ゆめまち日記

三ツ木 紘

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時回り 空回り

時回り 空回り②

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 ーー翌日。
 午前の授業の終了の鐘が鳴る。

「今日は昼飯どうする?」
「ああ、すまない。今日は今から行かなきゃいけないところがあってな」
「そうか。わかったよ」
   軽く返事を返すと花山は別の友達のところへ声を掛けに行った。

 それを横目に時が来るのを待つ。そう待たないうちに東雲は手に何かを持ち教室から出ていった。

 自分もまるでトイレに行くかのようにふらっと教室を出る。

    教室を出ると東雲が階段を下りていくのが目に入った。その姿を追うために階段の上から東雲の様子を探る。

 どうやら一階まで降りて行ったようだった。
 そこから先の動向はわからなかったが、ここまで来ればおおよその予想は付く。
 階段を降りていき中庭に続く扉を開けた。

 中庭にはいくつかの植物が植えられており花壇などには色々な花が植えられていた。
 周りを建物におおわれたその植物の森は何とも言えない不思議な空間だった。

 今ある悩みや苦悩をすべて捨て去ってここで昼寝でもしたいものだ。そんな思考が頭によぎったが頭の隅に追いやる。

 中庭の奥に入ると花壇のすぐそばに置かれているベンチに座っている人物が見えた。

「ここはいいところだな」
   近付きながらそういうとベンチに座っていた人――東雲は驚きながらこちらを向く。

「時枝さん?! どうしてここにいるのですか?」
「それを聞きたいのはこっちだよ」

   東雲は答えることなく黙ってしまう。一瞬沈黙が流れたが、その時東雲はベンチの真ん中からベンチの端に寄る。
 言葉はなかったが隣にどうぞという意味なのだろう。

   前例があるとはいえ女子の隣に座ると考えると少し躊躇ったが、折角場所を開けてくれたのだからという葛藤が頭の中で起こる。

 結局後者が微妙に勝ち、ベンチの端に座る。
 二人の間にある実際の距離が今の二人の心の距離なのだろう、なんてどこかの小説の一文のようなセリフが一瞬よぎる。

 そんな雑念を振り払う意味でも東雲に声を掛ける。

「これはクラスで聞いた噂なんだが東雲に話しかけても返事が返ってこないってさ。別にその人を嫌っているわけではないんだろ? どうして返事を返さないんだ?」

   ちらりと東雲を見る。何かを話そうとしているようだが言葉がまとまっていないのか言葉を発してはいなかった。

   東雲を待っている間、この中庭の植物たちを見る。花壇や低木などが見られ綺麗に整備されている。
 芝も一部剥げている所は見られるが、しっかり手入れされており、それなりに手間暇が掛かっているはずだ。

 花宮高校にここまで出来るほどの資金はないはずだが、花山に聞いた所によると学校の整備士の趣味らしい。
 公私混同とはこの事だが、それでみんなが幸せになるのならそれでいいのではないかとも考える。

   ようやく今まで口を閉ざしていた東雲が口を開く。

「私、今までは大人の方と話すことが多くて、同年代の子とはあまりお話しする機会が少なかったですし、会話の内容も社交辞令としての会話しか殆どした事がありませんでした。
 そのせいか自分から話すにはどう話せばいいのかがわからなくって」
「でも、クラスの女子が何人か話しかけに行ったって聞いたが」
「はい、話しかけてもらったのですけど……」
   そう言って言葉をつぐむ。
「上手く話せなかったと」
「……はい」
   その言葉を最後に少しの沈黙が流れる。

 何か話を繋ごうと考えるがその後に続けることのできる言葉が思いつかない。

「あの……」
「どうした?」
「時枝さんはいろんな人と仲がいいですよね、特に花山さんとか」

   そんなことはない。そう思ったが何も言わないでおこう。

「まあ、花山とは仲がいい……かな」
「どうしたら時枝さんのように人と仲良くできるのですか?」
   そう言われ悩む。

 どうやって仲良くなるのかと急に言われてもよくわからなかった。
 花山と仲良くなった時はどうやったか考える。確かあの時は花山から話しかけられたはずだ。
 じゃあ他の人は? ……考えてはみたが意識していたわけでもないためよく覚えていない。

「あの……。時枝さん。無理はしないでください」

   心配そうに顔を覗かせてくる。人に心配されるほど変な表情をしていただろうか。

「いや、大丈夫だ」
「すみません、何回も時枝さんに頼ってしまって」

   東雲は少し俯いた。なんだか自分が悪いような気分になり目を背ける。

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
「……ありがとうございます」
   小さく呟くように礼を言う。

