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第二章

第28話 ルミエール

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「ほんっとに、信じらんない!」

 シリルの即席魔力講座によってなんとか俺から魔力を与えられたその妖精は、プリプリと怒り続けていた。
 俺はその前に正座をして、項垂れる。

「魔力を使った事が一度もないなんて! 罪深き怠慢よ。よくそれでのうのうと過ごしてこられたわね」

 最近の反省と相まって、その言葉は俺の胸を深々と抉った。

「はい、おっしゃる通りです……俺は人間のクズです……」

 返す言葉もなく、俺は縮こまった。
 一方シリルとローズは妖精が喋り出したことに唖然としていたが、その暴言を耳にして驚きよりも怒りの方が勝ったらしく、揃って果敢に抗議した。
 
「おや、失礼じゃないか。彼は怠けたわけではない。そもそも魔法を使う必要がなかったのだから」 
「そうよ、ロジェは無駄な努力はしない主義なの」
 
「うう……」

 なぜだろう。掩護射撃のはずなのに耳が痛い。
 俺の背中はさらに丸くなった。
 
 そして案の定、二人の言葉は火に油を注いだようだった。
 妖精はジグザグに飛びながら唸った。

「だまらっしゃい! この男が精霊士に目覚める条件はとっくの昔に満たされていたのよ。それなのに、まさか魔力が足りなさすぎて、私達の声が届かないなんて!」

「そんなの、そっちの勝手な都合じゃない!」

 ローズが憤然と立ち上がり、両者の言い合いはますますヒートアップする。

 俺は頭を抱えた。
 
 ――国際的な基準ではまた違ってくるだろうが、この国では魔力の性質と量とを分けて考えられている。
 
 ローズを例にあげると、彼女は純度の高い闇魔法の性質を持ち、生まれ持った魔力量自体はそこそこ、という感じだ。
 ちなみにシリルは火、土、水、風の四属性全てに優れ、なおかつ魔力量もほぼ国で1番だという。
 クソメガネの存在意義もかすむ、チート王子様だ。
 
 そして、四属性も闇属性も適性ゼロ、魔力量もほぼゼロというザコザコステータスで生まれた俺は、どこに出しても恥ずかしくない凡人である。

 しかし、魔力の性質は変えようがないが、魔力量に関しては後天的に増やすこともできる。
 その方法とは、地道に魔法の鍛練を積むことだ。
 
 思えばゲームのロジェはその才能の無さによってだいぶ卑屈な性格に育ったが、それでも陰ながら努力していた描写があった。

 (俺の場合、条件は余裕だったのになぁ)

 隠しイベントで明かされた、精霊士として目覚めるための条件は、"愛されている自覚に芽生えること"。
 昔から俺は家族ローズに愛されている自覚でいっぱいだったからな。
 
 どう考えても条件はクリアしているのに妖精が話しかけてこないのは、エレーヌがイベントを起こし損なったせいだと思っていたが……まさか魔力量が足りないとは。

 ここがプログラミングでガチガチに縛られたゲームの世界でなく、現実の世界だというのがはっきり実感させられる。
 
「――で、パワーアップした私は、精霊士でもないあなたたちとお話ができるようになったってワケ」
「なるほど。ロジェには精霊士とやらの素質が……」

 どこか感心したようなシリルの声で、俺はハッと意識を戻した。
 どうも俺が考え込んでいる間に言い争いが終わり、精霊士とは何かについて話題が移行していたらしい。
 ゲームではさらっと流された内容だ。大事な事を聞き逃してはないだろうか。

「それじゃ、君たちは人間と話すためだけにロジェをつけ回したって事かな? 何か他にも目的が?」

 シリルの探るような目が、妖精へ向けられた。

「まさか。これは副作用みたいなものよ」

 光が明滅して、ころころと笑い声が響く。

「知ってる? 魔物は己の力を強くするために、妖精を食べるの。私達は魔物の黒き力――あなたたちは闇魔法って呼んでるわね。その闇魔法に弱いのよ。そこの闇女が近付いたときの皆の逃げっぷりを見たでしょう?」 
「だれが闇女よ」

 ローズがめずらしく、ぶすっとした声を出した。

「大丈夫。ローズは俺の光だよ」

 俺の苦し紛れのフォローは、なんと全員にスルーされた。
 心外だ。
 
 何事もなかったかのように、妖精が言葉を続ける。
 
「だけど、精霊士に魔力を分け与えられた妖精は、強い力を得るわ。それこそ黒……違った、闇魔法に対抗できる程の」 
「じゃ、君たちは魔物に食べられないために、ロジェの力を必要としているわけだ」

