【R18】攫われ聖女は敵国の大魔術師の執愛に溺れる?

チハヤ

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7話 『闇の聖女、電撃結婚!? 悪虐王と育んできた極秘愛!』

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 昼食後、話し合いの末にクロノスは、ヴィルヘルム王国並びにその従属国家からラグランジアに兵を差し向けることはないと約束してくださいました。

 けれど、ラグランジアの脅威はヴィルヘルム王国だけではない。
 国境付近には上級の魔物が多く生息している。同盟を結んでいる隣国フレイアス王国だってラグランジアの結界がなくなれば豊かな資源目当てに攻め入ってくるかもしれない。
 それに、ラグランジアが豊作でいられるのも聖女の守護結界で温暖な気候を保てているからこそ。

 初夜で心を乱され、壊れてしまった守護結界を再構築するのは急務でした。
 私は両手を組んで、遠き祖国に祈りを捧げようと努力している、のだけれど――


「はあ……ルーシー……」

 さっきから私の頭頂部に鼻を押しつけ、祈りの邪魔をしてくる者が一名いる。
 すぅぅぅっ、はぁぁっ、すぅーはぁー。
 目一杯吸い込んでからゆっくり吐き出される熱い息が髪に絡みつきます。

 最初こそ顔の前で手を振ってみたりほっぺたをつっつく程度の幼稚な妨害だった。
 でも集中モードの私が石のように動かないのをいいことに、今では膝の上で横抱きにまでされています。

「ルーシー、顔を上げてくれ。君の顔を見ていないと落ち着かないんだ」
「…………」

 好き放題されるのは不服ですが、こんな妨害行為になど負けるもんですか。

 そう、例えクロノスが衣服越しに腰のラインを撫で回してこようとも。太ももに手を滑らせてこようとも。
 その手がスカートの中に入ってきて、内ももを撫でながら私の中心に向かって進んでこようとも、決して集中を途切らせたりは――

「ひゃっ、駄目!」

 無理です! 集中できるわけがない……!

「陛下、何度も申し上げていますが、邪魔をするのはやめてください」
「そんなに怖い顔をしなくてもいいだろ? 目の前の俺を見ないでよそ事ばかり考えているルーシーが悪い」

 クロノスの膝の上から慌てて降りて正面から見据えると、彼は満足げに笑う。
 クロノスと二人きりの時間にラグランジアの結界を再構築するのは難しそうだ。


 私は昼食後にお茶に誘われて――と言っても強制的に連行されただけですが――薔薇の咲き乱れる庭園に来ていた。
 深みのあるワインレッドの花弁と、黒色の花弁が折り重なって一つの花になっている珍しい薔薇だ。綺麗だけど、毒々しい色だ。

「この薔薇、普通の薔薇じゃないですよね。ヴィルヘルム王国固有のものですか?」
「ああ。この国の国花、ノワールローズさ。年中咲いているよ。地中から魔力を吸ってるんだ」

 ヴィルヘルム王国は大陸随一の闇属性の魔石保有国家だ。この国は地中も大気も闇属性の魔力に満ちている。
 こういった風土柄、闇属性の魔力を持って生まれてくる者が多いのだろうから、魔導軍事大国として栄えるのも必然でしょうね。

「ルーシーの好みではないか。そうだ。国中の薔薇を塗り替えよう。何色がいい?」
「国中の!? いいです、いらないです。自然のままが一番ですから」
「ルーシーがそう言うなら……ノワールローズの棘には毒があるから触らないようにな」
「気を付けます」

 国花なのにおっかないんですね。

「……ところで陛下。お仕事の方はよろしいのですか?」

 初夜の後に気を失った私が次に目を覚ましたのはお昼前、客間のベッドの上でした。
 聖女の正装兼普段着でもある白いワンピースに袖を通し、食堂に入ってからはクロノスと行動を共にしています。
 私に構ってないでそろそろお仕事に戻ったらどうでしょう。

「野暮なことを言わないでくれ。蜜月に働く必要などないさ」

 厄介払いしたいことが見え見えの私の発言にクロノスが口の端を釣り上げる。

「この国は絶対王政なんでしょう? 陛下は何かとお忙しいのでは?」
「アンドレイが上手くやるさ」
「で、でも――」
「そんなに言うなら見せよう。君が必死で守ろうとしているものがどれだけ薄っぺらでくだらない存在か、君は知る必要がある」

 クロノスがそう言って近くの薔薇の花に手をかざすと、薔薇はいくつも宙に浮かび上がり、私たちの頭上で渦を巻く。
 花弁は一枚ずつ解けていって深い赤と黒が空宙で混ざり合う。それはどす黒い液体に姿を変え、テーブルにべしゃっと落ちてきた。


「これは……!」
「ラグランジアで今朝から出回ってる新聞や雑誌を転写したものだ」

『国民に激震走る! 闇の聖女ルシア、電撃結婚!? 内通疑惑は真実だった! 悪虐王と育んできた極秘愛!!』

 薔薇のインクでテーブルの上に直接記された何枚もの記事。ゴシップのような一部の見出しが目立つものの、どれも似通った内容が真面目に書かれている。
 処刑の刻、闇の聖女ルシアは自らの意思で守護結界を解き、悪虐王を招き入れた。そしてヴィルヘルム王国へ嫁入りし、ラグランジアを滅ぼそうとしているというものだ。

