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魔人のいる生活Ⅰ
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強制同居生活が始まって一週間、奴は今日ものびのびとリビングに設置したクッションソファに埋もれて一日を過ごしている。
非常に邪魔くさいのだがそこ以外だとトイレか風呂場か寝室ぐらいしか選択肢がなく、プライベートを浸食されるのはとてもではないが譲れる気がせず仕方なくリビングの一角を貸し与えることにしている。
日がな一日、何をしているのかと問えば寝ていたと答えるような有様であり、初日の強引な売り込みを思えば不思議と静かに過ごしているようである。
もっともこちらが帰宅をすれば話は別で、やれ何をしてきたのかだとか今日は何が食べたいだとかとやかましく、日中の寂しさを晴らさんとするかのように騒がしいので最近はもっぱらアイアンクローで黙らせることにしている。
さて件の男だが何をしているかと言えば台所で夕飯を用意するこちらへと陽気な鼻歌を伴って近づいてきた。
調理中は入ってくるなと言い聞かせたため調理台周りをうろちょろ歩き回りつつご機嫌に本日の献立を尋ねてくる。
「今日のご飯はなんですか~。」
「豚バラの適当炒め。」
「昨日も適当炒めじゃなかった?
もしかしてバリエーションそんなになかったり……痛い痛い痛いっ!」
なんとなく腹が立ったので男の頭を片手で鷲掴みぎりぎりと締め上げてやる。
そもそも勝手に住み着いたうえに食費も出さず手伝いも碌にせず食うだけの奴に文句を言う権利なぞない。
ひとしきり悲鳴をあげさせ涙声に変わってきた辺りで一際強く締め上げてから解放してやる。
二度目をくらうことを恐れてか大げさに距離をとった男が恨みがましくこちらを見ていたので鼻で笑ってやる。
「男の一人暮らしなんぞそんなもんだろ。」
「もう少し自分に優しくしてあげてもいいんじゃない?
そのうえで僕にも優しくしてあげたらなおいいと思いマス。」
ああ言えばこう言う。
口の減らない男だし余計な一言を言っては痛い目に遭っているはずなのだがどうにも懲りないようで何度となく繰り返すのだ。
鳥頭なのかもしれない。
いや鳥そのものか。
求愛のために歌ったり喋る種がいるそうだし、こいつも本懐を遂げるためにひたすら喋り倒すところはよく似ている。
ただし鳥と違ってかわいげがない。癒やしにもならない。
ただの穀潰しな分なお質が悪い。
「少しは家に金を入れようとか思わないのか。」
「無戸籍無収入に無理難題を仰る。
まぁできなくはないけど。
前金もらえるなら明日一日である程度を用立てることは可能だよ。」
簡単に言ってくれる。
前金を寄越せと来たがその金を得るための労働の大変さを知らないとみた。
「犯罪行為には手を染めないって。
もう少し時間をもらえるなら更に稼いでくるけど……この話題止めない? 顔怖いよ?」
怖くなりもする。
賭博に手を出す宣言のなにものでもないからだ。
労働をなんだと思っているんだこの馬鹿者は。
ため息が漏れ出るのは最早習慣づいている。
こいつと話していると頭痛を覚えるしなんだか疲れるし真面目に考えるのがひどく馬鹿らしくなってくるのだ。
そうなるとため息を吐きつつ話を聞くか暴力に走るかの両極端なコミュニケーションをとることになる。
「わかった。
もう細かいことは聞かないから明日一日で稼げるだけ稼いでこい。」
「了解でーす。
あ、合鍵貸してもらえる?」
俺より遅く出て早く帰ってくる魂胆か。
心底舐め腐ってるなと思いつつ指でリビング脇の小棚の最上段を示すとごそごそと中を漁りはじめた。
あったあったと嬉しそうに合鍵を見つけ出しテーブルの端に置いたのがここからでも見える。
「お前、外出用の服なんて持ってるのか?」
ふと気付いたがこの一週間、一度も他の服を着たところを見たことがない。
その年でいかがなものかというくらい攻めたヘソ出しスタイルのタンクトップに緩い白のサルエルパンツ、足下を覆うのは金のアンクレットのみ、つまりは裸足である。
今はまだ春真っ盛りの時期で、コスプレで練り歩くには随分と早い。
その格好で歩けば悪目立ちなのは誰が見ても明らかだ。
「そんなの、この格好がおかしいと思われなければいいだけの話だよ。
それぐらいはなんとかするから気にしなくて大丈夫!」
何が大丈夫なものか、信じられると思うか。
なんで胸を張って力強いサムズアップなんてできるんだ。
「信じられると思うか?
