【完結】その手を伸ばさないで掴んだりしないで

コメット

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魔人さんと猫。

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「お前はたぶん猫。」
「いきなりなに? 猫? ミャアオ?」
手を丸めて顔の前に持っていき猫の鳴き真似をする男に不覚にもかわいいと思ってしまった。
「いや、職場で動物に例えたらって話になってな。」
「へー。……誰が気まぐれ猫ちゃんだー!」
心外だとばかりに地団駄を踏む男の頭をなでる。
怒りのまま振り払われたのを惜しいと思いながら想像する。
こいつの髪色は黒だから、ベルベットのような質感のそれがいい。
黒の猫耳カチューシャに胸元のみを覆う肩出しのふわふわシャツ、ぎりぎり腰を隠せる丈しかない尻尾付きのショートパンツにニーハイソックス。
手足にはふかふかのねこの手脚を模した男の肌と同じ色の褐色の肉球付き手袋にブーツ。
腰まである黒髪は項で一つに纏め黒のぽんぽんゴムで結んで首には幅広のこちらは目の色に合わせた赤褐色のリボンでもって鈴をつける。リボンは赤でもいいな、きっと褐色の肌に良く映える。
その愛くるしくも恥じらう姿は目を、動く度に軽やかに響く鈴の音は耳を楽しませてくれるに違いない。
それはそれは実にいいのではないかと胸中で喝采した。
絶対に目を合わせてくれないところなんてかわいいと思う。
ふと耳に痛みが走り視線を移せば背伸びをしてこちらの耳を引っ張る呆れた顔をした男がいた。
「なに脂下がった顔してるの。
 なにを考えてるのかわからなくもないけど絶対着ませんからね。」
それは残念だが諦めるには非常に惜しいので曖昧に頷いておく。
「この間、女子高生の格好をしてくれってやってあげたばかりでしょ!?
 恥ずかしいんだよ、ああいうの!!」
わかってる!?と腰に手を当てながら凄む男にあれはあれでよかったなと思い返す。ちょっと古いがギャル風女子高校生の格好をしてもらったのだ。慣れない化粧までしてみせた男気をこそ強く買いたいと俺は思う。
うん、あれはよかった。
恋人の恥じらう姿はまたいつもとは違った趣があっていい。
それがかわいいと称される部類なら尚更でいくら見ていても飽きないしそれを穢す背徳感がたまらない。
まぁあくまで恋人限定の性癖なので許されたいところだが。
結局は俺もこいつに薄汚い欲情を擦り付けていることには変わりがないのでやはり名残惜しいが諦めようと頭を切り替えた。
「猫カフェって知ってるか?」
「また急展開だなぁ。話には知ってるよ。猫がいっぱいいて眺めたりたまに触れたりするところでしょ。」
その認識で大凡間違ってない。恋人をかわいらしく着飾れないならかわいい物を見て相好をくずすところを目に収めたい。
「たまには趣向を変えるのもいいだろ。
 次の休みにでもどうだ。」
「触れたら良いなぁ。ふわふわもこもこ猫ちゃんのかわいい写真、いっぱい撮ってね。」
お前と一緒のならたくさん撮るさ。
そんなことを言えばまた恥ずかしがって怒るだろうから口を噤むが約束だからねと念押しされれば頷かざるを得ない。
まぁ二、三枚ピンで撮ってあとは男と一緒に撮れば怒られはしないだろう、たぶん。



