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天下の大商人①
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「間一髪ってところだな。」
聞き覚えのある声が耳を撫でた。
「まさか。」
思わず目を開けた白嬰の視界に飛び込んできたのは広い背中だった。
よもや見間違うはずがない。
白嬰が生まれた時からずっとただひたすら追いかけ続けた男の背中だ。
「親父…」
「おう嬰、無事か?」
白圭は息子の方を向き豪快に笑いかける。
「いてて、なんとか。」
白嬰も負けずと笑い返す。
実際のところ笑うだけでも気を失いそうだった。
肥満に蹴られた箇所は焼き鏝を押し付けられたようにじんじんと鈍い痛みが絶え間なく走り、妙に熱っぽく頭がクラクラし体全体がだるかった。
それでも笑わずには入れなかった。
親父が助けに来てくれた。
そのことがたまらなく嬉しくてどれだけ抑えても体の奥底から喜びが湧き上がってくる。
笑みが漏れてしまう。
一方、肥満は驚愕していた。
今自分の柄を握る手を抑えている男の底が知れない。
ヘラヘラしているが自分を見据える目は一切笑っていない。
十五の時、金目的で民家に押し入りわずか七歳足らずの少女の前で父親を殺し母親も犯して殺した。
その後、ついでにその子も犯した。
泣き叫び抵抗するのが癇に障り顔を何度も何度も殴った。
やがて近所でも美人で評判だった顔が倍以上に膨れ上がる頃には少女は動かなくなっていた。
肥満はその顔を見たとき今まで味わったことがない快感が脳から溢れ出すのを感じた。
まるで脳が蕩けそうだった。
自分より弱い獲物を狩る味を覚えてしまったのだ。
生まれつき言葉が上手く話せず舌足らずだと馬鹿にされ親兄弟からも笑われてきた自分が、恵まれたやつの人生を台無しにすることの面白みに気づいてしまったのだ。
その日から盗み、恫喝、殺し、犯し何でもやった。
生きるためでもあったが何よりあの日味わった快感がやめられなかった。
そのうち自分と同じ目的で犯罪に手を染める兄貴と呼べる人にも出会った。
そんな兄貴の勧めで盗賊にも入った。
その頃にはもう快感が中毒になっていた。
いっとき快感を得てもすぐに乾きが襲ってくる。
もう止まらなかった。
自分は常に捕食者だった。
そんな自分が初めて捕食される食われると恐怖した。
体の震えが止まらない。
額からは粘着質な汗が吹き出してくる。
歯の根が噛み合わない。
この得体の知れない男と対峙しているだけで腰が抜けそうだ。
「で、でめぇはナニモンだ?」
肥満は恐怖でまともに動かない口からやっとのことでその一言を絞り出した。
「俺か?俺はただの父親だよ。」
白圭はポワポワとした音すら聞こえそうなほど穏やかな声音で返す。
…この時までは
「大切なもんを傷つけられて怒り狂うただのな。」
白圭の纏う雰囲気が一変した。
髪は逆立ち天を突く。
目には猛り狂う炎が逆巻いた。
発された怒気は周囲の森を揺らし鳥の群れがいずこかへ飛び立つ。
「ヒィィィィ。」
気づけば叫んでいた。
目からは留めなく涙が溢れてくる。
下着が 生暖かい。
(じにだぐない。)
頭はその想いだけで支配され、白圭から逃れようと掴まれている右手を振りほどこうとした。
その瞬間白圭は掴んでいる肥満の手を柄ごと握りつぶした。
「ギャァァァァァァァァ。」
悲痛な声が肥満の口から漏れる。
ここで降参と叫んでいたら肥満は腕一本で済んでいただろう。
皮肉というほかない。
痛みが彼の恐怖を麻痺させ愚行に走らせた。
「でめぇぇぇぇよぐもよぐもおれのうでを。」
肥満は残った左腕で白圭に殴りかかる。
だが肥満が腕を振りかぶった時にはもう白圭の鉄拳が肥満の顔にめり込んでいた。
「うぶっ。」
肥満の巨体は華麗とは程遠く宙を舞いそこいらの木に衝突しそのまま動かなくなった。
ちなみに木は真っ二つに折れてしまっていた。
そのことからも鉄拳がどれほどの威力だったのか察しがつく。
(恐ろしい。)
そうブルブルと震えている白嬰に白圭がつかつかと近寄ってきた。
「おや…」
「こんの馬鹿たれがー。」
白圭は息子の言葉を遮り頭に鉄拳を振り下ろした。
頭が割れたかと思った。
「いっつ。何すんだよ?」
「何すんだよじゃねえ。旅籠に戻ってみればお前がいねぇ。まだ市場にいるのかと探してもいなかった。んで何かあったんじゃねぇかと心配して情報網を頼ると東門から馬に乗って飛び出していった少年がいたとの情報が引っかかってな。方角的にここだと思って急いで駆けつけてみれば幸燕殿を保護して死にかけてる。結果的には良かったものの一歩間違えれば死んでたんだぞ。」
白圭はそう まくし立てて白嬰をぎゅっと抱きしめた。
「本当に…無事で良かった。」
「親父…」
白圭の腕から暖かい愛情が伝わってくる。
白嬰はやっと気づいた。
自分の軽率な行動で親父に心配をかけてしまった。
そのことが今体についているどんな傷よりも痛かった。
どんな傷よりも心が痛かった。
「親父…ごめん。」
白嬰は心からの謝罪とともに白圭を抱きしめ返した。