もう少しましな嘘をつけ。」
「心外だなぁ。
その場にいる人の認識をほんの少し逸らすだけだよ?
まぁ正確には僕に対する関心を薄くさせるように因果律を弄くるんだけどね。」
男はふふんと胸を張ってみせるがやはりどうにも信じられない。
夕飯の支度の途中ではあるが仕方ない、手を洗い服を仕舞ってある寝室のクローゼットへ向かう。
中を漁り適当に出し入れしつつ服を見繕う。
仕事はもっぱらスーツにワイシャツのため、私服はそんなに量がない。
まして奴と自分とでは体格からして違う。
こんなことなら適当な服を買い与えておけばよかったと思うが後の祭りだ。
あまり着ていなかったTシャツは首元もそれほどよれていないしコスプレよりか遥かにましだろうと引っ張りだし奴に投げつける。
「え、デッカ!
これ着るぐらいなら一張羅の方が絶対いいって。
なによりダサ、いたたたたたたやめてやめて凹んじゃうからぁっ!」
無駄口を叩く顔の下半分を覆うように手を伸ばしアイアンクロー。
流石に日に二度もやるとなると少し指が痛むが余計なことを言うこいつが悪い。
引き剥がそうと指を掴むのも構わずひたすら握りしめ、少し痺れてきたところで手を離す。
涎がついたのが気持ち悪くエプロンで拭うと痛みに悶絶する男の姿が目に入る。
リビングの真ん中でのたうち回っていて邪魔なので足で払いのけ台所に戻る。
無駄な時間を費やした。
面倒だ、今日は更に適当工程の炒飯にする。
火が入れば多少焦げてても水気が飛びきらずにべしょっとしていても作った本人が炒飯だと言い張るならそれは炒飯なのだ。
うん、もう肉を切って炒めるのが面倒くさいのでウインナーで代用しよう。
冷蔵庫からウインナーの袋を取り出す音を聞き咎める様に初志貫徹しないんですかぁと余計な声が床から聞こえてきたが無視だ。
いやなら自分で作れというのだ。
歯ごたえを求めてキャベツはやや大きめに、それ以外の野菜とウインナーは細切れに切りフライパンに投入、火にかける。
あとは流れ作業で次々に解凍した米やら卵やらを火にかけ混ぜ合わせればできあがりだ。
中華スープを作る気力はないので代用品として粉末のコーンスープの素をスープボウルなんて上等なものはないので汁椀とマグカップに入れお湯で溶いて食卓へ。
皿いっぱいに盛った炒飯を居間に向けて突き出せば痛みから立ち直った男が受け取り食卓へと並べていく。
こちらが洗い物をしている間にスプーンを出しコップに水を注ぐ程度の手伝いはできるらしく、このときばかりはなぜか誇らしげな背中に失笑が漏れる。
子どもの手伝いにしてももう少しましだろうに。
卓についていただきますの挨拶をすませればあとは各々好きに匙を伸ばし口へ運ぶ作業に移る。
こんな時でも男は良く喋る。
ちゃんと口に物が入っているときは喋らないが、一口運ぶ度に今日は何があったのか尋ね、何を感じたかを聞き、明日はどんな仕事をするのかを何が楽しいのか笑いながら強請る。
それに一々反応を返す真似はしない。
気が向いたら話すこともあるし、そのまま何も教えてやらない日もある。
それでも飽きることなく毎日話しかけてくるのだ。
これだけ騒がしいといつか全ての願いを叶えてこいつがいなくなったとき、その空白を俺は寂しいと思うんだろうか。
絆されているなと感じる。
たった一週間、されど一週間。
こうも毎日、帰ってくるなり全幅の信頼でもって嬉しそうにおかえりと迎えられ、不在の間の空隙を埋めるかの如く側をちょこまかと駆け回りあれこれと話しかけられれば少しは情が沸くというものだ。
例えそれを成人男性がやっていたとしても、なぜか愛嬌が勝るのだからこいつの持つ雰囲気というものはずるいなと思う。
こうやって隣人の席をもぎ取ってきたのかこいつ。
思わずじとりと睨み付けると、話しかけようと口を開いた矢先のこいつがことりと小首を傾げた。
「なにか言いたいことでもあるの?