「うわぁ! 猫がいっぱいいる! にゃー!!」
猫カフェに訪れての男の第一声がこれだ。興奮具合がよくわかる。
靴を脱いで上がったのは広い間取りの一室。二重扉になっており中にいる猫が外に飛び出さない作りになっている。壁の至る所にはキャットウォークが張り巡らされ、そこを自由気ままに猫たちが飛び跳ね登っては歩き回っている。床の上は色とりどりのカーペットが敷かれその上でも何匹もの猫がのびのびと身体を伸ばし寛いでいる。
男は部屋の中程までくるとぺたりと座り込みちちちちちと小さく声をかけながら指を差しだし側の猫が近寄るのを待った。
差し出された人差し指の匂いをふんふんと嗅ぎながら近寄ってくる猫―たぶんアメリカンショートヘア―に一瞬にして男は相好を崩した。
「かぁわいい。アキラもおいでよ。一緒に遊ぼ。」
そうしたいが俺は俺で忙しい。スマホのカメラを構えてこちらにすり寄る猫を一枚、続いて猫にメロメロな男を角度を変えて二枚撮る。シャッター音で我に返ったのかきりっとした顔でこちらにピースサインを向ける男に更にもう一枚猫とセットで写真を撮る。計四枚。まだまだこれからだと己を奮い立たせる。これは男公認の写真を撮る機会なのだ、一枚も無駄にはできない。男を満足させる猫の写真も撮らねばならないし責任重大だ。
「おやつあげられるんだ……。どうしようかな。せっかくだしあげてみようかな。」
店員に声をかけおやつを買いもといたところに戻ると猫の大合唱が待っていた。
足下に群がる毛玉の群れ。
耳がカールしているもの、毛が長くふさふさのもの、毛先が短くもビロードのような肌触りのもの、かぎ裂き尻尾をしているもの、お団子のような尻尾を持つもの。
俺にとって猫は猫としか呼びようがなく知っている種類も職場で自慢された一種類くらいだ。あとは皆同じ猫。
そんな猫たちが男の足下に群がりにゃーにゃーみゃーみゃーと鳴いて主張している。
その視線は皆一様におやつを握りしめた男の褐色の右手に突き刺さっており熱視線と言ってもいいくらいの熱量でもって見上げている。
「どうしよう、どの子にあげようかな……。」
しばらくその黒い柳眉を寄せて悩んだそぶりを見せた男だが、意を決して一匹の黒猫に右手を差しだした。
「君に決めました!」
さぁ食べてとしゃがみながら指を広げる。
途端ものすごい勢いで顔を突っ込む黒猫。
「ひゃあ! くすぐったい! 舌、ざらざらしてる!」
見て見てと指さす男に向けてシャッターを切る。
ばしゃしゃしゃしゃしゃと連続で瞬くそれに男が呆れた顔をした。
「君、ちゃんと楽しんでる? 猫ちゃんたち、こんなにかわいいじゃない。ひとなででもしてみたら?」
ねーと黒猫の目を覗き込む男を更にカメラに収める。
そりゃあ金を出してきたんだ、ひとなでくらいはしたいがこんなにかわいらしく相好を崩した恋人をカメラに収めることができるチャンスも逃したくない。
自然、手はカメラにばかり伸びて足下を悠々と通り過ぎる猫を見ているばかりとなる。
不意に黒猫の身体が伸び上がり男の鼻先にその鼻を触れさせた。おいしいおやつをもらってのお礼なのかもしれない。
これもカメラに収め、驚いて目を大きく丸くする男の姿とついで喜びに目を細める姿の両方を写真に撮る。
まぁこれくらい撮れば充分か。
撮り足りないとも思うが男同士で来て片方の写真ばかり撮るのはどう見てもおかしく人の目には映るらしく他の客たちの視線が痛い。
仕方なくあぐらをかくようにして腰を下ろし近くを歩いていた猫の背をそっとなでる。
手が触れる瞬間に背を低くされたために触れることが叶わなかったのに面食らった。
こんなことするのか、猫って。
「避けられてる……。ほらぁ、ちゃんと真っ直ぐ向き合わないから……。」
膝にのってきた上機嫌に喉を鳴らす黒猫をなでる男に揶揄される。
さすが気まぐれ者同士、気が合うのかもしれない。その通りだとでも言うように男の手へと頭を押しつけなでることを強要する猫に男の顔はもうでれでれに溶けている。
このままだと写真を撮るだけ撮ってなにもしないまま出ることになるがどうしたものか。
でも無理矢理追いかけ回してまで触りたいわけじゃないしなによりそれをするのは気が引ける。
にゃーんと声をかけながら自身の三つ編みを猫の顔の前に持ってきて猫じゃらし代わりに振って遊ぶ男を見ながらそう考える。
ぐぅ、かわいいな。ついスマホに手が伸びかけるがぐっと我慢してまた側をうろつく猫に手を伸ばす。
するりと避けるものや大回りまでして歩くものまでいてこれはこれで見ていて面白い。
その様子をくつくつ笑ってみていた男が猫にあしらわれちゃってかわいいの、と小さくこぼした。
「君みたいな大男がこぉんなに小さな猫ちゃんにからかわれてるなんてなんだか新鮮。僕のことをかわいいって言う気持ちが少しわかるかも。」
そうですか。男の言うかわいいは愛しいと同義なので一瞬にして顔に火がついたような熱さを感じて手で覆い隠した。
恋人にかわいいと言われたくらいで顔を真っ赤にするところなんて人に見られたくはない。見せるなら恋人一人だけがいい。
火照った頬を手で仰ぐようにして熱を冷ます。
ふと膝にすり寄るようにして猫が近づいてきたのでその頭をくすぐるようにしてなでた。今度は避けられず柔らかな毛並みを指で梳る。
温かくて柔らかでふわふわとしていてここ十何年と味わったことのない感覚に夢中になる。
いや、男の意外に指通りのいい頭髪をなでているときに近い感触かもしれない。あちらは肌に近いところは温かく毛先にゆくにつれ冷たく縋りつくように指に絡むのがまたたまらないのだが、そう思ったら男に膝枕をしてやって優しくその頭をなでたくなってきた。
今日、家に帰ったら甘えてみるか。そう思いながら猫の頭をなでる。
ここはワンドリンク制なので猫を見ながらお茶が楽しめる。頼んだ紅茶を飲む間も入れ替わり立ち替わり男の膝の上を猫が陣取るのに申し訳ないが嫉妬した。その膝はなかなか楽しめない俺だけのものなのに、猫には許すのか。
「そんな顔しないの。僕の猫ちゃんは嫉妬深いですねぇ。」
と小さくお小言をいただいてしまった。仕方ないだろ、お前限定で俺はどうしても狭量になる。
他人にほんの僅かにだってくれてやりたくない。
その全てを俺の色に染め上げたい。でもそうなった男は俺の愛する男ではないので今のままでいいのかもしれない。
時間が来たので店をあとにする。
「猫ちゃんかわいかったな~。」
大きく伸びをしながら思い出すような声でぽつりと男は呟いた。
「また行くか?」
「ん~当面はいいかな。僕にはこの大きな猫ちゃんで充分だ。」
そう言って伸び上がってこちらの鼻をその指先でちょんと突いた。
言われたこととかわいらしい刺激に目をしぱしぱと瞬かせる。
「そうか。……そうか。まぁ、そうしてくれるとありがたいな。」
照れくさいが男専用の猫であるのも悪くない。
どこか晴れやかな気持ちで駅までの道を二人揃って歩き出した。
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