そんな光景を幸燕は微笑ましそうに、羨ましそうに眺めていた。
聞き覚えのある声が耳を撫でた。
「まさか。」
思わず目を開けた白嬰の視界に飛び込んできたのは広い背中だった。
よもや見間違うはずがない。
白嬰が生まれた時からずっとただひたすら追いかけ続けた男の背中だ。
「親父…」
「おう嬰、無事か?」
白圭は息子の方を向き豪快に笑いかける。
「いてて、なんとか。」
白嬰も負けずと笑い返す。
実際のところ笑うだけでも気を失いそうだった。
肥満に蹴られた箇所は焼き鏝を押し付けられたようにじんじんと鈍い痛みが絶え間なく走り、妙に熱っぽく頭がクラクラし体全体がだるかった。
それでも笑わずには入れなかった。
親父が助けに来てくれた。
そのことがたまらなく嬉しくてどれだけ抑えても体の奥底から喜びが湧き上がってくる。
笑みが漏れてしまう。
一方、肥満は驚愕していた。
今自分の柄を握る手を抑えている男の底が知れない。
ヘラヘラしているが自分を見据える目は一切笑っていない。
十五の時、金目的で民家に押し入りわずか七歳足らずの少女の前で父親を殺し母親も犯して殺した。
その後、ついでにその子も犯した。
泣き叫び抵抗するのが癇に障り顔を何度も何度も殴った。
やがて近所でも美人で評判だった顔が倍以上に膨れ上がる頃には少女は動かなくなっていた。
肥満はその顔を見たとき今まで味わったことがない快感が脳から溢れ出すのを感じた。
まるで脳が蕩けそうだった。
自分より弱い獲物を狩る味を覚えてしまったのだ。
生まれつき言葉が上手く話せず舌足らずだと馬鹿にされ親兄弟からも笑われてきた自分が、恵まれたやつの人生を台無しにすることの面白みに気づいてしまったのだ。
その日から盗み、恫喝、殺し、犯し何でもやった。
生きるためでもあったが何よりあの日味わった快感がやめられなかった。
そのうち自分と同じ目的で犯罪に手を染める兄貴と呼べる人にも出会った。
そんな兄貴の勧めで盗賊にも入った。
その頃にはもう快感が中毒になっていた。
いっとき快感を得てもすぐに乾きが襲ってくる。
もう止まらなかった。
自分は常に捕食者だった。
そんな自分が初めて捕食される食われると恐怖した。
体の震えが止まらない。
額からは粘着質な汗が吹き出してくる。
歯の根が噛み合わない。
この得体の知れない男と対峙しているだけで腰が抜けそうだ。
「で、でめぇはナニモンだ?」
肥満は恐怖でまともに動かない口からやっとのことでその一言を絞り出した。
「俺か?俺はただの父親だよ。」
白圭はポワポワとした音すら聞こえそうなほど穏やかな声音で返す。
…この時までは
「大切なもんを傷つけられて怒り狂うただのな。」
白圭の纏う雰囲気が一変した。
髪は逆立ち天を突く。
目には猛り狂う炎が逆巻いた。
発された怒気は周囲の森を揺らし鳥の群れがいずこかへ飛び立つ。
「ヒィィィィ。」
気づけば叫んでいた。
目からは留めなく涙が溢れてくる。
下着が 生暖かい。
(じにだぐない。)
頭はその想いだけで支配され、白圭から逃れようと掴まれている右手を振りほどこうとした。
その瞬間白圭は掴んでいる肥満の手を柄ごと握りつぶした。
「ギャァァァァァァァァ。」
悲痛な声が肥満の口から漏れる。
ここで降参と叫んでいたら肥満は腕一本で済んでいただろう。
皮肉というほかない。
痛みが彼の恐怖を麻痺させ愚行に走らせた。
「でめぇぇぇぇよぐもよぐもおれのうでを。」
肥満は残った左腕で白圭に殴りかかる。
だが肥満が腕を振りかぶった時にはもう白圭の鉄拳が肥満の顔にめり込んでいた。
「うぶっ。」
肥満の巨体は華麗とは程遠く宙を舞いそこいらの木に衝突しそのまま動かなくなった。
ちなみに木は真っ二つに折れてしまっていた。
そのことからも鉄拳がどれほどの威力だったのか察しがつく。
(恐ろしい。)
そうブルブルと震えている白嬰に白圭がつかつかと近寄ってきた。
「おや…」
「こんの馬鹿たれがー。」
白圭は息子の言葉を遮り頭に鉄拳を振り下ろした。
頭が割れたかと思った。
「いっつ。何すんだよ?」
「何すんだよじゃねえ。旅籠に戻ってみればお前がいねぇ。まだ市場にいるのかと探してもいなかった。んで何かあったんじゃねぇかと心配して情報網を頼ると東門から馬に乗って飛び出していった少年がいたとの情報が引っかかってな。方角的にここだと思って急いで駆けつけてみれば幸燕殿を保護して死にかけてる。結果的には良かったものの一歩間違えれば死んでたんだぞ。」
白圭はそう まくし立てて白嬰をぎゅっと抱きしめた。
「本当に…無事で良かった。」
「親父…」
白圭の腕から暖かい愛情が伝わってくる。
白嬰はやっと気づいた。
自分の軽率な行動で親父に心配をかけてしまった。
そのことが今体についているどんな傷よりも痛かった。
どんな傷よりも心が痛かった。
「親父…ごめん。」
白嬰は心からの謝罪とともに白圭を抱きしめ返した。
そんな光景を幸燕は微笑ましそうに、羨ましそうに眺めていた。
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