キングダム・バルカ〜秦に悪夢をもたらした男〜

貴城 宗

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思考

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どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?
  あの人を助けたい。
  そのために今俺が取れる手段は二つある。
 
  一、急いでここから離れて助けを呼びに行く。
  二、俺が四人を倒して女人を救う。
 
  一つ目は現実的だが最寄りの街までどう急いでも半刻はかかる。
  おそらく間に合わない。
  たとえ間に合ったとしてもあの人の心には一生消えない傷が残るだろう。
  そんなのは嫌だ。

  となれば、取るべき手段は二つ目だがこれはあまりにも非現実的すぎる。
  俺も賈人の端くれとして沢山の国を旅して回り時には積荷を狙った盗賊達とも戦った。
  だが、その時とは状況が違う。
  あの時は常に五人一組で伍ごを組んで戦った。
  しかし、今は一人だ。
  相手が戦い慣れしていなければ俺にも勝ち目はあるがそんなこともなさそうだ。
 
 
  四人の内三人は確実に俺より格上だ。
  特にあの角刈りがやばい。
  一番の手練れだ。
  たとえ一対一さしに持ち込めたとしてもあの人が逃げる時間稼ぎにもならないだろう。
  肥満は頭こそゆるいが体格差で押し切られるのがオチだし長身はこちらの目的ねらいを一瞬で看破し確実に人質にとってくるだろう。
  あいつは人が一番嫌がることそういうのに長けているタイプだ。
  可能性があるとしたらあの痩身だがそもそも一人倒したからといって状況が好転する訳ではない。
  寧ろ悪化する。
  やるのなら刹那のうちに全員倒さなければ俺の首と胴体が泣き別れる。

 
  俺の持つ唯一の利点は奇襲ができることだ。
  言い換えれば戦いの主導権を握れるということだ。
  これは相当の強みだ。
  相手の機先を制することができればどんな弱兵も強兵になりうるし逆に機先を制されればどんな強兵も恐るるに足りない弱兵となる。

  だが、たとえ奇襲に成功し敵を倒せたとしても三人までだ。
  残り一人は体制を立て直し万全の状態で俺と対峙するだろう。
  そうなればこちらにほぼ勝ち目は無い。
 
  ならば自然と攻撃の順番も角刈り→長身→肥満→痩身と限定されてくる。
  しかし、長身を真っ先に倒さなければあの人が人質に取られてしまう。
  だが、角刈りは一人目が倒された時点で即座に状況を理解し戦闘態勢に入るだろう。
  そうなれば勝ち目はない。
 
  チッ、堂々巡りだ。
  どうする?どうする?どうする?どうすればいい?
  焦りがうなじをゾクゾクと這い上がってくる。
  心臓が釣鐘のように早打ち体の末梢まですっかり冷え切っているのに全身から嫌な汗が吹き出てくる。
  急速に思考を巡らせているため頭だけが高熱を発している。
  脳がドクンドクンと脈打ちその度に激痛を運んでくる。
  いつか膨張し破裂しそうだ。
  ダメだ、打つ手がない。
  口の中に熱い血の味が広がる。
  悔しさのあまり噛み締めた唇が切れたのだろう。
  くそっ、どうすればいいんだ。





  白嬰が思考していた時間はものの数十秒に満たない。
  そんなわずかな時間で数千もの可能性をはじき出し一つ一つ脳内で試行し、不可能であるものを潰し可能であるものをさらに突き詰めていくつもの正解へと至っていく武将としての才能は秦国を散々に苦しめることとなるのだがだがこれはまだ後の話である。
 
  今の白嬰にはそんなこと知る由もなく己の無力を呪う暇すら惜しみただひたすら可能性をつかもうと足掻いていた。
  だが、どうしても正解にたどり着けない。
  心が否定していても諦念が徐々に蝕んでくる。
  思考はついに停滞し始め四肢の力は抜けていき内蔵がずり落ちそうな虚無感に苛まれる。
  (やっぱりダメなのか?俺では彼女を救うことができないのか?俺は親父のようにはなれないのか?)
 

  クラクラと目眩がし視界が霞んでいく。
  心が絶望に呑まれそうになったその時、後頭部に鋭い痛みが走った。
  敵襲かと慌てて振り返ってみると華淑がすぐ後ろに立っていた。
  口先からは淡い湯気が出ている。
  つまり、状況から判断すると思考にふけって疎かになった白嬰の背後に回り込んだ華淑が後頭部に見事な頭突き?を食らわしたというわけだ。
  「何すんだよかしゅ…わっぶ」
  男たちに気づかれないように小声で愛馬の蛮行に非難の声をあげようとした白嬰の額にもう一発先ほどより重い一撃が見舞われる。

  額を抑えてうずくまる白嬰の頬を華淑はペロペロと舐める。
  「華淑お前…」
  慰めてくれているのだとはっきりわかった。
  幼い頃から落ち込んでる白嬰を慰める時華淑はいつもこうしてくれた。
  先ほどの頭突きは不甲斐ない自分への喝のつもりだったのだろう。
 
  「ははは、ありがとよ。」
  白嬰は華淑から勇気をもらった。
 
  そうだ。こんなところで絶望してはいられない。
  今なお彼女は必死に耐えているのに どうして自分が諦めていれようか。
  再び思考を巡らせる。
  眼前には先ほどよりも沢山の可能性が広がっている。
  そうだ。一人でやろうとしなくていい。
  すぐ隣には親友がいるじゃないか。
 
  白嬰は親友の頭を撫でながらゆっくりと問う。
  「華淑、力を貸してくれるか?」
  親友は当然だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
 
 
  「そうか、ありがとう。」
  白嬰は屈託無く笑う。
  その脳裏に必勝の策を秘めながら。
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