【完結】その手を伸ばさないで掴んだりしないで

コメット

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魔人のいる生活Ⅲ

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家に帰ると温もりに溢れたいい香りが出迎えてくれた。
ここ数年味わったことのない、誰かの作った食卓を彩る料理の香りだ。
「お疲れさま、おかえりなさい。
 気が向いたからご飯作って待ってたんだけど食べるよね?」
声の調子から釣果は上々だったことが窺える。
玄関から中を覗えば想像通り上機嫌の男と目が合い、出迎えの言葉にただいまと返す。
その男の姿だが、朝方出かけたときとはまったく異なる出で立ちをしていて驚いた。
春らしい薄い水色の長袖のオープンシャツに真っ白なタンクトップ、紺の細身のスキニージーンズに身を包んでいた。
玄関には一足、見慣れないモノクロテイストなスニーカーが並べられており、俺のものより小さいことから男のものだろうと当たりをつけた。
本日の釣果で購入したところを見るに、また出かけるつもりなのだろう。
「はい、これあげる。」
靴を脱いで寝室に向かう途中、何かの紙切れを渡される。
よく見れば宝くじのようだ。
「外れか?」
「当たるよ。ただ、僕が大金を預かるのも何かと問題があるでしょう?
 しばらくしたら当落が出るから換金すれば当面、お金には困らないんじゃないかな。」
当面困らないだけの額面をほいほい人に渡すな。
疑わしくはあるが、少なくとも当初渡した軍資金以上に稼いでこなければ買えない品々を見るにつけ、前日の稼いでくる宣言は本物だったのだと認めざるを得ない。
「はじめからこうしてくれていれば邪険には扱わなかったんだがな。」
「言っておきますけどね、因果律を弄るって結構大変なんですからね?
 そう簡単に何度も繰り返したら君の人生なんて簡単に狂っちゃうんだから。
 だいたいねぇ、お願い事でもないのに僕に能力を使わせるなんて契約違反もいいところだよ。」
はぁーと盛大にため息を吐いてみせる男に確かに言われてみればその通りかもしれないと思い返す。
男からしてみれば、職能乱用と言える事態だ。
俺からすれば居候を養う対価としてわかりやすく金銭を要求したのだが、こいつからすれば金銭を得るには能力を活用するしかなく、仕方なく俺に合わせる形で都合をつけたのだろう。
「それはまぁ……悪かったな?
 何だ、これを一つ目の願い事にしても俺は構わないんだが。」
「構いますぅ! めちゃくちゃ構いますぅ!!
 この程度でお願い事を消費されたら魔人としての沽券に関わりますわ!」
わぁわぁ大声を出して怒りを露わにするところを見るに、男にとっては願い事とは壮大であるべきものらしい。
叶えるなら相応のものでなければ納得しないとは面倒以外のなにものでもないんだが。
適当にいなしつつ寝室に引っ込み部屋着に着替える。
居間に戻っても男の怒りというのか憤りというのか興奮は持続しているらしく、これだから欲の少ない奴は何だとぶつぶつと文句を溢していた。
「全面的に俺が悪かったから席について飯を食うぞ。」
「言葉だけで謝られても許しづらいところではあるけど……それが君の特性なんだものなぁ。
 怒るだけ無駄なんだもんなぁ。
 わかりました、ご飯にしましょ。」
二人して席に着きいただきますと言って食卓に並べられた料理の数々に手を伸ばす。
豚の生姜焼きに山盛りの千切りキャベツ、里芋の煮っ転がしに豆腐とわかめの味噌汁、椀茶碗に盛られた艶々の白米と驚くほどに純和食のラインナップに面食らう。
どこで覚えてきたんだこいつ。
驚きつつも白米を口に入れ、続いて生姜焼きとキャベツの山を崩してこれも口に運ぶ。
生姜焼きの味付けはやや濃いめではあるものの、その分キャベツをたっぷり摘まんで食べればちょうどいい塩梅になり箸が進む。
里芋の煮っ転がしはほろほろと柔らかく、砂糖の甘みと芋本来の甘みが絶妙に絡みあいとてもおいしい。
味噌汁もフリーズドライでないものを飲んだのはだいぶ久しぶりだ。
一人暮らしをはじめた頃に一度か二度作ったくらいでそれ以来はずっと市販品か定食屋で出されたものを口にするくらいだったから、本格的なものを家で飲むのは下手をすると数年単位でなかったかもしれない。
味噌の風味がなんとも芳しく、一息で半分ほど飲み干してしまった。
「見ていて気持ちのいいほどの食べっぷり。
 おかわりあるよ? どうする?」
感心したように呟かれて途端に恥ずかしくなる。
いつもなら食べはじめてすぐに今日は何があったのかと質問責めにされるのにそれもなかったとは、こいつが驚くくらいに夢中で食べ進めていたことの証明に他ならない。
「おかわりよそうぐらい自分でできるに決まってるだろう。」
「そうですか、素直じゃないですねぇ。」
誰が素直じゃないだ。
いやまぁこいつ相手だと調子が狂うというか意地を張りたくなるというか。
更にもう一口含み、咀嚼。
悔しいが俺にはこの味は再現できそうにない。
「話は変わるが、願い事って三つだけなのか?
