自分の意見を咀嚼し、理解した上で述べているようだった。
「その言い方だと、噂を噂以外で調べると言っているように聞こえるが」
花山の口角が少し上がる。
「正解。噂を噂以外で調べるんだ」
「……どうするつもりだ」
「僕達にはもう一つの切り口があるじゃないか」
「…………」
「柳原達也、だよ」
それに、と花山は付け加える。
「柳原達也は確かにいなくなった。
それには必ず誰かが関わっているはずだ。その人物を探し出して、噂になる前の真実を見つけるんだ」
今まで静かに話を聞いていた東雲が口を開く。
「確かにそれならわかるかもしれません。私の祖父母は昔からこの町に住んでいるので、何か知っているかもしれません」
「なるほど。確かに昔から住んでいる人なら何か聞いているかも知れないね。それなら僕は裏掲示板と先生に聞いて回るよ。もしかしたら、先生なら柳原達也の事を知っているかもしれない」
知らぬ間に調査する方向になっている。この空気になってしまうと方向変更は出来ないだろう。
ただ、調べるにしても大掛かりだな。
さて、どうするか。
「……なら、自分は姉貴に聞いてくる。結構顔が聞くんだよ、姉貴は」
「時枝のお姉さんか。どんな感じの人なんだろう」
妄想する花山に、鬼のような人だぞと言おうと思ったが、姉に伝わる危険性があるので封印しておく。
「まあ、なんだ、自分とは真逆のタイプだ」
「なるほど! それなら頼もしいね」
暗に侮辱されている気がする。しかし、姉に尋ねるだけなら家に帰るだけで達成出来る。
花山に言った通り姉の顔の広さは底知れずなので、何かしらの成果は得るだろう。
「じゃあ、各々調べて回ろうか」
花山がそう言うのを皮切りに三人は動き始めた。
家に帰ると早速、姉の部屋に向かい、ノックする。
姉は自由人で好き勝手に行動するが、基本的には素直な人間だ。故に、ノックしても返事がないということはこの部屋にはいないのだろう。
家にいる時は自室に閉じこもる姉が此処にいないという事は外出中なのかもしれない。
小さく溜息をつきながらリビングへと向かった。
「姉貴は何処に行っ……たん……だ」
独り言を呟きながらリビングに入る。
そこには今一番会いたくて、そして一番会いたくない人物に会ってしまった。
「あら、私に会いたいって、翔は甘えん坊ね」
「げっ、姉貴。と海老根姉」
ニヤニヤとしながらこちらを見る姉の隣に幼少期から見慣れた人物がいた。
「こんにちは。お邪魔してます」
すき間のないほど笑みを湛えて海老根姉は挨拶する。
久しぶりに会ったがその様子は相変わらずだ。
海老根姉は海老根凛と異なり、表情の変化は少なく、基本的に笑顔だ。
凛曰く、怒ったら一番怖いと言っていたが怒られた事がないので分からない。いや、出来れば分かりたくもない。
「海老根姉、久しぶり」
「そうよね。一年振りくらいかしら」
「それくらい、かな」
「翔君は変わらないね。凛とは仲良くしてる?」
「偶に学校で会うぐらいだ」
「凛と仲良くしてあげてね」
海老根姉の顔から笑顔が溢れ出る。しかし、すぐにその間に立ち塞がる人がいた。
「はいはーい。翔は自分の部屋に戻ってなさい。乙女の会話に口を挟まないの」
乙女……?
変な疑問が頭に浮かんだ気がするが頭の中のゴミ箱に消し去る。
そんなことより、姉だけでなく、同じ花宮高校出身の海老根姉がいるのなら更に情報が聞けるのではなかろうか。
自分の背中を押し、リビングから退出させようとする姉にストップをかける。
「ちょっと待ってくれ」
「なによ」
姉は不満そうだ。
「姉貴と海老根姉に聞きたいことがある」
姉の押す力が弱くなる。話を聞いてくれるということなのだろう。
「柳原達也もしくは柳原事件について知っていることはないか」
二人は悩むかと思ったが、意外と悩むことはなかった。そして、二人は顔を見合わせる。
「柳原事件って言ったら、今の新校舎に切り替わるきっかけになった事件じゃない」
なんだか新しい情報が出てきたぞ?
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
Y/K Out Side Joker . コート上の海将
高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。
素敵な彼女とオタクの僕のイベリス
梅鬼
青春
年齢=彼女なしの自分だったのだが...高校入学をして、とある女性を助けたら何故か1人の美少女に好かれていた!?僕こと松井秀(まついしゅう)はあの可愛い彼女こと鈴木命(すずきめい)の彼氏として恥じないために努力をしていった....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる