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油断
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女人には何が起こったか皆目分からなかった。
先ほどまで自分はとっくに生存を諦めていた。
助けなど来ないと絶望していた。
だからせめて少しでも恐怖を紛らわせようと目を瞑った。
それなのに目を開けてみれば自分とそう大差ない年の少年が大の大人四人をのしてしまっていたのだ。
「もう大丈夫ですよ。」
少年は微笑みながらゆっくりと近づいてくる。
この少年は何者なのだろうか?
そのような疑問が顔に出ていたのだろう。
少年はハッと気づきアタフタと
「おれっ、じゃなかった僕の名前は白嬰 字あざなを楽と言います。あの決して怪しいものじゃなくてたまたまそこら辺の茂みで一休みしていただけで…」
どうやらこの少年白嬰は女人に自分が賊の仲間か何かだと怪しまれているのだと思っているようだ。
確かに白嬰は怪しすぎる。
状況的に女人に都合が良すぎるのもそうだし、普通に考えて十二、三歳程度の少年が戦い慣れした男たち四人を相手取ってかすり傷一つ負わずに鮮やかに倒して見せたなど到底信じられない。
まるで、 おとぎ話の世界だ。
これならまだ 、賊達の仲間達を騙し女人を人攫いに売り払って儲けを独占しようとするずる賢い少年と見た方が遥かに納得できる。
だが、女人は目の前にいる少年がそのようなことをする人間には見えなかった。
むしろこの少年なら実際にやり遂げてしまったのだろうという根拠のない確信にも似た何かが湧き上がってくる。
不思議な感じだ。
この少年から発する気がそのように思わせるのだろうか?
人を惹きつける魅力のようなものがあるように思える。
この少年なら大丈夫だろう。
安心した途端張り詰めていた緊張の糸が切れ堰を切ったように涙が溢れ出てきた。
そして少年の胸に埋もれ思いっきり泣いた。
少年は何も言わずただ女人を抱きしめあやすように背を叩いた。
何分そうしていただろうか。
落ち着きを取り戻した女人は先ほどの取り乱した自分の姿を思い出し頭から湯気を出すほど羞恥に埋もれながらも少年に心からの礼を言った。
「私は幸燕 字を姫と申します。この度は危ないところを助けていただいて本当にありがとうございます。」
幸燕が自分を信じて名を明かしてくれたのが嬉しかったのだろう。
少年の顔はぱあっと明るくなり屈託無い笑顔になった。
かと思えば何かが引っかかったように突如真顔になり親指と人差し指で顎を縁取りつつ何やら思案にふけり出した。
コロコロと表情が変わる子だなと幸燕が面白そうに見ていると少年は思い出したかのように
「あのもしや楚の懐王のご息女であらせられる幸燕様ではございませんか?」
「はい、いかにも私は楚の第八王女 幸燕です。」
南方の大国 楚に君臨する暴君の誉れ高き懐王の側室の子に幸燕という絶世の美姫がいると白嬰はいつか人伝ひとづてに聞いたことがあり、もしやと思ったのだがやはり当たっていたようだ。
まさかここまで若いとは思わなかったが。
「ではなぜあなた様がこのようなところに?」
白嬰が疑問に思うのも当然だろう。
楚といえば秦、斉に並ぶ超大国であり、ましてやそこの王女など貴族ですらない白嬰には雲の上の人であり本来なら口をきくことすらできないのだ。
親父はどうか知らないが。
「それに関しては今からご説明を。あと、もしよければあなた様の普段の口調で構いません。どうぞ楽にしてください。命の恩人に身分やら礼儀とやらをとやかくいうつもりはございませんので。」
白嬰の見るからにカチコチに緊張したぎこちない敬語がおかしくて思わずクスッと笑ってしまった幸燕はそう提案した。
白嬰は何故わかったのかと不思議そうな顔をしていたが正直ホットした様子で
「じゃあ楽にさせてもらうぜ。」と口調を崩した。
両者の間にあった緊張感がほぐれたようにあたりには和やかな雰囲気がい漂い出す。
しかし、だからこそ視界が開けて気づいてしまったのだ。
白嬰は急に耳の先まで真っ赤になってプイッと顔を横に背けた。
「あっあの、そのあのっその…」
「ん?」
いきなり慌てだした白嬰の姿にコテンと首を傾げながらも呂律ろれつが回らない様子で何やらアタフタと自分の体を指す指につられて目線を下げていくとそこには一糸纏わぬ生まれたままの姿があった。
言うなれば全裸というやつだ。
めくるめく状況下の中自分がひん剥かれたことを忘れていた。
首から上が徐々に赤く染まっていき幸燕は気づけばただ思いっきり叫んでいた。
「きゃああああああああ。」
手で乳房を覆い隠し涙目になって下に座り込む幸燕の喉から発せられる職人の手で作りこまれた管弦の如き美しい声が織りなす悲鳴が森中に響き渡る。
「あっとえっとそうだ!あのこれ。」
白嬰は思い出しかのように華淑に取り付けられた馬具に下げられた袋から裘(毛皮)を取り出し顔を背けながら幸燕に手渡してきた。
その裘は一本一本の純白の毛が二寸もあり、もうすっかり暗くなった森の中でもまばゆい光を放っている。
どう見ても一級品だ。
「まさかそれは狐白裘では?」
幸燕は以前懐王おちちうえから聞いたことがあった。
狐白裘は狐の腋間に微量に生じる柔らかく白い毛を数千匹の狐から丹念に集めて作られた裘でその値は巨城すら買えるほどだと言われている。
大国の王ですら手に入れるのは困難な代物だ。
「そんな物をどうしてあなたが?」
「あー母親の形見だ。といっても顔すら覚えてねぇけどな」
白嬰は事も無げに言った。
「こっ、こんな貴重なもの私ごときが着れませんよ。」
幸燕はブンブンと首を横に振って固辞した。
それも当然だ。
もし少しでも傷をつけたら楚が傾くほどのお金を支払わなければならない。
だが白嬰は
「大丈夫大丈夫。稀有なものほどいっぱい使ってやらなきゃ勿体無い。それにあなたのような佳人かじんに着てもらった方がこいつも幸せだろうさ。ていうか早く着てくれ目のやりどころに困る。」
と言ってグイグイ勧めてくる。
「いやでも…」
といった攻防やりとりが数分続いた後、結局根負けして狐白裘を身につけている幸燕がいた。
「あの…本当によろしかったのですか?」
幸燕はオドオドと何度目かの疑問を口にする。
「本当に大丈夫だってば。あなたも結構意固地だな。」
白嬰は苦笑いしつつ何度目かの返答をする。
「それにしても…」
狐白裘のおかげで一応ダメなところは全部隠れているのだが裘の大きさが幸燕の体を全部覆うまではいかず狐白裘の白さ顔負けの透けるように白い幸燕の足がチラチラとみえていて何というかさっきのとはまた違う意味で扇情的だ。
白嬰の顔が思わず赤くなる。
「あのどうかなされましたか?」
そんな白嬰を不思議に思い遠慮がちに聞いてくる幸燕からさっと目線をそらし華淑の方を向いて誤魔化すように取り付けられた馬具をずらし幸燕の座れる場所を確保する。
「とりあえずあなたを最寄りの街まで連れて行く。詳しい事情はそれからだ。」
「は、はい。」
そう言って小走りしだした幸燕の背後から立ち上がる黒い影があった。
「っ危ない。」
白嬰はとっさに幸燕を押し倒した。
暗闇の中煌めいた白刃が白嬰の髪の先端をさらっていく。
「ごのガキもうゆるざねぇ。ぶぢごろじでやる。」
禿げ上がった頭には無数の血管が浮き上がり、目が血走っていて口から血唾が溢れている肥満は白嬰の体を何度も何度も踏み付ける。
(油断した。)
絶え間なく襲いかかってくる痛みで気を失いそうになりながらも幸燕を抱いて必死に庇う白嬰は遅まきながら自分のツメの甘さに気がつき後悔した。
倒したからといって油断するべきではなかった。
白嬰がその場に留まっていたのはそれほど長い時間ではない。
だから大丈夫だろうと根拠のない自信があったのだ。
もしくは一度自分が建てた作戦がうまくいったことにより心のどこかで慢心していたのだろう。
「ヂッごいづもう動かなぐなった。ぎをうじなっだが?」
肥満は動かなくなった白嬰を見て残念そうに呟き手にしている剣を高く高く掲げた。
「もうじね。」
「お願い、やめて。」
肥満の冷酷な決定も幸燕の必死の嘆願も薄れゆく意識の中にいる白嬰には聞こえなかった。
ただ一つだけ確信があった。
(あっ俺死ぬな。)
せめてこの人だけでもと最後の力を入れ振り絞り幸燕を遠くに放り投げる。
( 俺はここで終わりか。)
幸燕が遠くで泣きながら何かを叫んでいるが白嬰にはもう何も聞こえない。
周囲の光景が全て消え失せ走馬灯が頭をめぐる。
そして白刃が振り下ろされた。
先ほどまで自分はとっくに生存を諦めていた。
助けなど来ないと絶望していた。
だからせめて少しでも恐怖を紛らわせようと目を瞑った。
それなのに目を開けてみれば自分とそう大差ない年の少年が大の大人四人をのしてしまっていたのだ。
「もう大丈夫ですよ。」
少年は微笑みながらゆっくりと近づいてくる。
この少年は何者なのだろうか?