 なかでも王家の息がかかった新聞社はヴァルト殿下の新しい婚約者のインタビューを載せています。

『如何にして聖女ルシアは闇堕ちしたのか――真の聖女が語る、闇の聖女に騙され続けた八年間――』

「な、なんですか。このデタラメな主張は……エレノアと私にこんな過去ありませんよ」

 全てが偽りの過去話は置いておくとして……どうやらラグランジアではエレノアが真の聖女として祀り上げられているらしい。
 昨晩に一時的に守護結界を復活させたのはエレノアの功績とされていた。

 王家お抱えの新聞社だけではなく、普段は王侯貴族の不祥事を伝えている新聞社までもが私のことを闇の聖女だと言っているのだ。
 これはヴァルト殿下側のプロパガンダではなく、民の総意に近いということだ。

「言っておくが、俺の考えた捏造記事じゃないよ。現物を見たいなら取り寄せよう」
「信じますよ……これだけの数の記者の文章の癖を真似できるとは思えない。はあ……」

 私は思わず椅子に座り込んで頭を抱える。

「民が私に対して疑念を抱くのは当然です。彼らは私の無実を信じ、私を助けようと処刑台に集まっていた……それがあんな、前代未聞なことが起こったら信じるのは難しいでしょう……そもそもどうしてヴィルヘルムと通じていると疑いをかけられたのか私にはさっぱりわかりませんが……」

「ああ――俺が君の元婚約者サイドに密告したんだ。聖女ルシアがヴィルヘルム王国の者と抱き合っているのを目撃したと」
「はあ!? な、何てことをしてくれてるんですか……!」
「いやあ、遠距離で寂しいから君と少し噂になってみたくてね。でも、証拠を提示したわけじゃない。元より君を疎ましく思っていた王太子側が噂を利用したに過ぎないさ」

 クロノスは私の手を取り、悪びれる様子もなくウインクまでしてみせた。

 邪魔者の私を処刑するためのでっち上げとばかり思っていたけれど、火種は存在した。
 しかしクロノスも言っている通り、火を付けるかどうかはヴァルト王子の手に委ねられていたのに、彼は処刑を決めたのです。

「さあ、そんなことより今から王都に出向かないか? 俺たちは互いを知る必要がある。ヴィルヘルム王国の歴史ある街を見て回りながら語らうのはどうだろう?」
「…………」

 クロノスは誘惑するように手の甲に唇を落とすが、私はどうしても机の上の記事に目を奪われていた。

「ハネムーンに繰り出すのもいいな。ルーシーが望むならどこにだって連れて行くよ」
「――ここから一番近い神殿や聖堂は?」
「王宮内に聖堂ならあるが……」
「そこに案内してください!」

 国境付近の村では侵入してきた魔物による建物への被害があったらしい……人的被害がなかったことは幸いだけれど、今こうしている間にもラグランジアは危険に晒されている。

「ルーシー……君を信じようともしない薄情な連中のためにどうして祈るんだ……」

 ぽつりと呟いてから、わかったと短く承諾してくれた。クロノスは寂しそうな、悲しそうな、初めて見せる表情をしていた。


 ***


 クロノスは途中で補佐官のアンドレイに連行されていったため、聖堂までは侍女のエイプリルに案内されることになった。
 魔物を模した仮面で顔は見えないが、彼女は私と同じ十八歳らしい。高い位置で括った栗毛色の長い髪がさらさらと揺れている。

「エイプリルってもしかして凄腕の魔術師だったりするの?」
「いいえ。私は魔力を持っていないのです。ですが、私には大切な姉が――」
「あー、わかった、わかっていますよ。あなたってなかなかしたたかですよね」
 
 私は仮にも王妃となった身。もっと護衛と監視が付いてもおかしくなさそうなものなのに、野放しにされている。
 この警備なら王宮から逃げ出すことは容易だ。ただ、運良くヴィルヘルム王国を抜けられたとしてもラグランジアに帰るためにはもう一カ国超えなければならない。
 無謀で無意味な脱走劇となる可能性が高い。

「随分こじんまりとした聖堂ね」

 目的の聖堂は庭園の片隅にひっそりとありました。あまり手入れをされていないのか、建物の外壁には蔦が絡まっている。
 王宮内に国一番の立派な神殿があったラグランジアとは対称的です。

「陛下が礼拝に重きをおいていないので年々端に追いやられる一方です」
「そうなの……」

「王妃様っ!?」

 エイプリルと会話しながら両開きの扉を開けると、扉の前に立っていた少年が大きな目を見開く。その顔は化け物でも見たかのようにみるみる青ざめていって、慌ただしく聖堂の奥へと逃げていった。

「ひええっ! 怖い、怖いっ、ごめんなさいい! 殺さないでください!」

「……な、なんだかまた失礼そうな人と出会ってしまった予感がします」
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