【R18】攫われ聖女は敵国の大魔術師の執愛に溺れる?

チハヤ

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1話 私の結界は誰にも破れない……はずだった

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 私の生まれたラグランジア王国は一年を通して温暖な気候に恵まれ、豊かな耕作地とエネルギー資源を保有している。
 おかげで小国ながら、この国の民の生活は安定していた。

 国内が平和な一方、周辺国は血の気が多い魔法軍事大国ばかり。上空を竜騎士の小隊が飛び交っているのは日常茶飯事で、流れ弾が被弾することも珍しくない。
 常に危険と隣り合わせのラグランジアを守るため、結界を張るのが聖女の務めだ。

「……ア……様」

 胸の前で手を組み直す。女神様より賜った祈晶石きしょうせきが手の中であたたかな白い光を放つ。
 祈晶石を通すことで、私の内に眠っている魔力が清浄な光の力へと変換されていくのを感じる。

「ル……シア……ま」

 国土をドーム状に覆っている守護結界に魔力を送り込む。幾重にも折り重なった薄い皮膜の表面に、新たな膜を張るイメージで――


「ルシアさまぁっ!」
「ぶっ!!」

 顔面に突然の衝撃。遠く離れた場所へ向いていた意識が戻ってくる。
 視界を隠していた黒い毛玉を引き剥がせば、目の前に小柄な赤毛の女性が立っていた。私の専属侍女のマーガレットだ。

「ご、ごめんね。結界を強化していたの」
「あなたという方は……こんな時にまで国の心配ですか?」

 マーガレットは腰に手を当て、少し呆れたように笑う。
 ここは王宮の地下牢。私の両手首には重たい鉄の枷がはめられている。
 私はもうじき処刑される身です。

 ――ルシア・ヒルデブラント! 敵国ヴィルヘルムと内通し、国家転覆を企む闇の聖女め! 貴様との婚約を破棄する!

 私が十歳の誕生日に聖女のお役目を継いでからもう八年経ちましたが、私の結界は一度も破られたことがない。
 それが逆に怪しいと。私が聖女になってから平和すぎるのだと。婚約者……いえ、"元"婚約者であるヴァルト王太子殿下から意味不明な疑いをかけられてしまったのです。

 でも、こんな時だからこそ気を確かに持たねばなりません。
 気を確かに、確かに……

「……すみません、ルシア様。何をしてらっしゃるのかお聞きしても?」
「何をって……クゥちゃんをもふっているところです」

 先ほど顔面に飛び込んできた、うさぎほどの大きさの黒い毛玉――クゥちゃんが私の胸の中でくぅんと鳴く。
 つぶらな赤い瞳、翼に似た形の大きな立ち耳、綿毛みたいな真ん丸しっぽ。
 全てが愛らしい!

「ねぇ、クゥちゃんどこにいってたの? あなたが全然会いに来てくれないから、恋しくてたまらなかった!」

 手枷のせいで少し触りにくいが、久しぶりに肌で感じるふわふわの体。クゥちゃんはこの国では貴重な、いえ、どこの国で出会ったって素晴らしいもふもふです。

「コホンッ」

 頬がゆるみっぱなしの私の前で、マーガレットが咳払いをひとつした。

「聞いてください。裏門の門番が馬車を用意してくれました。馬車には王国騎士団の副団長様が待機しています。彼の護衛があれば王都を抜けられるでしょう。王宮には民が押し寄せ、暴動を起こしています。みな、ルシア様の処刑に納得していないのです……特にフレデリック殿下なんて世界の終わりみたいにわんわん泣いていましたよ」
「ああ、殿下ったら……心配しないでと言っておいたのに」

 ヴァルト王太子殿下の弟君、第二王子のフレデリック殿下はまだ幼い。一度泣き始めた彼を笑わせるのはとても大変だ。

「ルシア様、本当にこのまま逃げないおつもりですか?」
「……ごめんね。みんなが私のために動いてくれたこと、本当に感謝してる。でも、ここで逃げたらみんなまで罪人として扱われてしまう。私は何も後ろめたいことはないんですもの。堂々とヴァルト殿下の前に立ち、身の潔白を証明してきます」

 ヴァルト殿下はラグランジアの王となるお方。この国を守りたい気持ちは同じはず。
 話し合えばきっとわかってくれる。

「マーガレット、クゥちゃんをよろしくね」

 処刑の時間だと私を連れに来た衛兵もマーガレットとともにうなだれている。彼もまた、私に逃げてほしいと懇願していた一人だったからだ。
 私は彼の背中をぽんと叩き、自ら進んでヴァルト殿下の元へと向かった。