そのような疑問が顔に出ていたのだろう。
少年はハッと気づきアタフタと
「おれっ、じゃなかった僕の名前は白嬰 字あざなを楽と言います。あの決して怪しいものじゃなくてたまたまそこら辺の茂みで一休みしていただけで…」
どうやらこの少年白嬰は女人に自分が賊の仲間か何かだと怪しまれているのだと思っているようだ。
確かに白嬰は怪しすぎる。
状況的に女人に都合が良すぎるのもそうだし、普通に考えて十二、三歳程度の少年が戦い慣れした男たち四人を相手取ってかすり傷一つ負わずに鮮やかに倒して見せたなど到底信じられない。
まるで、 おとぎ話の世界だ。
これならまだ 、賊達の仲間達を騙し女人を人攫いに売り払って儲けを独占しようとするずる賢い少年と見た方が遥かに納得できる。
だが、女人は目の前にいる少年がそのようなことをする人間には見えなかった。
むしろこの少年なら実際にやり遂げてしまったのだろうという根拠のない確信にも似た何かが湧き上がってくる。
不思議な感じだ。
この少年から発する気がそのように思わせるのだろうか?
人を惹きつける魅力のようなものがあるように思える。
この少年なら大丈夫だろう。
安心した途端張り詰めていた緊張の糸が切れ堰を切ったように涙が溢れ出てきた。
そして少年の胸に埋もれ思いっきり泣いた。
少年は何も言わずただ女人を抱きしめあやすように背を叩いた。
何分そうしていただろうか。
落ち着きを取り戻した女人は先ほどの取り乱した自分の姿を思い出し頭から湯気を出すほど羞恥に埋もれながらも少年に心からの礼を言った。
「私は幸燕 字を姫と申します。この度は危ないところを助けていただいて本当にありがとうございます。」
幸燕が自分を信じて名を明かしてくれたのが嬉しかったのだろう。
少年の顔はぱあっと明るくなり屈託無い笑顔になった。
かと思えば何かが引っかかったように突如真顔になり親指と人差し指で顎を縁取りつつ何やら思案にふけり出した。
コロコロと表情が変わる子だなと幸燕が面白そうに見ていると少年は思い出したかのように
「あのもしや楚の懐王のご息女であらせられる幸燕様ではございませんか?」
「はい、いかにも私は楚の第八王女 幸燕です。」
南方の大国 楚に君臨する暴君の誉れ高き懐王の側室の子に幸燕という絶世の美姫がいると白嬰はいつか人伝ひとづてに聞いたことがあり、もしやと思ったのだがやはり当たっていたようだ。
まさかここまで若いとは思わなかったが。
「ではなぜあなた様がこのようなところに?」
白嬰が疑問に思うのも当然だろう。
楚といえば秦、斉に並ぶ超大国であり、ましてやそこの王女など貴族ですらない白嬰には雲の上の人であり本来なら口をきくことすらできないのだ。
親父はどうか知らないが。
「それに関しては今からご説明を。あと、もしよければあなた様の普段の口調で構いません。どうぞ楽にしてください。命の恩人に身分やら礼儀とやらをとやかくいうつもりはございませんので。」
白嬰の見るからにカチコチに緊張したぎこちない敬語がおかしくて思わずクスッと笑ってしまった幸燕はそう提案した。
白嬰は何故わかったのかと不思議そうな顔をしていたが正直ホットした様子で
「じゃあ楽にさせてもらうぜ。」と口調を崩した。
両者の間にあった緊張感がほぐれたようにあたりには和やかな雰囲気がい漂い出す。
しかし、だからこそ視界が開けて気づいてしまったのだ。
白嬰は急に耳の先まで真っ赤になってプイッと顔を横に背けた。
「あっあの、そのあのっその…」
「ん?」
いきなり慌てだした白嬰の姿にコテンと首を傾げながらも呂律ろれつが回らない様子で何やらアタフタと自分の体を指す指につられて目線を下げていくとそこには一糸纏わぬ生まれたままの姿があった。
言うなれば全裸というやつだ。
めくるめく状況下の中自分がひん剥かれたことを忘れていた。
首から上が徐々に赤く染まっていき幸燕は気づけばただ思いっきり叫んでいた。
「きゃああああああああ。」