何々~長生きしてる僕は物知りですよ、なんでも聞いてご覧なさい!」
「いや、なんでもない。
いいから黙って飯を食え。さすがに毎日うるさいんだ。」
ぴしゃりと言ってのければ首をすくめた男は少しは悪いと思ったんだろう、ごくごく静かな動作で山盛りの炒飯をのせた匙を口へ運んでもぐもぐと食べ始めた。
食器の擦れる音だけが響く。
一人暮らしをしていれば当たり前だが、自分から声を出すことはまずあり得ない。
ふと思考が口から零れることはあっても稀だし、それよりもテレビから流れる音声の方が割合としては多い。
ちょうどいいのでリモコンを手に取り電源をつける。
テレビは七時のニュースを流しはじめた。
今まではテレビに真っ直ぐ向かって食べる位置に椅子を置いていたが、こいつが来てからは横から流し見る形に変わった。
テレビは数少ない娯楽らしく、食い入るように見つめる男の目はきらきらと輝いているように見える。
「明るい話題がないねぇ。」
「まぁニュース番組だしな。世も末だなと思わんでもないが。」
ある程度見ていると飽きてきたのか番組を変えてもいいかと尋ねられたのでリモコンを渡す。
明日の天気が見られたのであとは好きなのを見ればいい。
その間は俺はお役御免になるので楽なものだ。
自分は長生きしてる魔人だなんだというが、こういうところは存外子どもっぽい。
時折隠れて深夜にアニメを見ているのを俺は知ってるんだからな。
わくわくと歌特番にするか旅行特番にするか迷っている男を横目に食器を台所の流しに置く。
この一週間、食事は俺が作り、後片付けは男がするのが暗黙の了解となっている。
水を張った桶の中に食器を浸けたらその足で風呂に向かう。
早く汗を流して一日の疲れを癒したい。
あとどれくらいの間、男は黙ったままでいれるだろうか。
せめて少しでも長くテレビに釘付けになっていますようにと祈りながら湯気の籠もる浴室へと足を運んだ。
非常に邪魔くさいのだがそこ以外だとトイレか風呂場か寝室ぐらいしか選択肢がなく、プライベートを浸食されるのはとてもではないが譲れる気がせず仕方なくリビングの一角を貸し与えることにしている。
日がな一日、何をしているのかと問えば寝ていたと答えるような有様であり、初日の強引な売り込みを思えば不思議と静かに過ごしているようである。
もっともこちらが帰宅をすれば話は別で、やれ何をしてきたのかだとか今日は何が食べたいだとかとやかましく、日中の寂しさを晴らさんとするかのように騒がしいので最近はもっぱらアイアンクローで黙らせることにしている。
さて件の男だが何をしているかと言えば台所で夕飯を用意するこちらへと陽気な鼻歌を伴って近づいてきた。
調理中は入ってくるなと言い聞かせたため調理台周りをうろちょろ歩き回りつつご機嫌に本日の献立を尋ねてくる。
「今日のご飯はなんですか~。」
「豚バラの適当炒め。」
「昨日も適当炒めじゃなかった?
もしかしてバリエーションそんなになかったり……痛い痛い痛いっ!」
なんとなく腹が立ったので男の頭を片手で鷲掴みぎりぎりと締め上げてやる。
そもそも勝手に住み着いたうえに食費も出さず手伝いも碌にせず食うだけの奴に文句を言う権利なぞない。
ひとしきり悲鳴をあげさせ涙声に変わってきた辺りで一際強く締め上げてから解放してやる。
二度目をくらうことを恐れてか大げさに距離をとった男が恨みがましくこちらを見ていたので鼻で笑ってやる。
「男の一人暮らしなんぞそんなもんだろ。」
「もう少し自分に優しくしてあげてもいいんじゃない?