 もう一つ増やしてほしいとかは駄目なのか?」
「方向転換、急すぎない?
 うーん、僕も叶えたことがないからわからないけど、たぶん無理だと思う。
 おそらく耐えられないんだ、魂とか呼ばれるものが。」
魂と来たか。
因果律といい、魂といい、見えないものを前提で語られてもこう、いまいちぴんと来なくて我が事として捉えづらい。
黙りこくり考え込む俺に、わかりづらくて申し訳ないのだけど、と前置いて男は語った。
「どんな人にも物にも、運命というあらかじめ定められた流れというものがある。
 それを川のようだという人もいるし、布のようだという人もいる。」
静かに形作られる言の葉には不思議と口を挟ませぬ力があった。
聞いていることを示すように頷きを返し、続きを促す。
「僕の力は、これを遮り、選り分け、隣り合わないものを無理矢理引っ張って繋ぎ合わせるようなものだ。
 そうなるとどうなると思う?
 無理矢理せき止められた水の流れは淀むだろう?
 別の糸を結んで紡いだ布地は見る影もなく美しさを損なうように、もとの形から歪んでしまうんだ。」
ふう、とひとつ息を吐いて呼吸を整えると、ひたとこちらを見据え、口を開く。
「だから、三度。
 運命をねじ曲げ、己の思うがままに振る舞えるのはそれが限界。
 それ以上はおそらく、本来の享年よりも早世するなり事故に遭うなりして帳尻を合わせることになるんだろう。」
だからゆめゆめ忘れぬことだ。君は今、自らの運命に爪を立てているということをね。と締めくくった。
随分とスケールの大きい話だとつくづく思う。
「お前にもその運命とやらが絡みついているんだよな?」
「ランプの魔人という神代の道具、物ですからね。
 君たちとは比べものにならないくらいにたくさんの縁がこれでもかと絡みあってると思うよ。」
自分のことなのになんとも他人事のようにいう。
そのまま疑問を口にすれば困ったように眉根を寄せ独り言つように言葉が落とされる。
「もとの色がわからないくらいにたくさんの人の手を渡り歩いてきたからね。
 あまりにも強固で頑丈に過ぎて、我が事ながら上手く捉えられないのさ。」
藪を突いて蛇を出してしまったようだと気付くがもう遅い。
一度形にしてしまった物は取り消せない。
それでもなんとか場の空気を変えたく、ことさら軽い口調である決意を口にする。
「決めたぞ、一つ目の願い。」
ぱちり、と赤みがかった茶色の瞳がひとつ瞬く。
言われたことを理解するにつけ、前のめりになる男に少しだけ笑いが漏れる。
もったいつけることでもないので努めて明るく告げる。
「宝くじで一等を得る。」
聞いた途端にずるりと転けるような動作をする男にやや気分を害された心地になりながら、再度同じ言葉を繰り返した。
「え、ええ~。そんなんでいいの?