手で乳房を覆い隠し涙目になって下に座り込む幸燕の喉から発せられる職人の手で作りこまれた管弦の如き美しい声が織りなす悲鳴が森中に響き渡る。
「あっとえっとそうだ!あのこれ。」
白嬰は思い出しかのように華淑に取り付けられた馬具に下げられた袋から裘(毛皮)を取り出し顔を背けながら幸燕に手渡してきた。
その裘は一本一本の純白の毛が二寸もあり、もうすっかり暗くなった森の中でもまばゆい光を放っている。
どう見ても一級品だ。
「まさかそれは狐白裘では?」
幸燕は以前懐王おちちうえから聞いたことがあった。
狐白裘は狐の腋間に微量に生じる柔らかく白い毛を数千匹の狐から丹念に集めて作られた裘でその値は巨城すら買えるほどだと言われている。
大国の王ですら手に入れるのは困難な代物だ。
「そんな物をどうしてあなたが?」
「あー母親の形見だ。といっても顔すら覚えてねぇけどな」
白嬰は事も無げに言った。
「こっ、こんな貴重なもの私ごときが着れませんよ。」
幸燕はブンブンと首を横に振って固辞した。
それも当然だ。
もし少しでも傷をつけたら楚が傾くほどのお金を支払わなければならない。
だが白嬰は
「大丈夫大丈夫。稀有なものほどいっぱい使ってやらなきゃ勿体無い。それにあなたのような佳人かじんに着てもらった方がこいつも幸せだろうさ。ていうか早く着てくれ目のやりどころに困る。」
と言ってグイグイ勧めてくる。
「いやでも…」
といった攻防やりとりが数分続いた後、結局根負けして狐白裘を身につけている幸燕がいた。
「あの…本当によろしかったのですか?」
幸燕はオドオドと何度目かの疑問を口にする。
「本当に大丈夫だってば。あなたも結構意固地だな。」
白嬰は苦笑いしつつ何度目かの返答をする。
「それにしても…」
狐白裘のおかげで一応ダメなところは全部隠れているのだが裘の大きさが幸燕の体を全部覆うまではいかず狐白裘の白さ顔負けの透けるように白い幸燕の足がチラチラとみえていて何というかさっきのとはまた違う意味で扇情的だ。
白嬰の顔が思わず赤くなる。
「あのどうかなされましたか?」
そんな白嬰を不思議に思い遠慮がちに聞いてくる幸燕からさっと目線をそらし華淑の方を向いて誤魔化すように取り付けられた馬具をずらし幸燕の座れる場所を確保する。
「とりあえずあなたを最寄りの街まで連れて行く。詳しい事情はそれからだ。」
「は、はい。」
そう言って小走りしだした幸燕の背後から立ち上がる黒い影があった。
「っ危ない。」
白嬰はとっさに幸燕を押し倒した。
暗闇の中煌めいた白刃が白嬰の髪の先端をさらっていく。
「ごのガキもうゆるざねぇ。ぶぢごろじでやる。」
禿げ上がった頭には無数の血管が浮き上がり、目が血走っていて口から血唾が溢れている肥満は白嬰の体を何度も何度も踏み付ける。
(油断した。)
絶え間なく襲いかかってくる痛みで気を失いそうになりながらも幸燕を抱いて必死に庇う白嬰は遅まきながら自分のツメの甘さに気がつき後悔した。
倒したからといって油断するべきではなかった。
白嬰がその場に留まっていたのはそれほど長い時間ではない。
だから大丈夫だろうと根拠のない自信があったのだ。
もしくは一度自分が建てた作戦がうまくいったことにより心のどこかで慢心していたのだろう。
「ヂッごいづもう動かなぐなった。ぎをうじなっだが?」
肥満は動かなくなった白嬰を見て残念そうに呟き手にしている剣を高く高く掲げた。
「もうじね。」
「お願い、やめて。」
肥満の冷酷な決定も幸燕の必死の嘆願も薄れゆく意識の中にいる白嬰には聞こえなかった。
ただ一つだけ確信があった。
(あっ俺死ぬな。)
せめてこの人だけでもと最後の力を入れ振り絞り幸燕を遠くに放り投げる。
( 俺はここで終わりか。)
幸燕が遠くで泣きながら何かを叫んでいるが白嬰にはもう何も聞こえない。
周囲の光景が全て消え失せ走馬灯が頭をめぐる。
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