そのうえで僕にも優しくしてあげたらなおいいと思いマス。」
ああ言えばこう言う。
口の減らない男だし余計な一言を言っては痛い目に遭っているはずなのだがどうにも懲りないようで何度となく繰り返すのだ。
鳥頭なのかもしれない。
いや鳥そのものか。
求愛のために歌ったり喋る種がいるそうだし、こいつも本懐を遂げるためにひたすら喋り倒すところはよく似ている。
ただし鳥と違ってかわいげがない。癒やしにもならない。
ただの穀潰しな分なお質が悪い。
「少しは家に金を入れようとか思わないのか。」
「無戸籍無収入に無理難題を仰る。
まぁできなくはないけど。
前金もらえるなら明日一日である程度を用立てることは可能だよ。」
簡単に言ってくれる。
前金を寄越せと来たがその金を得るための労働の大変さを知らないとみた。
「犯罪行為には手を染めないって。
もう少し時間をもらえるなら更に稼いでくるけど……この話題止めない? 顔怖いよ?」
怖くなりもする。
賭博に手を出す宣言のなにものでもないからだ。
労働をなんだと思っているんだこの馬鹿者は。
ため息が漏れ出るのは最早習慣づいている。
こいつと話していると頭痛を覚えるしなんだか疲れるし真面目に考えるのがひどく馬鹿らしくなってくるのだ。
そうなるとため息を吐きつつ話を聞くか暴力に走るかの両極端なコミュニケーションをとることになる。
「わかった。
もう細かいことは聞かないから明日一日で稼げるだけ稼いでこい。」
「了解でーす。
あ、合鍵貸してもらえる?」
俺より遅く出て早く帰ってくる魂胆か。
心底舐め腐ってるなと思いつつ指でリビング脇の小棚の最上段を示すとごそごそと中を漁りはじめた。
あったあったと嬉しそうに合鍵を見つけ出しテーブルの端に置いたのがここからでも見える。
「お前、外出用の服なんて持ってるのか?」
ふと気付いたがこの一週間、一度も他の服を着たところを見たことがない。
その年でいかがなものかというくらい攻めたヘソ出しスタイルのタンクトップに緩い白のサルエルパンツ、足下を覆うのは金のアンクレットのみ、つまりは裸足である。
今はまだ春真っ盛りの時期で、コスプレで練り歩くには随分と早い。
その格好で歩けば悪目立ちなのは誰が見ても明らかだ。
「そんなの、この格好がおかしいと思われなければいいだけの話だよ。
それぐらいはなんとかするから気にしなくて大丈夫!」
何が大丈夫なものか、信じられると思うか。
なんで胸を張って力強いサムズアップなんてできるんだ。
「信じられると思うか?
もう少しましな嘘をつけ。」
「心外だなぁ。
その場にいる人の認識をほんの少し逸らすだけだよ?
まぁ正確には僕に対する関心を薄くさせるように因果律を弄くるんだけどね。」
男はふふんと胸を張ってみせるがやはりどうにも信じられない。
夕飯の支度の途中ではあるが仕方ない、手を洗い服を仕舞ってある寝室のクローゼットへ向かう。
中を漁り適当に出し入れしつつ服を見繕う。
仕事はもっぱらスーツにワイシャツのため、私服はそんなに量がない。
まして奴と自分とでは体格からして違う。
こんなことなら適当な服を買い与えておけばよかったと思うが後の祭りだ。
あまり着ていなかったTシャツは首元もそれほどよれていないしコスプレよりか遥かにましだろうと引っ張りだし奴に投げつける。
「え、デッカ!