 世界番付に載るくらいの億万長者になりたいとかもう少し欲のある願いはなかったの?」
心外にもほどがある。
年末ジャンボの当選金がいくらだと思ってるのか。
今まで生きてきた中で当たり付棒アイスで一度も当たりを引いたことも某チョコレート菓子で金の天使をお目にかかったこともない俺としては充分に高望みの願いだというのに。
そう反論すれば、あぁそういうレベルなのねとなぜだか同情されてしまった。
余計なお世話にもほどがある。
「それなら、こうすべきかな。
 “健康的に老衰で世を去るまでに充分な額の当選金を得たい。”」
「その心は?」
「君、幸薄じゃない?
 こう定義しておかないと、莫大な額の金銭を得ました、事故で早世しましたって帳尻あわせがすぐ来そうな気がするんだよね。
 保険だよ、保険。」
失礼すぎる物言いだが一理ある。
あと誰が薄幸だ。
小さな幸運をありがたがるほど飢えてもいないし別段不幸体質というわけでもない。
先の例だって、躍起になって買い漁っていたわけでもないし、よくあることだろう。
普通だ、普通。
たぶん。きっと。おそらく。
人に指摘されると自信がなくなるものなのだと実感した。
「じゃあ、それで頼む。」
「かしこまり~。
 この調子で残り二つもさくさく決めてくれると助かるんですけどね。」
それはまぁ成り行きに任せるということで。
一区切りついたのでやや冷めかけた味噌汁を一口啜る。
「俺としてはひとつで充分なんだけどな。」
「欲のないことで。
 幸せな結婚をしたいとか、有名人になりたいとか、社長になりたいとか、何かないの? 本当に?」
そう矢継ぎ早に問われてもこれと言ったものは出てこない。
最後の一口を飲み込み、席を立つ。
まだ腹八分目には遠いのでおかわりを注ぐべく台所に向かう。
「うーん、前途多難だなぁ。
 これまた長期戦を覚悟しますか。」
ため息混じりに溢されたそれに応えられるものはひとつもなく。
フライパンから生姜焼きをとりわけ炊飯器から白米をよそいながら、そういえばお土産にクッキーを買ってきてやったのを思いだし、あとで渡そうと頭の隅にメモをした。
これで誤魔化されてくれれば楽なんだが、この調子では難しかろう。
男は俺に対し欲のないことだというが、本心から叶えてほしい願いなぞそうぽんぽんと浮かんでくるものなのだろうか。
男の挙げた例を自分に当てはめようとしてもどうもしっくりとこない。
今の職場に不満はないし人間関係も悪くはない。
付き合った女性はいたが、そういう進展はないまま別れてしまったし、それを寂しいと思ったこともない。
この先にそう言った出会いがあるかもしれないが、わざわざそれを目的とした出会いの場を設けてまで付き合おうとは考えない程度だ。
縁があれば大事にしたいとは思うが、その程度の気持ちで願うのは何か違う気がする。
運命の人と添い遂げられるというのは夢見る乙女にとっては垂涎ものなのかもしれないが二十を半ばまで過ぎた男の身からすればやや鳥肌ものの話でもある。
現実を見ろと言われればそれまでだ。
会社を立ち上げてまでやりたいことがあるわけでもない。
一国一城の主に憧れがないわけでもないが、一人暮らしをしている以上それに近い身の上と言われればそうで、これを願うのもまた違うようなそうでもないようななんとも言えない状態である。
男の言葉を借りれば、“運命に爪を立てるほどの熱意がない”。
自分の運命を狂わすほどの情熱なくして叶えたい願いがないのなら、下手に手を出すものでもないと思うのだが、さて。
「クッキーを買ってきてる。食うか?」
席に戻りちまちまと食べ進めていた男に一声かける。
「デザートにいただこうかな。
 紅茶でも淹れる? パックだけど。」
任せると言えば、楽しそうに任せといてと返ってくる。
ひとまずこの話しはこれで切り上げられたようだ。
この男とのこういうやりとりはいったいいつまで続くのだろうか。
新たによそいできた味噌汁を啜りながらそう考える。
―これが男が現れてから八日目の夜のことである。
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