 何か気の利いた言葉はないだろうかと思案するが何も出てこない。

 気まずい空気にとりあえず頭に浮かんだ言葉をややぶっきら棒に突きつける。

「今すぐ何か言えるわけじゃないが……。何か共通の趣味とか仕事とかの話をしてみたらいい……んじゃないか」

 そそくさとベンチから立ち上がる。

「……わかりました。ありがとうございます」

   それっぽいことを言ったが、それが出来ていれば東雲も苦労しないだろう。しかし、今はこの場にいることがつらかった。

 中庭を出てすぐ時計を見る。どうやら三十分近く話していたようだ。いや、ほとんど沈黙の時間だっただろうが……。

 これでは昼飯を食べる時間はないなと思いながら階段を上っていると、二階まで上がったときに後ろから声を掛けられる。

「おやおや、時枝が女子と中庭で二人とは……。何をしていたのかな?」

    今までしていた東雲と話していたことを指摘され驚く。声から声の主が誰なのかは予想がついた。
 できる限り動揺を隠すように振舞う。どこまで隠せているかはわからないのだが。

「見ていたのか」
「ああ、あれはうちのクラスの東雲さん……だったかな?」

   じっと花山を見る。若干揶揄っている様子もあるが、基本的には真面目に聞いているようだった。

「……そうだよ。それで、何が目的だ?」
「ひどいね。別に目的なんて何もないよ。ただ、少し気になったのさ。あまり人に関心を持たない時枝が自分の時間を割いてまで人のために動いたっていうことに」

   花山は人をよく見ている。

 確かに花山の言うように自分は人にあまり興味を示さない。かと言って人間関係を疎かにしているわけではないので、しばらく一緒に過ごしていたからといってわかるものではないと自分では思っている。

「よく見ているな、花山は」
「それはどうも」
「ただ単純なことだ。いずれしなければいけない事なら大事になる前に解決する方が楽だろ?」
「ふーん。なるほどね。ところで内容は聞いていいのかな?」
「どうだろうな。それは俺にはわからない。自分の事ではないからな」
「そうか。まあ、何か困ったら相談してくれよ。時枝もそんなに人と話すのは得意じゃないんだろ? 特に女子とはさ」

   少し不敵な笑みを浮かべたまま花山は行ってしまう。あの様子だと話していた内容を察しているのだろう。

 相変わらず察しがいい。

 この観察力と面倒見の良さが花山に友達が多い理由だろう。それ故に少し恐ろしさも感じるが……。

 何がともあれ自分に出来ることは限られている。それでも、できる範囲で協力してやろうという気はあった。

 自分自身人の事情に足を突っ込むのは嫌いだが、苦しんでいる人をほっとけるほど薄情ではない。それに今回の問題に対応しうる宛もある。




 校舎の階段をもう一階上がり普段自分の教室へ向かう方向と逆の方向へと足を進める。

 同じ建物の中、しかも同じ階であるのに普段通らない場所というだけで少し雰囲気が違う。自分達の教室がある一から四組側は教室前でも割と静かで大人しいイメージが強い。
 一方で反対側の五~八組側はやや騒がしい。廊下を歩いていても教室から漏れる声が聞こえている。
 おそらく自分達の教室側が静かであるのは、特進コースである一、二組があるからだろう。騒ぐ人数が減れば必然的に静かな印象が生まれる。

   目的地である一年五組の札がかけられていることを確認してから教室を少し覗く。

 一通り見渡してみた。

 本来ならそこに知っている顔が一人いるらしいのだが、どうやら今はいないらしい。それを確認し身を引こうと扉を閉めたのと同じタイミングで後ろから声を掛けられる。

「ねえ、君」

    突然後ろから声をかけられ、すぐに振り返る。そこには一人の男子生徒がこっちを見ている。背の小さい大人しそうな子だ。

「自分のことか?」
    自分に指差すと彼は頷く。
「僕達の教室に何の用?」
「人を探しているんだ。最も今はいないみたいだけどな」
「そう。いなかったのなら僕が伝えといてあげようか?」
「それは助かる」
「ところで誰を探しているの?」
海老根えびねりんっていう人を探しているんだ。頼みがあるから放課後残っておいてくれって伝えといて欲しい」

   一瞬彼は顔をしかめる。

「海老根さんに……ね。わかったよ」

   何か苦手意識でもあるのかなと思ったが引き受けてくれたのでこれ以上は追及しない。

「そうか、ありがとう」
「ところで君は凛さんとはどういった関係の人?」

 少し悩む。

 関係といわれても特別仲がいいわけではない。寧ろ個人的に苦手な部類だ。
 単純に自分の姉と海老根の姉が親友同士でその流れで知り合いというだけである。
 もし、本当に仲がいいのなら海老根がこの学校に来ていることを知ったのが三日前なんてこともなかっただろう。

「関係……か。まあ、小中学校が一緒の幼馴染ってやつだな」
「そうだったのか。君の名前……聞いていい?」
「自分は時枝だ」
「わかった。それじゃあ伝えとくよ」

   頼むと言って自分の教室へと戻る。
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