【完結】その手を伸ばさないで掴んだりしないで

コメット

文字の大きさ
上 下
3 / 24

ランプの魔人はかく語りきⅠ

しおりを挟む
「日本人はなんでこうもちょっとした不可思議に耐性がないんだい。」
「これが“ちょっとした不可思議”になるんならこの世には常識外れとか奇想天外なんて言葉は存在しないと思うんだが。」
ひとまず言われたとおりにランプをテーブルの上に置き、立ったままなのもどうかと思うので勧めたくはないが仕方なく二脚ある内の一脚を示して椅子に座らせることで仕切り直しとする。
ランプの魔人を名乗る男は腰まで伸ばした黒髪を三つ編みにより蔓模様の透かし彫りの入った金環で結い上げていた。
赤褐色の瞳は人懐こさを湛えており、怪しげな口上と奇想天外な登場シーンがなければ絆される人もいるだろう。
花芽吹く季節とは言えまだ外は肌寒い日も多いのに露出は高く、惜しげもなくさらされた腹筋はやや細身の肢体に反して六つに割れており、艶やかな飴色の肌でもって覆われていた。
生憎生まれてこの方国を出たことがなく周囲に外国籍の者もいないためよくわからないが、おそらくは自分とそう変わらない年頃だろうと当たりをつける。
黒人の詳しい年齢などわからないが、二十代前半から半ばにかけてではなかろうか。
自分はと言えば黒髪黒目、やや浅黒くはあるものの典型的な日本人の容姿をしており、高校生の時分にはバスケットボール部に所属していたこともあるため平均よりも大柄な体躯も相まって、男と並ぶと未成年と並んでいるようにも見えてしまうくらいには背が高く厳めしい相貌をしている。
身内からは笑えば幼く見えてかわいいんだからギャップ萌えを狙いなさい等と言われたがそんな評価は正直いらないので無視している。
伸びやかな四肢を彩る金色の装飾具は男が身振り手振りを交えて動く度じゃらじゃらと音を立ててうるさかった。
もっとも、一番うるさいのはその華美な装飾具ではなくそれを身に纏う男そのもので、ほぼのべつ幕なしに口を開いては最後に君の願いは決まったかいと締めた。
「この短時間でかつ怪しい奴相手に欲求なんてぶつけると思うか?」
「そこは広い心で受け入れてほしいし、そろそろこちらも心が折れてきそうなんだけど。
 そんなに疑うんならお試しで少しだけ運を良くしてあげようか?
 行き詰まった仕事が君の発言一つで上手くいったり、いつも使う電車で必ず座れるようになったり、食堂では一つおまけがついたりと言ったほんの細やかなものだけど。」
本当に細やかなだなと思わなくもない。
そしてそんなことで信じられるかと聞かれれば答えはNoだ。
それが顔に出たのだろう、大きくため息を吐いた男は立ち上がりざま伸びをすると、ぴんと指を突き出しこう切り出した。
「あれも駄目、これも駄目で君はいったい何がしたいのさ。
 僕を喚び出す気がなかったのかもしれないけど、一度喚び出した以上は何か三つ、お願い事をしなくちゃ僕が消えることはないんだよ。」
だったら何か捻り出してみたらどうだい。腰に手を当て呆れた風にこぼす男の言に冗談ではないと叫び返したかった。
勝手に出てきてランプの魔人を名乗り、お願い事と称して人の弱みを握ろうとする変質者にしか見えていないのだとなぜわからないのか。
「繰り返すがお前がランプの魔人かどうかは俺には関係ない。
 叶えてほしい願いもない。
 強いていうなら今すぐこの場から消えてほしい。」
「流石にここまで言われる筋合いはないんだわ。
 けどねぇ、僕だって消えてあげたいけど、願い事を叶えない限りはそれもできないんだって。」
お互いにため息をひとつ。
話は平行線を辿っていたが、立ち直るのはあちらの方が早かった。
男の自称からすれば押し売りも慣れたものなのかもしれないが、勝手につらつらと注意事項を垂れ流しはじめた。
「その一ぃ、死者を蘇らせることはできない。
 その二ぃ、不老不死にもなれない。
 これらは今の地球上、そういった技術がないためなのでその内できるようになるかもしれないけど。」
一つ、二つと指を立てつつそう述べる。
「仮に未来に不老不死になれる可能性があるなら、可能だと?」
「人類に到達できる技術であるなら可能だね。
 安全に施行できるように願いを叶えることができるよ。
 実際、そうなりたいと願った人もいる。
 いつその願いが叶うのかは不明だけど、ね。」
されなれた質問なのか、答える声に迷いはない。
その代わり、その声には膿とも言える淀みが込められていた。
「まぁ人類がいつその域に到達できるのかわからないし、不老不死なんてそう良いものでもないよ?
 僕が言うのもなんだけど、止めておいた方がいいと思うな。」
現時点では不可能だが、未来には不老不死すら叶えられると言うのは大きなアピールポイントとも言えると思うのだが、男にとってはそうではないらしく、すぐさま否定の言葉で切り上げてきた。
それは少し意外ではあったし、声にも出ていたらしい。
赤褐色の双眸は呆れたとでも言いたげな色を乗せこちらをしかと見据えてきた。
「僕がどれだけの年月、ランプの魔人をしてきたと思ってるの?
 神様が僕を作ってからの数千年、時折喚び出される他はずーっと狭いランプの中に一人きりなんだよ。
 まぁ僕と違って君たちには自由があるわけだけど、死ぬべきときに死ねないってとてつもなく退屈で気が狂うくらい苦しいことだと思うなぁ。」
感慨の籠もった言葉にそれもそうかと納得する。
言っていることは正しい。
いずれ何かが上手くいかなくなりたちいかなくなったとき、真の孤独を味わったとき、死とは救いになるだろうとなんとなくだが想像はつく。
終わりがあるからこそ美しいとは誰の言葉だったか。
何かの本で読みでもしたかドラマで誰かが言いでもしたか、まぁその辺りだろう。
「続きいくよ?
 そのさぁん、契約者と僕の運命に関すること以外は叶えられない。」
意味がわからん。運命に関すること以外?
どういうことだとじとりとした目線を投げかけてみれば、悪戯が成功したと言いたげな弧を描いた眦と目が合った。
「僕の能力はね、その人の運命……因果律をねじ曲げて、狙った形に収束させることで願いを叶えるものなんだ。
 幸せな結婚をしたいのならば、その条件に当てはまる誰かとの縁を繋ぎ合わせて結婚に至るようにする、と言った具合にね。」
随分強引な話があったものだ。
そんなことをされた相手はたまったものじゃないと思うが。
「ただしひとつご注意を!
 一度決めた願いは覆らない。
 どれだけ嫌だと思っても、死ぬほど逃げ出したいと思っても、一度成された願いを解くことは決してできない。
 そこに君の意思はなく、強制的にそうなる様に事が運ぶ。」
だから、願いは慎重に決めることだ。後悔をしたくなければ短期目標がおすすめだね。ウインクひとつと共に落とされた言葉はとんでもないものだった。
代償もなく願いを三つも叶えるなんて美味い話があるわけがなかった。
これこそが落とし穴、特に自分の意思に背いてまで叶えたい願いなんて持たない俺からしてみればなんと恐ろしいことを言うのだと恨めしく思った。
結局男のいいように最後まで話を聞いた俺からすれば、結論は最初から変わらず。
「出ていってもらっていいか?」
「クーリングオフはできない仕様となっております。」
くそったれじゃないかよチクショウが!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

処理中です...