 ***


 王宮には処刑台も断頭台もない。そのため、かつてヴァルト殿下と婚約発表をした、広い広い正面バルコニーが私専用の処刑の舞台に選ばれました。
 今日は、たくさんの祝福を受けて幸せだったあの日と同じ晴天です。

 ずらりと並んだ処刑人たちの剣の切っ先が私の喉元に向いていても、私は結界の強化に余念がない。
 先代の聖女が、聖女の守護結界は母胎みたいなものなのよと語っていた。

 だから、私はいつだって祈ってる。
 私の胎内で愛しい我が子が健やかに育ちますように。この国と民の未来が幸福に満ちあふれたものでありますように。

「民よ、ルシアが救国の聖女であったのは昔のこと。今やこの女はヴィルヘルム王国と共謀し、ラグランジアを破滅に導かんとする闇の聖女だ! 我が国を守護せし真の聖女はここにいるエレノアなのだ! 私はこの国の慣習に則り、エレノアとの婚約を宣言する!」

 国王陛下譲りの美しい金の髪をなびかせて言い放ったヴァルト殿下の隣には、桃色のドレスを着た可憐なご令嬢の姿があった。彼女のことは私もよく知っている。
 適齢の王太子と聖女が婚姻を結ぶのがこの国の習わし……彼女と一緒になるために私の存在が邪魔だったのかしら。

 国王陛下が体調を崩されてからというもの、ヴァルト殿下の傍若無人な振る舞いは目に余る。これには民衆も我慢ならなかったようで、すんでのところで抑えていた城内の入口が突破されてしまったようだ。

「はっ、早くその女を処刑しろ! 祈晶石さえあれば聖女の役目なんか誰でも務まる! そうだろう? エレノア?」
「え、ええ、もちろんですわ!」

 祈晶石は、女神様から選ばれたたった一人の人間しか使えない特別な魔石。
 聖女ではないエレノアに結界の維持などできるわけもない。聖女候補だった彼女もこのことは知っているはずですが。

「だ、誰でもいい! 早くその女を殺せ!」
「そうです! 偽りの聖女に断罪を!」

 先ほどまで私の喉元を捉えていた剣先は、一つ残らず地に落ちている。怒れる民の声を聞いて、私と殿下のどちらについたほうが身のためか迷い始めているようだ。

「うおおおっ、ルシア様を守れええ!」
「ヴァルトを許すな!」
「聖女を騙る罰当たりめ!」
「この国を破滅に導くのは王太子だ!」
「ヴァルトを殺せ!!」

 民がついにバルコニーになだれ込んできてしまった。このままでは殿下とエレノアは無事では済まないでしょう。

 私は混乱に乗じて、誰にも見られないようこっそりと手枷に意識を集中させる。
 女神様の祈晶石の力をお借りせずに私本来の魔力を放出させるのは久しぶりだけれど、上手くいったようだ。赤みがかった紫色の光に包まれた鋼鉄の枷は粉々になった。

 私が自分自身のために魔力を使い、結界への力を緩めたのはほんの一瞬、一秒にも満たない時間でした。

「みんな聞いてください! 殿下と私の間にあった誤解は解けました」

 ヴァルト殿下は圧倒的な数の暴力を受け、民に揉みくちゃにされながら「そうだ。誤解であった」と必死で叫んでいる。

「見てください。手枷も外してもらったのでもう大丈夫!」

 自由の身であることを示すために両腕を大きく広げ、バルコニーの柵にもたれかかる。
 この様子は階下の民たちも見ている。あとは声が届きさえすればこの場はひとまず収まるだろう。

 思いきり息を吸い込んでから、喉を開く。

「ヴァルト殿下! ラグランジアの民よ!! わたくしルシア・ヒルデブラントはこの国を破滅に導く闇の聖女などではありません! 女神様に誓って、ヴィルヘルム王国とは一切の関わりもな――」

 パリン
 頭の中で、何かが割れた。

「あ……」

 見上げた空が青く澄んでいる。
 初めて耳にした綺麗な音色、それはこの国を守る半透明な膜が壊れた絶望の音でした。

「――俺の花嫁様は勇ましいな」

 背後に、気配を感じた。私の後ろには地面なんかないのに誰かが立っている。
 全身がずしりと重たくなって、ガチガチうるさいと思ったら私の歯の音だ。

 こんなの知らない。
 私の結界はただの一度も破られたことがなかった。誰にも破られることはないと思っていたのだ。
 今、この瞬間まで――
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