 シリルの言葉に、妖精はピョコピョコと跳ねて肯定した。

 俺は不意に、前世の魔王ルート攻略を思い出していた。
 戦闘パーティにロジェを入れると、妖精の加護とやらで魔物特効が発生し、与えるダメージが2倍にはね上がっていたのだ。
 
 妖精自身には魔物を倒す力は無いのだが、ゲームでは精霊士の魔力を与えた妖精をわざと魔物に食べさせることもできた。
 そうすると、魔物は強すぎるエネルギーを吸収しきれずに内側から破裂してしまうのだ。
 人の道を外れた、所謂白ピ○ミン作戦である。
   
 とそこで、俺の頭にも小さな疑問が生まれた。
 
「でもさ、えっと……そこの妖精、さん」
「ルミエールよ」
「はいはい。ルミエールね。他の妖精はローズから逃げてったけど、ルミエールは結構頑張ってたよな。俺の魔力がなくてもそこそこいけるんじゃないのか?」 

 俺の質問に、ルミエールはさらに得意気な声を出した。 

「あらぁ。私をそこらのぽっと出の妖精と一緒にしないで。年季が違うわよ。なんたって、先代の精霊士からも力を貰ったことがあるんだから。ついでにこの名前もね」 

「先代の?」
 
 俺たちは顔を見合わせた。 
 それだけ稀有な力をもつなら有名な人物であってもおかしくはないのだが、"精霊士"なんて言葉、この世界に生まれてから一度も聞いたことがない。……前世の記憶を除いて。
 俺から見てよっぽど博学な二人も、初耳という顔だ。

 妖精達がこれだけ詳しく知っているということは、確かに存在はしていたようだが……

 「とはいってもずいぶん前だから、もうその力もほぼ無くなっちゃって……あれは三百年前……いや、八百……? 千年は経ってないと思うんだけど……」

 さすがババ……年季の入った妖精と言うべきだうか。記憶のブレが大きい。

「ロジェのしみったれた魔力と違って、先代精霊士のヘレネの魔力はそれはもう……」

「ヘレネ!?」

 シリルとローズが、同時に反応した。

「な、なによ急におっきい声だして……」

 話の腰を折られたルミエールが、不機嫌そうに宙で揺れた。
 俺は首をかしげたままだ。
 
 (ヘレネ、ヘレネ……たしか、最近その名を聞いたような……)

「初代聖女の名だよ」

 シリルが、俺の肩を抱いて囁いた。
 めざとく見つけたローズが恐ろしい一瞥を寄越したが、シリルは知らん顔だ。 

「ああ!」

 思い出した。昨日、陛下がその名を出していたのだった。
 まてよ、初代聖女の時代って……
 
「千五百年も前の話ね」
 
 ローズが呆れたように肩を竦めた。
 それに対し、ルミエールはうんざりしたように言った。
  
「百年も千年もそう変わんないわよ。ヒトってほんと変なとこで細かいんだから……」

 そちらが大雑把すぎるのでは……と言いたいのを、この場の全員が飲み込んだ。
 100年生きられるかもあやしい人類とミレニアム単位で生きている妖精とでは、感覚に違いがあって当たり前だろう。

「ヘレネは素晴らしい精霊士だったわ。搾取されるばかりだった私達妖精に力を与えてくれて、一緒に魔物を追い払ったのよ」

 と、ルミエールは鼻高々に言った。鼻ないけど。
 
 それにしても、建国の瞬間を見届けた人物……妖精の思い出話なんて、なかなか貴重じゃないだろうか?
 まさに生き字引だ。
 
 若干の感動をおぼえた俺の頭に、ある提案が芽生えた。
 
「ねえ、ルミエールがヘレネの時代を知ってるってことはさ、これは大発見なんじゃないか?」

 俺はローズとシリルの顔を、交互に見やった。

「そこらの妖精にどんどん俺の魔力を与えていってさ。人助け……妖精助けにもなるし、建国史の正確な裏付けとかできるんじゃない? 歴史の本が分厚くなるぞ」

 自身の思いつきながら、心が踊った。
 
 大臣の国家転覆計画が頓挫した時点で、敵対国の魔物軍団計画も瓦解したと聞いている。
 となると、魔物を自在に操れるという魔王を復活する必要性も消えたので、精霊士としての俺の活躍の場はないと諦めていたのだが……
 
 (俺も、人の役に立つ時が来たんだ)

「いいじゃない、それ!」

 ルミエールもノリノリだ。

 ――しかし、他の二人の反応は芳しくなかった。

 眉を下げたローズが、さっとシリルへ視線を走らせる。
 その視線を受けたシリルが、苦々しそうに口を開いた。

「それは……僕の考えでは、ロジェ、君の能力はこれ以上使うべきではないと思う」 
  
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