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番外編 交際後の日常

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 美術部部長の私と天才後輩部員の千晶ちあきが交際を始めてから三ヶ月。
 毎朝早めに学校へ来てお互いをモデルに絵を描くのは私たちの日常になっていた。

 油絵の具の匂いがする美術室で千晶と二人きり。換気のために開けた窓から運動部の生徒たちのかけ声が聞こえてくる。

 今日のスケッチは千晶の提案でお互いの顔の中から好きなパーツを選んで描くことになった。
「僕は『目』にします。絵と向き合ってるときの未羽みう先輩の楽しげな目が大好きなんです」
 と千晶は恥ずかしいことをさらっと言って描き始めた。

 一方、私のキャンバスはまだ真っ白だ。好きなパーツといわれても美少年の千晶はどこを切り取ってもかっこいいから迷うんだよね。

「先輩」

 向かいに座った整った顔を観察していると、ミルクティーベージュの柔らかそうな猫っ毛が揺れた。
 千晶と目が合う。色素の薄い虹彩。ぱっちりとした目を縁取る豊かなまつ毛はお人形さんみたいにくるんと上を向いている。

「手止まってますよ?」

 千晶が鉛筆を下唇に当てて、首を傾げる。
 口角が上がった薄い唇。何度も重ねてきたから知ってる柔らかさをふいに思い出して、私は自分の唇を指でなぞっていた。

「唇を描きたいんだぁ。先輩のえっち」
「うえっ!? ち、違うよ!」
「え……違うんですか? それって僕の唇が嫌いってことですかぁ?」

 出た。千晶の得意技――嘘泣き。

「き、嫌いじゃないよ!」
「嫌いじゃないってことは……好き?」
「そ、それは」

 可愛い年下彼氏の腹の中が実は真っ黒なこと、知ってる。
 けれど、捨てられた子犬のようなこの瞳に私は弱い。

「言ってください、先輩」
「す、好き。千晶の唇描きたいけど、むずかしそうで……」
「じゃあ触ってみますか? 触りたいんでしょう?」
「っ!」

 千晶が前かがみになって顔を寄せる。さっきまで小動物のようだった瞳の奥に劣情を感じた。
 恥ずかしくって直視できない。ぎゅっと目を閉じると、唇に柔らかいものが触れた。
 何度も重なって、優しく吸い付いてくる唇。熱い舌が私の唇を舐めた。キスを深くするときのいつもの合図。力を緩めると、千晶の唇は上唇を食んで離れていった。

「ち、あき……?」
「先輩、これで僕の唇の形も感触もわかりましたか? もう描けますよね」

 緊張と興奮で少し息が上がった私の目を覗き込む千晶は意地悪な顔をしてる。

「ま、だ、わかんない」
「もっとキスしたいの?」
「ん……」

 素直にこくんと頷けば、千晶は薄く笑って今度は耳元に唇を寄せた。

「僕もだぁい好きですよ。先輩の唇も、先輩とのキスもね」
「ひゃっ」

 熱い息が耳にかかる。反射的に逃げようとした私の両頬を手のひらで包んで、千晶は改めて唇を重ねた。

 ――また千晶のペース。きっと私の絵は授業が始まるまでに描き終わらない。いつものことだけれど。

〈完〉
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みんなの感想(1件)

2023.05.21 ユーザー名の登録がありません

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チハヤ
2023.05.21 チハヤ

初めまして。
お読みくださり、お気に入り登録もありがとうございます!
ちょっとエッチで可愛らしいラブコメを意識したお話です。
面白いと言っていただけて嬉しいです!

解除

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