これ着るぐらいなら一張羅の方が絶対いいって。
なによりダサ、いたたたたたたやめてやめて凹んじゃうからぁっ!」
無駄口を叩く顔の下半分を覆うように手を伸ばしアイアンクロー。
流石に日に二度もやるとなると少し指が痛むが余計なことを言うこいつが悪い。
引き剥がそうと指を掴むのも構わずひたすら握りしめ、少し痺れてきたところで手を離す。
涎がついたのが気持ち悪くエプロンで拭うと痛みに悶絶する男の姿が目に入る。
リビングの真ん中でのたうち回っていて邪魔なので足で払いのけ台所に戻る。
無駄な時間を費やした。
面倒だ、今日は更に適当工程の炒飯にする。
火が入れば多少焦げてても水気が飛びきらずにべしょっとしていても作った本人が炒飯だと言い張るならそれは炒飯なのだ。
うん、もう肉を切って炒めるのが面倒くさいのでウインナーで代用しよう。
冷蔵庫からウインナーの袋を取り出す音を聞き咎める様に初志貫徹しないんですかぁと余計な声が床から聞こえてきたが無視だ。
いやなら自分で作れというのだ。
歯ごたえを求めてキャベツはやや大きめに、それ以外の野菜とウインナーは細切れに切りフライパンに投入、火にかける。
あとは流れ作業で次々に解凍した米やら卵やらを火にかけ混ぜ合わせればできあがりだ。
中華スープを作る気力はないので代用品として粉末のコーンスープの素をスープボウルなんて上等なものはないので汁椀とマグカップに入れお湯で溶いて食卓へ。
皿いっぱいに盛った炒飯を居間に向けて突き出せば痛みから立ち直った男が受け取り食卓へと並べていく。
こちらが洗い物をしている間にスプーンを出しコップに水を注ぐ程度の手伝いはできるらしく、このときばかりはなぜか誇らしげな背中に失笑が漏れる。
子どもの手伝いにしてももう少しましだろうに。
卓についていただきますの挨拶をすませればあとは各々好きに匙を伸ばし口へ運ぶ作業に移る。
こんな時でも男は良く喋る。
ちゃんと口に物が入っているときは喋らないが、一口運ぶ度に今日は何があったのか尋ね、何を感じたかを聞き、明日はどんな仕事をするのかを何が楽しいのか笑いながら強請る。
それに一々反応を返す真似はしない。
気が向いたら話すこともあるし、そのまま何も教えてやらない日もある。
それでも飽きることなく毎日話しかけてくるのだ。
これだけ騒がしいといつか全ての願いを叶えてこいつがいなくなったとき、その空白を俺は寂しいと思うんだろうか。
絆されているなと感じる。
たった一週間、されど一週間。
こうも毎日、帰ってくるなり全幅の信頼でもって嬉しそうにおかえりと迎えられ、不在の間の空隙を埋めるかの如く側をちょこまかと駆け回りあれこれと話しかけられれば少しは情が沸くというものだ。
例えそれを成人男性がやっていたとしても、なぜか愛嬌が勝るのだからこいつの持つ雰囲気というものはずるいなと思う。
こうやって隣人の席をもぎ取ってきたのかこいつ。
思わずじとりと睨み付けると、話しかけようと口を開いた矢先のこいつがことりと小首を傾げた。
「なにか言いたいことでもあるの?
何々~長生きしてる僕は物知りですよ、なんでも聞いてご覧なさい!」
「いや、なんでもない。
いいから黙って飯を食え。さすがに毎日うるさいんだ。」
ぴしゃりと言ってのければ首をすくめた男は少しは悪いと思ったんだろう、ごくごく静かな動作で山盛りの炒飯をのせた匙を口へ運んでもぐもぐと食べ始めた。
食器の擦れる音だけが響く。
一人暮らしをしていれば当たり前だが、自分から声を出すことはまずあり得ない。
ふと思考が口から零れることはあっても稀だし、それよりもテレビから流れる音声の方が割合としては多い。
ちょうどいいのでリモコンを手に取り電源をつける。
テレビは七時のニュースを流しはじめた。
今まではテレビに真っ直ぐ向かって食べる位置に椅子を置いていたが、こいつが来てからは横から流し見る形に変わった。
テレビは数少ない娯楽らしく、食い入るように見つめる男の目はきらきらと輝いているように見える。
「明るい話題がないねぇ。」
「まぁニュース番組だしな。世も末だなと思わんでもないが。」
ある程度見ていると飽きてきたのか番組を変えてもいいかと尋ねられたのでリモコンを渡す。
明日の天気が見られたのであとは好きなのを見ればいい。
その間は俺はお役御免になるので楽なものだ。
自分は長生きしてる魔人だなんだというが、こういうところは存外子どもっぽい。
時折隠れて深夜にアニメを見ているのを俺は知ってるんだからな。
わくわくと歌特番にするか旅行特番にするか迷っている男を横目に食器を台所の流しに置く。
この一週間、食事は俺が作り、後片付けは男がするのが暗黙の了解となっている。
水を張った桶の中に食器を浸けたらその足で風呂に向かう。
早く汗を流して一日の疲れを癒したい。
あとどれくらいの間、男は黙ったままでいれるだろうか。
せめて少しでも長くテレビに釘付けになっていますようにと祈りながら湯気の籠もる浴室へと足を運んだ。
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